小説

羽州ぼろ鳶組シリーズ


ジャンル:時代小説,

小説

著者:今村翔吾,

出版社:祥伝社,

巻数:既刊13巻,

ラジオドラマ:火喰鳥 羽州ぼろ鳶組

原作:今村翔吾『羽州ぼろ鳶組』,

放送局:NHK青春アドベンチャー,

発表期間:2018年7月23日 - 8月3日,



以下はWikipediaより引用

要約

『羽州ぼろ鳶組』は、今村翔吾による日本の小説、ラジオドラマ。2017年に祥伝社より文庫書き下ろしの長編小説として出版。

2018年にラジオドラマ化され、以降は不定期でNHK青春アドベンチャーにて放送。

あらすじ

"火喰鳥"の二つ名を持つ松永源吾は、江戸随一の火消として活躍していた。しかしある事件をきっかけに、火消を辞して浪人生活を送ることになる。そんな折、源吾の元に新庄藩御城使の折下左門がやってきて、源吾は羽州新庄藩の火消頭として召し抱えられる。新庄藩の火消組は頭取を喪い、大半の鳶も辞めてしまって壊滅状態になっていた。源吾は火消組を再建する為、少ない予算で立て直すように命じられる。

どうにか頭数の鳶を寄せ集めて奔走するが、大名火消が煌びやかで豪華な羽織を翻す一方、新庄藩の羽織は綻びだらけでぼろぼろ。その姿から江戸の民は新庄藩火消組を「ぼろ鳶組」と揶揄するようになる。源吾は未経験の鳶を訓練する一方で、元力士の寅次郎や現役の軽業師彦弥、人嫌いの学者星十郎を仲間として引き入れる。彼らもまた火消の経験はないが、寅次郎は恵まれた体格を持ち、彦弥は軽業師ならではの身のこなしと、並外れた跳躍力を持っていた。また、星十郎はかつて源吾が共に火消として仲間だった、風読みの息子であり、父に負けぬ風読みの力とあらゆる分野に精通した知識があった。

新庄藩火消組は、源吾を筆頭に頭取並の鳥越新之助と、引き入れた仲間が中心となって着実に実力を上げていく。ぼろ鳶組の活躍は徐々に広まっていき、江戸の民からは揶揄ではなく、愛着を持って「ぼろ鳶」と呼ばれるようになっていた。

江戸では火事が頻発していた。その大半は火付けによるもので、怨恨によるものや快楽によるものなど様々である。中にはある人物を狙った火事や、江戸の街が壊滅しかねない不審な火付けなど、悪意を持って発生した火事も度々起こっていた。民に甚大なる被害をもたらし、日々の生活を脅かす火事。それは災害ではなく、時として人災として人々に降り注ぐ。源吾達火消は、事件としての火事を調査し解決に導きながら、天敵である炎を滅す為に仲間と共に立ち向かっていく。

1巻『火喰鳥』

詳細なあらすじ 妻の深雪と貧乏浪人暮らしをしていた松永源吾の元に、新庄藩御城使の折下左門が、戸沢家の家臣として召し抱えたいとやってきた。左門は、かつて源吾が「火喰鳥」と呼ばれた江戸随一の火消だと知っていた。壊滅した新庄藩火消組を立て直す為に、源吾の腕を見込んで火消頭取に誘ったのだ。 源吾はとある事件で火消を辞め、脚に怪我を負っていた。火事の現場に経つと、恐れからまともに行動も出来なくなった。だが左門の強い勧めと、現場に出ず火消を立ち直させる指導をすればよい、という言葉から、源吾は士官することに決める。 火消再興の為に用意された資金はたった二百両で普通なら無謀な額。だが源吾は引き受けたからにはやると決めて、家老六右衛門に対して一年半で結果を出すと啖呵を切った。 源吾と火消頭取並である新之助は、手始めに鳶集めに奔走した。新庄藩の実力がある鳶は、前頭取が家老と対立して切腹した時に大半が辞めており、定員である110名に対してたった24名しかいない。口入れ屋に80名の人足を頼み、実力がある鳶を探し始める。 新之助の発案で相撲の特別興行に寄った時、荒神山寅次郎という力士と出会った。怪我をし負けが続いているが、母親の為にと言い訳をして力士を辞められない寅次郎。源吾はそんな寅次郎が自分の境遇と重なり「母上を言い訳にせず、夢を諦めたくねえと堂々と言いやがれ」と一喝する。寅次郎は千秋楽で、火事が迫りくる土俵で達ヶ関と一世一代の大勝負を行った。その闘いで寅次郎は力士を辞める決心をし、源吾の元で火消になることを決めたのだった。 現役の火消から引き抜きが出来ないかと、火消番付で目星をつけることにした源吾たち。着実に番付の位を上げているに組の甚助に目を付けて会いに行くと、人気軽業師の彦弥が怒鳴り込んで来た。なにやら甚助と揉めた後、屋根に飛び移りながら逃げ出す彦弥。その身のこなしに目をつけた源吾は、彦弥を捜し始める。彦弥はお夏という惚れた女性の借金を肩代わりし、高利貸しの丹波屋から逃げて行方を晦ましていた。 お夏と彦弥、甚助の三人は孤児で、同じお寺の和尚に育ててもらった幼馴染。和尚の病気を治療する為にお金を借りたが、悪徳な高利貸し屋が証文を書き換え借金が膨らんだ。吉原に売られる寸前だった所で彦弥が全額返したが、それもまた高利貸しに借りたお金だった。 お夏は責任を感じて、彦弥の証文を焼いてしまおうと高利貸し屋に忍び込むが、露見して押し問答があった挙句、店に火がついてしまった。火付けの下手人として疑われると思ったお夏は、火の見櫓の頂上へ逃げ、自死をも覚悟する。そこに源吾率いる新庄藩火消組と彦弥、甚助が駆け付け、櫓も崩れる寸前の危うい状況の中、甚助と彦弥の活躍によってお夏は助けられた。 詮議の結果お夏は江戸払いとなり、甚助が自分にも責任があると主張し手鎖三十日の刑罰を受けた。彦弥は源吾の誘いを受け、元々約束していた三十両の借り受けとある頼みを条件に火消となった。三十両は江戸を離れる甚助とお夏に全て渡した。お夏と甚助は、和尚の出生地である甲斐に向けて甲州街道を行く。彦弥は最後まで恰好つけたが、頬に一筋の涙が伝っていた。源吾は纏の意匠が決まったかと尋ねると、彦弥は「大銀杏」と答えた。生まれ育った寺にある大きな銀杏の木。お夏はその銀杏が大好きだった。纏の意匠を好きな柄にさせて欲しい。それが火消になる時に頼んだ、彦弥のたった一つの条件だった。 源吾はかつて共に火消として過ごし、親爺と呼んで慕った加持孫一を探していた。手掛かりを求めて御徒町へ向かうと、掛茶屋の主人から息子である加持星十郎と、星十郎と一緒にいた「れんがいけん殿」と呼ばれる老人の存在を知る。 寅次郎が持っていた相撲の取組表から「幕府天文方、山路連貝軒」の名前を見つけ、源吾は左門を通して山路に面会を求めた。そこで加持孫一の出生の秘密を知ることになる。 加持孫一の本当の名は「渋川孫一」。幕府天文方を代々受け継ぐ、渋川家の庶長子だった。正妻との間には二人の男子が産まれ、兄弟仲が良く、孫一は天文方の門徒として弟を支えた。転機があったのは孫一が30歳になった時。「人々の暮らしに即さずして何が天文学だ」と言い、門徒を辞して加持家の株を買った。孫一は源吾の元で火消になるまで、渋川家の支援も得ながら勉学に励み、天文の知識を深めていく。 一方で、渋川家は幕府天文方として暦の編纂権を巡り、土御門家と争っていた。渋川家は数年に渡った大論争の末に屈服し、土御門家が編纂権を獲得した。その後天文方に任命された山路は再び編纂権を奪還しようと決意し、孫一に協力を仰いだ。火消として庶民の暮らしを気に入っていた孫一だったが、悩んだ末に火消を辞めて、力を貸すことに了承。論争の為に京へと向かう途中火事に遭遇し、逃げ遅れた人達を助ける為に炎の中へと立ち向かっていった。だが孫一は炎の中ら戻ることはなく、孫一を失った天文方は、土御門家に完敗という結果となった。 孫一がもういないことを知って気を落とす源吾だったが、山路はある男の名を告げた。孫一が唯一天才と呼んだ男、加持星十郎の名を。 翌日源吾達は星十郎の元を訪ねて、天文方として戸沢家に迎えたい旨を伝えた。だが火事場にも出て頂きたいと申し出ると、星十郎は即決で断った。源吾と孫一の縁についても話したが、星十郎は「火消遊びなぞ余事」だと自分の父親を否定するような言葉まで放つ始末。改めて源吾は星十郎と二人きりで話す場を設けると、先日とは印象が大きく異なった。自身の赤髪を隠したり、看板娘の鈴に照れて顔を赤くするなど、人付き合いが苦手なごく普通の青年だった。星十郎自ら先日の無礼を自ら詫び、父親の事も誇りに思っているが、それはあくまで学者としてのことだと語る。南蛮の血を引く目立つ容姿の為に差別されてきた生い立ちが、星十郎の心に深い闇を落としているらしい。 星十郎の事は諦めようと思った矢先、源吾と共に訪れた小諸屋の店で火事が起こる。朱土竜が潜んでいる土蔵があり、風向きも怪しい。このままでは対処のしようがないと、源吾は星十郎の元へと走った。渋る星十郎に源吾は檄を飛ばし、背中を押されるように星十郎は外へと出た。 火事は無事鎮火し、星十郎は鈴からお礼を言われて頬を染めた。そしてようやく「父は人の為に生きた」のだと気付く。後日、星十郎から源吾の元に、士官を受けると書いた手紙が届いた。 飯田町で火事が発生し、新庄藩火消組は現場に駆け付けるが、松平隼人家の火消組とひと悶着が起こった。その諍いは、源吾と火消頭の鵜殿平左衛門との過去に端を発する。火事が鎮火し家へと戻った源吾は、深雪と出会ってからの日々に思いを馳せた。 源吾が若くして火消として活躍していた頃、深雪の父である月本右膳から婿養子になって欲しいという申し出があった。初めは命懸けの仕事故に、一緒になることなど考えもしていなかった源吾だが、徐々に深雪に心を寄せるようになっていく。一方で同じ家中の鵜殿平左衛門は深雪に惚れており、嫉妬による執拗な嫌がらせを受けるようになった。 ある日火事が起きて出動しようとした源吾を、鵜殿とその配下が散々に痛めつけた。源吾はしばらくの間気を失い、脚には大怪我を負っており、火事場に着くのが大幅に遅れた。その間に月本右膳は火事で亡くなっており、源吾は全ての責任を負って火消を辞した。 深雪との縁談も破断かと思われたが、深雪は月本家とは縁を切って、源吾のそばにいることを決めていた。それから源吾が火消に立ち戻るまで、二人は内職をしながら日々を静かに過ごしていた。 江戸では火付けによる不可解な火事が頻発しており、下手人は狐火と呼ばれ恐れられていた。狐火が現れた時期は、源吾が火消に戻った時期と符合しており、源吾は火付の下手人だと疑われた。源吾宅にやってきたのは火付盗賊改方長官の長谷川平蔵宜雄。平蔵は辣腕だと評判で、新庄藩火消の名声を上げる為に自作自演の火付けをしているのではと考えたらしい。実際に新庄藩は現場に出る度に人気が上がっていた。当初は壊滅状態で実力もなく、ぼろぼろの火消装束の見た目から「ぼろ鳶」だと揶揄されていたが、源吾が指揮を執るようになってからは統制も取れ、迅速に消火をこなしている。「ぼろ鳶」という名称も悪意ではなく、好意を持って呼ばれるようになっていた。 源吾と平蔵は話す内に誤解は溶け、後日火事の正体を見破ったことから、ぼろ鳶組に信頼を寄せるようになる。現場に残されている狐の木札から、下手人は花火師だと当たりをつけ、平蔵が探ったところ現在行方不明中の秀助の名が上がった。秀助の娘は花火の試し打ちが失敗して亡くなり、その失意から妻も自害していた。 平蔵の案で狐火を捕らえる為に、源吾をはじめとした火消番付常連による腕利きの火消達で火消連合が組まれることになった。火消連合が厳戒態勢で待っていると再度火事が発生し、源吾は下手人を追い詰めた。七人で徒党を組んでおり秀助の姿を認めるが、秀助は逃げ、捕らえた者達は一様に自害した。証拠こそは掴めなかったが、単独犯ではなく組織的犯行であることが明らかになり、平蔵は狙われた商家から黒幕をほぼ断定しているようだった。 後日、再び源吾が下手人だという疑いを懸けられた。一笑に付す源吾だが、平蔵とその背後にいる田沼意次が黒幕だという噂が流れており、田沼を快く思わぬ何者かの意図が働いているようだった。源吾は数日に渡り詮議を受け、平蔵の働きで釈放はされたが、新庄藩屋敷の座敷牢で監禁されることになった。 源吾が監禁中にまたも火事が起こった。突然行人坂の木や土蔵から炎が上がるという不可思議な火事で、狐火が絡んでいる可能性が非常に高い。新之助は火事に駆け付け、朱土竜によって頭を強く打った。朱土竜だとわかっていたが、犬が閉じ込められていると知り、犬の命を救うことを優先したのだ。 恐れる源吾に、左門は一喝して源吾を座敷牢から解き放った。一度は捨てたはずの火消羽織を深雪から受け取り、源吾は炎のもとへ駆けて行った。 火は風に乗って広がっていた。 東の浅草で多くの火消が奮闘しているが、このままでは止められそうにない。ぼろ鳶組は火事を鎮圧しながら、これ以上広がらないように炎を押しとどめるべく北を目指して疾駆する。千住を最終防衛線として陣取ると、続々と応援の火消が集まってきた。更には府下最強の火消組、加賀鳶が現れた。組を越えて、火消たちが一丸となって古今未曾有宇の火災へと立ち向かっていく。 千住の一区切りがついた所で、またも爆音が響いた。火元は本郷で、深雪たち新庄藩が避難している駒込が危うい。加賀鳶が浅草、新庄藩は駒込へとそれぞれ向かい、行人坂の出火から丸一日経ってようやく炎は沈静した。 だが狐火はまだ見つかっていない。新たな火付け場所を星十郎が推理し、馬喰町へと向かった。町を担当している町火消に組の宗助と捜索していると、炎が上がった。ぼろ鳶組は火事へと当たり、源吾はまだ近くにいるはずの秀助を探す。秀助が肌身離さず付けている鈴の音を頼りに、源吾は秀助を追い詰めた。そこに秀助の仲間である藤五郎が現れ、源吾を人質に逃げようとするが、二人は仲間割れを始める。秀助は自分の腕を犠牲に源吾を助けると、やらねばならぬことがあるから二月だけ時間が欲しいと頼む。それが終われば必ず自主するという秀助の哀願に、源吾は自問自答しながらも頷いた。 そして約二月後、江戸の空に美しい花火が上がった。作るのは不可能だと言われた赤い花火は、いつか必ず作って見せると秀助が娘に約束した色だった。その翌日、秀助は捕縛された。平蔵から源吾の元に、秀助から渡して欲しいと頼まれたという鈴が届いた。

