征途
題材:戦艦大和,
以下はWikipediaより引用
要約
『征途』(せいと)は、佐藤大輔によって書かれた架空戦記である。1993年から1994年にかけて、徳間書店(トクマノベルズ)から全3巻が刊行された。佐藤の出世作であり、佐藤の長編シリーズ作品中、唯一完結したシリーズでもある。
概要
第1部「衰亡の国」は、冒頭で宇宙往還機の発進を前にした1995年の沖縄県嘉手納宇宙港の情景が描かれた後、一転して1944年のレイテ沖海戦まで視点が溯る。日本艦隊はサマール島沖で栗田健男提督が戦死した後も進撃を続けレイテ湾に突入、上陸作戦中の合衆国陸海軍に大打撃を与える。その結果として合衆国は沖縄侵攻を遅らせると共に、ソヴィエトに対して北海道侵攻を認める。
第2部「アイアン・フィスト作戦」および第3部「ヴィクトリー・ロード」では、ソヴィエトの樺太・北海道侵攻の結果、留萌 - 釧路線を境界として東京を首都とする日本国と豊原市(樺太)を首都とする日本民主主義人民共和国(北日本)に分断された二つの日本が、北海道戦争/祖国解放戦争・ヴェトナム戦争・湾岸戦争を通じ激しく対立しながら発展していく有様を、同じように分断された藤堂兄弟を中心に描き、北日本の独裁者の死をきっかけに勃発した最後の戦いの後、宇宙往還機が発進した直後の嘉手納宇宙港で幕を閉じる。
物語は、これらの歴史に関わった藤堂家一族と、1隻の戦艦=太平洋戦争を生き残った戦艦大和を中心にして、「あり得たかもしれない、もう一つの日本の戦後史の歩み」を描いている。
登場人物
藤堂家
藤堂明
「衰亡の国」主人公のひとり。レイテ沖海戦時点では海軍中佐。
藤堂家は明の祖父の代から帝国海軍軍人であった。戦艦大和の砲術長としてレイテ沖海戦に参加していたが、海戦中に僚艦の砲弾が流れ弾となって大和の艦橋に命中し、森下艦長、能村副長の他、栗田長官、宇垣戦隊司令官以下艦隊司令部の面々もことごとく戦死してしまう。明は後部艦橋配置だったため難を逃れるが、大和の中で生存する兵科将校の最上級・最先任者として大和の指揮を執らざるを得なくなってしまう。その後、艦隊はレイテ湾突入と米軍上陸部隊の殲滅に成功し、米軍によって「セント・クリスピンの虐殺」と名づけられるほどの戦果を挙げた。
翌1945年、内地に一時帰還し大佐に昇進して戦艦武蔵の艦長に就任するが、長女は沖縄戦で斃れ、妻も本土への避難途中に敵潜の攻撃により没した後だった。やがて沖縄水上特攻に参加することとなり、唯一内地に残る二男の進を友人の堀井に託して出撃。台風にまぎれる事で沖縄への接近に成功し、沖縄沖海戦で敵艦数隻を撃沈する戦果を挙げたのち、自らも武蔵とともに壮絶な戦死を遂げた。死後、少将に特進。
藤堂守
「衰亡の国」「アイアン・フィスト作戦」「ヴィクトリー・ロード」全てを通じた主人公のひとりで、明の長男。
1945年、海軍少尉で流星改(守の乗機は、愛知航空機の技師だった「先生」によってエンジンを密かに換装された流星改一型)のパイロットとして北海道・千歳基地でソ連軍の参戦に備えていた。石狩湾で領海侵犯したソ連駆逐艦を自らの流星改が撃沈した事件(石狩湾事件)を口実としてソ連が対日参戦し、守も樺太(サハリン)・北海道北部をめぐる攻防戦の最前線で奮闘するが、乗機のエンジントラブルとソ連軍による対空射撃の被弾で、樺太・真岡付近に不時着。しかし、ソヴィエト軍の捕虜になるまでに遭遇したある出来事が深いトラウマとなり、妻サーシャ(本名:アレクサンドラ・スターリナ・コンドラチェンコ)と出会うまで長年にわたり「男性として大変な苦悩」を背負うこととなる。
日本分断後は北日本の人民空軍で戦闘機パイロットに転身、祖国解放戦争(北海道戦争の北日本側の呼称)で人民空軍初のエース・パイロットとなり、ヴェトナム戦争において被弾撃墜され負傷するまで第一線で活躍した。「愛国心などかけらも抱いていない」共産主義国家の軍人として生きることに葛藤を抱きながらも、最終的には空軍元帥・人民空軍総司令官まで昇進し、北日本の軍事力を事実上掌握したことから西側諸国より「イエロー・ゲーリング」と呼ばれるまでになる。しかしやはり共産主義国家の軍人であることに耐えられず、川宮哲夫と表向き手を組み、哲夫を説得して先制攻撃を実施し統一戦争を勃発させるとともに、裏では義兄のコンドラチェンコや宗像たちと共に豊原政権打倒を目的とした行動を起こす。自らはサーシャとの間に一児を得るも夭折。その際の心労によって、サーシャもまた病死している。戦後半世紀の間、弟の進と直接顔を合わせたのはただ一度であった。
藤堂進
「アイアン・フィスト作戦」および「ヴィクトリー・ロード」主人公のひとりで、明の次男。
大和が就役した日に生まれた。父の死後はその友人であった堀井の家で育てられ、堀井の娘で一歳年上の雪子と結婚。長じて一般大学のROTCから海上自衛隊に入り、ヴェトナムに派遣される。湾岸戦争では一等海佐として護衛艦「やまと」の艦長を勤め、空母「ミッドウェイ」をめぐる戦いに参加。湾岸戦争終結後は海将補として第二航空護衛隊群司令に就任する。
第二航空護衛隊群司令を退任した後は無任所の海将補として退役を待つ身だったが、統一戦争勃発に伴い護衛艦隊司令部からの要請で第2機動任務群第8護衛隊司令として「やまと」に乗艦し第3次日本海海戦に参加した他、豊原近郊の戦略打撃軍IRBM基地への艦砲射撃を指揮した。統一戦争終結後、海将補で退役。
藤堂礼子
藤堂貴子
藤堂拓馬
藤堂輝男
日本民主主義人民共和国・北日本(登場人物)
有畑角次
川宮勝次
川宮哲夫
滝川源太郎
神重徳
源田実
アンドレイ・バラノヴィッチ・コンドラチェンコ
ソ連軍特殊部隊スペツナズ隊員・少佐。通称はアリョーシャ。
ヴェトナム戦争時は少佐で北ヴェトナムに軍事顧問団の一員として送り込まれており、一個小隊を指揮して乗機を撃墜された藤堂守を救出したことにより、守と深い友誼を結ぶ。その後少将となり参謀本部特殊戦部長となった後、湾岸戦争時には大将となっており、イラクにソ連軍事顧問団団長として派遣され、イラクで守と共に米空母ミッドウェイ撃沈作戦を成功させる。その後、ソ連崩壊により軍事顧問として北日本に移り人民空軍特殊部隊の顧問を務めていたが、守に付き合い彼の決起に参加する。
守の妻・サーシャはコンドラチェンコの実妹。二人いた息子は自らと同じスペツナズ隊員となったがアフガニスタン侵攻で戦死。以降妻は精神の均衡を崩して精神病院に入院して不仲となり、更にサーシャまで失った結果、コンドラチェンコ自身もアルコール依存症の兆候が出ている。
宗像考治
海軍作戦部長
日本国・南日本(登場人物)
福田定一
史実では歴史小説家の司馬遼太郎となった人物。
1945年には陸軍少尉として戦車小隊長になり、ソヴィエト軍の上陸に備えて北海道へ向かう輸送船の中で守と出会い意気投合、互いの形見として軍刀を交換した。ソヴィエト侵攻後の北海道防衛戦闘を奇跡的に生き残り、戦後は短期間新聞社に勤めるが、北海道戦争勃発とともに警察予備隊に入隊、北海道で北日本軍と戦う。ヴェトナムでは陸上自衛隊第1独立装甲連隊長(一佐)としてコー・チェンの戦いを指揮し、ヴェトコン部隊を全滅させる戦果を挙げるも、国内の左翼勢力に「メコン虐殺部隊」のレッテルを貼られて糾弾をうけ、参考人招致された国会で左派議員の感情を逆なでするような発言をしたことから政治的対象になりすぎてしまい、陸将補で退役を余儀なくされる。その後は歴史小説家となり(史実と異なり本名で執筆活動をしている)、湾岸戦争時には防衛庁から「やまと」乗艦取材に招待される。
藤堂一族を描いた『海の家系』の作者。
島田豊作
猪口敏平
後藤田正晴
鹿内
SRI職員で後藤田の右腕。
かつては新聞記者で、政府の報道発表資料を記者会見前にKGBのスパイ・キンスキーへ売り渡す事で小遣いを稼いでいた。後藤田のスカウトによってSRIに入庁し、1982年の南北休戦会談時に藤堂守を「向こう側」から「脱出」させようと計画するが、NSDへの情報漏洩によって失敗する。
その後は1980年代半ばまで「向こう側」の政府高官や上級軍人の「脱出」を助ける任務である「雷鳥調査計画(TB)」にリーダー(TB1)として従事していたが、ある理由により後藤田長官からの直接命令でわずか4年でその任を解かれた。物語の終盤では、入院中の後藤田からある極秘の事実を告げられ、同時に後藤田から示された筋書きにより、日本政府(東京政権)を「向こう側」との全面武力対決へ導く。TB1時代に脱出援助に失敗した「向こう側」高官の子供を、自分の養子として育てている。
「先生」
堀井正夫
奥田
松田
落合海将補
幸田
国場康明
広報担当官
米国・その他
ジョン・F・ケネディ
米合衆国第35代大統領。
物語世界では、1963年、ダラスにて暗殺されず生き延びる(代わりにジャクリーン夫人が暗殺されている他、狙撃を行ったオズワルドも史実同様ジャック・ルビーに銃撃を受けるが一命を取り留めている)。史実のジョンソン政権同様、ベトナム戦争長期化から支持率低下に悩まされる。友好国からの支持を繋ぎ止めるため、日本に対してはベトナム派兵の報奨として最新装備を安価かつ大量に供与、宇宙関連技術についても積極的な援助を行い、日本の宇宙開発が拡大する端緒をつくった。特別措置による大統領任期第3期目の1970年に、CIAに行わせた違法秘密工作が発覚し、議会より弾劾を受け、副大統領リンドン・ジョンソンを後任として辞任に追い込まれた。
リチャード・ニクソン
ロバート・A・ハインライン
ジョージ・パットン
ジョーゼフ・P・ケネディJr.
ジョージ・H・W・ブッシュ
セルゲイ・ゴルシコフ
ユーリ・モイセヴィッチ・キンスキー
アリス・シェルドン(ジェイムズ・ティプトリー・Jr.)
