とある飛空士への夜想曲
以下はWikipediaより引用
要約
『とある飛空士への夜想曲』(とあるひくうしへのやそうきょく)は、犬村小六による日本のライトノベルシリーズ。イラストは森沢晴行。小学館ガガガ文庫より、2011年7月に上巻、2011年9月に下巻が刊行された。『とある飛空士への恋歌』に続く「飛空士」シリーズ 第3弾。2019年9月時点で「飛空士」シリーズ全体の全世界累計発行部数は130万部を記録している。
概要
舞台となる国や登場人物を一新した前作『とある飛空士への恋歌』とは異なり、シリーズ第1作『とある飛空士への追憶』からのスピンオフとして企画された。第1作で描かれた「海猫作戦」や、それ以降の中央海戦争の顛末を、千々石たち帝政天ツ上側の飛空士からの視点で捉えた物語である。 「第二次世界大戦」「プロペラ飛行機」「旧日本軍」をモチーフとし、シリーズ中で最も戦争文学の要素が強い。作中には各所に太平洋戦争へのオマージュが見受けられる。また、帝政天ツ上側の地名・人名・基地名には著者の故郷でもある九州の地名が数多く登場している。
刊行されたのは『恋歌』よりも後であるが、時系列は『追憶』の直後であり、物語は『追憶』にも描かれているシーンの天ツ上側視点から始まる。
あらすじ
レヴァーム王子の婚約者ファナを「海猫」が操縦する偵察機の後席に乗せ、陥落寸前のレヴァーム自治区から脱出させる極秘作戦、「海猫作戦」。その作戦を阻止し、レヴァーム側の厭戦気分に拍車をかけべるく出撃した天ツ上海軍パイロットの中に一人、「海猫」の永遠のライバルとなる男が居た。その名は、天ツ上海軍撃墜王・千々石武夫。「海猫」に対して仕掛けた編隊空戦をことごとく躱され、さらに独断専行で海猫との一騎討ちに挑み、その果てに敗れた千々石は、海猫との再戦を夢見ていくつもの戦場を渡り、「魔犬」と恐れられる存在になっていく。
千々石らエースパイロットの奮闘により天ツ上は連戦連勝を続けるが、「エスト・ミランダ沖海戦」にて着水中の空母6隻のうち4隻を撃沈され、その上熟練飛空士を多数失う大敗北を喫する。そして、レヴァームの圧倒的な産業力の前に形勢は徐々に逆転していく。兵器の性能・物量ともに優位となり始めたレヴァームは、西海に天ツ上が築いた拠点を奪還し、前線を東へと押し上げ続ける。そしてついに大瀑布を越え、天ツ上本土へと迫るレヴァーム機動艦隊を迎え撃つべく空母「雲鶴」に乗り込んだ千々石を待ち受けていたのは、再戦を願ってやまなかった「海猫」だった。
秘技に次ぐ秘技を繰り出す死闘の末、千々石はついに「海猫」を撃墜する。「海猫」を墜とされたレヴァームには千々石を止められる者はおらず、千々石はレヴァーム艦隊に張り付いて艦砲射撃を誘導し、飛行中の戦艦対着水中の空母という一方的に有利な状況を作り出し、己の命を代償に決戦を勝利に導く。この機を逃さず、神聖レヴァーム皇国に漂い始めた厭戦気分をまとめ上げて天ツ上とレヴァームの休戦を取り付けたのは、かつて千々石が墜とし損ねた標的、レヴァーム皇妃ファナであった。
登場人物
帝政天ツ上
千々石 武夫(ちぢわ たけお)
本作の主人公。22歳。天ツ上空挺兵団正規飛空母艦「雲鶴」航空隊編隊長の特務中尉。開戦半年で撃墜数69という撃墜王。天ツ上軍で唯一「左捻り込み」を使える。敵の囮作戦を看破するなど、空戦技術はもとより飛空士としての勘もさえているが、軍規を軽々しく無視する問題児でもあり、上層部からはあまり好かれていない。空戦中は敵機の動きを「誰かの声」として聞くような感覚で把握しており、それを「空の声」と呼んでいる。『追憶』のシャルルや『恋歌』のカルエルも同じ力を一時的に発揮している描写がある。
