壁 (小説)
以下はWikipediaより引用
要約
『壁』(かべ)は、安部公房の中編・短編集。「S・カルマ氏の犯罪」「バベルの塔の狸」「赤い繭」(「洪水」「魔法のチョーク」「事業」)の3部(6編)からなるオムニバス形式の作品集である。1951年(昭和26年)5月28日に石川淳の序文を添えて月曜書房より刊行された。
表題作でもある「壁―S・カルマ氏の犯罪」は安部の最初の前衛的代表作で、第25回芥川賞を受賞した。ある朝突然、「名前」に逃げ去られた男が現実での存在権を失い、他者から犯罪者か狂人扱いされ、裁判までもが始まってしまい、ありとあらゆる罪を着せられてしまう。彼の眼に映る現実が奇怪な不条理に変貌し、やがて自身も無機物の壁に変身する物語で、帰属する場所を失くした孤独な人間の実存的体験と、成長する固い壁に閉ざされる空虚な世界と自我の内部が、安部公房特有の寓意や叙事詩的な軽さで表現されている。
発表経過・創作意図
「第一部 S・カルマ氏の犯罪」は、1951年(昭和26年)、雑誌『近代文学』2月号に「壁―S・カルマ氏の犯罪」の表題で掲載され、同年7月30日に第25回(昭和26年上半期)芥川賞を受賞した。「第二部 バベルの塔の狸」は同年、雑誌『人間』5月号に「バベルの塔の狸」の表題で掲載(挿絵は桂川寛)された。「第三部 赤い繭」は、前年1950年(昭和25年)、雑誌『人間』12月号に「三つの寓話」(「赤い繭」「洪水」「魔法のチョーク」)の表題で掲載され、1話目「赤い繭」は第2回(1950年度)戦後文学賞を受賞した。なお、「第三部 赤い繭」の4話目「事業」は同年10月に、世紀の会刊行パンフレット「世紀群叢書5」に掲載された。以上の6編をまとめて収録した単行本『壁』は、1951年(昭和26年)5月28日に月曜書房より刊行された。
安部公房は、3部作は一貫した意図によって書かれたもので、壁というのはその方法論にほかならないとし、以下のように述べている。
第一部・S・カルマ氏の犯罪
安部は、この作品について、一般的にはカフカの影響があると見られがちだが、ルイス・キャロルの影響の方が強いと語っている。また、主人公「S・カルマ氏」については、以下のように説明している。
なお、安部はこの作品を「小説に対する僕の姿勢を大きく変えてくれた作品」だと27年後に振り返り、「構想が熟したと思ったとたん、とつぜん自由になった感じがした。ペンが躍り出し、四十時間ほど一睡もせずに一気に書上げることができた。その後の僕の仕事の方向を決定づけることにもなった」と語っている。
あらすじ
ある朝、目を覚ますとぼくは違和感を感じた。食堂でつけをしようとするが、自分の名前が書けない。身分証明書を見てみても名前の部分だけ消えていた。事務所の名札には、「S・カルマ」と書かれているが、しっくりとこない。驚いたことには、ぼくの席に、「S・カルマ」と書かれた名刺がすでに座っていた。名刺はぼくの元から逃げ出し、空虚感を覚えたぼくは病院へ行った。だが、院内の絵入雑誌の砂丘の風景を胸の中に吸い取ってしまったことがわかり、帰されてしまう。ぼくは動物園に向かったが、ラクダを吸い取りかけたところを、グリーンの背広の大男たちに捕らえられ、窃盗の罪で裁判にかけられることになった。法廷には今日会った人々が証人として集まっていた。
その場を同僚のタイピスト・Y子と逃げたぼくは、翌日に動物園でまた彼女と会う約束をして、アパートに帰った。翌朝、パパが訪ねてきた。その後、ぼくは靴やネクタイに反抗され時間に遅れて動物園についた。Y子はぼくの名刺と語らっていた。よく見るとY子はマネキン人形だった。ぼくは、街のショーウインドーに残されている男の人形から、「世界の果に関する講演と映画」の切符をもらった。行くと、せむしによる講演と映画が始まった。ぼくはスクリーンに映っているぼくの部屋を見た。やがてぼくは、グリーンの背広の大男たちにスクリーンの中へ突き飛ばされ画面の中に入った。画面の中のぼく(彼)が壁を見続けていると、あたりが暗くなり砂丘に「彼」はいた。そして地面から壁が生えてきて、そのドアを開けると酒場だった。そこにはタイピストとマネキン半々のY子がいた。
