ぼくの村の話
以下はWikipediaより引用
要約
『ぼくの村の話』(ぼくのむらのはなし)は、尾瀬あきらによる日本の三里塚闘争(成田空港問題)を題材としたフィクション漫画。連載期間は1991年 - 1993年、単行本全7巻。
作品の概要
新東京国際空港(現・成田国際空港)の建設を端に発生した三里塚闘争(成田空港問題)を題材に、新空港が茂田市・三野塚に内定する頃から第二次行政代執行が完了するまでの6年間に焦点を当てて、主人公の押坂哲平やその周辺人物が、空港建設と反対闘争に関わっていく様子を描く。話の導入部などでナレーションが入り、連載期間である1991年から1993年現在の主人公「ぼく」の視点から回顧する。
土地収用に伴う、公団や機動隊と反対同盟との衝突・逮捕、空港予定地の住民の家族の離縁・離婚・移転、反対派による移転農家への嫌がらせなどの描写もある。
作者の綿密な取材に基づき、実際の出来事や事件などに触れている。警察官3人が死亡した事件(史実では東峰十字路事件)では、事件の捜査のために反対同盟(三里塚芝山連合空港反対同盟)の青年行動隊員が、次々と警察に逮捕されている。
作者の尾瀬あきらは取材時、第1回「成田空港問題シンポジウム」に反対同盟旧熱田派の協力で参加している。
あらすじ
物語は26年前(1992年時点)の1966年6月から始まる。1966年6月、政府が首都圏に建設しようとしていた新空港について、茂田市・三野塚に建設することを内定した。空港建設を報道で知った地元住民は説明会での説明に納得せず、反対運動を開始する。当初は冨野と同様に反対運動が早期に終結すると考えていた。しかし、反対運動に参加する農民の中にも空港公団の提示する補償内容に迷う者がおり、移転を前提とした条件交渉を行う組織(条件派)も出始め、地域は反対派と条件派に分裂する。地元農家には、用地交渉を行う公団だけでなく、親族や開墾時の借金の取り立てを行う農協や融資や預金の勧誘を行う銀行員らが訪れ、移転に応じて補償金を受け取るように仕向けられていく。
反対同盟は団結小屋や櫓を建て始め、夜間の見回りを行うなど、公団の測量に備え始める。それでも公団は機動隊を連れて測量を開始する。機動隊は実力で反対同盟の行動を排除しつつ作業を進める。やがて反対運動が活発になると運輸大臣も土地収用法に基づく行政代執行をちらつかせ始める。
当初革新政党の支援を受けて「無抵抗による抵抗」を目指していた反対同盟も、新左翼勢力である全自連の支援を受け入れ、実力闘争に傾き始める。全自連は茂田市役所横の空港公団分室前の市営グラウンドで公団襲撃と呼んだ現地闘争を行い、機動隊と衝突する。闘争では放水車や催涙ガスによる対抗にもあい、負傷者や逮捕者を出す大規模なものとなったが、機動隊と渡り合う学生らに反対同盟は希望を見出す。
反対同盟は空港建設工事が始まると、ブルドーザーの動きを阻止するための実力闘争をはじめ、逮捕者を出しながらも闘争を継続する。
土地収用法に基づく事業認定が建設大臣から告示され、行政代執行が可能となると、反対同盟は収用予定地に砦の建築をはじめる。公団も立ち入り調査を試みるが、現地の測量から航空測量に変更するなど、建設作業を進めていく。少年行動隊の隊長となった哲平もデモやビラ作成をしながら反対運動を進めていく。行政代執行が始まると、反対同盟は櫓の地下に穴を掘ったり、火炎瓶まで使用し始める。しかし公団は公権力を用い、第一次と第二次の2度に渡った行政代執行は警察官に死者を出しながらもついに完了し、物語は終わる。
登場人物
押坂家の人物
押坂 哲平(おしざか てっぺい)
主人公。押坂家の次男。初登場時は小学五年生。三野塚・葛池部落の空港予定敷地内に住む。巨人の星の星飛雄馬を目指して野球をやるなど、ひたすら遊ぶ小学生だった。足が速い。小学五年生の時に空港建設計画が発表された。中学では部活にも所属していた。中学入学後の一時は真由を避けたり、麻宮恵子と一緒に帰る際も恥ずかしがるなど、思春期の一面もあった。
