ファンタジスタ (漫画)
漫画
作者:草場道輝,
出版社:小学館,
掲載誌:週刊少年サンデー,
レーベル:小学館文庫,
巻数:全25巻全13巻,
話数:全222話,
漫画:カンピオーニ
作者:草場道輝,
出版社:小学館,
掲載誌:週刊ヤングサンデー,
レーベル:少年サンデーコミックス,
発表期間:2006年20号,
話数:全1話,
漫画:ファンタジスタ ステラ
作者:本田圭佑,
出版社:小学館,
掲載誌:週刊少年サンデー,
レーベル:少年サンデーコミックス,
巻数:全14巻,
OVA:ファンタジスタ ステラ
監督:高橋秀弥,
キャラクターデザイン:河島久美子,
アニメーション制作:XEBEC,
発表期間:アニサン劇場,
以下はWikipediaより引用
要約
『ファンタジスタ』は、草場道輝による日本のサッカー漫画作品。続編『ファンタジスタ ステラ』についても記述する。
概要
ファンタジスタ
「優れた技術を生かし意外性のあるプレーを行うサッカー選手」を意味する、ファンタジスタに焦点を当てた作品。離島で生まれ育ち一人で技術を磨いていた主人公の少年が卓越したボールテクニックを生かして、高校サッカーを経てU-18代表に選ばれた後に、単身イタリアに留学。U-18代表時代のチームメイトらと共に五輪代表としてオリンピックの舞台で活躍するまでを描いた、正統的なサッカー漫画。『週刊少年サンデー』(小学館)にて1999年35号から2004年14号まで全222話が連載された。単行本は全25巻、文庫版は全13巻。2014年6月より単行本の復刻版が発売。
『週刊少年サンデー』2012年45号から2015年38号までは、サッカー日本代表の本田圭佑を原案として迎え、前作から8年ぶりとなる続編、『ファンタジスタ ステラ』を連載した。
カンピオーニ
2006年、『週刊ヤングサンデー』2006年20号(4月25日号)に掲載されたサッカー漫画。『ファンタジスタ』と同じ世界観であり、伊豆諸島・八丈島の八丈島高校サッカー部に在籍する三原京介が、全国高校選手権の東京都A代表を賭けて試合に臨む読み切り作品。『ファンタジスタ ステラ』単行本第1巻に収録。
ファンタジスタ ステラ
前作『ファンタジスタ』から8年ぶりとなる続編として、『週刊少年サンデー』2012年45号(10月10日号)から2015年38号(8月19日号)まで連載。ステラとはイタリア語で恒星を意味する。前作の世界観を共有し、主人公の坂本をはじめとした登場人物達が2014 FIFAワールドカップ出場を目指すストーリー。
原案協力、および主人公の坂本轍平と並ぶ「もう一人の主人公」役として日本代表の本田圭佑が参画しているが、これは作者の草場と草場のファンだった本田が2009年に『ビッグコミックスピリッツ』誌上で対談したことをきっかけに、交流をもっていた縁によるものである。作品内には、本田の経験や哲学が反映される予定となっており、本田は「作品に登場する自分から何かを感じとってほしい」とコメントしている。
ストーリー
ここでは作中の時系列に沿って、そのストーリーについて紹介する。第1話から第136話までは「第○○○節」、イタリア編に該当する第137話以降からは「○○ā」という表示になり、「1ā」からカウントされる。
作中では連載当初は年代については不明瞭だったが、作中で開催されたアテネオリンピックを軸に、正確な年代が割り出されることになった。
- 2002年:てっぺい、高校1年生で水本高校に転校。JY杯開催。
- 2004年:オリンピックアテネ大会開催。
- 2010年:FIFAワールドカップ南アフリカ大会開催。
- 2014年:FIFAワールドカップブラジル開催。
ファンタジスタ(ストーリー)
日本編
てっぺいの入部(第1節 - 第11節)
天神高校との練習試合(第12節 - 第23節)
選手権予選・地区大会(第24節 - 第33節)
ユース代表合宿(第34節 - 第55節)
JY杯(第56節 - 第99節)
選手権・1次トーナメント・2次リーグ(第100節 - 第116節)
選手権・決勝トーナメント(第117節 - 第136節)
イタリア編
プリマヴェーラ(1ā - 41ā)
オリンピック(42ā - 最終回)
外伝
「魔法使いの夏」
ミニ外伝 〜長崎哀愁編〜
カンピオーニ(ストーリー)
伊豆諸島・八丈島で生まれ育った三原京介は、上京して名門校の扉を叩くが部の雰囲気が自分のスタイルと合わず、帰郷する。失意の京介だったが、赴任してきた琴音の熱意ある勧誘を受け、八丈島高校のサッカー部に入部。チームは勝ち進み、京介は古巣の高校を相手に、全国高校選手権の東京都A代表を賭けて試合に臨むことになる。
ファンタジスタ ステラ(ストーリー)
南アフリカ共和国で開催された2010 FIFAワールドカップ決勝トーナメントで惜しくも敗退した日本代表、そこには坂本轍平と本田圭佑もいた。2人は世界の強豪チームに対する手応えを感じたものの、同時に足りない部分も痛感し、4年後にブラジルで開催されるW杯で優勝するという目標のために、互いのさらなるレベルアップを誓う。そんな中スタートした新代表は10代で無名の若い選手を大量に加え、てっぺいらとの融合で強化され2014 FIFAワールドカップに臨む事になる。しかし日本のダブルエースであるてっぺいと本田はそれぞれ所属クラブで大きなステップアップを遂げていたものの、代表においては共存がうまくいかず、2人が同時にピッチに立つと必ず苦戦するジレンマを解決させられないまま大会を迎えるのである。
特別編
日本代表を外れた山波がチャンピオンズリーグでてっぺいたちを擁するR・マドリッドと対戦することになり、彼の葛藤を描いたストーリー。
登場人物
実在のサッカー選手をモデルにしている場合があり、『ステラ』では原作者自身も単行本で言及している。声は『ステラ』特別版OVAの声優。
主要人物
坂本 轍平(さかもと てっぺい)
声 - 柳田淳一 / 岸尾大輔(サンデーCM劇場)
所属(背番号):水本高校(18)→ACミラン・プリマヴェーラ(10)→ACミラン(18)→アーセルナル(7→18)→R・マドリッド(5)、ユース日本代表(14)、五輪日本代表(14)、日本代表(14)
ポジション:FW(セカンドトップ)、MF(攻撃的MF、サイドMF)
長崎県出身。4月2日生まれ、血液型O型。
(16歳時)身長165cm、体重55kg。
(17歳時)身長174cm、体重66kg。
本編の主人公。2002年時は高校1年生。ファンタジスタ。通称「てっぺい」。