別のドアから「成長する壁調査団」となったドクトル(病院の医者)とパパの姿をしたユルバン教授が現われ、「彼」を解剖しようとするが、「彼」は機転をきかし、難を逃れた。その後、ユルバン教授は、ラクダを国立動物園から呼びよせ、それに乗り、縮小して「彼」の中を探索するが蒼ざめて戻ってきた。ドクトルとユルバン教授は、調査を中止し逃げていった。ただ一人残された「彼」は、壁そのものに変形していく。
登場人物
ぼく
食堂の少女
Y子
小使
ドクトル
金魚の目玉
画家
浮浪児
子供たち
動物園の園丁
大男たち
法廷の委員たち
事務所の主任
アパートの隣人
アパートの二階の住人
パパ
マネキン人形のY子
男のマネキン人形
せむし男
ユルバン教授
戯曲化
- ガイドブックIV『S・カルマ氏の犯罪』 安部公房スタジオ公演
- 1978年(昭和53年)10月13日 - 29日 渋谷・西武劇場
- 作・演出・音楽:安部公房。美術:安部真知。照明:河野竜夫。音響:鈴木茂。舞台美術:山崎彰。照明:藤本哲。衣裳:森本由美子。制作:西武美術館。
- 出演:垂木勉(S・カルマ氏)、山口果林(Y子)、宮沢譲治(研究室長)、伊藤裕平(調査部長)、加藤斉孝(調査部員)、沢井正延(調査部員、見張り役)、寺田純子(調査部員)、岩浅豊明(医者)、八幡いずみ(看護婦)、平野稚子(見張り役)、藤野俊祐(見張り役)、塩田映湖(泣く女)
- 台本は1978年(昭和53年)、雑誌「新潮」11月号に掲載。
- ※ 昭和53年度文化庁芸術祭参加作品として上演。
- 1978年(昭和53年)10月13日 - 29日 渋谷・西武劇場
- 作・演出・音楽:安部公房。美術:安部真知。照明:河野竜夫。音響:鈴木茂。舞台美術:山崎彰。照明:藤本哲。衣裳:森本由美子。制作:西武美術館。
- 出演:垂木勉(S・カルマ氏)、山口果林(Y子)、宮沢譲治(研究室長)、伊藤裕平(調査部長)、加藤斉孝(調査部員)、沢井正延(調査部員、見張り役)、寺田純子(調査部員)、岩浅豊明(医者)、八幡いずみ(看護婦)、平野稚子(見張り役)、藤野俊祐(見張り役)、塩田映湖(泣く女)
- 台本は1978年(昭和53年)、雑誌「新潮」11月号に掲載。
- ※ 昭和53年度文化庁芸術祭参加作品として上演。
第二部・バベルの塔の狸
あらすじ
貧しい詩人のぼくは、自分の空想やプランをつけている手帳を「とらぬ狸の皮」と呼んでいた。ぼくはP公園で奇妙な獣を見つけた。その獣は突如、ぼくの影をくわえ逃げ去り、影を失ったぼくは目だけ残して透明人間になってしまった。その夜、獣は夜空から霊柩車に乗ってやってきて、自分は君に養ってもらった「とらぬ狸」であると言い、ぼくをバベルの塔へ連れて行った。そこには狸がたくさんいた。とらぬ狸は、「みなぼくの仲間だ。人間は誰でも各々のとらぬ狸を持っている」と言った。
とらぬ狸はぼくを入塔式に案内した後、目玉銀行に連れてゆき、目玉を預けろと言った。狸たちにとって、人間の目玉は有害なのだと目玉銀行の管理人・エホバが説明した。それを拒否したぼくは、次に行った時間彫刻器の研究室で、とらぬ狸におどりかかった。ぼくは時間彫刻器の箱を開け、タイムマシンで影をとられる前の時間のP公園に戻った。そして近づいて来たとらぬ狸に向かって、手帳や小石を投げつけ追っ払った。
登場人物
ぼく
とらぬ狸
恋人らしい男女
少年たち
タバコ屋の娘
奥さん
警官たち
管理人のおかみさん
ダンテ狸
その他のとらぬ狸たち
エボバ
第三部・赤い繭
「赤い繭」「洪水」「魔法のチョーク」「事業」の4話からなる。
赤い繭
安部はこの作品の執筆当時、ようやく手に入れた6畳ほどの物置小屋を自分で床を張り改造した住居に住んでいて、布団の上に粉雪が降る境遇だったという。安部はその頃を振り返り、以下のように語っている。
あらすじ