空港反対運動では、少年行動隊に入隊し、家族とともに反対運動に参加する。中学入学後に教師らの反対を受けつつも三野塚少年行動隊の隊長として行動し、行政代執行が開始されると家族とともに逮捕を覚悟しつつ実力闘争に参加する。
やがて空港反対運動は国家権力を相手に戦っていると考え始め、中学卒業式では国歌を斉唱しなかった。中学卒業後に少年行動隊は卒業したが、高校進学後も第二次行政代執行で反対運動に参加した。第二次行政代執行が完了した後も反対運動を継続し、作品最後の1993年時点においても村にとどまっている。
押坂 浩(おしざか ひろし)
哲平の兄。押坂家の長男。大和農業高校卒。初登場時は19歳。昭和22年7月生まれ。空港建設の決定直後までは農業を継がせたい父に反抗して家出して上京するつもりでいた(レコードプレーヤーやグローブも義子や哲平に譲り、荷物の準備も行っていた)が、東京で頼る予定であった幹二が三野塚に戻ってきたことで取りやめた。
当初は農業に乗り気でなかったため青年同盟への参加を渋っていたが、公聴会の終了後に合流した。青年行動隊の主要メンバーとなり、御料牧場閉場式では老人行動隊に対する裏切りに激昂し会場を破壊して逮捕された。その後も反対闘争で逮捕される。また、ゲリラ活動で測量員を負傷させたこともある。高校生になった哲平にも機動隊と直接対決するような活動は参加させなかった。行政代執行の際にも公務執行妨害で逮捕された。警察官3人が死亡した事件の際に外周ゲリラの一員として現場付近で活動しており、逮捕されて千葉刑務所に勾留される。
活動支援に来た森下美奈子に惚れる一面もあった。
押坂 良二(おしざか りょうじ)
哲平の父で一哲の子。一哲と共に2町6反の畑を開墾した開拓農民。田んぼや畑の耕作のほか酪農も行っている。19歳の時に召集令状(赤紙)を受け取り、従軍経験を持つ。
冨野村に空港建設が持ち上がった際には地域振興になると考えて空港反対の署名を断っていたが、三野塚の空港建設は一家で反対運動を実施する。空港建設の決定直後の市長からの当を得ない説明に憤り、志願して葛池部落の同盟代表となった。家の屋根にも空港絶対反対の文字を書いたり、立木トラストの看板(野党議員の札もあった)を制作したりした。浩や哲平には反対運動には参加させるも、行政代執行が開始されるまで哲平を実力闘争に参加させなかった。測量時の妨害を行い、逮捕されている。空港絶対反対であるが、隣の住民とは条件派になっても一緒にお茶を飲むような心を併せ持つ。
物語終盤の第二次行政代執行の後、微生物農法や有機農法で空港以上に価値のある農業を行い、農法を広めることを決意する。
押坂 隆(おしざか たかし)
良二の弟で哲平の叔父。もともと農業が好きであったが、2世帯を賄える農地を持たない押坂家の次男であったことから稼業を継げず、茂田市農協に就職する。
当初は農協組合員として反対同盟と共に県庁に抗議に赴くこともしていたが、敷地内農家の中で条件派が多数派になると、権力側との条件交渉を有利にすすめるために条件派組織を取りまとめる組織の副会長に就任する。不本意ながらも条件派への転向を説得しに実家に来るが、空港絶対反対方針の良二と一哲は了承せず、物別れに終わった。哲平には百姓にならないよう勧める。公聴会の傍聴券が空港関係者らに押さえられ反対同盟員が傍聴できなかった際には、周囲の制止を振り切って傍聴券を良二に譲ろうとしたが、良二は受け取らなかった。
三野塚・渋山の住民
宮脇 真由(みやわき まゆ)
政府・公団側の人物
反対同盟の支援者
登場組織
三野塚・渋山連合空港反対同盟(さんのづか・しぶやまれんごうくうこうはんたいどうめい)
青年同盟
青年行動隊
老人行動隊
少年行動隊
当初は実力闘争に参加せず、県庁で副知事の前で抗議文を読み上げるなどをしていたが、第一次行政代執行からは実力闘争にも参加した。
佐和、八代(やしろ)、石山、白川といった部落ごとに組織があり、哲平が所属するのは三野塚少年行動隊である。
反対同盟が少ない八代では、三上純子が一人でビラ「砦」を発行して八代少年行動隊としての活動を始め、物語終盤では4人までメンバーを増やした。