中学までは実家のある九州の小さな島で、一人でサッカーの技術を磨いていた。それまではクラブでの所属経験がなく、水本高校に転校して初めてチームプレーを知った。姉の琴音から教わった抜群のテクニックに加え、驚異的な加速力でDFを振り切るドリブルを得意とし、ユース代表合宿ではファン・ハーレンの指導によりパス能力を向上させるなど、急激な成長を見せていく。水本に加入した当初はサッカーができるだけでも満足していたが、天神との練習試合で苦戦しながらも諦めない福田の闘志を目の当たりにし、代表での激しいポジション争いやマルコといったライバルと戦っていくにつれて勝利への強い欲求を見せるようになった。基本ポジションはFW。ユース代表合宿に呼ばれた時にはトップ下を希望し、近藤たちとポジションを争うも、JY杯ではメキシコ戦の後半からイタリア戦の前半まで左ウイングバックで起用。イタリア戦の後半からはよりゴールに近いFWに移り、後にファンタジスタが最も愛するポジションであるセカンドトップ を本職とするようになる。JY杯決勝で対戦したイタリアのマルコのプレーに驚愕し、彼を超えたい思いで、選手権都予選後に単身イタリアへと渡る。ACミランのプリマヴェーラに入団してからの1年はトップチームの練習に何度か呼ばれるも思うように首脳陣の評価を得られなかったが、トップチームとの試合後に念願のトップ昇格を果たした。しかしトップチームに昇格したもののリーグ戦でもバイエビッチの控えとしてリザーブにも満足に入れずにいたが、五輪本戦後を経てUEFAチャンピオンズリーグとリーグ戦の兼ね合いによるターンオーバー制で出場機会を得られるようになり、後にイングランドのアーセルナルにレンタル移籍。『ファンタジスタ ステラ』では2010年南アフリカワールドカップの主軸メンバーとして活躍し、大会終了後の2010-2011シーズンよりスペインの名門リアル・マドリッド(R・マドリッド)へ移籍。リーグ戦の前哨戦となるスーペル・コパのバルセロナ戦では、右サイドハーフで先発し、1ゴール1アシストと華やかなデビューを飾った。ウインターブレイク期間中に恋人だったしおりと結婚することを決めた。新代表戦でも中心選手として主に右サイドハーフで起用されるが、代表チームのもう1人のエース本田とは息の合ったプレーが出来ておらず、両者が揃って出場した試合では必ず苦戦するジレンマが解決されぬまま2014年W杯を迎える。
坂本 琴音(さかもと ことね)
声 - 松井恵理子
長崎県出身。2月11日生まれ、血液型O型。
(23歳時)身長167cm、体重53kg。
てっぺいの姉。サッカーの指導者で、C級ライセンス所持。東京都に属する教師で、担当科目は英語。2002年時は23歳。
てっぺいにサッカーを教えた人物。指導者として、威勢の良さで選手たちを鼓舞する。2001年より水本高校に赴任し、サッカー部の監督に就任。弱小だった部を指導し、翌年には弟のてっぺいを実家から呼び寄せ、選手権での全国出場に導いた。てっぺいがイタリアに渡った後は遠征用のバスを動かすために免許を取得したり、五輪大会後はB級ライセンスの取得を目指して地域の子供たちに指導している。その後、八丈島高校へ赴任し、3年目でサッカー部を選手権に全国出場させる快挙を果たす。その功績ゆえに校長から慰留されている。
てっぺいと同じく、自身も選手時代はファンタジスタで、高校時代はトップ下として全国にその名を轟かせていたが、肺を患ったことでサッカー選手への道を諦めることになる。誘いを受けたFCベルーガでのセレクションを経て指導者への道を選び、コーチングの勉強のために東京の大学に編入した。
ロベルト・バッジオの大ファン。その偏愛ぶりはてっぺいにミラン時代のバッジオが背負った18番を与えるほどである。
結婚願望はあるのだが理想的な男性に巡り会えず、森川からの好意に鈍感で長年彼からのアプローチにも気づいていなかったが、2014年W杯開催期間中に偶然が重なり手紙にて森川の好意にようやく気付き、大会後に結婚する。
本田 圭佑(ほんだ けいすけ)
声 - 石川英郎
所属(背番号):CSKAモスクワ(7)→ACミラン、日本代表(18→4)
ポジション:MF(トップ下・守備的MF)、FW
『ステラ』における、もう一人の主人公。モデルは実在人物であり、『ステラ』の原案協力となったサッカー日本代表・本田圭佑本人である。
強靭なフィジカルと飽くなき向上心を持つ選手で、2010年南アフリカワールドカップではFW登録で出場。日本の決勝トーナメント進出の立役者となった。現状に満足することなく、将来はR・マドリッド移籍を目論んでいる。てっぺいとは同い年で、互いに刺激し合っている部分がある。点が取れる攻撃的なポジション、特にトップ下でのプレイにこだわっており、CSKAモスクワではアンジ・マハチカラ戦で監督の意向によりボランチに配置されて守備に奔走されつつも虎視眈々と得点を狙い、決勝点となる超ロングシュートを決めて監督に認めさせた。新代表戦ではリカルド杉山に対抗してFWとして出場し、ハットトリックを決めるが、直後に左膝半月板損傷をしてしまう。W杯前の数試合では轍平とは息の合ったプレーが出来ていない。ポルトガル戦ではスタッフェッタにより前半のみ出場し、直接フリーキックを決める。決勝トーナメント1回戦のブラジル戦でも開始早々に先制点を決める。
水本高校
東京都の下町にある都立高校。サッカー部は以前は弱小であったが、琴音の監督就任やてっぺいの加入で徐々に頭角を現していき、選手権の東京都B代表予選では決勝で丞南を破り、念願の本大会初出場を果たす。直後にイタリアに渡ったてっぺいを欠いた本大会ではベスト16に入る。その後は遠征用の大型バスを購入したり、グラウンドに照明灯を設置したりするなど環境面でも強化されている様子。1stユニフォームはACミランと同じ、赤と黒の縦じま。
春日部 雄太(かすかべ ゆうた)
馬場 健二(ばば けんじ)
小坂 浩一(こさか こういち)
福田 正史(ふくだ まさし)
ポジション:MF(守備的MF)。
東京都出身。6月25日生まれ、血液型A型。
(18歳時)身長179cm、体重67kg。
背番号7。2002年時は高校3年生。水本の精神的主柱。闘志を剥き出しにした激しいプレーと体を張った守備が持ち味。小坂とは昔からの親友。サッカーに対して熱く、2年前の金町との試合では、敗戦で悔しささえ覚えない先輩たちに苛立ちを覚えて殴ったことで部から離れていたが、琴音の就任を機に復帰した。てっぺいが加入した時は部員の中で最も不満を露わにしていたこともあった。天神との練習試合では必死に奮戦し、その姿にてっぺいたちチームメイトは気持ちを奮い立たせた。卒業後は大学に進学した。後年、妹のしおりがてっぺいと結婚したため、てっぺいの義兄でもある。