ジェラルド・パーネル(ジェリー・パーネル)
用語
日本国・南日本(用語)
日本国・南日本
北海道戦争の経験及び北日本の存在からか、日本国憲法第9条(条文からして第1項)は1952年9月1日付けで「日本国民は、祖国を防衛する基本的権利を有する。但し、侵略的軍事力の保持は、一切行なわない」と改正されている。
公安調査情報庁/トウキョウ・フーチ
雷鳥調査計画
鹿内は1980年代半ばまでこの任務のチームリーダーである「TB1」を務めた。藤堂美咲の父も鹿内の前任の「TB1」であり、任務中に「事故死」している。
宇宙開発事業団/NASDA
発足などは史実と変わらないが、「先生」の登場によって1968年の時点で7千名近い職員と国家予算の10%近い予算を得ている巨大組織になっている。
ひかり計画
1964年に1970年の大阪万国博覧会に合わせて打ち上げると宣言し、最終的に1972年の「ひかり3号」の打ち上げによって成功させた。同じ作者の小説『遙かなる星』にも同名の有人衛星が存在し、同じく3号機目で初めて日本人を宇宙に送っている。
ダイダロス計画
10基のブースターで積荷を低軌道まで運んだ後、積荷とブースターを分離、積荷は補助ブースターを付けたパッケージでより上に押し上げ、ブースター本体は逆噴射しつつ海上に着水して帰還するという方式。
1991年に実験0号機が減速着水実験に成功した。
プロメテウス計画
アメリカのX-30と競う形で開発が進められたが、X-30の事故による事実上の開発中止により1995年8月15日に嘉手納宇宙港(1991年に米国より返還)から発進し成功した。
陸上自衛隊
北日本の第一統一方面軍を意識してか、史実よりもかなり北海道偏重の編成となっており、1994年時点では第2・第5・第7の3個機甲師団と第10・第11の2個師団の5個師団で北部方面隊主力を構成している。一方、本州以南の師団級戦力は第1・第8の2個師団しか存在せず、双方とも大幅な定数割れを起こしている。
第1独立装甲連隊
ヴェトナム戦争・湾岸戦争時に編成された機械化部隊。通称ゴジラ・コマンド。ヴェトナム戦争時の連隊長は福田定一(当時1佐)。
ヴェトナム参戦時には隊員5,500人に61式戦車とM113装甲車を総数200両近く所有しており、コー・チェンの戦いでは主力を務めたが、その戦いぶりからダン・ラザーが命名した「メコン虐殺部隊」の悪名が喧伝され、マスコミから過剰なまでの非難を受けて1973年のヴェトナム撤兵後に解隊された。
湾岸戦争の頃には再評価が行われて汚名が払拭されており、第72戦車連隊を中核に防衛庁長官直轄の支援部隊や富士教導団の普通科教導隊などの部隊で再編成されて派遣された。
第2ヘリ団
ヴェトナム戦争時に編成された陸上自衛隊の空中機動部隊。
ヴェトナム参戦の「ご褒美」として米国から無償供与された80機近いヘリコプターと普通科2個大隊、特科1個大隊を有している。
第1独立装甲連隊
ヴェトナム参戦時には隊員5,500人に61式戦車とM113装甲車を総数200両近く所有しており、コー・チェンの戦いでは主力を務めたが、その戦いぶりからダン・ラザーが命名した「メコン虐殺部隊」の悪名が喧伝され、マスコミから過剰なまでの非難を受けて1973年のヴェトナム撤兵後に解隊された。
湾岸戦争の頃には再評価が行われて汚名が払拭されており、第72戦車連隊を中核に防衛庁長官直轄の支援部隊や富士教導団の普通科教導隊などの部隊で再編成されて派遣された。
第2ヘリ団
ヴェトナム参戦の「ご褒美」として米国から無償供与された80機近いヘリコプターと普通科2個大隊、特科1個大隊を有している。
海上自衛隊
史実と異なりその規模は大幅に拡大されており、湾岸戦争時には超大型護衛艦1隻、航空護衛艦2隻、護衛艦50隻、潜水艦20隻、作戦用航空機約400機を擁しているが、一方で総人員が完全充足状態でも10万に満たないため人材不足に悩まされており、本来陸自の2個乙師団に回すべき新規隊員を受け入れることで補っていたが、それでもなお人材が不足したため史実では2008年に開始した女性自衛官の護衛艦乗組開始を大幅に早めていることが描写されている。
超大型護衛艦「やまと」
旧大日本帝国海軍の戦艦「大和」。第二次世界大戦を生き残ったことで終戦とともに合衆国軍に接収。その後発足した海上警備隊に警備艦として再配備された後、海上自衛隊に護衛艦として配備される。詳細は「#大和型戦艦の概要・活躍」を参照。
第1河川舟艇隊
ヴェトナム戦争時に編成された舟艇部隊。通称MJ戦隊。
藤堂進(当時2尉)が所属し、コー・チェンの戦いに参加した。
10・4・10・10艦隊計画
1970年代末に決定された艦隊整備計画。提案者は藤堂進(当時三佐)。
イージスシステムを海上自衛隊で運用するにあたって、「予算と人員の問題を解決するには防御対象たる航空護衛艦をイージス艦にすることが最良」との結論を出したことにより、2001年までにイージス護衛艦10隻、「イージスシステムのうち、索敵・捕捉システムのみを装備した」航空護衛艦4隻、イージス艦及び航空護衛艦からのデータリンクに基づき戦闘を行う「打撃護衛艦」10隻、対潜護衛艦10隻を建造し、有事の際はこれを2個機動任務群(空母機動部隊)として運用するとされた。
1993年時点では、イージス護衛艦は大規模改修された「やまと」とこんごう型が4隻、航空護衛艦はSLEPプログラムを受けたしょうかく型2隻と新規建造されたほうしょう型1隻(1隻建造中)、打撃護衛艦は後述するあきづき型が1隻公試中、対潜護衛艦は計画変更により隻数が増やされ、しらね型・はつゆき型・あさぎり型計20隻が就役していた。
あきづき型打撃護衛艦
10・4・10・10艦隊計画で建造された護衛艦。
イージスシステム装備艦からのデータを基にミサイル戦闘を行うこと(史実の共同交戦能力に相当)を目的に建造されたため、ミサイル・ランチャーと誘導用のイルミネーターのみを搭載することで安価・自動化を推し進めた(建造時に「原案のままでは艦長や乗員の士気が下がる」という理由で対艦ミサイル16発が追加された)。
統一戦争時には1番艦「あきづき」が藤堂進(当時海将補)が指揮する第2機動任務群第8護衛隊に所属しており、第3次日本海海戦では赤衛艦隊の対艦ミサイル飽和攻撃に対して全対空ミサイルによる迎撃で撃破した。
超大型護衛艦「やまと」
第1河川舟艇隊
藤堂進(当時2尉)が所属し、コー・チェンの戦いに参加した。
10・4・10・10艦隊計画
イージスシステムを海上自衛隊で運用するにあたって、「予算と人員の問題を解決するには防御対象たる航空護衛艦をイージス艦にすることが最良」との結論を出したことにより、2001年までにイージス護衛艦10隻、「イージスシステムのうち、索敵・捕捉システムのみを装備した」航空護衛艦4隻、イージス艦及び航空護衛艦からのデータリンクに基づき戦闘を行う「打撃護衛艦」10隻、対潜護衛艦10隻を建造し、有事の際はこれを2個機動任務群(空母機動部隊)として運用するとされた。
1993年時点では、イージス護衛艦は大規模改修された「やまと」とこんごう型が4隻、航空護衛艦はSLEPプログラムを受けたしょうかく型2隻と新規建造されたほうしょう型1隻(1隻建造中)、打撃護衛艦は後述するあきづき型が1隻公試中、対潜護衛艦は計画変更により隻数が増やされ、しらね型・はつゆき型・あさぎり型計20隻が就役していた。
あきづき型打撃護衛艦
イージスシステム装備艦からのデータを基にミサイル戦闘を行うこと(史実の共同交戦能力に相当)を目的に建造されたため、ミサイル・ランチャーと誘導用のイルミネーターのみを搭載することで安価・自動化を推し進めた(建造時に「原案のままでは艦長や乗員の士気が下がる」という理由で対艦ミサイル16発が追加された)。
統一戦争時には1番艦「あきづき」が藤堂進(当時海将補)が指揮する第2機動任務群第8護衛隊に所属しており、第3次日本海海戦では赤衛艦隊の対艦ミサイル飽和攻撃に対して全対空ミサイルによる迎撃で撃破した。
偵察衛星りゅうせい
日本民主主義人民共和国・北日本(用語)
日本民主主義人民共和国・北日本
東京政権側、特に政府関係者からは「向こう側」と呼ばれる。
1947年8月15日に有畑角次を首相に建国されたが、第一次祖国解放戦争後の1953年から1954年にかけて国家保安省長官・川宮勝次の主導の元有畑派が粛清され、川宮が第二代首相として1994年に死去するまで政権を握った。シベリア圏から資源を輸入して工業化を果たしており、兵器を主要輸出品として積極的に輸出を行うことで外貨を稼いでいるが、ソ連崩壊により同盟国価格での資源購入ができなくなったことなどで不況に突入してしまう。政権は度重なる経済政策を行うも不況からは脱することができず、1992年のNSAの分析では10年以内に経済が崩壊すると分析されていた。
国家保安省/サハリン・ホール
創設時の長官は川宮勝次であったが、川宮の首相就任後は秘書であった滝川源太郎が1994年の北日本崩壊まで長官職にあった。
政治将校の他、「弾幕大隊」と称される督戦隊を有する。
人民赤軍
通常師団の他に、名誉師団名の付与(なお、通常師団でも北海道戦争時の活躍により名誉師団名を付けられた師団は存在した)や通常師団よりも装備や人員において優先的扱いを受ける赤衛師団が存在する。
第一統一方面軍
1970年代までは2個戦車師団、3個機動歩兵師団を中心としていたが、統一戦争前には10個戦車師団、8個機動歩兵師団を中心に3個軍22個師団相当の戦闘部隊、5個師団相当の支援部隊を有し、最大動員時60万人に達する戦力を有した。
赤衛艦隊
第一次祖国解放戦争時は賠償艦としてソ連に引き渡された秋月型駆逐艦や松型駆逐艦を主力にしていたが、統一戦争までにソ連から戦艦ソヴィエツキー・ソユーズや空母ヴァリャーグなどを買い入れたほか、エックスレイII級潜水艦を独自建造するなどして戦力を強化した。
人民空軍
ヴェトナム戦争後に参謀本部へ栄転した藤堂守の主導の下、防空能力第一主義で戦力を整えていった結果、1990年代初頭では保有機数こそ約500機と東側諸国の空軍の平均保有機数の半数程度であるが、パイロットの練度が高く新型機の保有比率が高い戦闘機部隊と地対空ミサイルによる防空部隊、弾道ミサイルなどによる遠距離攻撃部隊からコンドラチェンコの指導によって編成されたスペツナズ並みの戦力を有する特殊部隊まで保有しており、東側最強と謳われるほどの戦力を有している。
国家航空振興協会
戦略打撃軍
1993年時点では樺太に「実験施設」と称してIRBM基地を置いており、IRBM「人民3号」の各タイプを計25発配備していた。
太平洋戦争
ホモンホン沖海戦
最終的に日本側が戦艦6、巡洋艦4他を撃沈して勝利し、レイテ湾への突入を果たした。
セント・クリスピンの虐殺
この攻撃によって、マッカーサー元帥、キンケイド第7艦隊司令長官が戦死したほか、約10万トンの物資と4万人以上の将兵を失う損害を出した。
これによりレイテ島以外のフィリピン攻略の中止、沖縄攻略の3ヶ月延期、さらにソヴィエトによる北海道侵攻が決定されるなど戦略面で大きな影響を与えた。
石狩湾事件
石狩湾内に侵入し測量を行い、日本側の偵察機に攻撃を行ったソ連海軍のオグネヴァイ級駆逐艦に対し、訓練飛行中だった藤堂守少尉搭乗の流星改が千歳航空隊司令・源田実大佐の命令の元、攻撃を行い撃沈した。
この事件は対日参戦を目論んでいたソ連によって意図的に起こされたものであり、同日夜ソ連軍は満州、樺太への攻撃を開始した。
沖縄沖海戦
同海戦は台風4号(米軍呼称「アリス」)の中での艦隊戦となり、また日本側が電探(レーダー)で先に米軍側を発見したことによって主導権を握ることに成功した。
最終的に第2艦隊は旗艦である戦艦「武蔵」ほか重巡洋艦・鳥海、軽巡洋艦・矢矧、駆逐艦2を失ったが、米軍は戦艦7隻が撃沈破するなどの大きな被害を出し、戦後「損害だけを見るとどちらが勝ったか間違えてしまう戦い」と呼ばれた。
石狩湾海戦
北海道全土占領の既成事実を作るべく石狩湾に来襲したソヴィエト艦隊に対し、「大和」以下の水上部隊が応戦し駆逐艦2を失うも、戦艦3、輸送船40以上を沈めることに成功した。
これによってソ連軍は8月12日から北海道に侵攻した地上軍への補給ができなくなり、北海道全土占領は中止された。
北海道戦争
