夏の花
題材:広島原爆,
以下はWikipediaより引用
要約
『夏の花』(なつのはな)は、原民喜の短編小説、もしくはこの小説を表題作とする1949年刊行の作品集。小説は自身の広島での被爆体験を基に書いた作品である。悲憤や感傷を抑えた文体で、原爆の恐怖を伝えた。
概要
被爆直後にしたためられていた原の日記「原爆被災時のノート」をもとに、1945年11月までの数ヶ月の間に広島県佐伯郡八幡村(現在の広島市佐伯区東部)の疎開先で執筆された。原題は「原子爆弾」であった。
最初『近代文学』創刊号に掲載される予定であったが、GHQの検閲を考慮し、1947年6月号の『三田文学』に発表された。また原の承諾の上で、被爆者の描写などいくつかの箇所について削除がなされ、題名も一見戦争とは関連性が薄い「夏の花」と改められた。発表後、1948年の第1回水上滝太郎賞を受賞した。
この作品に続いて発表された「廃墟から」「壊滅の序曲」の2作品とあわせて「夏の花三部作」と称された。1949年2月には、三部作の他に小説3作品や詩1編、エッセイなどを収録した単行本『夏の花』が能楽書林から刊行された。しかしこの時点でも初出時の削除部分は欠落したままであり、原の原稿をもとに作品が完全な形で公表されたのは、彼の死後1953年3月に刊行された『原民喜作品集』(角川書店版)においてであった。
作品梗概
私は亡き妻と父母の墓に、なんという名称か分からないが、黄色の可憐な野趣を帯びた、いかにも夏らしい花を手向けた。その翌々日、街に呪わしい閃光が走り、私は惨劇の舞台に立たされる。川に逃げ、次兄と出くわす。次兄と上流へ遡って行く際に、私は、人々の余りにも目を覆う惨状を目の当りにする。やがて、私と次兄は甥の変わり果てた姿を確認する。次兄の家で働いていた女中も落ち合い、一緒に避難する。彼女は赤子を抱えたまま光線に遭い胸と手と顔を焼かれていた。「水を下さい」と哀願し続け、一か月余りして死ぬ。
Nはトンネルの中であの衝撃を受ける。妻の勤めている女学校に向かい、次に自宅、更に通勤路を辿ってNの妻を捜した。死体を一つ一つ調べたが、妻の姿を見出す事は出来なかった。
登場人物
主人公である「私」を含め、ほとんどの登場人物は、最後まで名前は明かされない。「私」の親族は、後出の被爆死した甥「文彦」唯一の例外として、「私」との続柄で記されている。その他の登場人物は、ごく一部がイニシャルで名前を記されているほかは被爆後に出会った人々など、すべて無名の人物である。
主人公とその周囲の人々
私
長兄
次兄
次兄の家の女中
文彦
「私」が被爆後に出会う人々
蹲(うずくま)る女
気丈な男
物語に登場する地名
原爆被災直後の広島市内を中心に物語が展開されるため、作品中には広島市民にとってはなじみ深い地名が多く登場する。
- 饒津公園:被爆の2日前、妻の墓参に来た「私」が帰宅途中で近くを通る。
- 泉邸:被爆して家を脱出した「私」が最初に避難し、想像を絶する被爆者の群れを目の当たりにする場所。ここで長兄や次兄一家と落ち合うが、炎が迫ってきたため川の対岸に避難する。
- 京橋川(作品中は「川」とのみ記される):泉邸に避難してきた「私」が、火災による炎熱で発生した竜巻が進んでいくのを目撃する。
- 常盤橋付近の土手:泉邸の対岸で近くには饒津公園や山陽本線の鉄道橋がある(右の地図参照)。被爆当日、泉邸から避難してきた「私」や次兄がこの近くで夜を過ごし、多くの人々の断末魔のうめきを耳にした。そしてかつて幼い日の自分がここで魚とりをしたことを思い出し、その時は「夢のように平和な景色」であったと感慨にふける。
- 東照宮:饒津公園より東にある。鳥居の下に被災者のための施療所や避難所が設けられており、女中にはぐれた姪が避難していた。「私」は傷ついた次兄の家の女中に付き添って門前の行列に並び、境内で次兄一家とともに2日目の夜を過ごすことになる。近くには練兵場があり、被爆後も兵士が吹くラッパの音が聞こえてくる。
- 西練兵場:爆心地近くに所在していた陸軍の練兵場で、多くの被爆者の遺体が放置されていた。馬車で避難中の一行が近くの空き地で文彦と無言の再会を果たす。
- 国泰寺:避難中の一行が、境内にあった巨大な楠が根こそぎ倒れているのを目撃する。
- 浅野図書館:市立図書館で国泰寺近くに所在。被爆で建物の外郭のみが残され、屍体収容所となっていた。
- 八幡村:広島市西郊の農村で一家の疎開先があった。3日目の夜遅くにたどり着いた一行が「悲惨な生活」を営む。
- 比治山:市内東部にある山で、学校から逃れてきた中学生の甥が級友とともに避難した場所。
書誌情報
本作品を収録する主要な文庫本を示した。いずれも「三部作」を収録作品の中心にしている。
- 『夏の花・心願の国』(解説:大江健三郎)新潮文庫、1973年(2000年改版) ISBN 9784101163017
三部作のほか初期作品の「苦しく美しき夏」「秋日記」「冬日記」「美しき死の岸に」「死のなかの風景」、三部作以後の「火の唇」「鎮魂歌」「永遠のみどり」「心願の国」を所収し、発表年代順に原の作品世界を展望できる構成となっている。
- 『小説集 夏の花』(解説:佐々木基一)岩波文庫、1988年 ISBN 9784003110812
三部作のほか「燃エガラ(詩)」「小さな村」「昔の店」「氷花」「エッセイ」を収録。最初に単行本化(1949年)された能楽書林版の収録内容をそのまま踏襲した構成となっている。なお日本ブックエース刊の「平和文庫」版『夏の花』(2010年、ISBN 9784284800785)は同内容。
- 『夏の花』(解説:藤井淑禎、鑑賞:リービ英雄)集英社文庫、1993年 ISBN 9784087520415
三部作のみを収録。巻頭口絵(写真)のほか、被爆当時の広島市街図、詳細な語注、原の年譜を付す。
- 『夏の花』(MANGA-BUNKOシリーズ)(漫画:山田雨月)ホーム社漫画文庫、2010年 ISBN 9784834263152
三部作のコミカライズ作品。3作品を時系列に沿ってひとまとまりのストーリーとして整理しているため、「壊滅の序曲」の主人公「正三」が「夏の花」の「私」と同一化されるなど、原作の記述と異なっている点がある。