内田 優樹(うちだ ゆうき)
中岡 遼一(なかおか りょういち)
綾瀬 猛(あやせ たけし)
福田 しおり(ふくだ しおり)
声 - 牧野由依
東京都出身。9月12日生まれ、血液型A型。
(16歳時)身長153cm、体重41kg。
てっぺいのクラスメイトで、水本高校のマネージャー。2002年時は高校1年生。福田正史の妹。当初は部に所属していなかったが、地区予選の後にマネージャになる。料理の腕は皆無で、おにぎりはいびつな形になったり、兄からも酷評されるほどである。五輪終了後は講習会の出席で忙しくなった琴音に代わり、部の近況を書いた手紙をてっぺいに送っている。
卒業後は東東京新聞のスポーツ記者となり、2010年時点ではヨーロッパの現地特派員として各地を廻る日々を送り、2013年末には日本の本社で勤務している。
高校時代はてっぺいに想いを寄せており、琴音たちも気づいていたようだが当の本人にはうまく伝わっていないところがあったが文通を続けたりして、やがて交際。2010-2011シーズンのウィンターブレイク期間にてっぺいからのプロポーズを受け、結婚する。
帝東高校
森川率いる都内の強豪校で、全国大会の優勝校。インターハイの東京都予選では水本と対戦して勝利し、本大会の決勝に進出している。選手権でも東京都A代表として全国出場を決めている。
森川 竜司(もりかわ りゅうじ)
声 - 石川界人
所属(背番号):帝東高校(10)→横浜F・マリノス(20)→ACキエーヴォ・ヴェローナ→フィレンツェーナ、ユース日本代表(10)、五輪日本代表(10)、日本代表(10)
ポジション:MF(セントラルMF)
長崎県出身。3月31日生まれ、血液型A型。
(17歳時)身長178cm、体重65kg。
2002年時は高校3年生。帝東高校ではキャプテンを務めた。セリエAの選手でも数人しかいない、両足を利き足のように同レベルかつ高レベルのキック精度という稀有の才能を持ち、精度の高いロングパスとスルーパスを得意とする。てっぺいの幼なじみで、小学生の時に島を離れた。後に母親が再婚したため、苗字が変わっている(前の苗字は町田)。そのため、インターハイ予選での帝東と水本の試合では、琴音には最初は気付かれなかった(てっぺいに至っては思いっきり忘れられていた)。代表内ではてっぺいの良き理解者で、チーム内でのもめごとではフォローに入ることも多い。もともとはトップ下だったが、ユース代表のファン・ハーレン監督に適性ポジションを見出されボランチにコンバート、バランサーとしてその才能をより生かすようになる。幼少の頃から琴音に想いを寄せているのだが、なかなか伝えることができないでいる。高校在学時からイタリア語を勉強しており、会話の面では問題なく話せる。高校卒業後は横浜F・マリノスに入団し、五輪本戦後に念願だったセリエAのACキエーヴォ・ヴェローナへの移籍を果たす。2010年時点では同国のフィレンツェーナに在籍。2010年イタリア戦からキャプテンを務める。2014年W杯終了後、琴音と結婚。
天神高校
全国大会では必ずベスト8に入り高校三冠を達成した事も有る福岡県の強豪校で、黄金の中盤と呼ばれる選手達を擁し、高校サッカー界に君臨している。遠征に来ていた時に水本と練習試合を行うことになる。水本のてっぺいの活躍で一時は追いつかれるも途中から合流した沖田たちユース代表の活躍で再び突き放すが、最後に追いつかれ引き分けとなった。インターハイの決勝に進出している。
沖田 薫(おきた かおる)
声 - 内山昂輝
所属(背番号):天神高校(10)→リーガ・パラグアージャ→ボカ・ジュニアーズ→レーファクーゼン(21)、五輪日本代表(21)、日本代表(21)
ポジション:FW、MF(攻撃的MF)
静岡県出身。1月3日生まれ、血液型B型。
(16歳時)身長170cm、体重56kg。
2002年時は高校2年生。てっぺいが天神高校との練習試合で初めて対戦したファンタジスタ。天神高校では10番を背負い、MF(トップ下)として活躍。ユース代表にも選出される実力を持つ。ボールが足元に吸い付くようなドリブルが武器で、そのプレーに観客たちを魅了させる。水本との練習試合でてっぺいの才能を見抜き、彼に世界に飛び出すことを勧めた。4人兄弟の末っ子で、幼い頃はキック力などが不足していたことから、Jリーグの清水エスパルスや、その下部組織に所属する兄たちと比較されては、コーチやチームメイトから期待外れと扱われていたが、兄たちからディエゴ・マラドーナのビデオを見せられたことでドリブラーとしての活路を見出した。非常にプライドが高い性格で、後から他人の真似をするのを拒むことも(それが災いして、ユース代表合宿では試合に敗れて落選してしまう)。てっぺいがイタリアに渡った後、高校を中退して単身パラグアイへと足を踏み入れ、個人技にさらに磨きをかけたが、その反面、チームプレイをせず個人プレイで走るようになる。
五輪代表招集時、先に世界で戦っていたてっぺいへのライバル意識からFWにコンバートしてポジションを奪い取るも、そのてっぺいから味方とのコミュニケーションの大切さを教えられ、自身の中にあったわだかまりを氷解させた。五輪決勝では治療明けで後半から出場し、てっぺいとのファンタジスタ同士の2トップを実現させた。五輪本戦後はアルゼンチンのボカ・ジュニアーズに活動の場を移し、2009-2010シーズンよりドイツのレーファクーゼンに移籍。フォメーションの主流が4-2-3-1になると左サイドを主な主戦場としている。それまでは中央の密集地帯を縫うようにドリブルするタイプだったが、サイドにポジションを移してからは直線的なドリブルでチャンスメイクを主にするようになった。てっぺいとのコンビネーションは未だ健在で、てっぺいのファンタジーなプレイに最も多く絡む選手である。
泉 大河(いずみ たいが)
藤堂 祐介(とうどう ゆうすけ)
所属(背番号):天神高校(1)→リエージュFC、ユース日本代表(1)、日本代表(1)
ポジション:GK
静岡県出身。8月30日生まれ、血液型B型。
(18歳時)身長185cm、体重75kg。
2002年時は高校3年生。天神高校と日本ユースではキャプテンを務めた。
高校時代は足元の技術を持ち合わせた、守備範囲が広いリベロタイプのGKとしての面があり、プロになってからはコーチングに定評がある。
アテネ五輪のメンバーからは落選したものの、2010年及び2014年ワールドカップの代表メンバーに第1GKとして選出。2011年時点で既婚。