昭和25年(1950年)に始まった南北日本間の戦争。北日本名称「第一次祖国解放戦争」。
昭和26年10月の時点で北日本軍が国連日本援助軍(通称UNJAF)を函館橋頭堡に追い込むほどの快進撃を見せたが、翌27年に行われたアイアン・フィスト作戦によって北日本軍が壊滅し、戦局を一変させることに成功した。
最終的にソ連が北日本に対し反応兵器を供与すると宣言し、さらにUNJAF総司令官ジョージ・パットンの総司令官職罷免がこれに重なったことにより曖昧な形で休戦した。
函館橋頭堡
制空権を確保し続けたことで人民赤軍の攻勢を頓挫させ、戦局を転換させるきっかけを作ることになった。
なおこの時福田定一(当時一等警察士)が特車中隊を率いて、1個戦車連隊を壊滅させる戦功を上げている。
アイアン・フィスト作戦
函館橋頭堡からの4個師団8万名による地上反撃「アイアン」と石狩湾への6個師団強14万名による強襲上陸「フィスト」の2段階から構成される。また政治的バランスとUNJAF司令官パットン大将の個人的要求により、警察予備隊第2管区隊に加えて第7特車群(司令官・島田豊作一等警察正)が参加している。
6月6日に行われた石狩湾への上陸作戦の成功により作戦全体も完全な成功を収め、北海道に存在した人民赤軍の大部分が殲滅された。
第2次日本海海戦
エイブル部隊には改装によって海上警備隊超甲型警備艦となった大和(以降は「やまと」)が加わっており、その火力でクロンシュタット級巡洋戦艦2隻を沈めるなど義勇艦隊を圧倒するが、艦隊旗艦アラバマがソヴィエト艦隊の集中攻撃で沈んだことと、海戦終盤の赤衛艦隊による雷撃でやまとが損傷したことによって、完全な勝利を収めるには至らなかった。
南北定期会談
1982年の会談では藤堂守(当時中将)と進(当時二佐)がある目的で参加させられることになり、太平洋戦争後で唯一兄弟が顔を合わせることになった。
ヴェトナム戦争
コー・チェンの戦い
第1独立装甲連隊と第2ヘリ団の普通科大隊によって、ヴェトコン部隊をコー・チェン川下流域に押し込め、そこを自衛隊機による空爆と「やまと」以下の水上部隊による艦砲射撃で全滅させた。
しかし世論は軍事作戦ではなく虐殺とみなし、指揮官であった福田は作戦終了後に解任された後、国会に召致されるなど政治的対象になりすぎたことで、陸上自衛官としての未来を失うことになった。
海外部隊派遣法
統一戦争
1994年(平成6年)に始まった南北日本間および合衆国の戦争。北日本の川宮勝次首相の死後、藤堂守の主導による軍事クーデターが勃発してNSD及び実務官僚派が排除され、川宮首相の息子である川宮哲夫国家政治委員会副委員長が実権を掌握して首相に就任したことで開始される。
開戦直後、藤堂守が指揮する北日本軍は国後島及びオホーツク方面に展開する全合衆国軍に対し奇襲攻撃を開始。戦術反応弾も用いた全面攻撃により、完全な防衛体制を敷いていなかった樺太及び北海道方面の合衆国軍部隊は壊滅状態に陥り、以後の戦いは南北日本双方の兵力が中心となって展開された。
第3次日本海海戦
第2機動任務群は「やまと」の他、航空護衛艦「ほうしょう」、ミサイル護衛艦「きりしま」「はたかぜ」、打撃護衛艦「あきづき」、対潜護衛艦「はつゆき」「あさぎり」等計19隻を擁していた。対する赤衛艦隊も主力の全てを集結させており、旗艦である戦艦「解放」と空母「統一」を中心として、キーロフ級巡洋戦艦「栄光」、スラヴァ級巡洋艦「独立」等計28隻を擁していた。
まず前哨戦として、双方とも空母から艦載機を発艦させ航空戦を行ったが、「ほうしょう」と「統一」の艦載機数が比較的近かったこと、攻撃隊が空戦に巻き込まれる事態も起きるなど徐々に乱戦状態に陥りつつあったことから双方とも決定的な打撃を与えることができず、水上艦艇に搭載された艦対艦ミサイルによる水上打撃戦に移った。
水上打撃戦では「統一」の早期警戒ヘリと空軍の早期警戒機の支援を受けた赤衛艦隊が先手を取り、第2機動任務群に対し飽和攻撃を仕掛けたが、「やまと」や「あきづき」等により全弾迎撃され失敗に終わる。そして第2機動任務群側が反撃として対艦ミサイル攻撃を仕掛け、これを迎撃し切れなかった赤衛艦隊の各艦は次々に被弾。旗艦「解放」を含む大半の艦艇が撃沈される結果となり、生き残った艦も真岡へと撤退。第2機動任務群の勝利に終わった。
これにより赤衛艦隊は壊滅、北日本は制海権を完全に喪失することとなる。
大和型戦艦の概要、活躍
本作品においては、大和型戦艦が重要な役割を担っている。概要及び活躍は以下の通り。
大和・武蔵
両艦とも1944年10月の捷一号作戦までは史実とほぼ変わらない。捷一号作戦時、大和は、史実では副長の能村次郎中佐(当時)が砲術長を兼任していたが、この作品では新任の藤堂明中佐が砲術長を務めていたことにされている。
シブヤン海で、武蔵の代わりに長門が米海軍高速空母機動部隊の空襲により沈み、サマール島沖での米護衛空母部隊との戦闘中に大和が被弾、栗田健男中将以下の第二艦隊司令部、宇垣纒中将以下の第一戦隊司令部、森下信衛艦長、能村副長らが全員戦死する(この時、大和の艦橋に命中したのは利根の主砲の流れ弾だったが、作品世界内でその事が明らかになったかどうかは不明。また、この利根の砲弾は後に北日本の秘密警察長官となった滝川源太郎が兵器工廠で仕上げたものとも示唆される記述もある)。大和の指揮は藤堂砲術長が代行し、武蔵他の僚艦と共にホモンホン沖で真珠湾帰りの米旧式戦艦6隻を撃沈。さらにレイテ湾で「セント・クリスピンの虐殺」と呼ばれる上陸船団及び海岸堡に対する艦砲射撃を行った。
本土帰還後、大和は損傷修理を兼ねた大改装を受ける。
- 水上捜索用として新型の三二号電探の搭載。煙突の後ろにあった大和型特有のアンテナマストに替えて前部艦橋と煙突の間に垂直のマストを立て、その上に装備した。
- 高角砲を片舷のみ65口径10cm砲連装6基に変更。
- 対空噴進砲8基搭載。機銃の増設。
- 艦載水上機用射出機(カタパルト)と収容用クレーンの撤去。
- 副砲の砲塔・弾火薬庫周辺などに防御装甲を追加装備。
武蔵についても三二号電探の搭載と機銃などの増設が行われた。
1945年7月25日、武蔵以下重巡利根、鳥海、軽巡矢矧、駆逐艦10からなる第2艦隊(司令長官・伊藤整一中将、武蔵艦長・藤堂明大佐)は沖縄沖で戦艦8、重巡最低3からなる合衆国海軍第54任務部隊と激突した。台風の影響もあって混乱した合衆国軍が戦力を逐次投入してきた事も幸いし、武蔵は戦艦ミズーリ、ニュージャージー、インディアナ他1隻(作中描写からおそらくアイオワ)を撃沈し、他に戦艦数隻を大破させたが、ウィスコンシンなどの反撃を受けて4番副砲に被弾誘爆、3番主砲破壊の損害を受けたのち、合衆国海軍の集中攻撃によって寛大な被害を受け、最終的に沈没する。
1945年8月21日、大和と少数の駆逐艦からなる水上部隊は石狩湾に来襲したソヴィエト艦隊を迎撃、戦艦ガングート、セヴァストポリ、アルハンゲリスク他輸送船多数を撃沈・撃破する。大和自身も被弾し黛治夫艦長らが戦死するが致命傷とはならなかった。一方、既に道北地方を制圧しつつあったソヴィエトは、この敗戦によって北海道全島占領が困難となり、合衆国軍が意図的にソ連軍に近い旭川と函館へ反応弾を投下したことによって日本が降伏。第二次世界大戦が終結した。
やまと
終戦後、大和は合衆国軍によって接収された。一時は反応兵器実験の標的艦にされる予定だったが、1947年に日本民主主義人民共和国(いわゆる「向こう側」)が成立したことを受け、またも呉にて改装された。
- 副砲、高角砲を全基撤去。38口径12.7cm連装両用砲を両舷に12基搭載。
- 第1、ならびに第4副砲塔跡地、舷側部に両用砲用レーダー付射撃指揮装置を搭載。
- 主砲用にマスト頂部へMk.58射撃管制装置を搭載。
- バイタルパート内部へのCICの設置。
- 合衆国海軍艦艇との共同行動を取りやすくするための戦術放送システム(TBS)の搭載。
改装後、「大和」は超甲型警備艦「やまと」として海上保安庁海上警備隊に配属された。
北海道戦争中盤の1952年6月5日、やまとは国連日本援助軍エイヴル部隊の一員として、ソヴィエト義勇艦隊及び北日本赤衛艦隊と第二次日本海海戦を戦う。旗艦アラバマが撃破された後はやまと艦長の猪口敏平が艦隊指揮を代行し、巡洋戦艦クロンシュタット、セヴァストポリを撃沈、戦艦ソヴィエツキー・ソユーズを大破させた。しかし、向こう側の駆逐艦「解放」(旧春月)の魚雷が命中、速力が落ち追撃を断念する。
北海道戦争後、海上自衛隊の発足と共に「やまと」も護衛艦隊に移管し、超大型護衛艦(艦番号BB-11)に改称される。一時期予備艦となったが、ヴェトナム戦争参加に際して現役に復帰、小改装(電子戦能力の向上、ヘリ甲板仮設など)を受けた上でヴェトナムへ派遣され、護衛艦あきづきらと共に艦砲射撃を行った。
ヴェトナム戦争後ふたたび予備艦となり、呉でモスボールされていた「やまと」は、1980年代に入って「10・4・10・10艦隊」計画により大改装を受け、長砲身化した新型主砲への換装・VLS搭載・イージスシステムの装備などの大改装を受け、イージス艦として現役復帰する。
- 基準排水量:6万8,000トン
- 乗員数:1,500名以下(最低300名で運用可能)
- 機関:石川島播磨重工業製GT6Cガスタービンエンジン×8基(COGOG方式)
- 出力:32万馬力
- 最大速力:32.5ノット(海面状態が良ければ33ノット以上)
- イージスシステム搭載
- セントラルコンピュータは富士通製統合管制ネットワーク9000型電算機(JCN9000)に更新済み
- J/SPY-1-A対空捜索レーダー
- 主砲火器管制装置:FCS-4-11
- ミサイル火器管制装置:Mk99mod1イルミネーター×6基
- 兵装
- 81式460mm60口径主砲:3連装3基
- 80式203mm60口径副砲(Mk71J):単装4基
- OTOメララ76mm速射砲スーパー・ラピッド型:単装4基(または8基)
- 両舷127mm砲:機種および搭載数不明
- 20mmファランクスCIWS×4基
- SSM2対艦ミサイル:16基
- Mk41VLS:61セル×4基
- スタンダード対空ミサイル:SM2ER
- 垂直発射型アスロック(開発の遅れにより未搭載)
- 搭載機:SH60J対潜ヘリコプター6機
- (以下は湾岸戦争後に増設された兵装)
- 90式35mm近接防御システム(87式自走35ミリ機関砲の砲塔ベース):連装4基
- RAM近接対空ミサイル:10連装2基
- セントラルコンピュータは富士通製統合管制ネットワーク9000型電算機(JCN9000)に更新済み
- J/SPY-1-A対空捜索レーダー
- 主砲火器管制装置:FCS-4-11
- ミサイル火器管制装置:Mk99mod1イルミネーター×6基
- 81式460mm60口径主砲:3連装3基
- 80式203mm60口径副砲(Mk71J):単装4基
- OTOメララ76mm速射砲スーパー・ラピッド型:単装4基(または8基)
- 両舷127mm砲:機種および搭載数不明
- 20mmファランクスCIWS×4基
- SSM2対艦ミサイル:16基
- Mk41VLS:61セル×4基
- スタンダード対空ミサイル:SM2ER
- 垂直発射型アスロック(開発の遅れにより未搭載)
- スタンダード対空ミサイル:SM2ER
- 垂直発射型アスロック(開発の遅れにより未搭載)
- 90式35mm近接防御システム(87式自走35ミリ機関砲の砲塔ベース):連装4基
- RAM近接対空ミサイル:10連装2基
1991年1月の湾岸戦争で、藤堂明の息子、藤堂進を艦長(一等海佐)として空母ミッドウェイを巡る戦闘に参加。その戦訓からCIWS増設やRAMの搭載により近接防御能力を向上させた後、1994年7月の統一戦争では第2機動任務群第8護衛隊司令となった藤堂進(海将補)の指揮下の元向こう側の赤衛艦隊との第三次日本海海戦に参加、僚艦と共に赤衛艦隊を壊滅させた。さらに樺太の戦略打撃軍IRBM基地に対する艦砲射撃を実施した。
兵器・装備
作中に登場する実在の兵器の一部には一般的な表記と異なる名前が用いられている物がある。
大日本帝国
戦艦
大日本帝国海軍最大の戦艦。詳細は「#大和型戦艦の概要・活躍」を参照。
大日本帝国海軍最大の戦艦。詳細は「#大和型戦艦の概要・活躍」を参照。