帰る家のない「おれ」は、日の暮れた住宅街をさまよううちに、足から絹糸がずるずるとのびてゆき、どんどんほころんでいった。その糸は「おれ」の身を袋のように包みこんでいって、ついに「おれ」は消滅し、一個の空っぽの大きな、夕陽に赤々と染まった繭となった。だが家が出来ても、今度は帰ってゆく「おれ」がいない。踏切とレールの間にころがっていた赤い繭は、「彼」の眼にとまり、ポケットに入れられた。その後、繭は「彼」の息子の玩具箱に移された。
登場人物
おれ
女
棍棒を持った彼
彼
洪水
あらすじ
世界のいたるところで、労働者たちが液化しはじめた。刑務所の囚人も液化したため、治安も悪化し大混乱となった。警察も物理学者もお手上げ状態となり、富める者たちは恐水病に陥った。様々な対処も無駄となり、人類は洪水で絶滅した。しかし、静まった水底で、何やらきらめく物質が結晶しはじめる。それは、過飽和な液体人間たちの中の目に見えない心臓を中心にしていた。
登場人物
哲学者
労働者
液体人間たち
富める者たち
国王や元首たち
科学者
ノア
魔法のチョーク
安部は、この作品の主人公「アルゴン君」の名前の由来について、以下のように説明している。
あらすじ
貧しい画家のアルゴン君は、画材道具や家具も売り払い、その日に食べる物にも困っていた。一つ残っていた赤いチョークで壁にパンやバターや林檎を描くと、実物になって落ちてきた。アルゴン君は、夢中でそれを食べた。ベッドも書くとそれが現われた。しかし、翌日になると、ベッドは絵に戻り、林檎の芯など食べられなかったものだけ壁の絵に戻っていた。日光が部屋に入ると効力がなくなると気づいたアルゴン君は、壁から出した財布の金で毛布などを買い、部屋に暗幕をめぐらした。
窓がほしくなったアルゴン君は試しに描いてみたが、窓が「外」を持たないと駄目だった。ドアだけ描いて恐々開けると、黒ずんだ空の熱風砂漠だった。やはり「外の絵」を作り出さなければならなかった。アルゴン君は途方に暮れ、ふと目についた新聞記事のミス・ニッポンを壁に描いてイヴを作った。アルゴン君は一緒に世界を設計しようと彼女に言うが、高慢なイヴは半分もらったチョークでピストルとハンマーを描き、アルゴン君を撃ち殺してドアを打ち壊してしまった。
日光が入り、絵から出たものは絵に戻っていた。アルゴン君の胸の疵も消滅し癒えていたが、壁の絵ばかり食べていた肉体は、ほとんど壁の成分になっていた。アルゴン君はよろめき壁に吸い込まれてイヴの上に重なり、壁の絵になった。騒ぎに集まった人々や怒る管理人が帰った後、絵のアルゴン君は、「世界をつくりかえるのは、チョークではない」と呟き、その目から一滴のしずくが落ちた。
登場人物
アルゴン君
アパートの老人
友人
イヴ
アパートの人々
アパートの管理人
事業
あらすじ
司祭で事業家の私は、鼠を原料とした食肉加工で成功した。しかし飼育した肥大鼠に従業員と妻子が襲われて死亡する事件が起きた。それをきっかけに私は六人の死体を食肉に加工してみた。各界代表者を招いた試食会(原料を伏せた)も成功し、大商社各社から特約を受け、人肉加工の事業を展開した。事業は目ざましい拡張発展をとげ、原料(堕胎児や屍体)が不足した。私は、食べることを目的として生物を殺すのは罪ではないというキリスト教の教えによって、新事業の拡張新分野(殺人合法化)を計画する。
登場人物
私
貴下(聞き手)
テレビドラマ化
- テレビ劇場『魔法のチョーク』(NHK総合)
- 1958年(昭和33年)5月9日 金曜日 20:45 - 21:30
- 脚本:畑中庸生。
- 出演:春田美樹(失業中の画家・佐々木周)、馬淵晴子(アパートの管理人の娘・マリ子)、平野和子(その母)、福岡弥栄次、ほか
- 1958年(昭和33年)5月9日 金曜日 20:45 - 21:30
- 脚本:畑中庸生。
- 出演:春田美樹(失業中の画家・佐々木周)、馬淵晴子(アパートの管理人の娘・マリ子)、平野和子(その母)、福岡弥栄次、ほか