彼の父親は常日野の領主に仕える士族だったが、サン・マルティリアの成立で失職し、一家は故郷を追われた。父親は誇り高かったが、それ故に手に職を持つことが出来ず、一家は貧乏生活を強いられた。
学業成績は優秀だったが、尋常小学校を卒業した直後に父を腹膜炎で亡くしたため、母を説得し進学を諦め、海底炭田で栄える「戦艦島」で炭坑夫として働く。その後塵肺により母も亡くし、家族はビーグルの老犬、タレオのみとなった。明日への希望も持たずに働いて寝るだけの日々をすごすようになるが、ベスタドである吉岡ユキと出会ったことで感情を取り戻し始める。漠然と飛空士にあこがれながらも、学歴を理由に諦めていたが、ユキから海軍予科練の話を聞き、猛勉強の末、倍率150倍をくぐりぬけて合格した。
お守りとして愛機の機首にビーグル犬のノーズアートを描いており、そのノーズアートと卓越した空戦技術から、レヴァーム側の飛空士からは「魔犬」と呼ばれる。
海猫作戦阻止に失敗し、海猫に敗れたことで、海猫撃墜に執着するようになり、空戦のたびに海猫を捜し求めるようになる。
吉岡 ユキ / 水守 美空
ユキは千々石の幼馴染、美空は天ツ上の国民的歌手として登場する人物だが、両者は同一人物。千々石は両者が同一人物であることを知っているが、彼女と幼馴染であることを周囲には隠している。
吉岡 ユキ(よしおか ユキ)
12歳。千々石の2歳年下。常日野出身。父とともに戦艦島にやってきて、14歳当時の千々石と出会った少女。天ツ人の父とレヴァーム人の母を持つベスタド。青い瞳と金髪を持つ。島の同級生からはいじめられているが、本人はそれを全く気にせず、時には男子相手に喧嘩で圧倒することもある。
常日野(サン・マルティリア)に住んでた頃は、戦艦島で受けている差別よりもかなり激しい差別を受けたようであり、その差別の内容を千々石に語ったとき、「レヴァームの文化は好きだけど、差別するところは嫌い。集団になるといやな人たちにみえる」と吐露している。
誰もが聞き惚れるほどの澄んだ声と高い歌唱力の持ち主で、将来はトップ歌手になることを夢見ている。海軍予科練に合格して島を離れる千々石と、お互いに夢をかなえることを約束した。
波佐見 真一(はさみ しんいち)
杉野 平助(すぎの へいすけ)
松田 太一(まつだ たいち)
観音寺 秀明(かんのんじ ひであき)
御堂 永臣(みどう ながおみ)
神聖レヴァーム皇国
海猫
グラン・イデアル航空隊編隊長を務めるエース級飛空士。本名は狩乃シャルル。シリーズ第1作『追憶』の主人公。
「海猫作戦」を遂行したパイロット本人。機密漏洩を防ぐため作戦完遂後しばらくは後方勤務に従事させられ、模擬空戦の教官役を務めていた。エースである彼を戦場に復帰させるに当たって、軍上層部は皇家からの干渉を避けるため、「狩乃シャルル」を死亡扱いにしたうえで偽名と偽の経歴を与えていた。偽名と偽の経歴がどのようなものであったのかは語られていない。
千々石と同程度の空戦技術を持つ飛空士で、生え抜きのエリートである松田をして「技量に差がありすぎる」と言わしめた。千々石とは互いに憧れを抱いており、撃墜することを夢見ている。レヴァーム海軍で唯一「イスマエル・ターン(左捻り込み)」を使える、最高クラスのエースパイロット。
セスタ・ナミッツ
ヴィルヘルム・バルドー
神聖レヴァーム皇国海軍第一機動艦隊司令長官。あだ名は「ブルドッグ」「猛将バルドー」。
