サイレント・ブレス
以下はWikipediaより引用
要約
『サイレント・ブレス』は、日本の小説家南杏子による日本の長編推理小説。現役医師である著者のデビュー作として幻冬舎からの書き下ろしで2016年9月8日に刊行、『サイレント・ブレス 看取りのカルテ』(サイレント ブレス みとりのカルテ)と改題し幻冬舎文庫より文庫化された。大学病院から終末期の患者専門の訪問診療クリニックに左遷された女性医師が、死を待つのみの患者たちと向き合い無力感に苛まれつつ、終末期医療の大切さに目覚める姿を連作形式でミステリを交えて描き、現代の終末期医療の在り方について問う。
出版の経緯
2014年の春に、著者の南による「境訪問クリニック」と題した長編小説の原稿が人を介して編集者のもとに届けられる。現役医師が執筆した「看取り専門の女性医師」を主人公とする作品という点に興味を抱いて手に取った編集者は、医師ならではのディテールのリアルさ、面白さと文章の上手さから読み進め、著者が訴えたい「終末期医療」の在り方への強いメッセージに胸打たれて本作の出版を決意する。同年6月からおよそ2年かけて打ち合わせが行われ、連作形式にしたりミステリ要素を入れたりするといった改稿が施される。当初から「看取りのカルテ」という仮タイトルがつけられていたが、南のメッセージをオリジナルに表現するものとして、「サイレント・ブレス」というタイトルに決まる。2016年9月8日に単行本が幻冬舎より書き下ろしで刊行される。単行本の装丁は、印南貴行による。
2018年6月21日、南がNHKの『ラジオ深夜便』に出演し、人生の最期の迎え方について語ったところ、大きな反響があったことから文庫化が決まる。2018年7月12日に『サイレント・ブレス 看取りのカルテ』と改題し、文庫版が幻冬舎文庫より刊行される。文庫版の装画は、坂内拓による。
著者の南は、「死は『負け』であるとする考え方のもとで医療に携わっていた時期もあるが、終末期の患者と向かい合う中で徐々に考え方が変わり、その間に学んだことをミステリーも交えて描いたのが本作である」との旨を語っている。
あらすじ
新宿医科大学病院の総合診療科で10年間勤務してきた水戸倫子は、ある日、「むさし訪問クリニック」という、在宅で最期を迎える患者を専門としている診療所への異動を言い渡される。三鷹駅の近くにあるその診療所に在籍して働き始めた倫子は、初めのうちは、余命いくばくもない患者たちと向き合うことの無力感に苛まれていた。
しかし、抗がん剤による治療を頑として拒絶する乳癌患者である知守綾子や、無理に生かされたくはないとチューブを使って流動食を胃に直接流し込む方法である胃瘻を拒否する老人、古賀芙美江の他に、高尾山の麓にある清滝駅の付近で保護された、言語障害が疑われる身元不明の少女や、22歳の筋ジストロフィー患者、天野保など、さまざまな患者と向き合っているうちに、ターミナルケアを行うことの重要性に気付いてゆく。
ブレス1 スピリチュアル・ペイン 知守綾子(45歳) 乳癌末期
病状が悪化し、腹水を抜き、モルヒネを使用するようになると、ずっと頼っていいのと口にする。酸素吸入が必要になったとき、例の男が現れ、浄楼寺住職の日高と名乗り、綾子から相談を受けて、臨床宗教師として来ていることを明らかにする。臨終が近くなると、日高は臨終勤行を執り行う。綾子が息を引き取ると、倫子は死亡を確認し、ご臨終ですと静かに頭を下げる。後日、倫子のところに、綾子と日高の共著「死ぬ瞬間のデュアログ」が届く。
ブレス2 イノバン 天野保(22歳) 筋ジストロフィー
保から深夜に緊急事態の電話がある。倫子たちが駆けつけると、料金滞納のため電気が切られ、人工呼吸器が動いていない。このときはなんとか切り抜けるが、和子はパートを辞め失踪する。保はボランティアの支援を受け、そのまま家に留まるが、一人でいるとき、エアホースが外れる事故が元で死亡する。保のメモにクリスマスイブには自分の大切な人が帰って来ると思うと記されており、あえて一人で過ごすようにしたのかもしれない。
ブレス3 エンバーミング 古賀芙美江(84歳) 老衰
