王道の狗
以下はWikipediaより引用
要約
『王道の狗』(おうどうのいぬ)は、安彦良和の漫画。『ミスターマガジン』1998年1号から2000年3号に掲載された。単行本は講談社ミスターマガジンKCより全6巻、白泉社ジェッツコミックス、中央公論新社より全4巻出版。明治時代中期から末期の日本、朝鮮、清を舞台に、秩父事件から日清戦争、辛亥革命までの東アジアの歴史と、それに翻弄された人々の運命を描いた。2000年に第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。『虹色のトロツキー』、『天の血脈』と並ぶ安彦の「現代史三部作」の一つ。
概要
本作は「王道」を目指す主人公・加納周助と、「覇道」を推し進めようとする風間一太郎の相克を中心に、明治時代における日本の対外政策が描かれている。作者の安彦によれば、作品内の「王道」と「覇道」の対立という図式は、出版社からの「読者に分かりやすい話に」との依頼によるもので、王道の側に勝海舟を、覇道の側に陸奥宗光を配置する構想は自身のアイデアだが、加納と風間という相反する登場人物は編集者のアイデアによるものだという。
安彦自身は「王道」と「覇道」といった様に現実世界を単純化は出来ないし、それぞれの明確な境界線が存在するのかは分からないとしており、作品内の陸奥の描き方について「総理大臣を務めることが出来るほどのスケールが大きい人物。一方、許さざるべき巨悪かといえばそうとは限らず、その冷徹さには抗し難い魅力がある。そのため作品終盤では『情』の側に配した」と発言している。
また、主人公の加納が孫文の支援者となり中国の革命運動に関わっていく場面で作品が終了していることについて作者の安彦は、日本から革命に参加した政治運動家の山田良政のことが念頭にあり死を連想させるような終わらせ方にした、と語っている。このことについて安彦は、連載時に明言はしていなかったが、山田が生前に関わっていた東亜同文会の流れを汲む愛知大学の関係者の知る所となり、2006年に大学に招かれて講演を行うことになった。
掲載誌の『ミスターマガジン』が2000年1月で休刊されたため、作品終盤は急ぎ足の展開となったが、2004年から2005年に白泉社から出版された完全版では第31話と第47話が新たに書き下ろされるなど大幅な内容修正がされている。完全版の各巻には鶴田謙二、森薫、平野耕太、久米田康治からの推薦文が寄せられた。劇中の時代は1889年から1900年に当たる。
ストーリー
1889年(明治22年)秋、北海道上川。明治政府による石狩道路建設のための懲役労務に従事していた自由党の加納周助と、天誅党の風間一太郎が共に現場から脱走するところから物語は始まる。加納は大阪事件に関与し重懲役九年の刑、風間は高田事件に関与し重懲役十年の刑を受け、過酷な重労働の日々を送っていた中での脱走だった。その道中、二人はアイヌ人の猟師・ニシテの助けを受けると、加納は「クワン」、風間は「キムイ」というアイヌ名を与えられ、湧別で農場を営む徳弘正輝の下に身を寄せることになる。やがて二人は徳弘にアイヌ人ではないことを見破られてしまうが、軍を追われた身だという彼の庇護を受け、アイヌの娘・タキと出会うなど平穏な生活を送る。
そんなある日、ニシテが恋人を救出しようとするあまりに殺人を犯し警察に逮捕される。加納は恩人の窮地を前にして何もできないことへの後悔から、「裏道でも王道を行く強い狗」になるべく放浪の武術家・武田惣角への入門を申し出ると、彼の指導を受けて柔術の技を磨く。さらに秩父事件の幹部の一人・飯塚森蔵との再会を契機に過去の記憶がよみがえる。