長門型戦艦「長門」
捷一号作戦に参加。被害担任艦としてシブヤン海海戦で航空機の集中攻撃を受けたことにより沈没。
捷一号作戦に参加。被害担任艦としてシブヤン海海戦で航空機の集中攻撃を受けたことにより沈没。
金剛型戦艦「金剛」「榛名」
捷一号作戦に参加。「大和」「武蔵」らと共にレイテ湾へ突入、砲撃で米軍レイテ侵攻部隊を殲滅する。なお、この際「金剛」は甚大な被害を受けつつも、戦闘を継続した。作戦終了後、「金剛」は帰投中に敵潜水艦に襲われて史実同様に沈没する。「榛名」のその後については不明。
捷一号作戦に参加。「大和」「武蔵」らと共にレイテ湾へ突入、砲撃で米軍レイテ侵攻部隊を殲滅する。なお、この際「金剛」は甚大な被害を受けつつも、戦闘を継続した。作戦終了後、「金剛」は帰投中に敵潜水艦に襲われて史実同様に沈没する。「榛名」のその後については不明。
重巡洋艦
第5戦隊を編成して菊水1号作戦に参加。鳥海は沖縄沖海戦で戦艦ニュージャージーに魚雷2本を命中させたが沈没。本海戦での水雷戦唯一の戦果であった。
「利根」も沖縄沖海戦に参加、こちらは沈没しなかった様だが、その後は不明。
第5戦隊を編成して菊水1号作戦に参加。鳥海は沖縄沖海戦で戦艦ニュージャージーに魚雷2本を命中させたが沈没。本海戦での水雷戦唯一の戦果であった。
「利根」も沖縄沖海戦に参加、こちらは沈没しなかった様だが、その後は不明。
軽巡洋艦
「能代」レイテ沖海戦時、第二水雷戦隊の先頭に立ち、2番主砲を失いつつも雷撃を敢行した。
駆逐艦
航空機
大日本帝国海軍中尉時代の藤堂守の乗機。愛知航空機の技師だった「先生」によって密かにエンジンをMK9Aに換装、しかも出力も挙げられており、受領した守がソ連軍との戦闘に使用している。しかしその後エンジンの調子が悪くなった所に攻撃を受け不時着してしまう。
大日本帝国海軍中尉時代の藤堂守の乗機。愛知航空機の技師だった「先生」によって密かにエンジンをMK9Aに換装、しかも出力も挙げられており、受領した守がソ連軍との戦闘に使用している。しかしその後エンジンの調子が悪くなった所に攻撃を受け不時着してしまう。
紫電改
戦闘機。第三四三海軍航空隊所属機などが対ソ戦に備えて北海道千歳基地等へ派遣される。
戦闘機。第三四三海軍航空隊所属機などが対ソ戦に備えて北海道千歳基地等へ派遣される。
彩雲
偵察機。定期哨戒中、前述した「石狩湾事件」にてソ連軍オグネヴォイ級駆逐艦の領海侵犯を確認、攻撃を受ける。
偵察機。定期哨戒中、前述した「石狩湾事件」にてソ連軍オグネヴォイ級駆逐艦の領海侵犯を確認、攻撃を受ける。
戦車・銃器
対ソ戦に備えて北海道へ派遣されるが、侵攻してきたソ連軍のT34戦車に対してほとんど一方的にやられる。
対ソ戦に備えて北海道へ派遣されるが、侵攻してきたソ連軍のT34戦車に対してほとんど一方的にやられる。
九九式重機関銃
ソ連軍侵攻時に南樺太国境に展開していた陸軍第125連隊第1大隊が装備している。
ソ連軍侵攻時に南樺太国境に展開していた陸軍第125連隊第1大隊が装備している。
日本国・南日本(兵器・装備)
警察予備隊、警察予備隊航空集団、海上警備隊
装甲車両
北海道戦争時の主力となった特車(戦車)。福田の中隊も使用。
北海道戦争時の主力となった特車(戦車)。福田の中隊も使用。
M26パーシング
90ミリ砲を搭載した重戦車。北海道戦争の時点では合衆国軍にすら行き渡っていない世界最強級の戦車と評されている。後述の「アイアン・フィスト作戦」に合わせて警察予備隊に供与される。
90ミリ砲を搭載した重戦車。北海道戦争の時点では合衆国軍にすら行き渡っていない世界最強級の戦車と評されている。後述の「アイアン・フィスト作戦」に合わせて警察予備隊に供与される。
火砲・銃器
警察予備隊の特科が使用する。
警察予備隊の特科が使用する。
M3A1SMG
福田定一ら警察予備隊の隊員が所持している。
福田定一ら警察予備隊の隊員が所持している。
水冷式M2重機関銃
警察予備隊普通科部隊が使用する。
警察予備隊普通科部隊が使用する。
航空機
警察予備隊航空集団(NPRAG)が使用している。
警察予備隊航空集団(NPRAG)が使用している。
艦艇
武装解除された日本海軍から海上警備隊に引き継がれ改称された戦艦「大和」。詳細は「#大和型戦艦の概要・活躍」を参照。
武装解除された日本海軍から海上警備隊に引き継がれ改称された戦艦「大和」。詳細は「#大和型戦艦の概要・活躍」を参照。
揚陸艦「おおすみ」
後述する「アイアン・フィスト作戦」にて上陸船団に所属し、国連軍・警察予備隊の兵力を輸送している。
後述する「アイアン・フィスト作戦」にて上陸船団に所属し、国連軍・警察予備隊の兵力を輸送している。
陸上自衛隊
装甲車両・火砲等
史実とは異なりM103重戦車を参考にした120mm砲搭載・戦闘重量50トンの重戦車。ヴェトナム戦争時には第一独立装甲連隊に配備されている車両が登場し、ヴェトナムに派遣されていた。
史実とは異なりM103重戦車を参考にした120mm砲搭載・戦闘重量50トンの重戦車。ヴェトナム戦争時には第一独立装甲連隊に配備されている車両が登場し、ヴェトナムに派遣されていた。
M113、M557指揮車
61式戦車開発による予算不足と対米政策の絡みで制式化された装甲兵員輸送車(APC)。武器有償供与協定のおかげで値段が下がり制式化から10年で普通科部隊の大半が完全装甲化されることになった。
61式戦車開発による予算不足と対米政策の絡みで制式化された装甲兵員輸送車(APC)。武器有償供与協定のおかげで値段が下がり制式化から10年で普通科部隊の大半が完全装甲化されることになった。
86式戦車
湾岸戦争時の最新鋭戦車。湾岸戦争時には当戦車を定数一杯装備した第72戦車連隊が再編成された第一独立装甲連隊の中核として派遣された。同じ作者の小説『遙かなる星』の世界にも同名の陸自戦車が存在する。
湾岸戦争時の最新鋭戦車。湾岸戦争時には当戦車を定数一杯装備した第72戦車連隊が再編成された第一独立装甲連隊の中核として派遣された。同じ作者の小説『遙かなる星』の世界にも同名の陸自戦車が存在する。
87式自走35ミリ機関砲
本車の砲塔部をベースにした艦載連装砲「90式」が湾岸戦争後の「やまと」への改修で搭載される。
本車の砲塔部をベースにした艦載連装砲「90式」が湾岸戦争後の「やまと」への改修で搭載される。
155ミリ榴弾砲
ヴェトナム戦争、湾岸戦争時に使用。
ヴェトナム戦争、湾岸戦争時に使用。
MLRS
陸自第7機甲師団などに配備されており、1994年には北海道での演習に参加している。
陸自第7機甲師団などに配備されており、1994年には北海道での演習に参加している。
ヘリコプター
ヴェトナム戦争に派遣された第二ヘリ団が使用した多用途ヘリコプター。直接登場はしないが、救難活動やガンシップ化して火力支援に用いられている。
ヴェトナム戦争に派遣された第二ヘリ団が使用した多用途ヘリコプター。直接登場はしないが、救難活動やガンシップ化して火力支援に用いられている。
海上自衛隊
超大型護衛艦(戦艦)
旧戦艦「大和」。詳細は「#大和型戦艦の概要・活躍」を参照。
旧戦艦「大和」。詳細は「#大和型戦艦の概要・活躍」を参照。
航空護衛艦(空母)
北海道戦争時に復帰させた旧雲龍型空母「葛城」。ジェット機対応改修がなされており、ヴェトナム戦争では対地支援専用の母艦航空隊のみを搭載して参加している。ヴェトナム戦争後は呉で記念艦になり、博物館として利用されている。藤堂進も河川舟艇隊に配属される直前までは、短期間だが同艦に乗って「ヴェトナム・クルーズ」を経験している。
北海道戦争時に復帰させた旧雲龍型空母「葛城」。ジェット機対応改修がなされており、ヴェトナム戦争では対地支援専用の母艦航空隊のみを搭載して参加している。ヴェトナム戦争後は呉で記念艦になり、博物館として利用されている。藤堂進も河川舟艇隊に配属される直前までは、短期間だが同艦に乗って「ヴェトナム・クルーズ」を経験している。
エセックス級「あかぎ」「かが」
アメリカから供与されたエセックス級空母。「かつらぎ」同様ジェット機対応改修がなされており、ヴェトナム戦争では「かが」が参加している(「あかぎ」はオーバーホールを受けていた)。
アメリカから供与されたエセックス級空母。「かつらぎ」同様ジェット機対応改修がなされており、ヴェトナム戦争では「かが」が参加している(「あかぎ」はオーバーホールを受けていた)。
しょうかく型航空護衛艦「しょうかく」「ずいかく」
湾岸戦争・統一戦争時の主力空母。60年代末に決定された「奇跡のような予算措置」により建造された、満載排水量90,000トン・艦載機数約100機の大型空母。湾岸戦争後、SLEPプログラムにより延命され、「10・4・10・10艦隊計画」に基づき艦橋にSPY-1等を装備した。艦名は一般公募から命名されている。後継艦は21世紀初頭に「ひりゅう」の艦名で造られると艦船専門誌等では観測されている。
湾岸戦争・統一戦争時の主力空母。60年代末に決定された「奇跡のような予算措置」により建造された、満載排水量90,000トン・艦載機数約100機の大型空母。湾岸戦争後、SLEPプログラムにより延命され、「10・4・10・10艦隊計画」に基づき艦橋にSPY-1等を装備した。艦名は一般公募から命名されている。後継艦は21世紀初頭に「ひりゅう」の艦名で造られると艦船専門誌等では観測されている。
湾岸戦争・統一戦争時の主力空母。60年代末に決定された「奇跡のような予算措置」により建造された、満載排水量90,000トン・艦載機数約100機の大型空母。湾岸戦争後、SLEPプログラムにより延命され、「10・4・10・10艦隊計画」に基づき艦橋にSPY-1等を装備した。艦名は一般公募から命名されている。後継艦は21世紀初頭に「ひりゅう」の艦名で造られると艦船専門誌等では観測されている。
ほうしょう型航空護衛艦「ほうしょう」「ひしょう」
統一戦争時の主力空母。全長約260m、全幅約130m、艦載機数約70機の世界初の双胴空母。艦体左側にスキージャンプ甲板・右側に電磁カタパルトを装備する他、しょうかく型と同様、「10・4・10・10艦隊計画」に基づき艦橋にSPY-1等を装備している(SLEPにより装備したしょうかく型と異なり、本型は就役時から装備)。ほうしょう型以降は艦艇命名基準に「航空護衛艦には国民一般の共感を呼ぶ名称を使用する」という項目が付け加えられている。
統一戦争時の主力空母。全長約260m、全幅約130m、艦載機数約70機の世界初の双胴空母。艦体左側にスキージャンプ甲板・右側に電磁カタパルトを装備する他、しょうかく型と同様、「10・4・10・10艦隊計画」に基づき艦橋にSPY-1等を装備している(SLEPにより装備したしょうかく型と異なり、本型は就役時から装備)。ほうしょう型以降は艦艇命名基準に「航空護衛艦には国民一般の共感を呼ぶ名称を使用する」という項目が付け加えられている。
統一戦争時の主力空母。全長約260m、全幅約130m、艦載機数約70機の世界初の双胴空母。艦体左側にスキージャンプ甲板・右側に電磁カタパルトを装備する他、しょうかく型と同様、「10・4・10・10艦隊計画」に基づき艦橋にSPY-1等を装備している(SLEPにより装備したしょうかく型と異なり、本型は就役時から装備)。ほうしょう型以降は艦艇命名基準に「航空護衛艦には国民一般の共感を呼ぶ名称を使用する」という項目が付け加えられている。
その他の護衛艦・船舶(ヴェトナム戦争)
ヴェトナム戦争に参加し、「やまと」らと共に対地艦砲射撃を行う。藤堂進もヴェトナム戦争前に乗っていた。
ヴェトナム戦争に参加し、「やまと」らと共に対地艦砲射撃を行う。藤堂進もヴェトナム戦争前に乗っていた。
PBR
ヴェトナム戦争で使用された河川舟艇。ブローニングM2重機関銃、81ミリ迫撃砲、40ミリ自動擲弾発射器、4連装12.7㎜機銃座M45などで武装している。ヴェトナムに派遣された藤堂進(当時二尉)が艇長として乗り組む。
ヴェトナム戦争で使用された河川舟艇。ブローニングM2重機関銃、81ミリ迫撃砲、40ミリ自動擲弾発射器、4連装12.7㎜機銃座M45などで武装している。ヴェトナムに派遣された藤堂進(当時二尉)が艇長として乗り組む。
その他の護衛艦(湾岸戦争 - 統一戦争)
