未必のマクベス
以下はWikipediaより引用
要約
『未必のマクベス』(みひつのマクベス)は、早瀬耕による日本の小説。早川書房より2014年9月10日に刊行された。また、文庫版が2017年9月21日に刊行された。
早瀬耕のデビュー以来22年ぶりの作品である。デビュー作の『グリフォンズ・ガーデン』は、人工知能が作り出した世界と現実の世界とを交互に描きながら、人間の実存を問う作品であったが、本作は趣向が大きく変わり、日本、香港、マカオ、サイゴンと舞台を変えながら、企業犯罪に巻き込まれた男の行く末を描いたエンターテイメント作品となっている。
第17回大藪春彦賞候補作。
あらすじ
2009年9月、大手IT企業Jプロトコルで働く中井は、バンコクでの商談の帰りに立ち寄ったマカオの娼婦に「あなたは、否応なく、王として旅を続けなくてはならない」と告げられる。
バンコクでの商談の成功を理由に、中井は香港にある子会社のJプロトコル香港に社長として出向するよう命じられる。時を同じくして、カイザー・リーと名乗る男性から、カジノで儲けた金でHKプロトコルという幽霊会社の株を買わないかと誘いがある。
10月、Jプロトコル香港に赴任した中井は、Jプロトコル香港がHKプロトコルに対して暗号化技術の特許料として毎月5000万香港ドル(およそ6億円)を支払っていること、HKプロトコルはJプロトコル副社長の井上が設立した、Jプロトコルの親会社である東亜印刷を含めたグループの裏金作りのためのトンネル会社であることを知る。
HKプロトコルを訪れた中井は、積み木カレンダのキューブに隠されたUSBメモリを見つける。そこには、中井が高校生のときの初恋の人物で、消息が不明となっていた鍋島からのメッセージがあった。メッセージには、鍋島がHKプロトコルに入社して暗号化技術の開発をしたこと、その秘密鍵を推測する方法があることを社内で話してしまい、推測方法を提示するよう脅迫されたが逃げ出したこと、整形と偽造パスポートにより顔と名前を捨てたことが残されていた。
さらに、香港を訪れた同期の高木から、過去にJプロトコル香港へ役員として出向した人物が、全員自殺や事故死に見せかけて殺されていることを知らされる。アペンディクス(陥穽の意)から抜け出すために、中井は「王」である井上の殺害を決意する。
登場人物
中井優一(なかい ゆういち)
Jプロトコル交通系ICカード営業部部長代理→Jプロトコル香港董事長。1972年3月11日生まれ。38歳。キャセイ・パシフィックを愛用しており、マルコポーロ・クラブのシルバー会員になっている。ダイエット・コークで作るキューバ・リブレを好み、わざわざバーにダイエット・コークを持ち込むこともしばしばある。部長代理時代は、Jプロトコルが有する暗号化技術が組み込まれたICカードを東南アジア各国に売り込んでいた。Jプロトコル香港に董事長として出向することになり、伴とともにJプロトコル香港とHKプロトコルについて調べる中で、自分がアペンディクスに墜ちていることを知る。そして、アペンディクスから抜け出すために井上を殺害することを決意する。井上の殺害後も、Jプロトコルや伴の動きに翻弄されることになるが、由紀子と鍋島を逃がし、自分も生き残ろうと手を回す。自分のPCのパスワードに、鍋島の名前の「fuyuka」を含む文字列を設定していたり、鍋島から義理と言われて渡されたチョコレートの包装紙を大事に取っておいたりするような人物。もっとも、鍋島からの好意には気づかず、高校時代は他の女子と付き合っていた。シェイクスピアのマクベスでいうところの、マクベスに当たる人物。
伴浩輔(ばん こうすけ)
Jプロトコル交通系ICカード営業部技術主任→Jプロトコル香港副董事長→HKプロトコル董事長(Jプロトコル香港副董事長・兼任)。中井とは高校の同級生であり、今は直属の部下。高校時代のあだ名は「バンコー」。雲呑麺を好み、何食か連続して食べることも厭わないほど。実は2年前に、井上から鍋島の捜索を命じられていた。井上の死後、井上が保有していたHKプロトコルの残りの7千株を中井のものとし、自身は董事長となる。その後、鍋島の残した復号法を渡すかわりにHKプロトコルの完全な独立を認めるよう東亜印刷と交渉し、東亜印刷がこれまでに手にしてきた年70億円の裏金の半分を、HKプロトコルが利益として留保することを認めさせた。JプロトコルのCEO会議が開かれる沖縄のK島の砂州にて、ステージⅣの膵臓がんであり余命半年であること、高校時代から中井と鍋島に対して劣等感や恐怖を抱いていたことを中井に打ち明けた後、あらかじめ伴自身から殺害依頼を受けていた陳により殺害される。マクベスでいうところの、バンクォーに当たる人物。
鍋島冬香(なべしま ふゆか)
1971年11月22日生まれ。中井の高校時代の同級生で初恋の人物。中井とは3年連続で同じクラスだった。数学のセンスに長けており、12歳の頃には0.999…が1未満ではなく1以下であることを理解していた。高校卒業後は津田塾大学の数学科に進学。修士課程まで在籍した後、香港大学のドクターコースに進学し、暗号化技術に関する論文をいくつか発表した。その後、HKプロトコルに入社し、暗号化方式の開発をするも、効率的な復号法があることを社内で話してしまい、井上によって監禁され、復号法を提示するように脅迫される。中途半端に効率的な復号法を提示することで隙を作り、HKプロトコルから逃げ出すが、隠し撮りされた写真をインターネットに流出させられる。逃げ出したマカオで、HKプロトコルの株券をブローカーに売って、整形手術の手配と偽造パスポートの作成を依頼し、名前と家族と顔を捨てることになる。高校1年生のときの数学の授業で、中井が提示した積み木カレンダの問題に惹かれ、答えを探すようになる。答えを求めて、高校3年時には中井と同じ文系クラスを選び、その後、数学科にも進学するが、エピローグまで答えにたどり着くことはできなかった。マクベスでいうところの、マクベス夫人に当たる人物。
田嶋由紀子(たじま ゆきこ)
中井の彼女。元々は中井の営業職時代の2年先輩。社内結婚後、相手の男が若い彼女を作って離婚したため、ビジネスネームは「島田」で通している。15年目での課長職昇格、それも総務部への異動は、女性社員としては順調な昇進コースに乗っていると中井は評している。中井がJプロトコル香港へと出向するのに合わせJプロトコルを退職し、香港に移住する。物語の中盤に夢遊病のような症状を起こすようになり、バンコクで静養することとなる。物語の終盤で、由紀子を逃がそうとする中井から、偽造パスポートと20億円が入ったHSBCの口座とともに、積み木カレンダ問題の答えを託され、日本へと出国することになる。マクベスでいうところの、もう1人のマクベス夫人に当たる人物。
用語
Jプロトコル
Jプロトコル香港
HKプロトコル
フェイク・リバティ
積み木カレンダ
評価
文芸評論家の北上次郎は、本書の美点を「(登場人物が)リアルに描かれていることが第一。過去と現在を巧みに交錯させる構成の巧さが第二。」と挙げた上で、「究極の初恋小説だ。」と評している。