妻の深雪と貧乏浪人暮らしをしていた松永源吾の元に、新庄藩御城使の折下左門が、戸沢家の家臣として召し抱えたいとやってきた。左門は、かつて源吾が「火喰鳥」と呼ばれた江戸随一の火消だと知っていた。壊滅した新庄藩火消組を立て直す為に、源吾の腕を見込んで火消頭取に誘ったのだ。
源吾はとある事件で火消を辞め、脚に怪我を負っていた。火事の現場に経つと、恐れからまともに行動も出来なくなった。だが左門の強い勧めと、現場に出ず火消を立ち直させる指導をすればよい、という言葉から、源吾は士官することに決める。
火消再興の為に用意された資金はたった二百両で普通なら無謀な額。だが源吾は引き受けたからにはやると決めて、家老六右衛門に対して一年半で結果を出すと啖呵を切った。
源吾と火消頭取並である新之助は、手始めに鳶集めに奔走した。新庄藩の実力がある鳶は、前頭取が家老と対立して切腹した時に大半が辞めており、定員である110名に対してたった24名しかいない。口入れ屋に80名の人足を頼み、実力がある鳶を探し始める。
新之助の発案で相撲の特別興行に寄った時、荒神山寅次郎という力士と出会った。怪我をし負けが続いているが、母親の為にと言い訳をして力士を辞められない寅次郎。源吾はそんな寅次郎が自分の境遇と重なり「母上を言い訳にせず、夢を諦めたくねえと堂々と言いやがれ」と一喝する。寅次郎は千秋楽で、火事が迫りくる土俵で達ヶ関と一世一代の大勝負を行った。その闘いで寅次郎は力士を辞める決心をし、源吾の元で火消になることを決めたのだった。

現役の火消から引き抜きが出来ないかと、火消番付で目星をつけることにした源吾たち。着実に番付の位を上げているに組の甚助に目を付けて会いに行くと、人気軽業師の彦弥が怒鳴り込んで来た。なにやら甚助と揉めた後、屋根に飛び移りながら逃げ出す彦弥。その身のこなしに目をつけた源吾は、彦弥を捜し始める。彦弥はお夏という惚れた女性の借金を肩代わりし、高利貸しの丹波屋から逃げて行方を晦ましていた。
お夏と彦弥、甚助の三人は孤児で、同じお寺の和尚に育ててもらった幼馴染。和尚の病気を治療する為にお金を借りたが、悪徳な高利貸し屋が証文を書き換え借金が膨らんだ。吉原に売られる寸前だった所で彦弥が全額返したが、それもまた高利貸しに借りたお金だった。
お夏は責任を感じて、彦弥の証文を焼いてしまおうと高利貸し屋に忍び込むが、露見して押し問答があった挙句、店に火がついてしまった。火付けの下手人として疑われると思ったお夏は、火の見櫓の頂上へ逃げ、自死をも覚悟する。そこに源吾率いる新庄藩火消組と彦弥、甚助が駆け付け、櫓も崩れる寸前の危うい状況の中、甚助と彦弥の活躍によってお夏は助けられた。
詮議の結果お夏は江戸払いとなり、甚助が自分にも責任があると主張し手鎖三十日の刑罰を受けた。彦弥は源吾の誘いを受け、元々約束していた三十両の借り受けとある頼みを条件に火消となった。三十両は江戸を離れる甚助とお夏に全て渡した。お夏と甚助は、和尚の出生地である甲斐に向けて甲州街道を行く。彦弥は最後まで恰好つけたが、頬に一筋の涙が伝っていた。源吾は纏の意匠が決まったかと尋ねると、彦弥は「大銀杏」と答えた。生まれ育った寺にある大きな銀杏の木。お夏はその銀杏が大好きだった。纏の意匠を好きな柄にさせて欲しい。それが火消になる時に頼んだ、彦弥のたった一つの条件だった。