ラジオドラマ化
- 音楽のおくりものII『赤い繭』(NHKラジオ第二、NHK-FM実験放送)
- 1960年(昭和35年)10月27日 木曜日 21:00 - 22:00
- 音楽・作曲:諸井誠。ハープシコード:竹前聡子。オンド・マルトゥノ:高橋悠治。ドラムセット:猪俣猛。ボンゴ:内藤常二郎、小野寺浩一。合奏:アンサンブル・エレクトロニカ。指揮:若杉弘。電子音楽:NHK電子音楽スタジオ。ミュージックコンクレート:秋山邦晴、諸井誠。合唱:東京混声合唱団。
- 出演:芥川比呂志(男)、山岡久乃(女)、熊倉一雄(彼)、東京放送劇団
- ※ 『赤い繭』を音楽的に構成したもの。サブタイトルは「ラジオのための作品」。
- ラジオ劇場『大事業』(NHKラジオ第二)
- 1961年(昭和36年)3月29日 水曜日 21:00 - 21:30に放送予定だったが、放送を見送られ未放送。
- 演出:大西信行。出演:小沢栄太郎(男)。
- ※ 同日同時刻には急遽、秋元松代の『丘の上』が放送された。『大事業』の過激な内容がNHKの内部監査により放送を見送られた可能性があると推察されている。
- 1960年(昭和35年)10月27日 木曜日 21:00 - 22:00
- 音楽・作曲:諸井誠。ハープシコード:竹前聡子。オンド・マルトゥノ:高橋悠治。ドラムセット:猪俣猛。ボンゴ:内藤常二郎、小野寺浩一。合奏:アンサンブル・エレクトロニカ。指揮:若杉弘。電子音楽:NHK電子音楽スタジオ。ミュージックコンクレート:秋山邦晴、諸井誠。合唱:東京混声合唱団。
- 出演:芥川比呂志(男)、山岡久乃(女)、熊倉一雄(彼)、東京放送劇団
- ※ 『赤い繭』を音楽的に構成したもの。サブタイトルは「ラジオのための作品」。
- 1961年(昭和36年)3月29日 水曜日 21:00 - 21:30に放送予定だったが、放送を見送られ未放送。
- 演出:大西信行。出演:小沢栄太郎(男)。
- ※ 同日同時刻には急遽、秋元松代の『丘の上』が放送された。『大事業』の過激な内容がNHKの内部監査により放送を見送られた可能性があると推察されている。
舞踏化
- パントマイム『赤い繭』 草月コンテンポラリー・シリーズ6 作曲家集団12月の会〈諸井誠〉
- 1960年(昭和35年)12月8日 草月会館ホール
- 音楽:諸井誠。演出:塩瀬宏。装置・美術:真鍋博。照明:今井直次。舞台監督:武市好古。
- 指揮:若杉弘。演奏:東京混声合唱団、室内オーケストラ。
- マイム:ヨネヤマ・ママコ。朗読:水島弘、芥川比呂志。
- ※ 放浪の黙劇芸人(ミーム)として来日していたフランスの作家・テオ・レズワルシュが塩瀬宏とともにヨネヤマ・ママコの振付けを行なった。
- ※ 「パントマイム・舞踏とオーケストラ・シュプレヒコール・コーラス・モノローグ・電子音響との新しい試みによる舞台のための〈赤い繭〉」として上演。演奏はテープ再生。
- 1960年(昭和35年)12月8日 草月会館ホール
- 音楽:諸井誠。演出:塩瀬宏。装置・美術:真鍋博。照明:今井直次。舞台監督:武市好古。
- 指揮:若杉弘。演奏:東京混声合唱団、室内オーケストラ。
- マイム:ヨネヤマ・ママコ。朗読:水島弘、芥川比呂志。
- ※ 放浪の黙劇芸人(ミーム)として来日していたフランスの作家・テオ・レズワルシュが塩瀬宏とともにヨネヤマ・ママコの振付けを行なった。
- ※ 「パントマイム・舞踏とオーケストラ・シュプレヒコール・コーラス・モノローグ・電子音響との新しい試みによる舞台のための〈赤い繭〉」として上演。演奏はテープ再生。
作品評価・解釈
『壁―S・カルマ氏の犯罪』は発表当時、画期的な作品として反響を呼び、それまでの日本近代文学において主流だった「私小説の伝統とそこに密集する近代的自我という人間中心主義の幻想」を打破したという点で、その2年前に発表された三島由紀夫の『仮面の告白』と双璧をなす作品だと高野斗志美は解説している。