反対同盟が行政代執行に対抗するために建てた砦の前で、各地区の少年行動隊が合同で集会を開いた。教員にも参加を呼び掛けたが、参加したのは他県の教員だけで、地域の教員は参加しなかった。そのため哲平の中学校の体育館で討論集会を開催することを決断した。体育館に集めた生徒らの前で三上純子が起草した公開質問状で教師陣を追及し、マスコミによって報道された。
マスコミがいる場面では機動隊も少年行動隊に手を出さなかったが、いない場面では手を出した。
婦人行動隊
新東都国際空港公団(しんとうとこくさいくうこうこうだん)
全自連(ぜんじれん)
羽田事件でも弁天橋で機動隊と衝突した事をメンバーが語っている。
公和党(こうわとう)
公団が4000 m滑走路外部の測量(外郭測量)をするための杭打ちに来た際、反対同盟が機動隊の排除を受ける中、公和党青年部の党員らは実力闘争に加わらずに現場から離れ、杭が打たれている最中に合唱しながら反対同盟に座り込みを止めるよう呼びかけた。
反対同盟が全自連の支援を受け入れると、反対同盟の幹部を排除する動きをし始めた。
社労党(しゃろうとう)
民自党(みんじとう)
舞台
新東都国際空港(しんとうとこくさいくうこう)
当初の空港建設であった冨野で反発をうけたため茂田市・三野塚に建設地を変更することを政府が内定したが、事前に地元や住民に知らせることなく(茂田市長も知らなかった)、大規模な反対運動を招いた。冨野案の際には野菜が高く売れることを期待する住民もいた。三野塚案は冨野案に比べて総面積が半分以下となり国有地も含まれるため、空港建設に必要な民有地の面積や立ち退き戸数は減少した。
作中では開港までは描かれない。
御料牧場
2万本の桜の名所であり、花見の時期には賑わう。
空港敷地の一部となり閉鎖された。閉鎖後は従業員や家畜らとともに栃木の新牧場への引っ越しが行われた。
作中に登場する地名
- 茂田市・三野塚(しげたし・さんのづか) - 成田市・三里塚がモデル。当初市は空港建設に反対していたが、その後方針を変更した。
- 葛池(くずいけ) - 天神峰がモデル。戦前の開拓によって生まれた部落。2500 m滑走路の予定地にある。
- 天原(あまはら) - 天浪がモデル。戦後開拓によって生まれた部落。農民のほとんどが沖縄県出身の入植者で、暮らしぶりは貧しい。地域には4000 m滑走路の予定地の一部も含まれる。空港建設決定当初は「空港絶対反対」の幟も掲げていたが、出身地の沖縄返還を願うため政府を刺激したくない者もおり、反対同盟に加わらずに早期に条件交渉が始められた。
- 駆野(かけの) - 駒井野がモデル。空港に隣接する何百年も続く部落。この地区を避けるために空港予定地には凹みがある。
- 野上(のがみ) - 東峰がモデル。開拓によって生まれた部落。第二次行政代執行の最中に十字路で青年行動隊・支援学生から成るゲリラと機動隊の大規模な衝突が起こり、3名の警察官が殺害される。
- 鳥井(とりい) - 取香がモデル。開拓によって生まれた部落。沢木のぶ以外の敷地内農家は条件派となって移転する。
- 台東原(だいとうはら) - 戦後開拓によって生まれた部落。空港計画決定の翌年には部落の3分の2が条件派になる。
- 越塚(こしづか) - 天原よりも遅れて条件派の組織を作るが、伝統のある古村であるため「お上」とのつながりがあり、公団や市に先に条件交渉に入った地域よりも条件の良い代替地を出すように働きかけた。
- 笹込(ささごめ) - 古込がモデル。開拓によって生まれた部落。条件派の組織が作られる。
- 掛川(かけがわ) - 公団が移転者のための代替地を造成した。代替地は、地権者に十分な農地を提供できる面積が確保されてないうえ、ただ森林を伐採して地ならしをしただけの(村上いわくニンジン一本作ることもできない)土地であった。
- 渋山町(しぶやまちょう) - 芝山町がモデル。一部地区が空港敷地となるだけでなく、町全体が滑走路の延長線上にあり激しい騒音空域となるため、町議会、農協も反対運動を行ったが、徐々に白紙に戻す。
- 佐和(さわ) - 菱田がモデル。空港が建設されると騒音直下の地域となる古村。