源吾はかつて共に火消として過ごし、親爺と呼んで慕った加持孫一を探していた。手掛かりを求めて御徒町へ向かうと、掛茶屋の主人から息子である加持星十郎と、星十郎と一緒にいた「れんがいけん殿」と呼ばれる老人の存在を知る。
寅次郎が持っていた相撲の取組表から「幕府天文方、山路連貝軒」の名前を見つけ、源吾は左門を通して山路に面会を求めた。そこで加持孫一の出生の秘密を知ることになる。
加持孫一の本当の名は「渋川孫一」。幕府天文方を代々受け継ぐ、渋川家の庶長子だった。正妻との間には二人の男子が産まれ、兄弟仲が良く、孫一は天文方の門徒として弟を支えた。転機があったのは孫一が30歳になった時。「人々の暮らしに即さずして何が天文学だ」と言い、門徒を辞して加持家の株を買った。孫一は源吾の元で火消になるまで、渋川家の支援も得ながら勉学に励み、天文の知識を深めていく。
一方で、渋川家は幕府天文方として暦の編纂権を巡り、土御門家と争っていた。渋川家は数年に渡った大論争の末に屈服し、土御門家が編纂権を獲得した。その後天文方に任命された山路は再び編纂権を奪還しようと決意し、孫一に協力を仰いだ。火消として庶民の暮らしを気に入っていた孫一だったが、悩んだ末に火消を辞めて、力を貸すことに了承。論争の為に京へと向かう途中火事に遭遇し、逃げ遅れた人達を助ける為に炎の中へと立ち向かっていった。だが孫一は炎の中ら戻ることはなく、孫一を失った天文方は、土御門家に完敗という結果となった。
孫一がもういないことを知って気を落とす源吾だったが、山路はある男の名を告げた。孫一が唯一天才と呼んだ男、加持星十郎の名を。
翌日源吾達は星十郎の元を訪ねて、天文方として戸沢家に迎えたい旨を伝えた。だが火事場にも出て頂きたいと申し出ると、星十郎は即決で断った。源吾と孫一の縁についても話したが、星十郎は「火消遊びなぞ余事」だと自分の父親を否定するような言葉まで放つ始末。改めて源吾は星十郎と二人きりで話す場を設けると、先日とは印象が大きく異なった。自身の赤髪を隠したり、看板娘の鈴に照れて顔を赤くするなど、人付き合いが苦手なごく普通の青年だった。星十郎自ら先日の無礼を自ら詫び、父親の事も誇りに思っているが、それはあくまで学者としてのことだと語る。南蛮の血を引く目立つ容姿の為に差別されてきた生い立ちが、星十郎の心に深い闇を落としているらしい。
星十郎の事は諦めようと思った矢先、源吾と共に訪れた小諸屋の店で火事が起こる。朱土竜が潜んでいる土蔵があり、風向きも怪しい。このままでは対処のしようがないと、源吾は星十郎の元へと走った。渋る星十郎に源吾は檄を飛ばし、背中を押されるように星十郎は外へと出た。
火事は無事鎮火し、星十郎は鈴からお礼を言われて頬を染めた。そしてようやく「父は人の為に生きた」のだと気付く。後日、星十郎から源吾の元に、士官を受けると書いた手紙が届いた。

飯田町で火事が発生し、新庄藩火消組は現場に駆け付けるが、松平隼人家の火消組とひと悶着が起こった。その諍いは、源吾と火消頭の鵜殿平左衛門との過去に端を発する。火事が鎮火し家へと戻った源吾は、深雪と出会ってからの日々に思いを馳せた。
源吾が若くして火消として活躍していた頃、深雪の父である月本右膳から婿養子になって欲しいという申し出があった。初めは命懸けの仕事故に、一緒になることなど考えもしていなかった源吾だが、徐々に深雪に心を寄せるようになっていく。一方で同じ家中の鵜殿平左衛門は深雪に惚れており、嫉妬による執拗な嫌がらせを受けるようになった。
ある日火事が起きて出動しようとした源吾を、鵜殿とその配下が散々に痛めつけた。源吾はしばらくの間気を失い、脚には大怪我を負っており、火事場に着くのが大幅に遅れた。その間に月本右膳は火事で亡くなっており、源吾は全ての責任を負って火消を辞した。
深雪との縁談も破断かと思われたが、深雪は月本家とは縁を切って、源吾のそばにいることを決めていた。それから源吾が火消に立ち戻るまで、二人は内職をしながら日々を静かに過ごしていた。

江戸では火付けによる不可解な火事が頻発しており、下手人は狐火と呼ばれ恐れられていた。狐火が現れた時期は、源吾が火消に戻った時期と符合しており、源吾は火付の下手人だと疑われた。源吾宅にやってきたのは火付盗賊改方長官の長谷川平蔵宜雄。平蔵は辣腕だと評判で、新庄藩火消の名声を上げる為に自作自演の火付けをしているのではと考えたらしい。実際に新庄藩は現場に出る度に人気が上がっていた。当初は壊滅状態で実力もなく、ぼろぼろの火消装束の見た目から「ぼろ鳶」だと揶揄されていたが、源吾が指揮を執るようになってからは統制も取れ、迅速に消火をこなしている。「ぼろ鳶」という名称も悪意ではなく、好意を持って呼ばれるようになっていた。
源吾と平蔵は話す内に誤解は溶け、後日火事の正体を見破ったことから、ぼろ鳶組に信頼を寄せるようになる。現場に残されている狐の木札から、下手人は花火師だと当たりをつけ、平蔵が探ったところ現在行方不明中の秀助の名が上がった。秀助の娘は花火の試し打ちが失敗して亡くなり、その失意から妻も自害していた。
平蔵の案で狐火を捕らえる為に、源吾をはじめとした火消番付常連による腕利きの火消達で火消連合が組まれることになった。火消連合が厳戒態勢で待っていると再度火事が発生し、源吾は下手人を追い詰めた。七人で徒党を組んでおり秀助の姿を認めるが、秀助は逃げ、捕らえた者達は一様に自害した。証拠こそは掴めなかったが、単独犯ではなく組織的犯行であることが明らかになり、平蔵は狙われた商家から黒幕をほぼ断定しているようだった。
後日、再び源吾が下手人だという疑いを懸けられた。一笑に付す源吾だが、平蔵とその背後にいる田沼意次が黒幕だという噂が流れており、田沼を快く思わぬ何者かの意図が働いているようだった。源吾は数日に渡り詮議を受け、平蔵の働きで釈放はされたが、新庄藩屋敷の座敷牢で監禁されることになった。
源吾が監禁中にまたも火事が起こった。突然行人坂の木や土蔵から炎が上がるという不可思議な火事で、狐火が絡んでいる可能性が非常に高い。新之助は火事に駆け付け、朱土竜によって頭を強く打った。朱土竜だとわかっていたが、犬が閉じ込められていると知り、犬の命を救うことを優先したのだ。
恐れる源吾に、左門は一喝して源吾を座敷牢から解き放った。一度は捨てたはずの火消羽織を深雪から受け取り、源吾は炎のもとへ駆けて行った。

火は風に乗って広がっていた。 東の浅草で多くの火消が奮闘しているが、このままでは止められそうにない。ぼろ鳶組は火事を鎮圧しながら、これ以上広がらないように炎を押しとどめるべく北を目指して疾駆する。千住を最終防衛線として陣取ると、続々と応援の火消が集まってきた。更には府下最強の火消組、加賀鳶が現れた。組を越えて、火消たちが一丸となって古今未曾有宇の火災へと立ち向かっていく。
千住の一区切りがついた所で、またも爆音が響いた。火元は本郷で、深雪たち新庄藩が避難している駒込が危うい。加賀鳶が浅草、新庄藩は駒込へとそれぞれ向かい、行人坂の出火から丸一日経ってようやく炎は沈静した。
だが狐火はまだ見つかっていない。新たな火付け場所を星十郎が推理し、馬喰町へと向かった。町を担当している町火消に組の宗助と捜索していると、炎が上がった。ぼろ鳶組は火事へと当たり、源吾はまだ近くにいるはずの秀助を探す。秀助が肌身離さず付けている鈴の音を頼りに、源吾は秀助を追い詰めた。そこに秀助の仲間である藤五郎が現れ、源吾を人質に逃げようとするが、二人は仲間割れを始める。秀助は自分の腕を犠牲に源吾を助けると、やらねばならぬことがあるから二月だけ時間が欲しいと頼む。それが終われば必ず自主するという秀助の哀願に、源吾は自問自答しながらも頷いた。
そして約二月後、江戸の空に美しい花火が上がった。作るのは不可能だと言われた赤い花火は、いつか必ず作って見せると秀助が娘に約束した色だった。その翌日、秀助は捕縛された。平蔵から源吾の元に、秀助から渡して欲しいと頼まれたという鈴が届いた。