芥川賞の選考審査員の川端康成は、『壁―S・カルマ氏の犯罪』を、部分によっては鋭敏でなく、冗漫と思えたところもあるとしながらも、最も高く評価し強く推した理由について、「『壁』のやうな作品の現はれることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。(中略)作者の目的も作品の傾向も明白であつて、このやうな道に出るのは新作家のそれぞれの方向であらう」と述べて、新味があり好奇心を誘った作品だとしている。同じく、芥川賞に推薦した瀧井孝作は、「寓話諷刺の作品にふさわしい文体がちゃんと出来ている。(中略)文体文章がちゃんと確かりしているから、どんな事が書いてあっても、読ませるので、筆に力があるのです。自分のスタイルを持っている。これはよい作家だと思いました」と評している。
『壁―S・カルマ氏の犯罪』の文体について市川孝は、小説の文脈は説明的で饒舌な、蔓衍体的な一面を持つと同時に、簡潔な手法とテンポの速さ、きびきびした会話の展開を含むとし、また、具象的、印象的な図形類を配している点が特色だと述べ、その特色が、「切れることなく続く全体の構成と、印象的なクライマックス」と共に、超現実的な世界を描く観念的な作風と一つの調和をなしていると解説している。
この市川孝の解説評を受け、安部は『壁―S・カルマ氏の犯罪』で「意識的に工夫」した説明的な文章について、「形式的には説明だが、内容的には、単なる前文の繰返しにすぎないのである。分かりきったことを、もっともらしく、あるいは驚きをもって反復しているにすぎない」とし、それは市川の感じた「理屈っぽい傾向」というより、「むしろぎこちない思考」であり、〈ので〉〈から〉等の接続助詞の多出も、「関節の単純さのために、すべての行動をたやすく予見でき、予見できすぎることによってかえって謎めいてくる、あのマリオネットのとぼけたおかしさに近いもの」や、「即物性から飛躍できない、子供の〈理由さがし〉のこっけいさに似たもの」を意図した文体だと説明している。
『赤い繭』について森川達也は、「この作品の生命は、何よりもまず、『赤い繭』そのものが持っているイメージの美しさ、にある」と評し、『赤い繭』が一般的に言われるように、「ユーモアとアイロニーをこめた寓話的な手法によって、現代の人間の置かれた状況を描き出した短篇」には違いないが、単にその寓意を探って合理的に解釈することよりも、作品全体の詩的イメージの美しさを重視したいと解説をしている。
おもな刊行本
- 『壁』(月曜書房、1951年5月28日)
- 装幀:勅使河原宏。挿絵:桂川寛。序文:石川淳。あとがき:安部公房。
- 収録作品:第一部・S・カルマ氏の犯罪、第二部・バベルの塔の狸、第三部・赤い繭(赤い繭、洪水、魔法のチョーク、事業)
- 文庫版『壁』(角川文庫、1954年3月10日)
- 挿絵:桂川寛。序文:石川淳。
- 収録作品:S・カルマ氏の犯罪、赤い繭(赤い繭、洪水、魔法のチョーク、事業)
- 『水中都市』(桃源社、1964年12月10日)
- 装幀:安部真知。
- 収録作品:水中都市、棒、なわ、鉛の卵、盲腸、透視図法、闖入者、イソップの裁判、バベルの塔の狸
- 文庫版『壁』(新潮文庫、1969年5月20日。改版1988年) ISBN 978-4-10-112102-4
- カバー装画:安部真知。付録・解説:佐々木基一。挿絵:安部真知。
- 収録作品:第一部・S・カルマ氏の犯罪、第二部・バベルの塔の狸、第三部・赤い繭(赤い繭、洪水、魔法のチョーク、事業)
- ※ のち、カバー装画:近藤一弥(フォト:安部公房)。
- 限定版『赤い繭』(プレス・ビブリオマーヌ、1969年5月)
- 限定415部。署名入。近江産草木染雁皮紙。夫婦三方帙入り。覚え書:安部公房。
- 限定版『魔法のチョーク』(プレス・ビブリオマーヌ、1969年12月)
- 限定475部。署名入。近江産草木染雁皮紙。夫婦三方帙入り。覚え書:安部公房。