ナイジェリア戦でシュートを止めた際にゴールポストに肩をぶつけ、違和感を覚えるもそのまま次節のポルトガル戦に出場するが、後半ロナウドのシュートを止めた際に痛みが悪化し、負傷退場となる。鎖骨の骨折が判明し、以降の試合に出られなくなるが、ロナウドに立て続けに点を奪われたことで苛立つ桐野を発奮させるために西郷と一芝居打つなど裏でチームを支える。
永倉 迅八(ながくら じんぱち)
丞南高校
東京都では帝東と二強を分け合う強豪で、過去に全国優勝を果たしている。都予選でてっぺいたち水本の前に立ちはだかる。
西郷 政光(さいごう まさみつ)
声 - 浜田賢二
所属(背番号):丞南高校(4)→柏レイソル→リヴァプールFC、五輪日本代表(6)、日本代表(6)
ポジション:DF
2002年時は高校3年生。丞南高校ではキャプテンを務めた。落ち着いた性格だがサッカーに対する情熱を持つ。戦術眼に優れ、ゲームの流れを読むことで敵の攻撃に対応し、DFながら必要ならば攻め上がるなど、リベロとしての能力が高い。当初はユース代表候補に入っていたが、腰痛のために辞退しており、選手権予選では万全の状態ではないものの出場してチームを鼓舞していた。チームメイトからの信頼が厚く、スタメンの見込みのない他の3年の仲間たちが受験で忙しくなるはずの時期でも西郷と共にチームに留まるほどである。高校卒業後は柏レイソルに入団、五輪本戦では準決勝の対ブラジル戦で一度は敵FWのディディーに打ちのめされるも、落ち着きを取り戻すと抜群の戦術眼を見せ、グロッソにも一目を置かれた。自身の守備戦術が機能している時は冷静で高い精神力を示すが、格上の敵FWに翻弄されると冷静さを欠き始め自滅する場合もある。
五輪後はJリーグ柏レイソルでしばらくプレイした後に、イングランドのリヴァプールFCへ移籍。
2014年時は杉山とのコンビネーションは抜群。オフサイドトラップが得意でC・ロナウドやトトを何度もオフサイドにした。
高杉 作次(たかすぎ さくじ)
武市 慎一(たけいち しんいち)
岩崎(いわさき)
陵東高校
トップ下を置かない4-4-2のイングランド式のシステムを採用し、山波を中心としたサイドアタックを得意とする。近藤も1年生時の当初は所属していたが、間もなく退部した。東京都B代表予選の準決勝で水本と対戦するも敗れた。
山波 健介(やまなみ けんすけ)
所属(背番号):陵東高校(7)→東京FC(3)→マルセイユFC(3)、ユース日本代表(12)、日本代表(3)
ポジション:MF(左サイドハーフ、左ウイングバック)、DF(左サイドバック)
2002年時は高校3年生。高校は東京都内だが神奈川県在住。利き足は左。
高校時代は「左サイドのスペシャリスト」の名を持つサイドハーフとして有名で、正確無比なクロスで得点を演出する攻撃的な選手であった。本来は守備は決して得意ではなく、3-5-2のウイングバックでの出場時ですら守備に追われると持ち味である攻撃参加が全くできなくなるほどであったが、プロになると守備力も格段に向上し、ポジションを下げ4バックのサイドバックに定着すると、3バック移行時にはストッパーを務めるほどまでになった。
初招集となったユース代表の合宿では、自分が落選されるかもしれないかとの不安に苛まれていたが、上を目指す思いの強いてっぺいに感化されて自信を取り戻す。JY杯決勝のイタリア戦で後半から出場する。その後、都大会予選の準決勝でてっぺい擁する水本高校と対戦。攻撃の核としてクロスを上げ続けるが、敗北した。
卒業後は大学進学を経て、プロサッカー選手に。同世代の仲間達より出遅れたが2010年南アフリカワールドカップの日本代表メンバーに選出。決勝トーナメントのパラグアイ戦では先制点を演出するも、その後PK戦で外してしまい、チームが負けてしまったことで悔恨している。海外移籍の際に自らを変えようとあえて目立つために金髪にし、次の大会で雪辱を果たそうと誓うが、代表監督となったグロッソから「得点を生み出せない」と酷評され、代表から外された。しかし、直後のチャンピオンズリーグでのR・マドリッドとの試合を機に試合を決定づけられるクロスを意識するようになり、相手のオウンゴールを誘発するクロスを上げるなどの成長を示し、2014年時には代表に復帰している。ナイジェリア戦では終盤に途中出場し、自らのクロスから相手のオウンゴールを誘って日本を敗戦の危機から救うと以降もスタメンに定着。ブラジルとのPK戦では自ら志願して4番目のキッカーに入り、ブラジルの3番目だったディディーとすれ違う際に前大会のPK失敗のことを言われて動揺するが、桐野の激で我を取り戻してPKをきっちり決め、前大会のリベンジを果たした。
近藤とは同学年で旧知の仲らしく、近藤の遠慮のない言動には反感を持ちながらも彼のことを認めている。
金町高校
水本高校と同じ地区に属するチームで、2年前にも水本と地区予選2回戦で対戦しており、大差で圧勝している。選手権の地区予選では戦術を転換し、収集した対戦チームのデータを解析し、相手の攻撃を徹底的に防ぐ「電子ロックのカテナチオ」を武器とする超守備的なチームとなり、PK戦に持ち込んではキッカーの癖を見抜いて勝利していく。地区予選の決勝では水本を苦しめたが、馬場の一発に敗れた。
河合 啓介(かわい けいすけ)
大村 博也(おおむら ひろや)
久慈山高校
堀川学園
ACミラン
イタリア・セリエAの名門にして、世界レベルのクラブ。イタリア編では、プリマヴェーラに入団したてっぺいがトップ昇格を目指して奮闘する姿が描かれる。
プリマヴェーラ
アンドレア・ファルコーニ
所属(背番号):ACミラン・プリマヴェーラ(6)→ACミラン(24)、ユースイタリア代表(6)、五輪イタリア代表(6)、イタリア代表(6)
ポジション:MF(セントラルMF)、DF(右サイドバック)
ミラノ出身。3月5日生まれ、血液型A型。
(17歳時)身長180cm、体重70kg。
(18歳時)身長183cm、体重72kg。