2巻『夜哭烏』

詳細なあらすじ 火事が頻発する中、出火しても太鼓が鳴らないという事態が度々起こった。太鼓が鳴らないと町火消は半鐘を鳴らすことができず、火消組は半鐘が鳴らないと出動することができないのだ。 ある日丸屋町にて火事が起こったが、今回も太鼓が鳴らない。新庄藩火消組が火事場へ駆け付け鎮火に至ったが、太鼓を鳴らさなかった火消頭は自害していた。 新庄藩火消組は独自に調査を進めていると、似たような事が他の家でも起こっていた。どうやら火消の家族を攫い、もし火事があっても消火活動しないようにと脅されていたらしい。太鼓を鳴らさず、出動もしなかった火消組の家族は無事に戻ってきていた。だが警告を無視し、人命を優先にして出動した火消の家族は、後日遺体となって見つかるという結末を辿る。この事は緘口令が敷かれていたが、火消の間で徐々に広まり、いつしか火事が起きても出動を渋る風潮が出来上がりつつあった。 新庄藩は身内が攫われないよう警戒していたが、新之助の妹と間違われてお七が攫われてしまった。時を同じくして、府下最強の火消である加賀鳶の大頭、大音勘九郎の娘、琳も攫われる。二人の行方を捜している問、お七が散歩して連れて行っていた鳶丸が新庄藩へ帰ってきた。足には文字が書かれた布が結び付けられおり、星十郎は捕らわれている場所が牛込だと推理する。 首尾よくお七と、一緒に捕らわれていたお琳を救い出したが、直後で深川木場で火事が起こる。だが管轄が多く重なっている場所なのに火消はどこも出動していないという。源吾達は現場へと急行した。 深川木場の火事は猛威を奮っていた。お琳が捕らわれていると知りながら、勘九郎は命を捨てる覚悟で、少数の鳶と共に出動していた。勘九郎は源吾達と共に現れたお琳の姿を見て、人知れず涙を拭う。 加賀鳶と新庄藩火消組で炎へと立ち向かうが、炎の猛威に太刀打ちするには圧倒的に人数が足りない。いよいよ危ういとなった時、伝説の半鐘が鳴った。「府下の全ての火消よ、立ち上がれ」という意味を持つ、将軍しか打つ権利のないその鐘を、万組の武蔵が鳴らしながら火事場へと現れた。武蔵は源吾のことを「源兄」と呼び酷く懐いていたが、ある事件をきっかけに仲違いのような状態になっていた。太鼓を鳴らさず命を見捨てたと思い込み、源吾を激しく軽蔑していたのだが、それは全て誤解だった。それを知った武蔵は、自分の命を懸けて鐘を鳴らし、源吾の元へ駆け付けたのだった。 源吾と新之助は火勢を削ぐ為、船を使って海の水で消化することを思いつく。港には、先日進水式があった田沼肝煎りの弁財船「鳳丸」がある。進水式には源吾と深雪、新之助が特別に招待され、その大きさを体感したばかりだった。源吾は鳳丸に乗り込み、船頭である櫂五郎を説得。櫂五郎は源吾の覚悟を知り、鳳丸を動かした。鳳丸は木場へとぶつかり、海水が豪雨となって降り注いだ。残る火は、鐘の音を聞いて続々と集まってきた多くの火消達で消し止めて鎮火した。 鳳丸は壊滅状態で源吾は切腹も免れない状況だったが、櫂五郎が事故だと言い張ったこともあり、お咎めなしとなった。武蔵も多くの火消から嘆願書が届いたこともあり、召し放ちという軽い処分で済んだ。 武蔵がいた万組の鳶からの強い要望と、源吾の願いもあり、武蔵は新庄藩火消組の一番頭として迎え入れられた。

火事が頻発する中、出火しても太鼓が鳴らないという事態が度々起こった。太鼓が鳴らないと町火消は半鐘を鳴らすことができず、火消組は半鐘が鳴らないと出動することができないのだ。
ある日丸屋町にて火事が起こったが、今回も太鼓が鳴らない。新庄藩火消組が火事場へ駆け付け鎮火に至ったが、太鼓を鳴らさなかった火消頭は自害していた。
新庄藩火消組は独自に調査を進めていると、似たような事が他の家でも起こっていた。どうやら火消の家族を攫い、もし火事があっても消火活動しないようにと脅されていたらしい。太鼓を鳴らさず、出動もしなかった火消組の家族は無事に戻ってきていた。だが警告を無視し、人命を優先にして出動した火消の家族は、後日遺体となって見つかるという結末を辿る。この事は緘口令が敷かれていたが、火消の間で徐々に広まり、いつしか火事が起きても出動を渋る風潮が出来上がりつつあった。

新庄藩は身内が攫われないよう警戒していたが、新之助の妹と間違われてお七が攫われてしまった。時を同じくして、府下最強の火消である加賀鳶の大頭、大音勘九郎の娘、琳も攫われる。二人の行方を捜している問、お七が散歩して連れて行っていた鳶丸が新庄藩へ帰ってきた。足には文字が書かれた布が結び付けられおり、星十郎は捕らわれている場所が牛込だと推理する。
首尾よくお七と、一緒に捕らわれていたお琳を救い出したが、直後で深川木場で火事が起こる。だが管轄が多く重なっている場所なのに火消はどこも出動していないという。源吾達は現場へと急行した。

深川木場の火事は猛威を奮っていた。お琳が捕らわれていると知りながら、勘九郎は命を捨てる覚悟で、少数の鳶と共に出動していた。勘九郎は源吾達と共に現れたお琳の姿を見て、人知れず涙を拭う。
加賀鳶と新庄藩火消組で炎へと立ち向かうが、炎の猛威に太刀打ちするには圧倒的に人数が足りない。いよいよ危ういとなった時、伝説の半鐘が鳴った。「府下の全ての火消よ、立ち上がれ」という意味を持つ、将軍しか打つ権利のないその鐘を、万組の武蔵が鳴らしながら火事場へと現れた。武蔵は源吾のことを「源兄」と呼び酷く懐いていたが、ある事件をきっかけに仲違いのような状態になっていた。太鼓を鳴らさず命を見捨てたと思い込み、源吾を激しく軽蔑していたのだが、それは全て誤解だった。それを知った武蔵は、自分の命を懸けて鐘を鳴らし、源吾の元へ駆け付けたのだった。
源吾と新之助は火勢を削ぐ為、船を使って海の水で消化することを思いつく。港には、先日進水式があった田沼肝煎りの弁財船「鳳丸」がある。進水式には源吾と深雪、新之助が特別に招待され、その大きさを体感したばかりだった。源吾は鳳丸に乗り込み、船頭である櫂五郎を説得。櫂五郎は源吾の覚悟を知り、鳳丸を動かした。鳳丸は木場へとぶつかり、海水が豪雨となって降り注いだ。残る火は、鐘の音を聞いて続々と集まってきた多くの火消達で消し止めて鎮火した。
鳳丸は壊滅状態で源吾は切腹も免れない状況だったが、櫂五郎が事故だと言い張ったこともあり、お咎めなしとなった。武蔵も多くの火消から嘆願書が届いたこともあり、召し放ちという軽い処分で済んだ。
武蔵がいた万組の鳶からの強い要望と、源吾の願いもあり、武蔵は新庄藩火消組の一番頭として迎え入れられた。

3巻『九紋龍』

詳細なあらすじ 国元で新庄藩の家老六右衛門が倒れ、代打として御連枝の戸沢正親が政務につくよう幕府から名が下った。当初六右衛門とは対立していた火消組だが、今では火消組の意義と矜持を理解してくれており、源吾たちにとっては頼もしい存在だった。 五月四日の朝に突然、源吾の妻である深雪が「女天下の日」と宣言して屋敷の半分を占拠した。料理も男がやる日だと言い張り、了承した源吾は料理の買い出しに行く。そこで同じように「女天下の日」の為、母から外に追い出された新之助と出会う。どうやら「女天下の日」は新庄藩全体を巻き込んで行われているらしい。二人で買い出しに向かう途中、島田率いる火盗改めの一団を見かけた。気になり現場へ駆けつけると、六本木町の商家で一家全員が惨殺されるという事件があった。 平蔵から届いた手紙により、今江戸で起こっている火付けと強盗が千羽一家という盗賊団の仕業だと当たりを付けた源吾たち。山路家に残っている日記から、千羽一家が江戸で起こした最後の事件で、生き残った者が二人いると知る。 その後の調査により、辰一が最後の事件の生き残りで、辰一の育ての親である卯之助は千羽一家の頭領であったことを知った。卯之助は補佐役だった「闇猫」儀十に盗みの決行直前に襲われ、一家を乗っ取られていた。これまで一度も殺しをしなかった千羽一家だったが、儀十によって辰一と辰一の弟以外は惨殺された。卯之助は現場から唯一生き残っていた辰一を見つけ、せめてもの償いにと育てる決意をしたのだった。 再び千羽一家の仕業だと思われる火事が起こったが、火消組の出動を正親に制止される。正親は貧困で苦しんでいる領民の為に、方角火消を辞すれば金子を貸し付けるという幕府からの言葉に従おうとしていた。国元の実情をこの目で見てきた源吾は正親の想いを知り「共に貧困に戦えと命じてください」と言い放った。民の為ならば己の家禄を返上することを告げると、彦弥たちも続々とその後に続く。正親は火消達の覚悟を知り、その想いに頭を下げた。 千羽一家による火付けと思われる火元にぼろ鳶組が駆け付けた。千羽一家は火消に変装して火付けを行っていると考えた源吾たちは、火元に集まってきた火消たちを全員を集め、民は一人残さず安全な場所へ退避させた。消火は最も信頼出来る加賀鳶に頼んでおり、府下最高の火消が火元へ向かう。これで残る憂いは、犯人を捕まえるのみ。源吾は火消たち全員に向けて喧嘩を吹っ掛け、大乱闘を始めた。火事と喧嘩は江戸の華というように、挑発されて喧嘩に乗らない火消はいない。逆に言えば、ここで喧嘩に乗って来ない者がいたら、その者が犯人の一味であると言っていい。 源吾は乱闘騒ぎから離れようとする火消を見つけて捕まえると、思惑通り千羽一家の一人だった。星十郎が巧みな話術で千羽一家が狙う店を突き止めると、店の者を逃がす為に新之助が駆けていく。その時、新たな炎が上がった。現場にはいち早くに組が駆け付けているらしく、に組が鳴らす鉦吾の音が聞こえてくる。 辰一は火付盗賊改方への暴力が理由で捕縛されていた。源吾が火事に対処する為に解き放つよう願い出て、今は一時期的に釈放されているが、その事実をに組は知らない。これまでに組は辰一に頼りきっており、辰一の指示無しに出動することなどありえなかった。新たな火事は辰一が捕まっていた獄舎の近く。に組は自分達の頭を助ける為に独断で行動を起こしたのだ。 ぼろ鳶組とに組の活躍で、火事は誰一人命を落とすことなく無事鎮火した。 国元にいる家老六右衛門は快方に向かっていた。だが六右衛門が取り仕切る予定だった、国元の商品や作物の公開買い付けを行う日には間に合わない。新庄藩の財政にも関わる大一番に、代役として深雪が選ばれた。集まった商人達は女性だと思って深雪を甘くみていたが、商品の知識や相場に詳しいだけではなく、桁違いに算勘の能力を発揮する深雪に言葉を失っていく。そんな中、豪商として名高い大文字屋の彦右衛門がこの商品は誰が作ったのかと問うた。それには正親が出てきて、どこの村の誰がどのような想いを込めて作っているのか、事細かに話して聞かせた。正親は御連枝という身分ながら民とよく触れ合い、寄り添ってきた。そんな正親に領民も深い親しみを覚えていた。 全てに納得した彦右衛門は「良き品に相応しき値を付ける。それでも尚才覚でもって利を出す」と言って全て相場の倍の値段で買い取り、六右衛門不在の中、お披露目会は事なきを得たのだった。