- 限定版『洪水』(プレス・ビブリオマーヌ、1973年11月)
- 限定585部。署名入。近江産草木染雁皮紙。夫婦三方帙入り。覚え書:安部公房。
- 限定版『事業』(プレス・ビブリオマーヌ、1974年11月)
- 限定395部。署名入。総革装。アクリルケース入り。覚え書:安部公房。
- 英文版『Beyond the Curve』(訳:Juliet Winters Carpenter)(Kodansha International、1991年)
- 収録作品:カーブの向う(Beyond the curve)、無関係な死(An irrelevant death)、夢の兵士(The dream soldier)、デンドロカカリヤ(Dendrocacalia)、使者(The special envoy)、S・カルマ氏の犯罪(The crime of S. Karma)
- 装幀:勅使河原宏。挿絵:桂川寛。序文:石川淳。あとがき:安部公房。
- 収録作品:第一部・S・カルマ氏の犯罪、第二部・バベルの塔の狸、第三部・赤い繭(赤い繭、洪水、魔法のチョーク、事業)
- 挿絵:桂川寛。序文:石川淳。
- 収録作品:S・カルマ氏の犯罪、赤い繭(赤い繭、洪水、魔法のチョーク、事業)
- 装幀:安部真知。
- 収録作品:水中都市、棒、なわ、鉛の卵、盲腸、透視図法、闖入者、イソップの裁判、バベルの塔の狸
- カバー装画:安部真知。付録・解説:佐々木基一。挿絵:安部真知。
- 収録作品:第一部・S・カルマ氏の犯罪、第二部・バベルの塔の狸、第三部・赤い繭(赤い繭、洪水、魔法のチョーク、事業)
- ※ のち、カバー装画:近藤一弥(フォト:安部公房)。
- 限定415部。署名入。近江産草木染雁皮紙。夫婦三方帙入り。覚え書:安部公房。
- 限定475部。署名入。近江産草木染雁皮紙。夫婦三方帙入り。覚え書:安部公房。
- 限定585部。署名入。近江産草木染雁皮紙。夫婦三方帙入り。覚え書:安部公房。
- 限定395部。署名入。総革装。アクリルケース入り。覚え書:安部公房。
- 収録作品:カーブの向う(Beyond the curve)、無関係な死(An irrelevant death)、夢の兵士(The dream soldier)、デンドロカカリヤ(Dendrocacalia)、使者(The special envoy)、S・カルマ氏の犯罪(The crime of S. Karma)
参考文献
- 文庫版『壁』(付録・解説 佐々木基一)(新潮文庫、1969年。改版1988年)
- 『安部公房全集 2 1948.06-1951.05』(新潮社、1997年)
- 『安部公房全集 5 1955.03-1956.02』(新潮社、1997年)
- 『安部公房全集 8 1957.12-1958.06』(新潮社、1998年)
- 『安部公房全集 12 1960.06-1960.12』(新潮社、1998年)
- 『安部公房全集 15 1961.01-1962.03』(新潮社、1998年)
- 『安部公房全集 22 1968.02-1970.02』(新潮社、1999年)
- 『安部公房全集 26 1977.12-1980.01』(新潮社、1999年)
- 『新潮日本文学アルバム51 安部公房』(新潮社、1994年)
関連カテゴリ
- 安部公房の短編小説
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- 1951年の小説
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- 風刺小説
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- NHKラジオ第2の番組
- NHKのラジオドラマ
- NHK-FMのラジオドラマ
- 1960年のラジオドラマ
- 日本の小説を原作とする舞台作品
- 1970年代の戯曲
- 1978年の舞台作品