打撃護衛艦。詳細は「#用語」を参照。
打撃護衛艦。詳細は「#用語」を参照。
こんごう型護衛艦「きりしま」
イージス艦。「10・4・10・10艦隊計画」により建造。要求仕様の増大により規模の拡大が行われ、史実と異なり排水量13,000トンの大型護衛艦となった。統一戦争時は第二機動任務群の1隻として参加。
イージス艦。「10・4・10・10艦隊計画」により建造。要求仕様の増大により規模の拡大が行われ、史実と異なり排水量13,000トンの大型護衛艦となった。統一戦争時は第二機動任務群の1隻として参加。
はたかぜ型護衛艦「はたかぜ」
ミサイル護衛艦。統一戦争時は第二機動任務群の1隻として参加。
ミサイル護衛艦。統一戦争時は第二機動任務群の1隻として参加。
はつゆき型護衛艦「しらゆき」
「10・4・10・10艦隊計画」に基づき就役した対潜護衛艦。当初は全8隻の建造が予定されていたが、後に計画の変更により史実同様12隻が建造された。
「10・4・10・10艦隊計画」に基づき就役した対潜護衛艦。当初は全8隻の建造が予定されていたが、後に計画の変更により史実同様12隻が建造された。
あさぎり型護衛艦「あまぎり」
「10・4・10・10艦隊計画」に基づき就役。史実同様はつゆき型の改良型として8隻が建造されており、北日本のエックスレイII級に対応すべく改良が行われている。
「10・4・10・10艦隊計画」に基づき就役。史実同様はつゆき型の改良型として8隻が建造されており、北日本のエックスレイII級に対応すべく改良が行われている。
しらね型護衛艦
「10・4・10・10艦隊計画」に基づき就役。ただ、作中では就役したこと以外具体的に記述されておらず、史実と性能が異なる可能性がある。
「10・4・10・10艦隊計画」に基づき就役。ただ、作中では就役したこと以外具体的に記述されておらず、史実と性能が異なる可能性がある。
戦闘機/攻撃機
ヴェトナム戦争時の主力戦闘機。「かが」に搭載されている。交戦した藤堂守からは「古い機体」「着艦時の事故が多いことから合衆国が当の昔にお払い箱にしてしまった艦上戦闘機」と評された。
その後は不明だが、藤堂守が「東京政府(日本国)が排水量75000トンの新型空母(後のしょうかく型航空護衛艦)を完成させるまで新しい艦上戦闘機を導入しないという話は本当だったらしい」という独白をしていること、海上自衛隊がファントムではなくより新しいトムキャット装備に踏み切ったことから、しょうかく型の配備に合わせてトムキャットに置き換えられたと思われる。
ヴェトナム戦争時の主力戦闘機。「かが」に搭載されている。交戦した藤堂守からは「古い機体」「着艦時の事故が多いことから合衆国が当の昔にお払い箱にしてしまった艦上戦闘機」と評された。
その後は不明だが、藤堂守が「東京政府(日本国)が排水量75000トンの新型空母(後のしょうかく型航空護衛艦)を完成させるまで新しい艦上戦闘機を導入しないという話は本当だったらしい」という独白をしていること、海上自衛隊がファントムではなくより新しいトムキャット装備に踏み切ったことから、しょうかく型の配備に合わせてトムキャットに置き換えられたと思われる。
A4EJスカイホーク
ヴェトナム戦争時に使用。「かが」に搭載されている。
ヴェトナム戦争時に使用。「かが」に搭載されている。
F14Jトムキャット
湾岸戦争時の主力戦闘機。国産エンジンの搭載、アクティブフェーズドアレイレーダーなどの国産アビオニクスの装備など多くの改良が施されている他、対地攻撃能力や空対艦ミサイルの運用能力を付与した「F14J改戦闘攻撃機」が配備されている。
統一戦争時にはFV2の飛行隊だけを乗せることになった「ほうしょう」から、トムキャットの飛行隊が下ろされて航空自衛隊の支援に回された。
湾岸戦争時の主力戦闘機。国産エンジンの搭載、アクティブフェーズドアレイレーダーなどの国産アビオニクスの装備など多くの改良が施されている他、対地攻撃能力や空対艦ミサイルの運用能力を付与した「F14J改戦闘攻撃機」が配備されている。
統一戦争時にはFV2の飛行隊だけを乗せることになった「ほうしょう」から、トムキャットの飛行隊が下ろされて航空自衛隊の支援に回された。
FV1Jハリアー(A型、J型)
シーハリアーを改良した垂直離着陸戦闘機。愛称は「Jハリアー」でA型とJ型が存在している他、空自にも配備されている。
改装された「やまと」での運用も一時的ながら考慮されていたほか、統一戦争前には退役間近にもかかわらず「ほうしょう」に配備されている。
シーハリアーを改良した垂直離着陸戦闘機。愛称は「Jハリアー」でA型とJ型が存在している他、空自にも配備されている。
改装された「やまと」での運用も一時的ながら考慮されていたほか、統一戦争前には退役間近にもかかわらず「ほうしょう」に配備されている。
FV2ヴァルキリー(B型、D型)
湾岸戦争・統一戦争時の主力戦闘攻撃機。補助スラスターや機体下部にVTOL用のノズルを有した垂直離着陸が可能な前進翼機で、二次元推力偏向ノズルや多少のステルス性も有している。
1993年時点では海自に加えて空自にも約100機が配備され、統一戦争では「ほうしょう」所属機が第三次日本海海戦で敵空母「統一」のSU27戦闘機と交戦している他、藤堂進を乗せたD型が、「やまと」後部甲板に降りている。
湾岸戦争・統一戦争時の主力戦闘攻撃機。補助スラスターや機体下部にVTOL用のノズルを有した垂直離着陸が可能な前進翼機で、二次元推力偏向ノズルや多少のステルス性も有している。
1993年時点では海自に加えて空自にも約100機が配備され、統一戦争では「ほうしょう」所属機が第三次日本海海戦で敵空母「統一」のSU27戦闘機と交戦している他、藤堂進を乗せたD型が、「やまと」後部甲板に降りている。
早期警戒機/電子戦機
早期警戒機。湾岸戦争時に使用。統一戦争前は赤衛艦隊の監視も行っている。
早期警戒機。湾岸戦争時に使用。統一戦争前は赤衛艦隊の監視も行っている。
E3B
電子戦機。新明和製の双発機シリーズのバリエーションのひとつで、「ほうしょう」に搭載されている。
電子戦機。新明和製の双発機シリーズのバリエーションのひとつで、「ほうしょう」に搭載されている。
E1C/D
早期警戒機。新明和製の双発機シリーズのバリエーションのひとつで、「ほうしょう」に搭載されている。E1Dは統一戦争時に使用される。
早期警戒機。新明和製の双発機シリーズのバリエーションのひとつで、「ほうしょう」に搭載されている。E1Dは統一戦争時に使用される。
EA3B
電子戦機。湾岸戦争時に使用される。
電子戦機。湾岸戦争時に使用される。
電子戦機。湾岸戦争時に使用される。
ヘリコプター
「やまと」「ほうしょう」などの護衛艦に搭載されている対潜ヘリ。統一戦争時に使用される。
「やまと」「ほうしょう」などの護衛艦に搭載されている対潜ヘリ。統一戦争時に使用される。
UH60J
輸送ヘリ。「やまと」乗艦取材に招待された福田定一を輸送する。
輸送ヘリ。「やまと」乗艦取材に招待された福田定一を輸送する。
空対空ミサイル
湾岸戦争での空母ミッドウェイを巡る戦闘で藤堂輝男らのF14Jに搭載されて使用。
湾岸戦争での空母ミッドウェイを巡る戦闘で藤堂輝男らのF14Jに搭載されて使用。
スパロー - AIM9Lサイドワインダー
スパローは主にF14JとFV2に搭載されて使用。サイドワインダーはF14Jと空自のF15CJ改にも搭載されている。
スパローは主にF14JとFV2に搭載されて使用。サイドワインダーはF14Jと空自のF15CJ改にも搭載されている。
艦対艦ミサイル
統一戦争時に使用された艦対艦ミサイル。サステナーにはターボジェットエンジンとロケットブースターの2種類を採用しており、目標付近までターボジェットで飛行後、ロケットブースターに点火して突入する。終末誘導には赤外線画像識別誘導方式を採用している。
統一戦争時に使用された艦対艦ミサイル。サステナーにはターボジェットエンジンとロケットブースターの2種類を採用しており、目標付近までターボジェットで飛行後、ロケットブースターに点火して突入する。終末誘導には赤外線画像識別誘導方式を採用している。
銃器
ヴェトナム戦争緒戦での戦訓を元に作られた64式小銃の改造型。陸自の幹部や装甲車両乗員向けに1968年から配備が開始されているほか、ヴェトナム派遣部隊には30連タイプの弾倉が配備されている。海自にも配備され、藤堂進(当時二尉)が使用する。
ヴェトナム戦争緒戦での戦訓を元に作られた64式小銃の改造型。陸自の幹部や装甲車両乗員向けに1968年から配備が開始されているほか、ヴェトナム派遣部隊には30連タイプの弾倉が配備されている。海自にも配備され、藤堂進(当時二尉)が使用する。
航空自衛隊
戦闘機
ヴェトナム戦争時に使用され、近接航空支援などを行っている。また1994年の時点ではファントム改、Jハリアー、超音速練習機など約200機が予備機の状態に置かれる。原型は艦載機だが、「海自がファントムをすっとばしてトムキャット装備に踏み切った」ため海上自衛隊には配備されていない。
ヴェトナム戦争時に使用され、近接航空支援などを行っている。また1994年の時点ではファントム改、Jハリアー、超音速練習機など約200機が予備機の状態に置かれる。原型は艦載機だが、「海自がファントムをすっとばしてトムキャット装備に踏み切った」ため海上自衛隊には配備されていない。
F15CJ改イーグル
80年代から90年代の空自主力戦闘機。原型機を元に国産エンジンへの換装などを行った独自仕様機となっており、1994年時点で非改型含む約200機が配備されている。
また海空の自衛隊が全ての戦闘機を多用途型に変更しようと計画したAMRF計画により、F14Jトムキャットとともに改造型が開発されている。さらに本機を元にストリーク・イーグルに準ずる改造を行った特別仕様機が宇宙開発事業団(NASDA)に使用されている。
80年代から90年代の空自主力戦闘機。原型機を元に国産エンジンへの換装などを行った独自仕様機となっており、1994年時点で非改型含む約200機が配備されている。
また海空の自衛隊が全ての戦闘機を多用途型に変更しようと計画したAMRF計画により、F14Jトムキャットとともに改造型が開発されている。さらに本機を元にストリーク・イーグルに準ずる改造を行った特別仕様機が宇宙開発事業団(NASDA)に使用されている。
攻撃機
ヴェトナム戦争時に使用。ナパーム弾やロケット弾などの対地兵装で味方への近接航空支援を行う。
ヴェトナム戦争時に使用。ナパーム弾やロケット弾などの対地兵装で味方への近接航空支援を行う。
AC46J
ヴェトナム戦争時に使用された地上制圧機。旧式の輸送機にM61ヴァルカン砲やM2重機関銃を複数搭載して対地掃射に用いており、その圧倒的火力から味方に「ラドン」と呼ばれている。
ヴェトナム戦争時に使用された地上制圧機。旧式の輸送機にM61ヴァルカン砲やM2重機関銃を複数搭載して対地掃射に用いており、その圧倒的火力から味方に「ラドン」と呼ばれている。
観測機/早期警戒機
セスナ機がベースの小型観測機。ヴェトナム戦争時に使用されており、FACを乗せて機上前線航空管制を行う。
セスナ機がベースの小型観測機。ヴェトナム戦争時に使用されており、FACを乗せて機上前線航空管制を行う。
E5B
川崎製の4発ジェット機GK520をベースとした空中早期警戒管制機。湾岸戦争に派遣されたほか、湾岸戦争後の1994年には小松基地第128空中警戒管制飛行隊などに配備された改良型「E5C」が登場し、スカイキッド21が乗って赤衛艦隊らを観測している。また海上自衛隊でも原型機のGK520をベースとした「P5E」対潜哨戒機を制式化している。
川崎製の4発ジェット機GK520をベースとした空中早期警戒管制機。湾岸戦争に派遣されたほか、湾岸戦争後の1994年には小松基地第128空中警戒管制飛行隊などに配備された改良型「E5C」が登場し、スカイキッド21が乗って赤衛艦隊らを観測している。また海上自衛隊でも原型機のGK520をベースとした「P5E」対潜哨戒機を制式化している。
日本民主主義人民共和国・北日本(兵器・装備)
人民赤軍
装甲車両
ソヴィエトから供与された北海道戦争時の主力戦車。
ソヴィエトから供与された北海道戦争時の主力戦車。