- 旛田郡・冨野村(はんだぐん・とみのむら) - 印旛郡富里村(現・富里市)がモデル。1,500戸の農家移転を伴う、当初の空港建設構想(冨野案)の予定地だった。トラクターが何十台も連なってデモ行進したり、竹やりを持ったりして激しい反対運動を展開し、空港の追い出しに成功する。冨野の反対運動でも革新政党が指導していた。
- 蜂谷町(はちやちょう) - 八街町(現・八街市)がモデル。冨野村と同じく、当初の空港建設構想の予定地。
- 谷中村(やなかむら) - かつて実在した栃木県下都賀郡の村。足尾銅山の鉱毒事件のため渡良瀬遊水地が作られた。浩が国の犠牲になった歴史を哲平と真由に語った際に、この村の歴史を語った。
- 葛池(くずいけ) - 天神峰がモデル。戦前の開拓によって生まれた部落。2500 m滑走路の予定地にある。
- 天原(あまはら) - 天浪がモデル。戦後開拓によって生まれた部落。農民のほとんどが沖縄県出身の入植者で、暮らしぶりは貧しい。地域には4000 m滑走路の予定地の一部も含まれる。空港建設決定当初は「空港絶対反対」の幟も掲げていたが、出身地の沖縄返還を願うため政府を刺激したくない者もおり、反対同盟に加わらずに早期に条件交渉が始められた。
- 駆野(かけの) - 駒井野がモデル。空港に隣接する何百年も続く部落。この地区を避けるために空港予定地には凹みがある。
- 野上(のがみ) - 東峰がモデル。開拓によって生まれた部落。第二次行政代執行の最中に十字路で青年行動隊・支援学生から成るゲリラと機動隊の大規模な衝突が起こり、3名の警察官が殺害される。
- 鳥井(とりい) - 取香がモデル。開拓によって生まれた部落。沢木のぶ以外の敷地内農家は条件派となって移転する。
- 台東原(だいとうはら) - 戦後開拓によって生まれた部落。空港計画決定の翌年には部落の3分の2が条件派になる。
- 越塚(こしづか) - 天原よりも遅れて条件派の組織を作るが、伝統のある古村であるため「お上」とのつながりがあり、公団や市に先に条件交渉に入った地域よりも条件の良い代替地を出すように働きかけた。
- 笹込(ささごめ) - 古込がモデル。開拓によって生まれた部落。条件派の組織が作られる。
- 掛川(かけがわ) - 公団が移転者のための代替地を造成した。代替地は、地権者に十分な農地を提供できる面積が確保されてないうえ、ただ森林を伐採して地ならしをしただけの(村上いわくニンジン一本作ることもできない)土地であった。
- 佐和(さわ) - 菱田がモデル。空港が建設されると騒音直下の地域となる古村。
書誌情報
講談社漫画文庫化されず単行本も再版されずに絶版となったが、復刊ドットコムの投票結果などから2008年にコミックパークでのオンデマンド出版による再版が実現している。
電子書籍でも取り扱っている。
- 尾瀬あきら 『ぼくの村の話』 講談社 〈モーニングKC〉 全7巻
- 1992年11月19日発行、ISBN 978-4-06-328305-1
- 1993年02月19日発行、ISBN 978-4-06-328313-6
- 1993年05月20日発行、ISBN 978-4-06-328323-5
- 1993年08月18日発行、ISBN 978-4-06-328332-7
- 1993年11月19日発行、ISBN 978-4-06-328342-6
- 1994年01月20日発行、ISBN 978-4-06-328350-1
- 1994年03月18日発行、ISBN 978-4-06-328357-0
写真集模写問題
連載開始翌月の1992年4月16日、作中の御料牧場や集会の風景など、1977年10月に刊行された写真集『成田国際空港』の写真を多数模写したものがあり、著作権者で地元写真家の小関与四郎が講談社に抗議して問題となった。小関によると連載開始前に講談社の担当者から電話で1ページだけ使わせてほしいとの申し出があり、少しだけならと了承したにもかかわらず、写真とそっくりのコマが11ヵ所もあったという。単行本では出典が明記されている。