代表及びACミラン・プリマヴェーラのキャプテン。作中では「フランコ・バレージの秘蔵っ子」とも言われており、ピッチの状況を俯瞰しているかのように把握し、論理的に筋道を立ててゲームを組み立てる同世代屈指のレジスタ(司令塔)で、ファンタジスタのマルコをも計算に入れて使いこなす才能を持つ。長い銀髪とプレイスタイルから「銀の隼(ファルコ・ダルジェント)」の呼び名を持つ。近藤とは互いに認め合うライバル同士。父のルーカもかつてはACミランの名選手だったことからかチームへの忠誠心は誰よりも強く、チームを侮辱する行為を認めない。それ故に、チームの和を乱す行為の目立つトトに対して強い不満を抱いていたがトップチームとの試合では、そのわだかまりを抑えてトトにラストパスを送り後半終了直前に同点に持ち込むことに成功、後の五輪代表でも戦力としてトトを推薦する。トップチーム昇格後はザンキがチームの司令塔に君臨しているため、右サイドバックとして出場している。五輪前にヴァレンティノから選手を操ることに関しては一流の反面、操られることも覚えることが課題とされ、得点力を向上させ、五輪でも日本代表を苦しめた。
続編であるファンタジスタステラでは、イタリア代表の主将を務め4-4-2のセントラルMFとして親善試合・ブラジルワールドカップグループリーグ第3戦で日本と対戦し、正確なパスで日本を苦しめる。
ディノ・シルベストリ
所属(背番号):ACミラン・プリマヴェーラ(17)→エンポリFC→ACミラン、五輪イタリア代表(17)、イタリア代表(17)
ポジション:MF(セントラルMF)
サルディーニャ島出身。1月6日生まれ、血液型A型。
(17歳時)身長173cm、体重65kg。
テクニックは乏しいがそれを補う豊富な運動量でピッチを駆け回り、敵の攻撃の芽を摘むダイナモ。トップチームとの試合ではバイエビッチをマークし、後半から左サイドに移って更に負担を増しながらも最後まで食らいついたハードワーカーである。てっぺいとは同時期に入団、プリマヴェーラの寮でもルームメイトとなり、アントニオも加えた島出身の3人組として私生活でも友人となった。大人しいが芯が強く、周囲の感情に流されずに冷静な思考ができる。頭が良く、弁護士の資格を得る勉強をしている。トップチームとの試合では敵エースのバイエビッチのマンマークを担当し、終盤はバイエビッチを自由にさせず、苛立たせるほど奮闘した。その試合後、エンポリFCにレンタル移籍して主力級の働きを見せる。五輪前にヴァレンティノから守備では一流の反面、パスセンスの乏しさが課題とされ、日本との決勝戦では攻撃の起点となるロングパスで先制点に結び付けた。
ステラでは、イタリア代表の主力に成長し、その豊富な運動量を活かした献身的な守備とセカンドボール拾いで日本代表を苦しめる。
アントニオ・ダンテ
所属(背番号):ACミラン・プリマヴェーラ(1)→ACミラン(31)、五輪イタリア代表(1)、イタリア代表(1)
ポジション:GK
シチリア島出身。5月24日生まれ、血液型B型。
(17歳時)身長187cm、体重76kg。
運動能力が高く、セービングに優れているがそれ故のガサツさが難点。てっぺいとディノよりも先にミランのプリマヴェーラに入団しており、後に2人と同じルームメイトになり島出身の3人組として私生活でも友人となった。性格はガサツだが情に篤くて涙もろく、ヴァレンティノのやり方に当初は不満を抱くも、トップチームとの試合後に事情を知ると他のチームメイトたちに内緒で見舞いに行くなどシャイな面を見せ、ヴァレンティノが死んだ時は代表の壮行試合直前だったてっぺいに涙ぐみながらそれを伝えた。面倒見がよく、イタリアに来たばかりで言葉に不自由していたてっぺいにイタリア語を教えた。トップチーム昇格後は試合でリザーブに入るようになるも、試合中に出場をせがんで監督を呆れさせていた。五輪前にヴァレンティノからセービングに優れる反面、コーチングの未熟さを指摘されており、五輪では積極的な声出しによりDF陣を後方から統率した。
サルバトーレ・ビアンキ
所属(背番号):ACチェゼーナ・プリマヴェーラ→ASローマ・プリマヴェーラ→ACミラン・プリマヴェーラ(9)→ACミラン(18→19)→インテル、五輪イタリア代表(9)、イタリア代表(9)
ポジション:FW
チェゼーナ出身。10月4日生まれ、血液型AB型。
(17歳時)身長179cm、体重68kg。
通称「トト」。ヴァレンティノに誘われてACミランのプリマヴェーラに加入した。誰にもパスは出さずに一人でゴールを決める、生粋のストライカー。ゴール前の飛び出しと決定力に絶対の自信がある。守備には全く加わろうとしないが、いつでもDFの裏のスペースを狙っているため、敵DFにとっては油断のならない相手となる。自身の得点のために極上のパスが必要であることを理解しており、常にチームメイトに決定的なパスを求めており、ファビオには”マルコから最高のパスを引き出せるFW”と評される。傲慢で自己中心的な性格でチームの和を乱すなどの問題を起こすことから「味方殺しのトト」と呼ばれ、キャリアの原点であるチェゼーナを離れてからはASローマなど様々なチームを渡り歩いているが、行く先々で問題を起こしJY杯前にユース代表からも外されている。しかしその一方で過去の出来事から誰よりも勝利への意思が強く、皆がいなくなった後に密かに猛練習に励んだり、トップチームとの試合では脇腹を痛めながらも押し黙って最後までプレイを続け、ロスタイムに同点のゴールを決める。トップ昇格後は主にスーパーサブとして出場して、着実にゴールを挙げており、五輪前のヴァレンティノからの課題も一層得点力を向上させるように、というものだった。
2011年時点でインテルに所属している。
ピエトロ・バルタリ
ロデオ・ストラーロ
ジョパンニ・デ・ローザ
ロッカ
ヴァレンティノ・ダミアーニ
ミラノ出身。1月21日生まれ、血液型A型。
(36歳時)身長182cm、体重69kg。
ACミラン・プリマヴェーラの監督。トップチームのコーチであったが、前任の監督であったデ・ニーロの辞任によりプリマヴェーラの監督に就任した。飄々としていて人を小馬鹿にした態度を見せ、トトのわがままな振る舞いを容認したり、生き残りをかけたトップチームとの試合を強引に推し進めたりするなどで選手たちから反発を受けていたが、実際は選手思いで、自身の体験からトップチームに上がれない選手たちの状況を憂いていた。
以前から重病を抱えそれを隠して指揮を続けるも、喀血するなど日に日に体調が悪化していきトップチームとの試合中に倒れて入院。回復を望まれるも五輪開催前に他界した。現役時代はファンタジスタであったが、「見えないものが見えなくなった」ために選手を辞めた過去を持つ。死後にてっぺいたちプリマヴェーラの教え子にアドバイスを書いた手紙を残し、てっぺいたちのプレイに少なからぬ影響を与えた。
トップチーム
ミルコ・バイエビッチ
所属(背番号):レッドスター・ベオグラード→ACミラン(20→10)→FCアンジ・マハチカラ(10)
ポジション:FW(セカンドトップ)、MF(トップ下)
2003年時は26歳。ユーゴスラビア(現セルビア)代表。