国元で新庄藩の家老六右衛門が倒れ、代打として御連枝の戸沢正親が政務につくよう幕府から名が下った。当初六右衛門とは対立していた火消組だが、今では火消組の意義と矜持を理解してくれており、源吾たちにとっては頼もしい存在だった。
五月四日の朝に突然、源吾の妻である深雪が「女天下の日」と宣言して屋敷の半分を占拠した。料理も男がやる日だと言い張り、了承した源吾は料理の買い出しに行く。そこで同じように「女天下の日」の為、母から外に追い出された新之助と出会う。どうやら「女天下の日」は新庄藩全体を巻き込んで行われているらしい。二人で買い出しに向かう途中、島田率いる火盗改めの一団を見かけた。気になり現場へ駆けつけると、六本木町の商家で一家全員が惨殺されるという事件があった。

平蔵から届いた手紙により、今江戸で起こっている火付けと強盗が千羽一家という盗賊団の仕業だと当たりを付けた源吾たち。山路家に残っている日記から、千羽一家が江戸で起こした最後の事件で、生き残った者が二人いると知る。
その後の調査により、辰一が最後の事件の生き残りで、辰一の育ての親である卯之助は千羽一家の頭領であったことを知った。卯之助は補佐役だった「闇猫」儀十に盗みの決行直前に襲われ、一家を乗っ取られていた。これまで一度も殺しをしなかった千羽一家だったが、儀十によって辰一と辰一の弟以外は惨殺された。卯之助は現場から唯一生き残っていた辰一を見つけ、せめてもの償いにと育てる決意をしたのだった。
再び千羽一家の仕業だと思われる火事が起こったが、火消組の出動を正親に制止される。正親は貧困で苦しんでいる領民の為に、方角火消を辞すれば金子を貸し付けるという幕府からの言葉に従おうとしていた。国元の実情をこの目で見てきた源吾は正親の想いを知り「共に貧困に戦えと命じてください」と言い放った。民の為ならば己の家禄を返上することを告げると、彦弥たちも続々とその後に続く。正親は火消達の覚悟を知り、その想いに頭を下げた。

千羽一家による火付けと思われる火元にぼろ鳶組が駆け付けた。千羽一家は火消に変装して火付けを行っていると考えた源吾たちは、火元に集まってきた火消たちを全員を集め、民は一人残さず安全な場所へ退避させた。消火は最も信頼出来る加賀鳶に頼んでおり、府下最高の火消が火元へ向かう。これで残る憂いは、犯人を捕まえるのみ。源吾は火消たち全員に向けて喧嘩を吹っ掛け、大乱闘を始めた。火事と喧嘩は江戸の華というように、挑発されて喧嘩に乗らない火消はいない。逆に言えば、ここで喧嘩に乗って来ない者がいたら、その者が犯人の一味であると言っていい。
源吾は乱闘騒ぎから離れようとする火消を見つけて捕まえると、思惑通り千羽一家の一人だった。星十郎が巧みな話術で千羽一家が狙う店を突き止めると、店の者を逃がす為に新之助が駆けていく。その時、新たな炎が上がった。現場にはいち早くに組が駆け付けているらしく、に組が鳴らす鉦吾の音が聞こえてくる。
辰一は火付盗賊改方への暴力が理由で捕縛されていた。源吾が火事に対処する為に解き放つよう願い出て、今は一時期的に釈放されているが、その事実をに組は知らない。これまでに組は辰一に頼りきっており、辰一の指示無しに出動することなどありえなかった。新たな火事は辰一が捕まっていた獄舎の近く。に組は自分達の頭を助ける為に独断で行動を起こしたのだ。
ぼろ鳶組とに組の活躍で、火事は誰一人命を落とすことなく無事鎮火した。

国元にいる家老六右衛門は快方に向かっていた。だが六右衛門が取り仕切る予定だった、国元の商品や作物の公開買い付けを行う日には間に合わない。新庄藩の財政にも関わる大一番に、代役として深雪が選ばれた。集まった商人達は女性だと思って深雪を甘くみていたが、商品の知識や相場に詳しいだけではなく、桁違いに算勘の能力を発揮する深雪に言葉を失っていく。そんな中、豪商として名高い大文字屋の彦右衛門がこの商品は誰が作ったのかと問うた。それには正親が出てきて、どこの村の誰がどのような想いを込めて作っているのか、事細かに話して聞かせた。正親は御連枝という身分ながら民とよく触れ合い、寄り添ってきた。そんな正親に領民も深い親しみを覚えていた。
全てに納得した彦右衛門は「良き品に相応しき値を付ける。それでも尚才覚でもって利を出す」と言って全て相場の倍の値段で買い取り、六右衛門不在の中、お披露目会は事なきを得たのだった。

4巻『鬼煙管』

詳細なあらすじ 京で突然人が燃えるという事件が立て続けに起こっていた。隣家に延焼する程の被害を出したが、火消までもが物の怪の仕業、あるいは神仏の罰だと恐れて、まともに近づこうともしない。京の民は恐れて、「妖怪火車」の仕業だと噂していた。 平蔵は火消の力がいると判断し源吾に助力を求めた。源吾と星十郎、武蔵の3人は京へと向かい、平蔵の息子長谷川銕次郎、与力の石川喜八郎と共に調査を開始した。 源吾を忌み嫌い、独自で調査を進める銕三郎。源吾は平蔵から銕三郎の過去を聞き、誰よりも悪を憎んでいること、また平蔵が源吾を頼りにしていることで、源吾に嫉妬しているのだということを知る。 武蔵は時間の隙を見て、憧れの水工である平井利兵衛の工房を訪ねていた。五代目老翁と六代目水穂と出会い、竜吐水などの絡繰りを観察。更には新商品だという『極蜃舞』を見せてもらった。これは水鉄砲とも違い、霧のような極小の水の粒を吐き出すことが出来る道具で、消火に大いに活躍することが伺い知れた。 一方その頃、彦右衛門が深雪からの文を持参して源吾を訪ねていた。連れだって食事に行ったお店で、客同士の乱闘騒ぎが起こる。源吾とその場に居合わせた無頼漢の男で喧嘩を治め、三人はお互い名も告げぬまま盃を交わした。 四条河原町で突然、生身の人間が燃える事件が起こった。あっという間に日に包まれ、犯人や付け火の方法はわからない。 源吾たちは宵山の日に、大規模な火付けが起きると考えたが証拠はなにもない。火消を動かすには管轄の京都所司代の名が必要であり、平蔵には権限がない。助力を願っても、禁裏の守護が一番だとして不用意に動かすことは出来ないと断れる。 源吾は定火消を動かそうと直接屋敷に向かって説得を試みたが、答えてくれる火消はいなかった。そうして迎えた宵山の日。壁や土蔵、垣根と次々に燃えていき、人々は「火車」が出たと恐れる。 源吾たちだけでは太刀打ち出来なくなってきたところへ、弾真率いる火消組が加勢した。先日共に喧嘩を治めた男は野条弾馬といい、淀藩定火消の火消頭だった。所司代の裁可も取らずに飛び出してきたといい、何よりも命を優先する弾馬の行動に、源吾は己と同じものを感じた。 星十郎は人混みの中から怪しい人影を見つけ出し、源吾と武蔵は「火車」と思われる男を追った。武蔵は火車と攻防を繰り広げ取り逃すが、その正体に心当たりがあった。武蔵は怪我を負いながらも、真相を知る為に源吾に何も言わず姿を消した。 武蔵は平井利兵衛の工房を訪れていた。予想通り「火車」の正体は平井利兵衛の身内――水穂の兄、嘉兵衛だった。武蔵は詳しく訊くことはせず、嘉兵衛を止めると告げると、『極蜃舞』を借り受けて去っていった。 武蔵の失踪に気付いた源吾達も遅れて工房に着くが、既に武蔵はいない。水穂は武蔵が死ぬ覚悟で嘉兵衛を止める気だとわかり、源吾に全てを話した。嘉兵衛は水穂が過去に受けた傷の復讐を果たしおり、その下手人達を「火車」として葬っている。そして残る下手人はあと一人で、今は六角獄舎にいるという。 急いで六角獄舎に向かう源吾達だが時既に遅く、洛中の至るところで火災が発生し、獄舎では飼育している鶏の身体から火が燃え上がっていた。 平蔵の働きで囚人達の切り放ちを行い、星十郎は獄の奥深くにいる鷹司惟兼の元へ向かった。惟兼は獄からは出ない、今の風向きでは問題ないと言い張った。星十郎は惟兼の聡明さと洞察力に驚き、惟兼と問答を続けているうちに、今起こっている火事は囚人を逃がす為の罠だと気付く。 銕三郎と喜八郎達が囚人達を護送している途中、何者かの妨害にあった。武器を投げ込まれ、周囲で爆発が起き、武器で縄を切った囚人達は暴れ出す。どうにか囚人達を再び捕らえたが何名か逃亡したようで、喜八郎は深手を負っていた。 爆発により炎が広がり、退路が断たれた場所で、平蔵と銕三郎、源吾、嘉兵衛、嘉兵衛が狙っていた最後の一人――豆鍬が睨み合っていた。豆鍬を手に掛けようとする嘉兵衛、嘉兵衛を捕まえようとする銕三郎、嘉兵衛も豆鍬も救おうとする源吾と武蔵、そして平蔵。嘉兵衛は決しの覚悟で豆鍬へと向かうが、武蔵が「妖怪のまま死ぬな。水穂さんや老翁を、嘉兵衛に会わせてやってくれ」と切実に訴え、遂に膝を折る。 火焔が近づいてくる中、平蔵の肩を借りて源吾達は塀を上った。最後に平蔵が脱出する番になったが、平蔵は上る気配を見せない。まさかと絶望する源吾に、平蔵は上る為に使うと言っていた縄を引っ張り出した。それはごく短いもので、とても塀には届かない。平蔵は源吾達一人一人に言葉を掛け、一人炎の中へと消えていった。 鎮火後、焼け跡を探しても平蔵の姿は見つからなかったが、平蔵が愛用していた銀の煙管だけが見つかった。銕三郎は煙管を咥え「父はここに」と告げる。 嘉兵衛は家族との面会を許された。老翁と水穂と言葉を交わし、穏やかに微笑む嘉兵衛。その後嘉兵衛は武蔵に極蜃舞を託し、火あぶりの刑に処される。 源吾達は銕三郎たちに見送られ、江戸への帰路についたのだった。