1884年(明治17年)11月、加納は自由党の壮士として秩父事件に参加するが、圧倒的な武力を有する鎮台兵の攻勢の前に困民党軍は崩壊し、幹部達は四散する。さらに一連の激化事件を扇動した大井憲太郎の冷淡な態度を目の当たりにしたことで、党幹部に対して次第に疑念を抱くようになる。1885年(明治18年)、大井の主導による朝鮮渡航計画および政府転覆計画が実行に移されることになる。加納は計画の杜撰さに疑問を感じながらも軍資金調達に加わっていたが、渡航直前に計画が発覚。逃亡の最中に強盗傷害事件を犯したため、思想犯ではなく一般犯罪者として刑を受ける。
ふたたび1889年(明治22年)秋に戻る。加納は彼と同様に逃亡生活を続ける飯塚との対話を通じて「真に正しいと信じられる何か」を為そうとの思いを強めると、武田の推薦を受けて北海道庁主催の「大演武武道大会」に出場。準決勝で柳生心眼流の使い手・小野寺重吾に完敗を喫するものの、その姿が朝鮮の開明派政治家・金玉均の目に留まり、彼の護衛役を務めることになり新たに「貫真人」という日本名を与えられる。
一方、風間は飯塚と行動を共にしていた山師の財部数馬を殺害し、男の身分と名を奪う。「覇道」に目覚めた風間は加納と袂を別ち、徳弘の農場を去ると東京へと向かい、明治政府の閣僚・陸奥宗光に近づくことに成功する。陸奥は不平等条約改正のためにはアジアに覇を唱え、欧州列強に対し実力を認めさせること以外に日本の進むべき道はなく、その施策のためには金玉均の存在は障壁になると考えていた。
1890年(明治23年)、加納らの一行は閔氏政権の刺客を振り切ると東京へと向かう。そこで、福沢諭吉をはじめとした金玉均の支持者たちと対面するが協力の約束を引き出すことは出来ず、かつての幕臣・勝海舟との会談も不調に終わる。そんな中、加納は農商務省技官となった風間と再会する。「金玉均は見限った方がいい」「自由民権運動に大義はなかった」という風間は、加納に対し同じように陸奥の下で仕えることを勧めるが、加納は「言い分は正しいが、そこには自分の信じる大義はない」とこれを固辞する。そのため加納は風間の手により、石川島監獄に未決のまま長期勾留されるが、勝の取り計らいにより出獄する。加納に坂本龍馬の面影を見出す勝は、「金の唱える三和主義(アジア協調)の理想は、彼の下に仕えるだけでは為しえない」と説き、自らの支援下でアジア各国との交渉や革命運動の支援に携わることを勧める。
勝の肝いりで建造された新造艦「あじあ丸」の進水式を巡り、勝から艦長に指名された加納、陸奥から進水式の阻止を命じられた風間は相まみえるが、追いつ追われつの展開の末、無事進水を果たす。加納はアメリカ留学を希望する風間に対し、北海道で彼の帰りを待つタキを迎えに行くように勧める。
勝の下で活動を始めた加納は「あじあ丸」の艦長として武器などの物資の密輸や、密航者の保護などを行いつつ李鴻章や袁世凱らの動静をうかがう。1893年(明治26年)、清国打倒を目指す秘密結社・三合会に加わり、その縁で革命家の孫文と出会うが、彼との対話を通じて国家の行く末を決するのは実力者の動静ではなく、無名の若者や秘密結社員ではないかと予感する。その後、加納は清の戦艦・定遠において李鴻章と謁見し、朝鮮の支配権を巡る戦争回避、金玉均への協力と両者会談の約束を取り付ける。意気揚々と日本へ帰国する加納だが、金の存在を「三国間の対話の障壁」と考える李の真意を測ることは出来ない。
1894年(明治27年)3月、李鴻章との会談のため上海を訪れた金玉均は当地で閔氏政権の刺客に暗殺される。李の策謀を察知した加納は救出のために追いすがるが阻止することは出来ず、後悔の念から李と清国に対する復讐を決意。東学の指導者・全琫準に接近すると最新式の武器を提供し、東学党の乱を支援する形で金玉均の為し得なかった朝鮮の改革を推し進めようとする。一方、日本の外務大臣・陸奥宗光は陸軍参謀本部次長・川上操六と共に、朝鮮の騒乱を引き金に清国との戦端を開く機会を狙っていた。
日清両国は天津条約に基づき騒乱鎮圧のため軍を派遣するが、同年6月に朝鮮政府と農民軍との停戦が成立したことでその意義は失われ平穏は保たれたかに思われた。しかし陸奥と川上は増派を決定し、さらに大院君を担ぎ出した上での開戦工作を進めていた。加納は勝からの密命を受け、大院君との折衝に関わる岡本柳之助の暗殺を試みるが叶わず、同年7月28日に両国は開戦へと至る。