作中最強と称されるファンタジスタであり、驚異的なテクニックに加え、てっぺいと変わりない体格で大型DFとも渡り合えるほどのフィジカルの強さを持ち、ACミランでは不動のエースとして君臨する。
すぐ熱くなりやすい性格で、19歳でミランに移籍してきた当初はイタリアのシステマティックな戦術に対する苛立ちから警告を食らうことも多かった。自分の愛車に「ソフィア」と名づけており、グロッソの自転車で車に傷を付けられた時は号泣した。
グロッソとは入団して以来の付き合いで、レッドスター時代にチャンピオンズリーグでミランと対戦したことがあり、彼の存在がミランへの移籍の決定打になった。口には出さないがグロッソを尊敬しており、入団間もない頃に試合で相手の悪質なチャージや、それを流す審判の一方的な判定に怒りが爆発しそうになったが、グロッソが大記録を捨ててまで自分のために怒りを示した姿を見て、グロッソへの悪口は自分以外の人間がやることを認めないと公言している。
プレイスタイルや外見のモデルは元ユーゴスラビア代表の主将ドラガン・ストイコビッチであり、かつてミランに在籍した10番のデヤン・サビチェビッチの境遇もミックスされている。
2010年時点では、ロシアのアンジ・マハチカラに在籍。
カルロ・グロッソ
声 - 髙階俊嗣
所属(背番号):ACミラン(3)、五輪イタリア代表(3)、イタリアA代表(3)、日本代表監督
ポジション:DF(センターバック)
2003年時は37歳。既にベテランの域でありながらも所属するACミランでは不動のDFとして活躍し、「ミスターミラン」の名を持つクラブのバンディエラ。
長年の経験に基づく素早い判断力で敵の攻撃を食い止める、ディフェンスの精神的支柱であり、カテナチオの権化とも呼ばれる。若い頃は体を張った激しいプレーが多かった。
28歳の時に妻のアンジェラを交通事故で亡くし、そのショックから酒に手を出すようになる。現在では試合の前でもこっそり飲んでいるほど、すっかり酒豪になってしまった。
妻の死の後に行なわれた代表試合での失態を機に引退を考えたが、当時のファビオとの出会いを経てその考えを撤回する。イタリアサッカーに適応できずにいたバイエビッチが試合で悪質なチャージを受けながらも流され、シミュレーションと決め付けて彼にカードを出そうとする審判に憤り、自ら審判を殴る。その結果退場し、次節で200試合連続出場の大記録になるのを捨ててまでバイエビッチを救った。
てっぺいとはプリマヴェーラとの試合、五輪決勝戦で対戦しておりいずれも作中最強のDFとして立ち塞がったが五輪ではマークを振り切ったてっぺいを追おうとして肉離れを起こし、交代。五輪本戦後はイタリア代表を引退した。
現役引退後は指導者となり、体型もすっかり太ってしまった。ACミランのBチームを指揮1年目で優勝に導き、その手腕を買われて翌シーズンはトップチームの監督に抜擢されるが開幕後の連敗により更迭。その翌シーズンはセリエBから昇格したチームを優勝争いにまで持ち込ませ、翌年のチャンピオンズリーグでもベスト8にまで持ち込んだ。2011年からは日本代表監督を務める。
ポジションや外見のモデルはフランコ・バレージ、背番号のモデルはパオロ・マルディーニ。
ジェンナーロ・ザンキ
チームスタッフ
アルベルト・ロッシ
リカルド・コマンディーニ
インテル・ミラノ(エンター・ミラノ)
世界的な強豪クラブの一つで、同じミラノをホームタウンとするACミランとはダービーで熱い試合を繰り広げるライバルチームである。『ステラ』では「エンター・ミラノ」の名称に変わっている。
クラウディオ・デ・パルマ
レオナウド
ACチェゼーナ
CSKAモスクワ
ロシアの強豪クラブで、本田が所属するチームである。名前のCSKAは陸軍中央スポーツクラブの略称。
ジャギエフ
名前の由来はムサ
アンジ・マハチカラ
R(リアル)・マドリッド
世界でも1、2位を争うスペインのメガクラブ。2010-2011シーズンよりファン・ハーレンが監督に就任し、てっぺいも移籍加入してきた。クラブのモデルはレアル・マドリード。
オズマ
声 - 細谷佳正
ポジション:MF(攻撃的MF)
ドイツ代表のファンタジスタで、「オズの魔法使い」の異名を持つ。背番号10。てっぺいとともに2010-2011シーズンよりR・マドリッドに加入。貧民層出身故か野心が非常に強く、R・マドリッドでエースのロナウドを超えることを目標にしている。同じトップ下候補のてっぺいを最初は気に入らなかった様子だったが、移籍後初出場となるスーペル・コパでのバルセロナ戦ではそのてっぺいとの共鳴によるプレイから先制点を演出し、彼を認めている。
モデルはメスト・エジル。
クローノス・ロナウド
声 - 川原慶久
ポジション:MF(左サイドハーフ)
ポルトガル代表。背番号7。
R・マドリッドのエース。鍛え抜かれた肉体に桁外れのパワーとスピード、卓越したテクニックを合わせ持った驚異的なプレイヤー。ドリブルを仕掛ける時は「オラオラオラ」「ムダムダムダ」と連呼しながら相手ゴールに向かっていく。
濃い顔つきであり、豪快かつナルシストで兄貴肌な性格。てっぺいたちに「アニキ」と呼ばせている。
w杯ではグループリーグ3試合で3戦連続ハットトリックを記録し10得点を挙げる驚異の得点力を見せている。
モデルはクリスティアーノ・ロナウド。
バルセロナ
R・マドリッドの最大のライバルにして、世界ナンバーワンの名をほしいままにするスペインのメガクラブ。モデルはFCバルセロナ。
ネストール
日本代表
『ファンタジスタ』における日本代表はユース代表と五輪代表の2つが登場。天神の監督の志賀の推薦で、てっぺいはユース代表の合宿に参加する。ユースから五輪代表までファン・ハーレンが指揮。基本システムは連載当時の日本代表の主流であった3-5-2を採用。支配率を高めてパスを繋げるポゼッションサッカーを目的とする。
なお、沖田が五輪で21番を、平田が20番を背負っているが、実際の五輪(2004年・アテネ当時)では登録メンバーは1番から18番までの背番号登録のため、本来はあり得ない設定となっている。
『ファンタジスタ ステラ』ではA代表が登場。本田に加え、てっぺいたちユース代表及び五輪代表の選手たちが中心となって2014年ブラジルワールドカップでの活躍が描かれている。
近藤 敦(こんどう あつし)
声 - 宮下栄治
所属(背番号):陵東高校→東京ヴェルディ1969・ユース→東京ヴェルディ1969(7)→RCDエスパニョール→バレンシア、ユース日本代表(7)、五輪日本代表(7)、日本代表(7)