京で突然人が燃えるという事件が立て続けに起こっていた。隣家に延焼する程の被害を出したが、火消までもが物の怪の仕業、あるいは神仏の罰だと恐れて、まともに近づこうともしない。京の民は恐れて、「妖怪火車」の仕業だと噂していた。
平蔵は火消の力がいると判断し源吾に助力を求めた。源吾と星十郎、武蔵の3人は京へと向かい、平蔵の息子長谷川銕次郎、与力の石川喜八郎と共に調査を開始した。

源吾を忌み嫌い、独自で調査を進める銕三郎。源吾は平蔵から銕三郎の過去を聞き、誰よりも悪を憎んでいること、また平蔵が源吾を頼りにしていることで、源吾に嫉妬しているのだということを知る。
武蔵は時間の隙を見て、憧れの水工である平井利兵衛の工房を訪ねていた。五代目老翁と六代目水穂と出会い、竜吐水などの絡繰りを観察。更には新商品だという『極蜃舞』を見せてもらった。これは水鉄砲とも違い、霧のような極小の水の粒を吐き出すことが出来る道具で、消火に大いに活躍することが伺い知れた。
一方その頃、彦右衛門が深雪からの文を持参して源吾を訪ねていた。連れだって食事に行ったお店で、客同士の乱闘騒ぎが起こる。源吾とその場に居合わせた無頼漢の男で喧嘩を治め、三人はお互い名も告げぬまま盃を交わした。

四条河原町で突然、生身の人間が燃える事件が起こった。あっという間に日に包まれ、犯人や付け火の方法はわからない。
源吾たちは宵山の日に、大規模な火付けが起きると考えたが証拠はなにもない。火消を動かすには管轄の京都所司代の名が必要であり、平蔵には権限がない。助力を願っても、禁裏の守護が一番だとして不用意に動かすことは出来ないと断れる。

源吾は定火消を動かそうと直接屋敷に向かって説得を試みたが、答えてくれる火消はいなかった。そうして迎えた宵山の日。壁や土蔵、垣根と次々に燃えていき、人々は「火車」が出たと恐れる。
源吾たちだけでは太刀打ち出来なくなってきたところへ、弾真率いる火消組が加勢した。先日共に喧嘩を治めた男は野条弾馬といい、淀藩定火消の火消頭だった。所司代の裁可も取らずに飛び出してきたといい、何よりも命を優先する弾馬の行動に、源吾は己と同じものを感じた。
星十郎は人混みの中から怪しい人影を見つけ出し、源吾と武蔵は「火車」と思われる男を追った。武蔵は火車と攻防を繰り広げ取り逃すが、その正体に心当たりがあった。武蔵は怪我を負いながらも、真相を知る為に源吾に何も言わず姿を消した。

武蔵は平井利兵衛の工房を訪れていた。予想通り「火車」の正体は平井利兵衛の身内――水穂の兄、嘉兵衛だった。武蔵は詳しく訊くことはせず、嘉兵衛を止めると告げると、『極蜃舞』を借り受けて去っていった。
武蔵の失踪に気付いた源吾達も遅れて工房に着くが、既に武蔵はいない。水穂は武蔵が死ぬ覚悟で嘉兵衛を止める気だとわかり、源吾に全てを話した。嘉兵衛は水穂が過去に受けた傷の復讐を果たしおり、その下手人達を「火車」として葬っている。そして残る下手人はあと一人で、今は六角獄舎にいるという。

急いで六角獄舎に向かう源吾達だが時既に遅く、洛中の至るところで火災が発生し、獄舎では飼育している鶏の身体から火が燃え上がっていた。
平蔵の働きで囚人達の切り放ちを行い、星十郎は獄の奥深くにいる鷹司惟兼の元へ向かった。惟兼は獄からは出ない、今の風向きでは問題ないと言い張った。星十郎は惟兼の聡明さと洞察力に驚き、惟兼と問答を続けているうちに、今起こっている火事は囚人を逃がす為の罠だと気付く。
銕三郎と喜八郎達が囚人達を護送している途中、何者かの妨害にあった。武器を投げ込まれ、周囲で爆発が起き、武器で縄を切った囚人達は暴れ出す。どうにか囚人達を再び捕らえたが何名か逃亡したようで、喜八郎は深手を負っていた。
爆発により炎が広がり、退路が断たれた場所で、平蔵と銕三郎、源吾、嘉兵衛、嘉兵衛が狙っていた最後の一人――豆鍬が睨み合っていた。豆鍬を手に掛けようとする嘉兵衛、嘉兵衛を捕まえようとする銕三郎、嘉兵衛も豆鍬も救おうとする源吾と武蔵、そして平蔵。嘉兵衛は決しの覚悟で豆鍬へと向かうが、武蔵が「妖怪のまま死ぬな。水穂さんや老翁を、嘉兵衛に会わせてやってくれ」と切実に訴え、遂に膝を折る。
火焔が近づいてくる中、平蔵の肩を借りて源吾達は塀を上った。最後に平蔵が脱出する番になったが、平蔵は上る気配を見せない。まさかと絶望する源吾に、平蔵は上る為に使うと言っていた縄を引っ張り出した。それはごく短いもので、とても塀には届かない。平蔵は源吾達一人一人に言葉を掛け、一人炎の中へと消えていった。

鎮火後、焼け跡を探しても平蔵の姿は見つからなかったが、平蔵が愛用していた銀の煙管だけが見つかった。銕三郎は煙管を咥え「父はここに」と告げる。
嘉兵衛は家族との面会を許された。老翁と水穂と言葉を交わし、穏やかに微笑む嘉兵衛。その後嘉兵衛は武蔵に極蜃舞を託し、火あぶりの刑に処される。
源吾達は銕三郎たちに見送られ、江戸への帰路についたのだった。

5巻『菩薩花』

詳細なあらすじ 不忍池の近くで火事が発生し、加賀鳶が真っ先に駆け付けて消火活動に当たった。だがそこに仁正寺藩火消組が現れ、乱暴に消口を奪おうと暴れ始める。勘九郎や一部組頭が不在だったが、副頭である詠兵馬の圧倒的指揮で即座に鎮火し、仁正寺藩は消口を奪えずに去っていった。 北紺屋町にて火事が発生。町を担当している町火消のよ組を差し置いて、八重洲河岸定火消が消口を奪い消化に当たっていた。火消頭である内記の人気は凄まじく、関脇として番付に載っている内記の腕に間違いはない。火事場から退くことを悔しがる源吾に、何故内記の事をそこまで毛嫌いしているのかと訝しむ面々だったが、内記の行動を見て声を失った。逃げ遅れた人を助ける為、内記は配下の命を顧みず助けに行くよう即断したのだ。方法ややり方を考えれば、配下の命も守れたはずの状況。だが無謀な突貫のせいで、逃げ遅れた人は助かったものの、配下は命をも危うい大火傷を負っていた。それでも内記を「父」と呼び、心から慕っている様子の八重洲河岸定火消の面々を、ぼろ鳶組は恐ろしくも思うのだった。 深夜、お琳とお七を源吾宅から送り届けようとした駕籠舁きが、深雪に話があると訪ねてきた。送り届ける途中、何者かに追われている福助と出会い、三人は追手をまいてどこかへ逃げていったという。駕籠舁きも夜まで身を隠しており、三人が向かった先はわからないという。 関りがありそうな仁正寺藩を訪ねると、頭である与一もまた行方不明になっていた。昨日八重洲河岸定火消に大物喰いを仕掛けてから、その姿を見ていないらしい。 お琳とお七、福助は、父親の名を継いだ銕三郎――長谷川平蔵によって曲輪内で助けられていた。 福助は火事専門の読売書きである文五郎の息子で、火事のことを何やら調べていたらしい。文五郎には隠れ家がいくつかあり、文五郎だけがその場所を知っていた。文五郎が何か秘密を知ってしまい、その証拠を隠れ家に隠しているのではないか。その場所を知っている福助が狙われたのではないかと推測出来た。また与一も、大物喰いを仕掛けた火事場で何かを知った可能性が高い。 そもそも北紺屋町はよ組の管轄であり、八重洲河岸定火消が出張ってくることが既に不可思議なのだ。 新庄藩は調査を始めると、北紺屋町に内記の別宅があること。孤児を集めて火消に育てていることがわかった。また平蔵の調べにより、火消に向いていない者や女子は、他所へ売っている可能性が高いこともわかった。 新庄藩火消組は、屋敷内に凧が落ちた事を口実に八重洲河岸の屋敷に殴り込んだ。屋敷のどこかに、文五郎と与一が捕まっているはずである。 講堂が怪しいとみて踏み込もうとするが、その時半鐘が鳴った。新庄藩の管轄である芝あたりで火事が起こっている。しかも深雪は今妊娠しており、すぐにでも産気づきそうな状態だった。源吾は歯噛みしながらも、火事場へと駆け付けた。加賀鳶も駆け付け火事に当たっていると、今度は八重洲河岸定火消屋敷から出火した。太鼓も鐘も鳴っていないが、講堂から火が出ているらしい。加賀鳶に芝を任せ、新庄藩は再び八重洲河岸定火消屋敷目指して駆けた。 八重洲河岸定火消屋敷に一人残っていた新之助は、隙を見て屋敷内に侵入していた。すると突如白煙が立ちこめ、内記に刃を当てた与一の姿を認める。与一は、内記が逃げ遅れた者はいないと言ったにも関わらず、火事場で焼け焦げた複数の遺体を発見していた。その遺体はまだ小さく、どれも子どものもの。内記が人売りをしており、その証拠を隠滅しようとしたのだと悟ったのだ。 文五郎と同様、与一は追手を仕向けられたがその手から逃れ、内記を掴まえる機を窺っていたらしい。 内記が雇った用心棒と新之助が斬り合う中、内記はいつの間にか姿を消していた。用心棒が倒れてその姿を見つけたとき、内記は自らの手で講堂に火を付けていた。内記は中にいる文五郎諸共、全てを焼き尽くそうとしていた。 配下にも屋敷に火をつけるよう促し、「父親」の言いなりである子ども達は次々と炎を投げ込んでいく。 ぼろ鳶組が駆け付け消火へ移ろうとするが、誰も水場の位置を教えようとしなければ、消火に動こうともしない。そんな中、八重洲河岸定火消の一人、貞介が源吾の声を受けて初めて動いた。水甕の事を教えて、他の仲間にも守ってきた町を無くすなと呼びかけると、一人、また一人と消火活動に加わっていく。 武家火消には、門を残せば咎められることはないという掟がある。新庄藩は屋敷の火事を消し止め、仁正寺藩は門を火から守った。屋敷はほぼ全壊となったが、門だけはほぼ無傷だった。 源吾火事場から家に戻ると、深雪は無事に出産を終えていた。立派な男の子で、兼ねてより決めていた「平志郎」と名を付ける。長谷川平蔵から一字頂き、平蔵の志を継いで欲しいという願いを込めた。 後日、八重洲河岸の事件の沙汰が決まった。新庄藩、仁正寺藩、八重洲河岸定火消、どこもお咎めなしだが、内記は期限無しの蟄居となり、火付けをしたと自供した鳶は島流しに処された。 また一橋の目論みから新庄藩は方角火消桜田組を免じられるが、田沼が一計を案じ、新たに方角火消大手組に任じられることになった。