大の天ツ人嫌いであり、天ツ人を「猿」と公言してはばからない。将校達の前で「戦争ではない。諸君らの仕事は猿狩りだ。目に映る猿を殺せ、一匹残らず皆殺しにせよ、全身全霊をかけて猿を殺す喜びにひたれ」と訓示するなど、生理的嫌悪といえる程である。天ツ人を地上から殲滅したいと願っている。その一方で味方には惜しみない愛情を注ぎ、特に優秀な味方を誰よりも愛する。天ツ人との混血であるシャルルでさえ、「海猫作戦」を成功させた功績を高く評価されている。
士官学校時代は成績が最下位であり、上記の様な歪んだ思想と下品な言動をマクセル大将から嫌われて後方支援にまわされていたが、軍人としては非常に優秀なため、ナミッツ大将から指名されて司令長官に就任した。モデルはアメリカ海軍第3艦隊司令長官を務めたウィリアム・ハルゼー・ジュニア。
ラモン・タスク
ファナ・レヴァーム
カルロ・レヴァーム
登場兵器
帝政天ツ上
真電
原動機はDCモーター「讃(たたえ)」。水素電池スタックから出力される電力で駆動する。最高速度、機動性、航続力などあらゆるスペックでレヴァーム機を圧倒する。
機体形状や名称は旧日本海軍の試作局地戦闘機の震電がモデル(特にコミック版『とある飛空士への追憶』では機体形状が震電に酷似している)だが、「火力や運動性能に優れ、敵から恐れられる艦上戦闘機」という設定は零式艦上戦闘機がモデルとなっている。
真電改
前作「とある飛空士への恋歌」と次作「とある飛空士への誓約」にも登場する。
六十七式艦上戦闘機
連星
天水
彩風
七式飛空艇
防府
雲鶴
真鶴
飛騨
摂津
酸素魚雷
酸素空雷
神聖レヴァーム皇国
サンタ・クルス
アイレスII
中央海戦争開戦時にはレヴァーム側の最新鋭機とされていたが、真電と圧倒的な性能差があり陳腐化した。
アイレスIII
アイレスIV
アイレスV
下巻の口絵ではTa152に似た、長大な直線翼と長く伸びた機首を持つ機体として描かれている。
グラナダII
ロス・アンゲレス(LAG)
サン・リベラ
グラン・イデアル
VT信管
地名
帝政天ツ上
大瀑布により隔てられた海を挟んだレヴァームとは、飛空機械が発達した作中時間の100年前に遭遇。60年前の戦争に敗戦して領土の一部を自治区として割譲している。国内総生産はレヴァームの1/10と貧しいため、「富国強兵」「臥薪嘗胆」をスローガンに掲げ、中央海戦争の短期決戦・短期和平を狙っている。
国家予算の半分を軍事費に割り当てるという極端なまでの予算の割り振りの結果、軍事国家として成長し、中央海戦争では連戦連勝となっている。
古来より豊かな自然に囲まれ、天ツ人は農耕民族として発展してきた。
国民は黄色人種によって構成される。白色人種であるレヴァーム人やハーフに対しての差別や蔑称(レヴァーム人は「白豚」、ハーフは「鬼」。)は存在するものの、レヴァームとは異なり、社会制度としての差別ではなく、また差別への自覚も存在する。
軍用機に塗装されている国籍マークは「月桂冠に右三つ巴」。
戦艦島
長崎の「軍艦島」がモデル。
大牟田
常日野 / サン・マルティリア
中央海戦争により天ツ上に奪還され、天ツ上領土に戻る。
伊予島
バルドー機動艦隊の東進に伴い、天ツ上への進撃の足がかりとして攻略された。攻略当初は艦砲射撃と航空機による爆撃が繰り返された事で守備隊も壊滅し、3日もあれば陥落すると予想されていた。レヴァーム第一海兵師団は「猿狩り」を名目に火炎放射器やブルドーザー、戦車という本格的な装備で上陸したが、天然洞窟や採石坑道跡に拠点を構えていた守備隊から粘り強い抵抗を受ける。夜闇に紛れての切り込みや、地雷を抱いての戦車への特攻などの捨て身攻撃で、第一海兵師団の損耗率は55%を超え、精神を病む海兵隊員も続出した。撤退した第一海兵師団に替わって上陸した第七海兵師団の手により陥落したのは攻撃開始から1ヶ月後であった。伊予島の戦いはペリリューの戦いへのオマージュとなっており、司令官のセスタ・ナミッツが守備隊の健闘を称えて建立した石碑の慰霊の詩文もペリリューの戦いにおいて、チェスター・ニミッツが書いたとされる詩文へのオマージュである。