ポジション:MF(攻撃的MF、ボランチ)
東京都出身。10月31日生まれ、血液型B型。
(17歳時)身長177cm、体重69kg。
高校生Jリーガーとして活躍する司令塔。クールな野心家で、チームメイトに対しても歯に衣を着せない発言を容赦なくする。敵の当たりをものともしないフィジカルの強さと鋭いキラーパスを武器に中盤を統率し、代表でもてっぺいや森川たちを押さえてトップ下の地位を確立する。1年生の時は陵東のサッカー部に所属していたが、上級生たちとの折が合わなかったことなどが理由で退部し、ヴェルディのユースに入団。中学時代までは線の細いテクニシャンだったが試合で使われなかったらしく、ユースに入団してからは筋トレと正確なパスの練習に励み、今の地位に昇り詰める。その経緯から、ファンタジスタであるてっぺいに対して当時の自分を思い出すことから当初は敵視して衝突を繰り返していたがJY杯のイタリア戦で、ファンタジスタのマルコを使いこなすファルコーニのプレイを強く意識するようになってからは上を目指す手段としててっぺいを使いこなすことを決意する。五輪決勝では、ファルコーニに対するその意識が強すぎたために、パスコースが限定されて攻撃が不全になってしまったが、てっぺいの叱咤を込めた強いパスを受けて自分が為すべきことに気づき、試合の流れを日本へと引き戻して逆転勝利に貢献した。ヴェルディのユースからトップチームを経て、五輪本戦後にスペインのRCDエスパニョールへの移籍、早々にチームの主力となり解説者からは「東洋のグアルディオラ」と賞賛されている。2010年時点では同国のバレンシアに在籍。近年はボランチとしてプレイしている様子で、現状に慣れている自分に疑問を持ち、ロシアの本田のもとを訪ねた。終盤はポジションを一つあげインサイドハーフとしてプレイ。
ヨハン・ファン・ハーレン
アムステルダム出身。12月20日生まれ、血液型B型。
(44歳時)身長186cm、体重72kg。
2002年時は44歳。ユース・五輪代表のオランダ人監督。冷静で論理的な思考の持ち主で、ユース代表合宿ではJY杯まで1日ごとに評価の低い選手を追放してサバイバル的な意味合いを強めた。その一方で、代表から外された選手にはアドバイスや励ましの書かれた手紙を送るなど、決して冷酷なだけではない一面を持つ。ファンタジスタを戦術における大きなアクセントと認めていると同時に必要悪と考えており、そのプレイスタイルにおけるリスクからファンタジスタを2人同時に起用しようとはしなかったが、五輪決勝でイタリア戦に勝つためにと、てっぺいたちの強い訴えからついにてっぺいと沖田の同時起用を決意する。代表では自らが愛する背番号14をてっぺいに与えるなど、てっぺいに対する期待の大きさが伺える。
2010-2011シーズンよりR・マドリッドの監督に就任。自らの希望によりてっぺいをクラブに加入させた。初指揮となったスーペル・コパでのバルセロナ戦ではてっぺいとオズマの二人のファンタジスタの同時に起用する。
フランク・リーフデ
木戸 政孝(きど まさたか)
声 - 梅津秀行
2002年時は31歳。ユース日本代表及びアテネオリンピック日本代表のヘッドコーチ。2010年南アフリカワールドカップでは日本代表のコーチとなり、その後はJFAの強化部長に就任する。
ユース日本代表のコーチだった頃は厳格な印象であり、現代サッカーにおいて日本が世界に対抗するためにはフィジカルありきと考えているため、ユース代表では近藤を支持し、正反対のファンタジスタであるてっぺいを認めようとしなかった。しかしJY杯決勝のイタリア戦でマルコのプレイを目の当たりにして以来、ファンタジスタに対していくらか寛容になった様子。
2010年には頭が禿げ上がってしまい風貌が老けた印象になってしまった。代表監督の選出に苦心していた中で招聘したグロッソの考え方に振り回されたり、娘の歩美のことで悩むなど、以前と違って中間管理職のような苦労人と化し、元々はシリアスな役どころだったはずが、すっかりコメディキャラに変わってしまった。
ユース代表
五代 晃(ごだい あきら)
岡田 泰蔵(おかだ たいぞう)
所属(背番号):大阪府立東河内高校→グラスコーFC、ユース日本代表(15)、日本代表(16)
ポジション:FW
大阪府出身。9月30日生まれ、血液型A型。
(17歳時)身長171cm、体重63kg。
2002年時は高校2年生。100メートル11秒フラットの快速で、そのスピードを活かしたラインの裏を抜けるプレーが得意なために、最初は強いスルーパスが出せる近藤が司令塔になることを嘱望していたが、紅白戦で同じチームを組んだてっぺいのパスによって密集地でも点を決められるようになるなど成長を見せる。JY杯ではイタリア戦の後半途中から出場し、その快速で敵DFをきりきり舞いさせた。「西のロナウド」、「浪速のインザーギ」のあだ名を持つ。2010年南アフリカワールドカップ及び2014年ブラジルワールドカップの代表メンバーに選出。
五輪代表
陸奥 武彦(むつ たけひこ)
声 - 志村知幸
所属(背番号):ジュビロ磐田→青森FC、五輪日本代表(9)、日本代表(9)
ポジション:FW
2004年アテネオリンピック時は28歳。オーバーエイジ枠で五輪代表に招集された。
打点の高さとポストプレイに長け、闘志をむき出したプレイでチームを引っ張る選手。その明るい性格はムードメーカーとして若いチームを引っ張った。五輪の決勝では、マルコに対するてっぺいの強い思いを知り、自らそのポジションをてっぺいと沖田に委ねることを決めた。
日本代表歴代最多キャップを誇るが、晩年は度重なる怪我で足も限界に来ており、2010年冬には引退。その後は解説者として活躍している。モデルは中山雅史(W杯日本代表初ゴール、5試合連続ハットトリック〈実際は4試合連続ハットトリック〉から)。
岩倉 秀美(いわくら ひでみ)
宮部 剛(みやべ つよし)
A代表
大久保 塁(おおくぼ るい)
声 - 川辺俊介
所属(背番号): 八丈島高校→セレーゾ大阪、日本代表(22→14→24→8)
ポジション:MF(攻撃的MF)
2010時は18歳。琴音の八丈島高校での教え子であり、琴音をして「才能だけならてっぺいを超える」と言わしめられる存在。グロッソによってA代表に選出される。
つま先でボールを操れる独特の蹴り方が持ち味。根暗でマイナス思考、被害妄想が強いのとネガティブな性格。しかし誰と組んでも息の合うプレーが出来る事から、共存ができずに苦しんでいた坂本と本田の間に入り共存させる事に自ら挑戦する。
ブラジルワールドカップ終了後にドイツのブンデスリーガに挑戦する。