不忍池の近くで火事が発生し、加賀鳶が真っ先に駆け付けて消火活動に当たった。だがそこに仁正寺藩火消組が現れ、乱暴に消口を奪おうと暴れ始める。勘九郎や一部組頭が不在だったが、副頭である詠兵馬の圧倒的指揮で即座に鎮火し、仁正寺藩は消口を奪えずに去っていった。

北紺屋町にて火事が発生。町を担当している町火消のよ組を差し置いて、八重洲河岸定火消が消口を奪い消化に当たっていた。火消頭である内記の人気は凄まじく、関脇として番付に載っている内記の腕に間違いはない。火事場から退くことを悔しがる源吾に、何故内記の事をそこまで毛嫌いしているのかと訝しむ面々だったが、内記の行動を見て声を失った。逃げ遅れた人を助ける為、内記は配下の命を顧みず助けに行くよう即断したのだ。方法ややり方を考えれば、配下の命も守れたはずの状況。だが無謀な突貫のせいで、逃げ遅れた人は助かったものの、配下は命をも危うい大火傷を負っていた。それでも内記を「父」と呼び、心から慕っている様子の八重洲河岸定火消の面々を、ぼろ鳶組は恐ろしくも思うのだった。
深夜、お琳とお七を源吾宅から送り届けようとした駕籠舁きが、深雪に話があると訪ねてきた。送り届ける途中、何者かに追われている福助と出会い、三人は追手をまいてどこかへ逃げていったという。駕籠舁きも夜まで身を隠しており、三人が向かった先はわからないという。
関りがありそうな仁正寺藩を訪ねると、頭である与一もまた行方不明になっていた。昨日八重洲河岸定火消に大物喰いを仕掛けてから、その姿を見ていないらしい。

お琳とお七、福助は、父親の名を継いだ銕三郎――長谷川平蔵によって曲輪内で助けられていた。
福助は火事専門の読売書きである文五郎の息子で、火事のことを何やら調べていたらしい。文五郎には隠れ家がいくつかあり、文五郎だけがその場所を知っていた。文五郎が何か秘密を知ってしまい、その証拠を隠れ家に隠しているのではないか。その場所を知っている福助が狙われたのではないかと推測出来た。また与一も、大物喰いを仕掛けた火事場で何かを知った可能性が高い。
そもそも北紺屋町はよ組の管轄であり、八重洲河岸定火消が出張ってくることが既に不可思議なのだ。
新庄藩は調査を始めると、北紺屋町に内記の別宅があること。孤児を集めて火消に育てていることがわかった。また平蔵の調べにより、火消に向いていない者や女子は、他所へ売っている可能性が高いこともわかった。

新庄藩火消組は、屋敷内に凧が落ちた事を口実に八重洲河岸の屋敷に殴り込んだ。屋敷のどこかに、文五郎と与一が捕まっているはずである。
講堂が怪しいとみて踏み込もうとするが、その時半鐘が鳴った。新庄藩の管轄である芝あたりで火事が起こっている。しかも深雪は今妊娠しており、すぐにでも産気づきそうな状態だった。源吾は歯噛みしながらも、火事場へと駆け付けた。加賀鳶も駆け付け火事に当たっていると、今度は八重洲河岸定火消屋敷から出火した。太鼓も鐘も鳴っていないが、講堂から火が出ているらしい。加賀鳶に芝を任せ、新庄藩は再び八重洲河岸定火消屋敷目指して駆けた。

八重洲河岸定火消屋敷に一人残っていた新之助は、隙を見て屋敷内に侵入していた。すると突如白煙が立ちこめ、内記に刃を当てた与一の姿を認める。与一は、内記が逃げ遅れた者はいないと言ったにも関わらず、火事場で焼け焦げた複数の遺体を発見していた。その遺体はまだ小さく、どれも子どものもの。内記が人売りをしており、その証拠を隠滅しようとしたのだと悟ったのだ。
文五郎と同様、与一は追手を仕向けられたがその手から逃れ、内記を掴まえる機を窺っていたらしい。
内記が雇った用心棒と新之助が斬り合う中、内記はいつの間にか姿を消していた。用心棒が倒れてその姿を見つけたとき、内記は自らの手で講堂に火を付けていた。内記は中にいる文五郎諸共、全てを焼き尽くそうとしていた。
配下にも屋敷に火をつけるよう促し、「父親」の言いなりである子ども達は次々と炎を投げ込んでいく。
ぼろ鳶組が駆け付け消火へ移ろうとするが、誰も水場の位置を教えようとしなければ、消火に動こうともしない。そんな中、八重洲河岸定火消の一人、貞介が源吾の声を受けて初めて動いた。水甕の事を教えて、他の仲間にも守ってきた町を無くすなと呼びかけると、一人、また一人と消火活動に加わっていく。
武家火消には、門を残せば咎められることはないという掟がある。新庄藩は屋敷の火事を消し止め、仁正寺藩は門を火から守った。屋敷はほぼ全壊となったが、門だけはほぼ無傷だった。

源吾火事場から家に戻ると、深雪は無事に出産を終えていた。立派な男の子で、兼ねてより決めていた「平志郎」と名を付ける。長谷川平蔵から一字頂き、平蔵の志を継いで欲しいという願いを込めた。
後日、八重洲河岸の事件の沙汰が決まった。新庄藩、仁正寺藩、八重洲河岸定火消、どこもお咎めなしだが、内記は期限無しの蟄居となり、火付けをしたと自供した鳶は島流しに処された。
また一橋の目論みから新庄藩は方角火消桜田組を免じられるが、田沼が一計を案じ、新たに方角火消大手組に任じられることになった。