68式中戦車改三型
T64の改良型。「T68J3」とも。主砲や装甲、エンジン、射撃統制装置等の改良を段階的に続けた結果、その外見は82式中戦車と似通ったものとなっている。1992年時点では通常戦車師団に配備される戦車の数的主力を担っていた。
T64の改良型。「T68J3」とも。主砲や装甲、エンジン、射撃統制装置等の改良を段階的に続けた結果、その外見は82式中戦車と似通ったものとなっている。1992年時点では通常戦車師団に配備される戦車の数的主力を担っていた。
T64の改良型。「T68J3」とも。主砲や装甲、エンジン、射撃統制装置等の改良を段階的に続けた結果、その外見は82式中戦車と似通ったものとなっている。1992年時点では通常戦車師団に配備される戦車の数的主力を担っていた。
82式中戦車改二型
T80の改良型。「T82J2」とも。T80の特徴の一つである主砲発射式の対戦車ミサイルを装備しない他、日米からの部品密輸により完成したレーザー測距システムを装備している。1992年時点では赤衛戦車師団を中心に配備されていた。
T80の改良型。「T82J2」とも。T80の特徴の一つである主砲発射式の対戦車ミサイルを装備しない他、日米からの部品密輸により完成したレーザー測距システムを装備している。1992年時点では赤衛戦車師団を中心に配備されていた。
65式装輪装甲兵員輸送車
BTR60の改造型の装輪装甲車。「BTR65J」とも。1992年時点では通常師団を中心に配備されている。
BTR60の改造型の装輪装甲車。「BTR65J」とも。1992年時点では通常師団を中心に配備されている。
83式装甲戦闘車改三型
BMP2を原型とした装軌式の歩兵戦闘車。「BMP83J3」とも。1992年時点では赤衛機動歩兵師団を中心に配備されている。
BMP2を原型とした装軌式の歩兵戦闘車。「BMP83J3」とも。1992年時点では赤衛機動歩兵師団を中心に配備されている。
自走砲
120ミリ/150ミリ砲を搭載した装軌式自走砲。赤衛師団を中心に配備。
120ミリ/150ミリ砲を搭載した装軌式自走砲。赤衛師団を中心に配備。
地対艦ミサイル
SS-N-12の改造型である弾頭重量約1トン・最高速度マッハ1.3の超音速地対艦ミサイル。誘導方式は無線誘導、レーダー誘導、パッシブ・レーダー誘導といった原型の3種類の他、赤外線誘導型が用意されている。弾頭は通常弾頭の他にもキロトン級反応弾頭を搭載可能で、統一戦争緒戦では亜庭湾を航行中の米海軍機動部隊に対し当ミサイルを装備した3個地対艦攻撃連隊が奇襲攻撃を敢行した。
SS-N-12の改造型である弾頭重量約1トン・最高速度マッハ1.3の超音速地対艦ミサイル。誘導方式は無線誘導、レーダー誘導、パッシブ・レーダー誘導といった原型の3種類の他、赤外線誘導型が用意されている。弾頭は通常弾頭の他にもキロトン級反応弾頭を搭載可能で、統一戦争緒戦では亜庭湾を航行中の米海軍機動部隊に対し当ミサイルを装備した3個地対艦攻撃連隊が奇襲攻撃を敢行した。
銃器
北海道戦争時の戦車兵が所持していた拳銃。空軍特殊部隊の宗像考治も使用する。
北海道戦争時の戦車兵が所持していた拳銃。空軍特殊部隊の宗像考治も使用する。
国家保安省
北海道戦争時、国家保安省弾幕大隊に配備されていたロケット砲
北海道戦争時、国家保安省弾幕大隊に配備されていたロケット砲
北海道戦争時、国家保安省弾幕大隊に配備されていた野砲。
北海道戦争時、国家保安省弾幕大隊に配備されていた野砲。
統一戦争時、国家保安省本部に配備されていた地対空ミサイル。具体的な種類は不明。
統一戦争時、国家保安省本部に配備されていた地対空ミサイル。具体的な種類は不明。
赤衛艦隊
第二次日本海海戦時
旧秋月型駆逐艦「春月」。主砲をソヴィエト製100mm連装砲に、魚雷発射管もソヴィエト製3連装発射管に換装している。第二次日本海海戦に赤衛艦隊旗艦として参戦。神重徳座乗。第一砲塔消失などの被害を受けながらエイブル部隊に雷撃を敢行、「やまと」に1発の魚雷を命中させる。これが「やまと」の速力低下に繋がり追撃を断念させた上、「やまと」を狙った魚雷としては迷走と言える航路を進んだ魚雷が偶然にも巡洋艦「セイレム」に命中、これを撃沈した。その後、海戦終盤にアラバマに止めを差し逃走した。
旧秋月型駆逐艦「春月」。主砲をソヴィエト製100mm連装砲に、魚雷発射管もソヴィエト製3連装発射管に換装している。第二次日本海海戦に赤衛艦隊旗艦として参戦。神重徳座乗。第一砲塔消失などの被害を受けながらエイブル部隊に雷撃を敢行、「やまと」に1発の魚雷を命中させる。これが「やまと」の速力低下に繋がり追撃を断念させた上、「やまと」を狙った魚雷としては迷走と言える航路を進んだ魚雷が偶然にも巡洋艦「セイレム」に命中、これを撃沈した。その後、海戦終盤にアラバマに止めを差し逃走した。
駆逐艦「自由」「独立(初代)」
ともに旧松型駆逐艦(自由は桐、独立(初代)は榧)。第二次日本海海戦に同型艦3隻と共に赤衛艦隊として参戦、雷撃のため突撃するも突撃開始後5分以内に両艦とも大破航行不能に陥り、撃沈された。
ともに旧松型駆逐艦(自由は桐、独立(初代)は榧)。第二次日本海海戦に同型艦3隻と共に赤衛艦隊として参戦、雷撃のため突撃するも突撃開始後5分以内に両艦とも大破航行不能に陥り、撃沈された。
第三次日本海海戦時
旧ソヴィエト海軍戦艦「ソヴィエツキー・ソユーズ」。60年代にソヴィエトから購入し赤衛艦隊で就役した。1990年代にはフェーズドアレイレーダーやSA-N-9、対艦ミサイル等を搭載する近代化改修を受け現役に復帰。第三次日本海海戦時は赤衛艦隊旗艦として海自の第2機動任務群と交戦、僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を被弾し、注排水機能を破壊され横転、主砲弾誘爆により沈没した。
旧ソヴィエト海軍戦艦「ソヴィエツキー・ソユーズ」。60年代にソヴィエトから購入し赤衛艦隊で就役した。1990年代にはフェーズドアレイレーダーやSA-N-9、対艦ミサイル等を搭載する近代化改修を受け現役に復帰。第三次日本海海戦時は赤衛艦隊旗艦として海自の第2機動任務群と交戦、僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を被弾し、注排水機能を破壊され横転、主砲弾誘爆により沈没した。
空母「統一」
旧アドミラル・クズネツォフ級航空母艦「ワリヤーグ」。ソヴィエト崩壊後、しょうかく型主力の海自機動部隊に対する戦力バランスの維持を目的として購入、真岡(ホルムスク)で完成した。第三次日本海海戦時には赤衛艦隊唯一の空母として参戦。艦載機を発艦させ交戦させた後、僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を被弾し炎上、「栄光」と同じような経緯を辿り、沈没した。
旧アドミラル・クズネツォフ級航空母艦「ワリヤーグ」。ソヴィエト崩壊後、しょうかく型主力の海自機動部隊に対する戦力バランスの維持を目的として購入、真岡(ホルムスク)で完成した。第三次日本海海戦時には赤衛艦隊唯一の空母として参戦。艦載機を発艦させ交戦させた後、僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を被弾し炎上、「栄光」と同じような経緯を辿り、沈没した。
旧アドミラル・クズネツォフ級航空母艦「ワリヤーグ」。ソヴィエト崩壊後、しょうかく型主力の海自機動部隊に対する戦力バランスの維持を目的として購入、真岡(ホルムスク)で完成した。第三次日本海海戦時には赤衛艦隊唯一の空母として参戦。艦載機を発艦させ交戦させた後、僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を被弾し炎上、「栄光」と同じような経緯を辿り、沈没した。
巡洋戦艦「栄光」
ロシアより購入したキーロフ級巡洋戦艦。僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を被弾。応急設備の不備により艦全体に渡る消火不能な規模の大火災を起こし沈没した。
ロシアより購入したキーロフ級巡洋戦艦。僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を被弾。応急設備の不備により艦全体に渡る消火不能な規模の大火災を起こし沈没した。
巡洋艦「独立」
ロシアより購入したスラヴァ級巡洋艦。僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を煙突後部のVLSに被弾、誘爆により真っ二つに折れ轟沈した。
ロシアより購入したスラヴァ級巡洋艦。僚艦と共に対艦ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けるが全て撃墜され、逆に海自側からの対艦ミサイル攻撃を煙突後部のVLSに被弾、誘爆により真っ二つに折れ轟沈した。
潜水艦
統一戦争時には旧式と化していた潜水艦。統一戦争時、津軽海峡で待ち伏せを行い、「やまと」を雷撃、損傷を与えた。
統一戦争時には旧式と化していた潜水艦。統一戦争時、津軽海峡で待ち伏せを行い、「やまと」を雷撃、損傷を与えた。
八月一五日級反応動力潜水艦「真岡」
統一戦争時の主力攻撃型反応動力潜水艦(真岡は6番艦)。全長115メートル、水中排水量8,100トン、最大速力38ノットの大型潜水艦で、特に「真岡」はそれまで建造された八月十五日級と比較して様々な改良が施された結果、放射雑音レベルがロシア式技術の潜水艦としては最良の部類に入る高性能艦となった。
「真岡」が属する八月十五日級は、北日本が独自開発したSS-NJ-23超音速巡航ミサイル(キロトン級反応弾頭搭載可能)を装備・発射可能なSSGNであり、統一戦争緒戦で国後島に展開する米軍部隊に反応兵器による全面攻撃を実施した。西側呼称は「エックスレイII級」(なお、史実のエックスレイ級は深海作業用の原子力ステーションに付けられた呼称である)。
統一戦争では、空母「インディペンデンス」に反応弾を発射、命中させて撃沈した。その後、戦艦「ウィスコンシン」、航空護衛艦「しょうかく」へ攻撃を行い、魚雷数発を命中させたが、撃沈には至らなかった。
統一戦争時の主力攻撃型反応動力潜水艦(真岡は6番艦)。全長115メートル、水中排水量8,100トン、最大速力38ノットの大型潜水艦で、特に「真岡」はそれまで建造された八月十五日級と比較して様々な改良が施された結果、放射雑音レベルがロシア式技術の潜水艦としては最良の部類に入る高性能艦となった。
「真岡」が属する八月十五日級は、北日本が独自開発したSS-NJ-23超音速巡航ミサイル(キロトン級反応弾頭搭載可能)を装備・発射可能なSSGNであり、統一戦争緒戦で国後島に展開する米軍部隊に反応兵器による全面攻撃を実施した。西側呼称は「エックスレイII級」(なお、史実のエックスレイ級は深海作業用の原子力ステーションに付けられた呼称である)。
統一戦争では、空母「インディペンデンス」に反応弾を発射、命中させて撃沈した。その後、戦艦「ウィスコンシン」、航空護衛艦「しょうかく」へ攻撃を行い、魚雷数発を命中させたが、撃沈には至らなかった。
航空機
空母「統一」の艦載機。恐らく艦載機型のSu-33と思われる機体で、第三次日本海海戦時には海上自衛隊航空護衛艦「ほうしょう」のFV2ヴァルキリーと交戦する。
空母「統一」の艦載機。恐らく艦載機型のSu-33と思われる機体で、第三次日本海海戦時には海上自衛隊航空護衛艦「ほうしょう」のFV2ヴァルキリーと交戦する。
早期警戒ヘリ
空母「統一」の艦載機。機種不明。第三次日本海海戦時には人民空軍の早期警戒機とともに海自機動艦隊の位置情報を赤衛艦隊へ報せる。
空母「統一」の艦載機。機種不明。第三次日本海海戦時には人民空軍の早期警戒機とともに海自機動艦隊の位置情報を赤衛艦隊へ報せる。
空母「統一」の艦載機。機種不明。第三次日本海海戦時には人民空軍の早期警戒機とともに海自機動艦隊の位置情報を赤衛艦隊へ報せる。
人民空軍
戦闘機
MIG15
北海道戦争時に使用。北日本に侵入する合衆国空軍のF86やB29を迎撃しており、人民空軍のパイロットとなった藤堂守もこれに搭乗している。