リカルド 杉山(リカルド すぎやま)
声 - 桐井大介
所属(背番号):FCアステカ、日本代表(25→4→2)
ポジション:DF(センターバック)
2010時は18歳。グロッソ監督からスカウトされた。フィジカルは本田と互角。本田を怪我させてしまうが、本田から助言をもらう。
由利 速人(ゆり はやと)
桐野 亜希彦(きりの あきひこ)
沢村 雪之丞(さわむら ゆきのじょう)
声 - 木島隆一
所属(背番号):FCバルセロナB、日本代表(33→21→5)
ポジション:MF(ボランチ)、DF(右サイドバック)
2010時は18歳。スキンヘッドが特徴。パスコースを切る能力に長けている。「イレーサー(消しゴム)」という異名を持っており、守備の切り札として起用される事が多い。
古波蔵 英達(こはぐら)
イタリア代表
カテナチオと名づけられた堅牢な守備に、そこから生まれるカウンター攻撃は脅威。日本はユース代表としてJY杯決勝で戦い、アテネオリンピックの決勝でも対峙することになる。A代表でも2011年の新生日本代表の親善試合で、そして2014年ブラジルワールドカップのグループリーグの第3戦で対戦することになり、日本にとっては浅からぬ因縁の相手となる。
マルコ・クオーレ
声 - 斉藤壮馬
所属(背番号):ACパルマ・プリマヴェーラ→ACパルマ(35)→ユベントス、ユースイタリア代表(10)、五輪イタリア代表(10)、イタリア代表(10)
ポジション:FW(セカンドトップ)
ナポリ出身。6月6日生まれ、血液型B型。
(16歳時)身長164cm、体重53kg。
代表の10番を背負うファンタジスタで、てっぺいにとっては最大のライバルとも呼ぶべき存在。少女のような顔や華奢な容姿、おっとりした口調とは裏腹に、極めて希少で偉大なファンタジスタとして描かれており、「イタリアの恋人」の称号を受けている。左足だけでボールに触り、ドリブル中は足下しか見ないという特異なプレイスタイルで、その左足から繰り広げられるテクニックや独自の感覚に誰もが驚かされる。試合開始、あるいは自身が試合に投入されてしばらくはピッチ内をうろつき回っているが、ピッチの情報を把握し終えると「マルコの時間」と呼ばれる時間が始まり、本格的にプレイに参入するようになって相手を脅威に陥れる。穏やかでどこか幼げな性格から、チーム内でも監督や選手から愛されているキャラクター性を持つ。JY杯の決勝の日本戦ではてっぺいのプレイに刺激されて監督に直訴し、前半途中から出場し、日本を窮地に陥れる。五輪の決勝で再び対峙した日本戦でも「極上の虹」と表現されるようなスーパーゴールを決める。五輪本戦後は30億もの移籍金で名門ユベントスへ移籍する。
2007年に父が事故死したことで実家のレストランを継ぐために突如プロ選手を引退したが、代表監督になったジャンニーニの要請で2014年W杯にはアマチュア選手のまま再び代表復帰を果たした。
ファビオ・カステッリーニ
所属(背番号):ACパルマ・プリマヴェーラ→ACパルマ、ユースイタリア代表(5)、五輪イタリア代表(5)、イタリア代表(3)
ポジション:DF(センターバック)
ナポリ出身。7月23日生まれ、血液型O型。
(17歳時)身長176cm、体重68kg。
上背はないが身体能力がずば抜けており、大柄な相手でも一対一での競り合いで誰にも負けない強さを持つ。マルコとは幼馴染みで、幼少時から一緒にストリートサッカーに興じていた仲。一対一でも常に自分を抜いたマルコを誰よりも認めている。子供の頃からグロッソに憧れており、五輪代表では夢だったCBコンビを形成する。決勝ではてっぺいの策にかかって失点したことで自信を失いかけるも、グロッソのカバーが功を奏して自信を取り戻し、負傷交代したグロッソから後継者と認められる。
モデルはファビオ・カンナヴァーロ。第4巻のカバー折り返しにカンナヴァーロ本人が紹介され、第42節の表紙でもてっぺいとの2ショットイラストが描かれていた。
ユース代表(イタリア)
ブラジル代表
カナリヤの名を持つ、世界最高レベルの代表チーム。アテネオリンピックの準決勝で日本と対戦。
ディディー
パラグアイ代表
堅守が持ち味の南米代表。日本とはアテネオリンピックの準々決勝で対戦。A代表としては2010年南アフリカワールドカップで、決勝トーナメント第1戦で対戦した。
フランシスコ・アナベル
メキシコ代表
テクニカルで狡猾なプレイが持ち味の、北中米の強豪。JY杯の初戦でユース日本代表と対戦。
エデル・エルナンデス
FCベルーガ
八丈島高校
八丈島にある都立高校で、読切作品の『カンピオーニ』に登場。琴音が赴任し、3年目で選手権出場を果たす。
三原 京介(みはら きょうすけ)
マスコミ
吉村 寅太郎(よしむら とらたろう)
楢崎 泰子(ならさき やすこ)
木戸 歩美(きど あゆみ)
声 - 久保田未夢
木戸政孝の娘。2010時は共立女子高の3年生。2011年から東東京新聞の記者になる。
引っ込み思案な性格。普段は眼鏡を掛けていて地味な印象だが、素顔はかなりの美人。
小学生の時に父親がコーチを務めていたユース日本代表のJY杯のイタリア戦を観戦しに行った時に試合で活躍するてっぺいに憧れを持ち、以来彼の追っかけをするようになった。非公開の新代表対旧代表の試合では友人たちの強い後押しを受け、JFA関係者の父親の名前を利用して会場に入り込み、てっぺいに告白する。しかし、後日のイタリア戦の後にてっぺいが結婚していることを知り、失恋。ショックを受けた直後にインタビューから逃げていた塁と出会う。彼との出会いをきっかけに、以前から目指していたサッカー関係の仕事への思いが強くなり、大学進学を止めて父親の反対を押し切り、しおりに頼み込んで東東京新聞に就職する。塁とは交際している様子。
エミリオ・デ・アミチーズ高校
ミラノにある高校で、てっぺいたちACミラン・プリマヴェーラの選手たちも所属。
クラウディア・セレーナ
その他
藤井(ふじい)
中岡 賢二(なかおか けんじ)
アニメ
サンデー連載7作品を連続OVA化するアニサン企画の一つとして、『ファンタジスタ ステラ』第8巻より3巻に渡り、特別版に同梱されるDVDにOVAとして収録。
2015年10月より12月までTOKYO MXにて『アニサン劇場』の枠で放送された。
- アニメーション制作:XEBEC
- 音響スタジオ:HALF H・P STUDIO
- 監督:高橋秀弥
- 脚本:山下友弘
- 音響監督:浦狩裕樹
- キャラクターデザイン:河島久美子
#1 「轍平vs本田」(『ステラ』第8巻特別版)