胃瘻を使い200ミリリットルのパックの半分を入れ、徐々に増やす計画である。純一郎はその間に高価な祭祀具や仏具を大量に購入する。3週間後に純一郎が7パックを一気に注入し、嘔吐による窒息で芙美江は死亡する。その翌日、妙子から遺体が消えたという電話がくる。純一郎が「エンバーミング」を施し、自宅に戻す。純一郎の狙いは、祭祀財産狙いであったが、タブレットに芙美江が妙子を祭祀継承者に指定する動画が入っており、それは法的にも有効なものである。
ブレス4 ケシャンビョウ 高尾花子(推定10歳) 言語障害
倫子たちが訪問したとき、妻の千夏はギョーザとニラ玉を作っている。ところが、花子は料理の盛られた皿を次々と外に投げ捨て走り去る。後を追おうとした千夏が倒れ、スイセンに含まれる毒物の中毒症状と診断される。新宿・歌舞伎町のハーブショップに捜査の手が入る。花子は大月市で発見され、黒竜江省の出身で、国際人身売買で日本に連れてこられたが、運動障害のため歌舞伎町では使えないとされ、高尾山に遺棄されたと判明する。新宿署で花子は小松と対面し、小松夫妻への感謝を口にする。小松の携帯が鳴り、千夏が意識を取り戻したと分かる。花子は小松に抱きつく。小松夫妻は花子の養親になる手続きを進める。
ブレス5 ロングターム・サバイバー 権藤勲(72歳) 膵臓癌
倫子たちはクリニックの車に権藤を乗せ、大井競馬場の予想屋、巣鴨の商店街で佃煮屋の女性、多摩動物園で女性ガイドを訪ねる。大河内教授は、過去に手術された患者たちを訪ね歩いているのではと話す。権藤はうなずき、彼らは手術後、20年以上健康に暮らしている「スーパー・サバイバー」だと話す。権藤の病状は進み、再び一切の治療を拒否し、倫子は同意する。死が迫る中、権藤はこれでいい、君はまちがっていないと倫子に告げる。権藤家を辞去する前に、倫子は看取らせていただき、ありがとうございますと頭を下げる。後日、大河内教授は、訪問クリニックの常勤医選任において、権藤が倫子を推薦したと話す。
ブレス6 サイレント・ブレス 水戸慎一(78歳) 脳梗塞
倫子は母親に、お父さんと家に帰ろうか、お父さんをこれ以上苦しませたくない、お父さんが好きだった場所で自分が看取りたいと話す。倫子は母親と一緒に自宅で介護に明け暮れる。倫子の指摘で母親は公正証書を取り出し、そこには延命治療は一切拒否すると記されている。母親は倫子を妊娠していた時のことを話し、家族をあきらめるのが嫌だったと説明し、もう点滴をはずしてあげようかと口にする。この2年間で倫子は患者の意志に反する治療は不遜だと学び、苦しい延命より心地よさを優先する医療もあると知った。死が近づいても父親には苦痛の表情はなく、静かに息を引き取る。
エピローグ
登場人物
ここでは、各話に共通する登場人物について説明する。
書評
小説家の盛田隆二は、「一読して、瞠目すべき作家が出現したものだと唸った」と評価している。書評家の吉田伸子は、「生とは、死とは、そして医療とは何か。大きなテーマと真摯に向き合った、骨太な一冊である」と評価している。
書評家の杉江松恋は、「エピソードの積み重ねにより、誰もが考えなければならない主題の方へと読者を誘導していく技法が卓越しており、物語としても楽しめた。新人らしからぬ筆力に脱帽である」と評価している。ノンフィクション作家の奥野修司は、「死という重いテーマがやさしく説得力のある文章で書かれたことで、より深く死を考えさせる」と評価している。
書評家の藤田香織は、「『デビュー作としては』という前置きなしで、読み応えがあり、『面白い』とも断言できる」と評価している。書評家の東えりかは、「生きている時間を大事にする、そのことをこの小説は教えてくれた」と評価している。
ダ・ヴィンチニュースには、「多くの患者に向き合い、その生死を見つめてきたからこそ、デビュー作にして心を深く揺さぶる作品が書けたのだろう」「終末期医療を描きつつも、ミステリー仕立てになっているのが面白い」との書評が掲載されている。
書誌情報
- サイレント・ブレス(2016年9月8日、幻冬舎、ISBN 978-4-344-02999-6)
- サイレント・ブレス 看取りのカルテ(2018年7月12日、幻冬舎文庫、ISBN 978-4-344-42776-1)