北海道戦争時に使用。北日本に侵入する合衆国空軍のF86やB29を迎撃しており、人民空軍のパイロットとなった藤堂守もこれに搭乗している。
MIG21
「MIG21J」とも。空自のF4ファントム導入に合わせ生産開始。ヴェトナム戦争時には北ベトナムに派遣された北日本義勇航空隊が使用。ミサイル万能論全盛時代だったため機銃を搭載していないが、それでもAAMを用いて海上自衛隊航空隊機に対して奮戦する。その後、国家航空振興協会に移管され、原油とのバーター取引によりイラン空軍に譲渡された。
「MIG21J」とも。空自のF4ファントム導入に合わせ生産開始。ヴェトナム戦争時には北ベトナムに派遣された北日本義勇航空隊が使用。ミサイル万能論全盛時代だったため機銃を搭載していないが、それでもAAMを用いて海上自衛隊航空隊機に対して奮戦する。その後、国家航空振興協会に移管され、原油とのバーター取引によりイラン空軍に譲渡された。
MIG23J
海自のF14トムキャット導入に合わせ生産開始。1993年時点ではほとんどの機体が国家航空振興協会に移管されている。
海自のF14トムキャット導入に合わせ生産開始。1993年時点ではほとんどの機体が国家航空振興協会に移管されている。
MIG29J
空自のF15改良型・海自のF14改良型に合わせ導入開始。オリジナルのMIG29をベースに独自の改良を行った機体で、西側での通称は「スーパーファルクラム」。湾岸戦争時には後述のSU27と共に人民空軍実働機の6割以上を占めているほか、湾岸戦争に派遣された北日本の対イラク軍事顧問団が使用。1993年時点では予備機となっている。
空自のF15改良型・海自のF14改良型に合わせ導入開始。オリジナルのMIG29をベースに独自の改良を行った機体で、西側での通称は「スーパーファルクラム」。湾岸戦争時には後述のSU27と共に人民空軍実働機の6割以上を占めているほか、湾岸戦争に派遣された北日本の対イラク軍事顧問団が使用。1993年時点では予備機となっている。
SU27
MIG29Jと同じく空自のF15改良型・海自のF14改良型に合わせ導入開始。西側での通称は「フランカーJ」。1993年時点ではMIG29Jに代わり主力機として実戦部隊に配備されている。
MIG29Jと同じく空自のF15改良型・海自のF14改良型に合わせ導入開始。西側での通称は「フランカーJ」。1993年時点ではMIG29Jに代わり主力機として実戦部隊に配備されている。
その他の航空機
輸送ヘリ。ロケット弾ポッド等で武装した空軍特殊部隊用の機体と将官専用の機体が登場する。
輸送ヘリ。ロケット弾ポッド等で武装した空軍特殊部隊用の機体と将官専用の機体が登場する。
早期警戒機(AWACS)
イリューシンの輸送機にレーダーを搭載した機体。1990年代に数機が運用されている。
イリューシンの輸送機にレーダーを搭載した機体。1990年代に数機が運用されている。
イリューシンの輸送機にレーダーを搭載した機体。1990年代に数機が運用されている。
空対空ミサイル(AAM)
AA-2アトール短距離空対空ミサイルの北日本国産モデル。誘導方式は熱線追尾式。MiG21に搭載して運用される。
AA-2アトール短距離空対空ミサイルの北日本国産モデル。誘導方式は熱線追尾式。MiG21に搭載して運用される。
89式AAM “斬撃” II型
AA-10アラモ中距離空対空ミサイルの北日本改良品。誘導方式は半自動レーダー誘導。MiG29Jなどに搭載可能。
AA-10アラモ中距離空対空ミサイルの北日本改良品。誘導方式は半自動レーダー誘導。MiG29Jなどに搭載可能。
地対空ミサイル(防空軍)
1982年の南北休戦会談時、第125防空中隊が「領空侵犯機」撃墜のため使用。
1982年の南北休戦会談時、第125防空中隊が「領空侵犯機」撃墜のため使用。
SA11改
湾岸戦争時、北日本の対イラク軍事顧問団が使用。
湾岸戦争時、北日本の対イラク軍事顧問団が使用。
銃器類
空軍特殊部隊が「AKS74J」という仕様のものを使用する。空軍だけでなく首相護衛師団の特務警護部隊も使用する。
空軍特殊部隊が「AKS74J」という仕様のものを使用する。空軍だけでなく首相護衛師団の特務警護部隊も使用する。
RPG17
合衆国のM72 LAWを真似てつくられた軽対装甲ロケット弾。空軍特殊部隊が使用する。
合衆国のM72 LAWを真似てつくられた軽対装甲ロケット弾。空軍特殊部隊が使用する。
合衆国のM72 LAWを真似てつくられた軽対装甲ロケット弾。空軍特殊部隊が使用する。
RGD5
手榴弾。空軍特殊部隊が使用する。
手榴弾。空軍特殊部隊が使用する。
戦略打撃軍
中距離弾道ミサイル(IRBM)。ソヴィエトより供与されたRSD-10中距離弾道弾の中射程試験型「RSD-10D」を原型として開発された射程約1,800キロメートルのIRBM。1993年10月時点では反応弾頭型・細菌弾頭型・化学弾頭型・通常弾頭型合わせて25発が、樺太の戦略打撃軍基地(表向きは実験施設)ミサイルサイロ内に配備されていた。
中距離弾道ミサイル(IRBM)。ソヴィエトより供与されたRSD-10中距離弾道弾の中射程試験型「RSD-10D」を原型として開発された射程約1,800キロメートルのIRBM。1993年10月時点では反応弾頭型・細菌弾頭型・化学弾頭型・通常弾頭型合わせて25発が、樺太の戦略打撃軍基地(表向きは実験施設)ミサイルサイロ内に配備されていた。
アメリカ合衆国
戦艦
ニューメキシコ級戦艦「ミシシッピ」
ホモンホン沖海戦で沈没。
ホモンホン沖海戦で沈没。
テネシー級戦艦「テネシー」「カリフォルニア」
コロラド級戦艦「メリーランド」「ウェスト・ヴァージニア」
いずれもホモンホン沖海戦で沈没。
いずれもホモンホン沖海戦で沈没。
ノースカロライナ級戦艦「ノースカロライナ」「ワシントン」
いずれも沖縄沖海戦で大破。
いずれも沖縄沖海戦で大破。
サウスダコタ級戦艦「サウスダコタ」「インディアナ」「アラバマ」「マサチューセッツ」
インディアナは沖縄沖海戦で沈没。サウスダコタも同海戦で大破するが、後に朝鮮戦争へと参加していることから修理された模様。アラバマは第2次日本海海戦にエイブル部隊旗艦として参加するも沈没。
インディアナは沖縄沖海戦で沈没。サウスダコタも同海戦で大破するが、後に朝鮮戦争へと参加していることから修理された模様。アラバマは第2次日本海海戦にエイブル部隊旗艦として参加するも沈没。
アイオワ級戦艦「アイオワ」「ニュージャージー」「ミズーリ」「ウィスコンシン」
ニュージャージー、ミズーリは沖縄沖海戦で沈没(作中描写からおそらくアイオワも)。ウィスコンシンのみが太平洋戦争を生き延び、東京湾で日本の降伏調印を行ったのち、湾岸戦争、統一戦争にも参加している。統一戦争では魚雷2発を艦首に被雷しているが、損害は軽微だった。なお、統一戦争前にアイオワ級2隻が予備役にあるとの記述から、アイオワが沈没した場合は史実では建造中止になったイリノイもしくはケンタッキーのいずれか1隻(建造進捗度からケンタッキーか)が就役したことになる。
ニュージャージー、ミズーリは沖縄沖海戦で沈没(作中描写からおそらくアイオワも)。ウィスコンシンのみが太平洋戦争を生き延び、東京湾で日本の降伏調印を行ったのち、湾岸戦争、統一戦争にも参加している。統一戦争では魚雷2発を艦首に被雷しているが、損害は軽微だった。なお、統一戦争前にアイオワ級2隻が予備役にあるとの記述から、アイオワが沈没した場合は史実では建造中止になったイリノイもしくはケンタッキーのいずれか1隻(建造進捗度からケンタッキーか)が就役したことになる。
航空母艦(空母)(湾岸戦争 - 統一戦争)
湾岸戦争でミサイルの飽和攻撃を受け、合計でミサイル10発以上を被弾、沈没。
湾岸戦争でミサイルの飽和攻撃を受け、合計でミサイル10発以上を被弾、沈没。
フォレスタル級航空母艦「インデペンデンス」
統一戦争で、反応動力潜水艦「真岡」から発射された反応弾頭ミサイルが直撃、沈没。
統一戦争で、反応動力潜水艦「真岡」から発射された反応弾頭ミサイルが直撃、沈没。
「エンタープライズ」
反応動力空母。統一戦争で反応弾頭ミサイル2発、通常弾頭ミサイル5発を受け沈没。
反応動力空母。統一戦争で反応弾頭ミサイル2発、通常弾頭ミサイル5発を受け沈没。
反応動力空母。統一戦争で反応弾頭ミサイル2発、通常弾頭ミサイル5発を受け沈没。
ニミッツ級航空母艦「ニミッツ」「セオドア・ローズヴェルト」「エイブラハム・リンカーン」
反応動力空母。セオドア・ローズヴェルトは湾岸戦争に参加。ニミッツとエイブラハム・リンカーンはいずれも統一戦争で大破。ニミッツは反応弾頭ミサイルを被弾した。
反応動力空母。セオドア・ローズヴェルトは湾岸戦争に参加。ニミッツとエイブラハム・リンカーンはいずれも統一戦争で大破。ニミッツは反応弾頭ミサイルを被弾した。
護衛空母(太平洋戦争)
いずれもサマール沖海戦で沈没。
いずれもサマール沖海戦で沈没。
その他の艦艇(太平洋戦争 - 北海道戦争)
デ・モイン級重巡洋艦「セイレム」
第二次日本海海戦で被雷、沈没。
第二次日本海海戦で被雷、沈没。
ブルックリン級軽巡洋艦「ナッシュビル」
レイテ島沖でマッカーサー元帥とともに沈没。
レイテ島沖でマッカーサー元帥とともに沈没。
フレッチャー級駆逐艦「ジョンストン」
サマール沖海戦で護衛空母を守るため大和に突撃しようとしたが、利根の攻撃で沈没。しかし直前に発射した5インチ砲弾が大和の後部射撃指揮所に命中したほか、このとき利根の放った砲弾1発が流れ弾となって大和の艦橋に命中、艦隊司令部と艦長一同を全滅させた。
サマール沖海戦で護衛空母を守るため大和に突撃しようとしたが、利根の攻撃で沈没。しかし直前に発射した5インチ砲弾が大和の後部射撃指揮所に命中したほか、このとき利根の放った砲弾1発が流れ弾となって大和の艦橋に命中、艦隊司令部と艦長一同を全滅させた。
ジョン・C・バトラー級護衛駆逐艦「サミュエル・B・ロバーツ」
サマール沖海戦で僚艦「ジョンストン」とともに日本艦隊に突撃したが、大和の後部主砲の攻撃で沈没。
サマール沖海戦で僚艦「ジョンストン」とともに日本艦隊に突撃したが、大和の後部主砲の攻撃で沈没。
ガトー級潜水艦「キラー・ホエール」
太平洋戦争の最中、戦闘航海中に日本の駆逐艦と輸送船を撃沈する。
太平洋戦争の最中、戦闘航海中に日本の駆逐艦と輸送船を撃沈する。
その他の艦艇(湾岸戦争 - 統一戦争)
原子力ミサイル巡洋艦。統一戦争でカリフォルニアが沈没、サウス・カロライナが大破。
原子力ミサイル巡洋艦。統一戦争でカリフォルニアが沈没、サウス・カロライナが大破。
バージニア級原子力ミサイル巡洋艦「ヴァージニア」
統一戦争で沈没。
統一戦争で沈没。
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「タイコンデロガ」「アンツィオ」「レイテ・ガルフ」「フィリピン・シー」「ヴェラ・ガルフ」「プリンストン」
イージス巡洋艦。湾岸戦争ではタイコンデロガが沈没。統一戦争でアンツィオ、レイテ・ガルフ、フィリピン・シー、ヴェラ・ガルフが沈没、プリンストンが大破。
イージス巡洋艦。湾岸戦争ではタイコンデロガが沈没。統一戦争でアンツィオ、レイテ・ガルフ、フィリピン・シー、ヴェラ・ガルフが沈没、プリンストンが大破。
キッド級ミサイル駆逐艦「キッド」「キャラハン」「スコット」
統一戦争でキッド、キャラハンが沈没、スコットが大破。
統一戦争でキッド、キャラハンが沈没、スコットが大破。
アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ジョン・バリー」「ジョン・ポール・ジョーンズ」
統一戦争でジョン・バリーが沈没、ジョン・ポール・ジョーンズが大破。
統一戦争でジョン・バリーが沈没、ジョン・ポール・ジョーンズが大破。
スプルーアンス級駆逐艦「スプルーアンス」「ヒューイット」「オルデンドルフ」「メリル」「スタンプ」「ファイフ」「フレッチャー」
湾岸戦争でヒューイットとオルデンドルフが沈没。統一戦争でスプルーアンス、メリル、スタンプ、フレッチャーが沈没、ファイフが大破。
湾岸戦争でヒューイットとオルデンドルフが沈没。統一戦争でスプルーアンス、メリル、スタンプ、フレッチャーが沈没、ファイフが大破。
オリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲート「オーブレイ・フィッチ」「マクラスキー」「ヴァンデクリフト」「ルーベン・ジェイムズ」「デイヴィス」
湾岸戦争でデイヴィスが沈没。統一戦争でルーベン・ジェイムズ、オーブレイ・フィッチが沈没、マクラスキー、ヴァンデクリフトが大破。
湾岸戦争でデイヴィスが沈没。統一戦争でルーベン・ジェイムズ、オーブレイ・フィッチが沈没、マクラスキー、ヴァンデクリフトが大破。
ワスプ級強襲揚陸艦「ワスプ」
統一戦争緒戦の北日本における軍事クーデターを受けて、自衛隊に合流するべく陸軍第24機械化歩兵師団第1旅団を乗せて国後島クナシリ基地から移動しようとしていたところ、北日本の反応弾攻撃を受けてクナシリ基地と人員装備もろとも被爆する。
統一戦争緒戦の北日本における軍事クーデターを受けて、自衛隊に合流するべく陸軍第24機械化歩兵師団第1旅団を乗せて国後島クナシリ基地から移動しようとしていたところ、北日本の反応弾攻撃を受けてクナシリ基地と人員装備もろとも被爆する。
航空機(太平洋戦争 - 北海道戦争)
急降下爆撃機。シブヤン海海戦時に使用される。
急降下爆撃機。シブヤン海海戦時に使用される。
TBFアヴェンジャー
シブヤン海海戦時、沖縄戦時に使用される。
シブヤン海海戦時、沖縄戦時に使用される。
F4Uコルセア
サマール沖海戦時のカサブランカ級護衛空母の艦載機。乗艦ごと撃沈される。
サマール沖海戦時のカサブランカ級護衛空母の艦載機。乗艦ごと撃沈される。
B29
戦略爆撃機、太平洋戦争中に使用される。日本各地への低高度夜間焼夷弾爆撃と機雷投下を実施したほか、大戦終結直前の1945年8月25日には函館へ、26日には旭川への反応弾投下を行う。また大戦終結後の北海道戦争時には北日本への爆撃を行っている。
戦略爆撃機、太平洋戦争中に使用される。日本各地への低高度夜間焼夷弾爆撃と機雷投下を実施したほか、大戦終結直前の1945年8月25日には函館へ、26日には旭川への反応弾投下を行う。また大戦終結後の北海道戦争時には北日本への爆撃を行っている。
F86
北海道戦争に参加、国後島と択捉島に展開している。藤堂守はこれを1機撃墜している。
北海道戦争に参加、国後島と択捉島に展開している。藤堂守はこれを1機撃墜している。
航空機(北海道戦争後)
国後島の在日米空軍基地に所属している戦闘機。空自のF15CJ改イーグルと異機種間訓練(DACT)を行う。
国後島の在日米空軍基地に所属している戦闘機。空自のF15CJ改イーグルと異機種間訓練(DACT)を行う。
F/A18
ミサイルの被弾により多数が艦と共に沈んだ。
ミサイルの被弾により多数が艦と共に沈んだ。
E2ホークアイ
湾岸戦争時の「ミッドウェイ」の艦載機。
湾岸戦争時の「ミッドウェイ」の艦載機。
E8A/JSTARS
湾岸戦争に実戦テストを兼ねて派遣される。
湾岸戦争に実戦テストを兼ねて派遣される。
E3Bセントリー
早期警戒管制機(AWACS)。湾岸戦争に派遣される。
早期警戒管制機(AWACS)。湾岸戦争に派遣される。
A10、ハリアー、F15
湾岸戦争に派遣されている。
湾岸戦争に派遣されている。
車両
太平洋戦争時に使用。レイテ湾に突入した日本艦隊の艦砲射撃で大隊ごと吹き飛ばされているが、各地では日本陸軍戦車を圧倒している事が言及される。陸上自衛隊も使用し、北海道戦争に投入。
太平洋戦争時に使用。レイテ湾に突入した日本艦隊の艦砲射撃で大隊ごと吹き飛ばされているが、各地では日本陸軍戦車を圧倒している事が言及される。陸上自衛隊も使用し、北海道戦争に投入。
M3ハーフトラック
北海道戦争時にジョージ・パットンが移動用に使用。
北海道戦争時にジョージ・パットンが移動用に使用。
ハンヴィー
LAV25
湾岸戦争時に海兵隊の偵察小隊が使用。
湾岸戦争時に海兵隊の偵察小隊が使用。
銃器
ヴェトナム戦争でアメリカ陸軍特殊部隊群(グリーン・ベレー)の隊員が使用する。
ヴェトナム戦争でアメリカ陸軍特殊部隊群(グリーン・ベレー)の隊員が使用する。
ソヴィエト連邦
戦艦・巡洋戦艦
石狩湾海戦で沈没。
石狩湾海戦で沈没。
ソヴィエツキー・ソユーズ級戦艦「ソヴィエツキー・ソユーズ」
主砲48.5口径40センチ砲3連装3基9門を搭載した6万トン級戦艦。元々は同型3番艦の「ソビエツカヤ・ベラルーシ」であり、史実同様建造が中断されていたが、日本最後の実働戦艦大和と武蔵が日本の南北で米ソ艦隊に大打撃を与えるのを見たスターリンが、艦隊の中核戦力として戦艦が必要だと信じ込んでしまい、スターリンの直接命令で後述のクロンシュタット級巡洋戦艦ともども強引に建造が再開。戦後に完成し、完成後に「ソヴィエツキー・ソユーズ」へと改名されて就役している。北海道戦争では第二次日本海海戦時にソヴィエト援日義勇艦隊として参加。戦艦「アラバマ」を撃沈するも、自身も大破の被害を負う。その後60年代に北日本に売却され「解放」に改名される。以降の詳細は「#赤衛艦隊」を参照。
ちなみに同型艦の「ソヴィエツカヤ・ルーシ」もまたスターリンの命令により建造を再開されたことがエイブル部隊のケネディ中佐により語られるが、北海道戦争の時点では建造中だった。同艦がその後どうなったかは不明。
主砲48.5口径40センチ砲3連装3基9門を搭載した6万トン級戦艦。元々は同型3番艦の「ソビエツカヤ・ベラルーシ」であり、史実同様建造が中断されていたが、日本最後の実働戦艦大和と武蔵が日本の南北で米ソ艦隊に大打撃を与えるのを見たスターリンが、艦隊の中核戦力として戦艦が必要だと信じ込んでしまい、スターリンの直接命令で後述のクロンシュタット級巡洋戦艦ともども強引に建造が再開。戦後に完成し、完成後に「ソヴィエツキー・ソユーズ」へと改名されて就役している。北海道戦争では第二次日本海海戦時にソヴィエト援日義勇艦隊として参加。戦艦「アラバマ」を撃沈するも、自身も大破の被害を負う。その後60年代に北日本に売却され「解放」に改名される。以降の詳細は「#赤衛艦隊」を参照。
ちなみに同型艦の「ソヴィエツカヤ・ルーシ」もまたスターリンの命令により建造を再開されたことがエイブル部隊のケネディ中佐により語られるが、北海道戦争の時点では建造中だった。同艦がその後どうなったかは不明。
クロンシュタット級巡洋戦艦「クロンシュタット」「セヴァストポリ(II)」
主砲54.5口径30センチ砲3連装3基9門、最大速力32ノットを誇る巡洋戦艦。史実同様建造が中断されていたが、「ソヴィエツキー・ソユーズ」と共にスターリンの直接命令で建造が再開され戦後に完成。北海道戦争では第二次日本海海戦時にソヴィエト援日義勇艦隊として参加するも、両艦とも沈没する。
主砲54.5口径30センチ砲3連装3基9門、最大速力32ノットを誇る巡洋戦艦。史実同様建造が中断されていたが、「ソヴィエツキー・ソユーズ」と共にスターリンの直接命令で建造が再開され戦後に完成。北海道戦争では第二次日本海海戦時にソヴィエト援日義勇艦隊として参加するも、両艦とも沈没する。
その他艦艇
重巡洋艦。第二次日本海海戦において義勇艦隊側唯一の重巡洋艦として参加し、大破。
重巡洋艦。第二次日本海海戦において義勇艦隊側唯一の重巡洋艦として参加し、大破。
チャパエフ、フルンゼ、スヴェルドルフ
オグネヴァイ級
駆逐艦。石狩湾に来襲し、ソ連の対日参戦の原因となる石狩湾事件を引き起こす。
駆逐艦。石狩湾に来襲し、ソ連の対日参戦の原因となる石狩湾事件を引き起こす。
航空機
対日参戦したソ連軍が使用した戦闘機。
対日参戦したソ連軍が使用した戦闘機。
MIL8
ヴェトナム戦争でスペツナズの輸送に使われた輸送ヘリ。
ヴェトナム戦争でスペツナズの輸送に使われた輸送ヘリ。
MIG23、SU24、SU27、TU22
湾岸戦争でイラクに派遣されたソ連軍事顧問団の機体。
湾岸戦争でイラクに派遣されたソ連軍事顧問団の機体。
戦車
太平洋戦争中、北海道に侵攻したソ連軍が装備。日本陸軍の戦車を質と量で圧倒する。
太平洋戦争中、北海道に侵攻したソ連軍が装備。日本陸軍の戦車を質と量で圧倒する。
銃器類
太平洋戦争中、北海道に侵攻したソ連軍兵士が使用する。
太平洋戦争中、北海道に侵攻したソ連軍兵士が使用する。
AKMSカービン
ヴェトナム戦争でコンドラチェンコらスペツナズの隊員が使用する。
ヴェトナム戦争でコンドラチェンコらスペツナズの隊員が使用する。
AK47
スペツナズの隊員が使用。一部の隊員は40ミリ擲弾発射器を装備したものを使用している。北日本でも国境警備の部隊が使用している。
スペツナズの隊員が使用。一部の隊員は40ミリ擲弾発射器を装備したものを使用している。北日本でも国境警備の部隊が使用している。
RPKS
分隊支援機関銃。スペツナズの隊員が使用する。
分隊支援機関銃。スペツナズの隊員が使用する。
スペツナズ・ナイフ
コンドラチェンコが使用。
コンドラチェンコが使用。
その他
ヴェトナム
ヴェトナム戦争でヴェトコンが使用する。
ヴェトナム戦争でヴェトコンが使用する。
イラク
イラク空軍機。湾岸戦争時にイラン領への亡命(イラン・ツアー)を行う。
イラク空軍機。湾岸戦争時にイラン領への亡命(イラン・ツアー)を行う。
アドナンI
Il-76輸送機にフランス製レーダーを搭載したイラク空軍の空中警戒管制機。湾岸戦争時に北日本とソ連の両軍事顧問団の指揮下に置かれ、藤堂守・コンドラチェンコらが立案した作戦の支援を行う。
Il-76輸送機にフランス製レーダーを搭載したイラク空軍の空中警戒管制機。湾岸戦争時に北日本とソ連の両軍事顧問団の指揮下に置かれ、藤堂守・コンドラチェンコらが立案した作戦の支援を行う。
T72、K63
イラク陸軍の戦車とAPC。湾岸戦争時に使用。
イラク陸軍の戦車とAPC。湾岸戦争時に使用。
C201
イラクが中国から買い込んだ地対艦ミサイル。湾岸戦争時に使用される。
イラクが中国から買い込んだ地対艦ミサイル。湾岸戦争時に使用される。
イラン
イラン空軍所属機。湾岸戦争時、イランに接近する編隊をレーダーで監視する。
イラン空軍所属機。湾岸戦争時、イランに接近する編隊をレーダーで監視する。
その他
ヴェトナム派遣中の藤堂進(二尉)がサイゴンで購入した合衆国軍の横流し品の拳銃。
ヴェトナム派遣中の藤堂進(二尉)がサイゴンで購入した合衆国軍の横流し品の拳銃。
ワルサーPPK
藤堂守の私物の拳銃。元はドイツ武官だった神重徳が守の父、藤堂明に土産であげたものを明が守の出征祝いに渡したもの。帝国海軍中尉時代に彼が遭遇した、彼にとってのトラウマとなる出来事に深く関係している。
人民空軍大佐時代にヴェトナム戦争へ派遣された際も彼はワルサー社製拳銃を持ち込んでいるが、こちらもワルサーPPKかどうかは不明。
藤堂守の私物の拳銃。元はドイツ武官だった神重徳が守の父、藤堂明に土産であげたものを明が守の出征祝いに渡したもの。帝国海軍中尉時代に彼が遭遇した、彼にとってのトラウマとなる出来事に深く関係している。
人民空軍大佐時代にヴェトナム戦争へ派遣された際も彼はワルサー社製拳銃を持ち込んでいるが、こちらもワルサーPPKかどうかは不明。
書誌情報
新書版 トクマノベルズ(徳間書店)
- 征途 1 衰亡の国(1993年3月)ISBN 978-4-1915-5130-5
- 征途 2 アイアン・フィスト作戦(1993年8月)ISBN 978-4-1915-5251-7
- 征途 3 ヴィクトリー・ロード(1994年2月)ISBN 978-4-1985-0056-6
文庫版 徳間文庫(徳間書店)
- 征途 上 衰亡の国(2003年9月)ISBN 978-4-1989-1938-2
- 征途 中 アイアン・フィスト作戦(2003年10月)ISBN 978-4-1989-1957-3
- 征途 下 ヴィクトリー・ロード(2003年11月)ISBN 978-4-1989-1969-6
愛蔵版 中央公論新社
- 征途 愛蔵版(2017年9月)ISBN 978-4-1200-5006-0
- 全3巻を合本した函入愛蔵版。初期短篇「晴れた日はイーグルにのって」、押井守の追悼インタビューを併録。
- 全3巻を合本した函入愛蔵版。初期短篇「晴れた日はイーグルにのって」、押井守の追悼インタビューを併録。