1895年(明治28年)3月、清国の講和全権大臣として下関を訪れた李鴻章は、会談の帰途に小山豊太郎に狙撃され負傷する。小山の犯行を唆したのは加納であったが、彼の復讐の対象は日本の全権大臣を務める陸奥へと変わっていた。陸奥は李の暗殺未遂事件により国際世論の非難を浴び政治的譲歩を迫られると、さらに同年4月に欧州列強からの三国干渉という事態に直面し当惑する。
やがて加納は陸奥を暗殺するべく、兵庫県舞子浜へと向かう。静養中の陸奥の下には、アメリカから帰国したばかりの風間とタキの姿もあった。加納は間隙を突いて陸奥と対峙すると、かつて仕えた金玉均の仇と称し「陸奥の外交姿勢はアジアの友好関係に仇を成す行為であり、王道の理に適わない」と主張する。一方、陸奥は「アジアの不動の盟主と考える清国は友好など望んでおらず、旧態依然の朝鮮が日本に敵対姿勢を取る限り三国の協調などあり得ない」と主張、仮に陸奥を倒したとしても日本の方向性を変えることは出来ないと説く。その言葉を遮るように加納は陸奥を手にかけようとするが、その場に駆けつけた風間により阻まれる。その際、タキの面前であやまって風間を刺し殺してしまい、自らの半身を失ったことを悲しむのだった。
時は流れて1900年(明治33年)、加納は孫文の革命運動に身を投じていた。孫文は義和団の乱による混乱に乗じ、広東省恵州三洲田での武装蜂起を指示するが、軍事支援を約束していた日本政府は外交方針を転換し撤回する。同年10月、三洲田に残る加納は清国軍の包囲下に置かれるが、血路を開くべく配下の兵たちに号令をかける場面で物語を終える。
登場人物
主要人物
加納周助
風間一太郎
タキ
陸奥宗光
勝海舟
日本
北海道の人々
ニシテ
キピヒ
武田惣角
徳弘正輝
永山武四郎
小野寺重吾
秩父の人々
飯塚森蔵
落合寅市
自由党
大井憲太郎
景山英子
加納の関係者
加納家
加納周平
政府、軍関係者
陸奥の関係者
その他
福沢諭吉
朝鮮
大院君
清
孫文
李鴻章
書誌情報
- 安彦良和『王道の狗』 講談社〈ミスターマガジンKC〉全6巻
- 1998年6月発行 ISBN 978-4-06-319941-3
- 1998年10月発行 ISBN 978-4-06-333988-8
- 1999年3月発行 ISBN 978-4-06-334042-6
- 1999年8月発行 ISBN 978-4-06-334211-6
- 1999年12月発行 ISBN 978-4-06-334262-8
- 2000年3月発行 ISBN 978-4-06-334287-1
- 安彦良和『王道の狗』 白泉社〈ジェッツコミックス〉全4巻
- 2004年11月29日発行 ISBN 978-4-59-214221-8
- 2004年11月29日発行 ISBN 978-4-59-214222-5
- 2005年1月28日発行 ISBN 978-4-59-214223-2
- 2005年2月28日発行 ISBN 978-4-59-214224-9
- 安彦良和『王道の狗』 中央公論新社〈中公文庫コミック〉全4巻
- 2014年9月20日発行 ISBN 978-4-12-206016-6
- 2014年10月23日発行 ISBN 978-4-12-206018-0
- 2014年11月21日発行 ISBN 978-4-12-206042-5
- 2014年12月20日発行 ISBN 978-4-12-206059-3
参考文献
- 「特集 安彦良和 『アリオン』から『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』まで」『ユリイカ』 2007年9月号、青土社。ISBN 978-4-7917-0167-4。