劇場版「とある飛空士への追憶」では、「Iou-shima(イオウシマ)」になっている。
淡島
神聖レヴァーム皇国
60年前の天ツ上との戦争に大勝し、サン・マルティリアを自治区として併合したが、その後、急激に軍事力を伸ばした天ツ上に遅れを取り、中央海戦争では連戦連敗している。天ツ上とは対照的に、厳しい自然を切り拓いて発展してきた狩猟民族。今までに遭遇した異邦民とは例外なく戦火を交え、殲滅することで西方大陸を支配してきた。有色人種である天ツ人に対する偏見が極端とも言えるほど激しく、天ツ人を「猿」と呼び、階級外の「人ではないもの」として扱う。天ツ上におけるレヴァーム人差別があくまでも感情としての差別であるのに対して、レヴァームにおける天ツ人差別は社会制度としての差別であり、なおかつ無自覚的に行われている。ベスタドであるユキいわく、「犬や猫や猿を、人間の生活する場所に入れさせないのと同じ感覚」「道、公園、バス、トイレ等においても、レヴァーム人は天ツ人を自分らと同じ場所には入れさせない」といったものである。
トレバス環礁
サイオン島
シリーズ第1作での、海猫作戦における主人公達の目的地。
用語
中央海戦争
太平洋戦争がモデルとなっており、海戦の展開や軍人の人名、兵器の開発史など随所に渡り太平洋戦争へのオマージュが見られる。
大瀑布
水素電池
水素電池が発生させた電気で稼働する発動機は「DCモーター」である。モーターを用いる関係から、飛空機の推進装置はプロペラとなる。
オーバーブースト
左捻り込み
1回の旋回で自機を追尾する敵機の背後を取れるが、高Gがかかるためパイロットや機体に高い負担を強いる。操作を誤るとブラックアウト、失神、失速、機体の空中分解に繋がる危険な技。エースパイロットでもこの機動を行える者は極めて少なく、作中では海猫と千々石の2人しか使えない。天ツ上では「特一級空戦技術」、レヴァームでは「S級空戦技術」とされている。レヴァームにおける名は「イスマエルターン」。「恋歌」でも海猫の技として描写されるほか、「誓約」では「カルステン・ターン」という名で登場。
坂井三郎が用いたとされる空戦機動の「左捻り込み」をモチーフとした架空の機動である。本来の左捻り込みはプロペラの後流、カウンタートルクおよびジャイロモーメントを利用しているため、推進式の機体や二重反転プロペラ機には不可能であるが、本作に登場する左捻り込みはそのような制約は存在しない。
揚力装置
既刊一覧
- 犬村小六(著) / 森沢晴行(イラスト)、小学館〈ガガガ文庫〉、全2巻
- 『とある飛空士への夜想曲(上)』2011年7月25日初版第1刷発行(7月20日発売)、ISBN 978-4-09-451285-4
- 『とある飛空士への夜想曲(下)』2011年9月22日初版第1刷発行(9月17日発売)、ISBN 978-4-09-451298-4
ガガガ文庫と81プロデュースとの協業制作で2021年3月22日に上巻・下巻ともオーディオブック化された。朗読は三宅貴大(朗読+観音寺秀明ほか)、田所陽向(千々石武夫)、宮原颯希(吉岡ユキ+水守美空)、三宅健太(波佐見真一ほか)、内野孝聡(杉野平助ほか)、上西哲平(松田太一ほか)、長谷徳人(海猫ほか)、木暮晃石(八神ほか)。