6巻『夢胡蝶』

詳細なあらすじ 彦弥は吉原で起こった火事場に居合わせた。逃げ遅れた花魁――花菊を助けに行くと、このまま火事で死にたいと言う。彦弥は花菊の願いを叶えるから大人しく外に出ることを約束させると、花菊から願いを聞き出した。彦弥は願いを全て俺が叶えると言い放つと、火事場から花菊を見事に助け出したのだった。 後日、彦弥の活躍を知った吉原火消頭の矢吉が新庄藩を訪ねてきた。最近吉原で火付けが頻発しているが、下手人が一向に見つからないという。楼主達は火事に対して消極的で、寧ろ火事が発生して欲しいとさえ思っている為、火付の調査すら難しい。この事態を打開する為、矢吉は力を貸して欲しいと願い出て、源吾と彦弥、寅次郎が吉原へ向かうことになった。 吉原に着いた源吾たちを矢吉が出迎え、吉原や吉原火消について説明をしながら、源吾たちの仮宿になる長屋へ案内する。 吉原では各妓楼が店火消を抱えており、これらの集合体が吉原火消と呼ばれている。だが火消は誰もが消極的で、雇っている楼主もわざと火消の出動を遅らせる場合がある。それは妓楼が焼ければ廓の外で仮宅を構えることが認められ、この場合には幕府に納めるべき税が全て免除されるから。つまり燃えれば儲かるので、楼主たちは火消に積極的ではないのだ。 今回の不審火も楼主としては外で営業が出来ることを待ち望んでおり、多くの鳶は離脱。不審火を解決しようとしている矢吉は、目の敵のように見られていた。 吉原の不審火を調べる為、火事が起こった六ヶ所の妓楼にそれぞれ聞き込みに行く。調査の結果、六ヶ所は多種多様な方法で火を付けられており、下手人の像もまちまちだった。中には下手人だと疑わしいものもいるが、その者一人で全ての火付けをやったとは考えられない。だが、ここまで続いている不審火が無関係だとも思えない。初日の調査は、一連の事件の奇妙さが際立った結果となった。 角町の「金坂」で火事が起こり、吉原火消と合力し無事火事を消し止めることができたが、鎮火後に火付盗賊改方が現れた。不審火の調査ではなく、引手茶屋で殺しが起こり、火事の下手人が同じではと思って急行したとのことだった。 殺されたのは材木商の若旦那浅次郎。不審火の下手人として濃厚で、源吾たちがこれから詮議しようとしていた男だった。偶然の一致にしては出来過ぎており、源吾は一連の出来事を星十郎に相談する為新庄藩上屋敷へと向かった。 星十郎は火付けは個人で行ったが、裏に唆した誰かがいると推理。また不審火の中で、火消以外は通常知る由がない「紅蠅」を使った火付けがあることに気付く。客の中にいた唯一の火消、鮎川転とその相手である遊女時里が怪しいと睨み、源吾は再び吉原へと戻っていった。 吉原に戻って早々、不審火があった妓楼に出入していた台屋が殺された。探索を開始しようとすると、彦弥が昨晩から姿を消している事に気付く。急いで鮎川転がいる本荘藩へ訪ねると転も不在で、今朝届いた手紙を一読すると、顔色を変えて出て行ったという。家老から転の過去について話を聞き、源吾たちは時里に話を聞く為「醒ケ井」へ行くと、時里の元を日名塚要人が訪ねていた。奉行所と組んで独自にこの事件を探っているらしい。 日名塚要人は「あなた方の敵ではない」と言ってその場を辞した。 源吾は時里から話を聞きだそうとするが、頑として何も話そうとしない。昨晩彦弥が来たことは話したが、必死に涙を堪えながらも鮎川の事は決して話さなかった。時里は心の底から鮎川に惚れており、鮎川を守ることだけが、今の己を支えていた。 帰り際に花菊が現れ、時里は転と文で往来しており、その文が時里の部屋にあるはずだという。その文は火付けの証拠になる為、転は必ず近いうちに文を取りに来るはず。その時を待ち伏せする為、源吾は彦右衛門の力を借りた。彦右衛門は即断で承諾し、更には「京町一丁目全ての妓楼を買う」という豪儀さを見せた。 早速その夜から花菊の部屋で源吾たちが待機していると、江戸町二丁目で火事が発生した。すぐに駆け付けて吉原火消で応戦していると、転が時里の元へ現れ、新之助率いる新庄藩火消組が火事の応援に駆け付けた。 源吾は火事場を新之助に託し、転の元へ全速力で駆けて行った。 思惑通り転が現れた時里の部屋へ花菊が向かった。時里が隠そうとした文箱を奪い取り、文を握り締めるが転に捕まり、刺刀を突きつけられる。その時、彦弥が現れて転を蹴って吹き飛ばした。文で転を呼び出した後もずっと尾けており、屋根の上に身を隠していたらしい。 転と言い争いをしている所に駆け戻ってきた源吾が現れ、その隙をついて転は花菊から文を奪い取ると、窓から外へ飛び出した。彦弥はその後を追い、屋根の上を二人の纏師が跳んでは駆けていく。 転は江戸二丁目の火事場へと向かい、炎の中に文を投げ入れた。「勝ったぞ!」と確信した転だったが、彦弥は「時里がな!」と叫び、文を追って炎の中へ飛び込んでいった。文を掴んで半纏の中に隠し、炎の壁を突き抜ける。地面に落ちてなお滑っていく彦弥は、壁に当たってようやく止まった。 火事は無事鎮火し、彦弥やは転を時里の元へと連れて帰った。「どこかで幸せに暮らせ」と一方的に別れを告げる転に時里は憤慨した。恋を終わらせようとした時里だったが、転の顔を見て心が決まった。「勝手にまっています」と言い放ち、時里は恋にけじめを着けたのだった。 翌日の深夜、転を連れて大門を潜り、日本提を歩いていると日名塚要人が現れた。源吾はその事を予想しており、新之助を潜ませていた。予想通り日名塚要人は転を殺害しようとするが、新之助により防がれ、その場を去っていく。 今回の一連の騒動、転を唆したのは一橋の一味で、それを事前に掴んでいた田沼意次は日名塚要人を派遣。事件に絡んだ下手人を、日名塚要人に殺害させていた。そう結論づけた源吾達は、転も確実に狙われるだろうとわかっていたのだ。 後日田沼との話の場で、真相は予想通りだとわかったが、何故下手人を殺害する必要があったのかと問うた。田沼は政争で押されている為、一橋の手先を刈り取ることで、与するなら死を意味すると示したかったという。源吾はそのような事を続けるならば、これ以上手伝いは出来ないと言い放つ。田沼は酷く疲れ果てた顔で「次に生まれてくる時は、儂は火消になりたいのう」と呟いた。 日常が戻ってきた花菊の元に、突然彦弥が窓から現れた。驚く花菊に、彦弥は花菊との約束の一つである、小諸屋の蕎麦を差し出した。小諸屋は出前をしていないから、自らの手で持ってきたらしい。 残りの約束も必ず果たすと告げる彦弥。これから越後で花菊の父母を探しに行くと言って、彦弥は再び窓から出て行った。

彦弥は吉原で起こった火事場に居合わせた。逃げ遅れた花魁――花菊を助けに行くと、このまま火事で死にたいと言う。彦弥は花菊の願いを叶えるから大人しく外に出ることを約束させると、花菊から願いを聞き出した。彦弥は願いを全て俺が叶えると言い放つと、火事場から花菊を見事に助け出したのだった。
後日、彦弥の活躍を知った吉原火消頭の矢吉が新庄藩を訪ねてきた。最近吉原で火付けが頻発しているが、下手人が一向に見つからないという。楼主達は火事に対して消極的で、寧ろ火事が発生して欲しいとさえ思っている為、火付の調査すら難しい。この事態を打開する為、矢吉は力を貸して欲しいと願い出て、源吾と彦弥、寅次郎が吉原へ向かうことになった。

吉原に着いた源吾たちを矢吉が出迎え、吉原や吉原火消について説明をしながら、源吾たちの仮宿になる長屋へ案内する。
吉原では各妓楼が店火消を抱えており、これらの集合体が吉原火消と呼ばれている。だが火消は誰もが消極的で、雇っている楼主もわざと火消の出動を遅らせる場合がある。それは妓楼が焼ければ廓の外で仮宅を構えることが認められ、この場合には幕府に納めるべき税が全て免除されるから。つまり燃えれば儲かるので、楼主たちは火消に積極的ではないのだ。
今回の不審火も楼主としては外で営業が出来ることを待ち望んでおり、多くの鳶は離脱。不審火を解決しようとしている矢吉は、目の敵のように見られていた。

吉原の不審火を調べる為、火事が起こった六ヶ所の妓楼にそれぞれ聞き込みに行く。調査の結果、六ヶ所は多種多様な方法で火を付けられており、下手人の像もまちまちだった。中には下手人だと疑わしいものもいるが、その者一人で全ての火付けをやったとは考えられない。だが、ここまで続いている不審火が無関係だとも思えない。初日の調査は、一連の事件の奇妙さが際立った結果となった。

角町の「金坂」で火事が起こり、吉原火消と合力し無事火事を消し止めることができたが、鎮火後に火付盗賊改方が現れた。不審火の調査ではなく、引手茶屋で殺しが起こり、火事の下手人が同じではと思って急行したとのことだった。
殺されたのは材木商の若旦那浅次郎。不審火の下手人として濃厚で、源吾たちがこれから詮議しようとしていた男だった。偶然の一致にしては出来過ぎており、源吾は一連の出来事を星十郎に相談する為新庄藩上屋敷へと向かった。
星十郎は火付けは個人で行ったが、裏に唆した誰かがいると推理。また不審火の中で、火消以外は通常知る由がない「紅蠅」を使った火付けがあることに気付く。客の中にいた唯一の火消、鮎川転とその相手である遊女時里が怪しいと睨み、源吾は再び吉原へと戻っていった。

吉原に戻って早々、不審火があった妓楼に出入していた台屋が殺された。探索を開始しようとすると、彦弥が昨晩から姿を消している事に気付く。急いで鮎川転がいる本荘藩へ訪ねると転も不在で、今朝届いた手紙を一読すると、顔色を変えて出て行ったという。家老から転の過去について話を聞き、源吾たちは時里に話を聞く為「醒ケ井」へ行くと、時里の元を日名塚要人が訪ねていた。奉行所と組んで独自にこの事件を探っているらしい。
日名塚要人は「あなた方の敵ではない」と言ってその場を辞した。

源吾は時里から話を聞きだそうとするが、頑として何も話そうとしない。昨晩彦弥が来たことは話したが、必死に涙を堪えながらも鮎川の事は決して話さなかった。時里は心の底から鮎川に惚れており、鮎川を守ることだけが、今の己を支えていた。
帰り際に花菊が現れ、時里は転と文で往来しており、その文が時里の部屋にあるはずだという。その文は火付けの証拠になる為、転は必ず近いうちに文を取りに来るはず。その時を待ち伏せする為、源吾は彦右衛門の力を借りた。彦右衛門は即断で承諾し、更には「京町一丁目全ての妓楼を買う」という豪儀さを見せた。
早速その夜から花菊の部屋で源吾たちが待機していると、江戸町二丁目で火事が発生した。すぐに駆け付けて吉原火消で応戦していると、転が時里の元へ現れ、新之助率いる新庄藩火消組が火事の応援に駆け付けた。
源吾は火事場を新之助に託し、転の元へ全速力で駆けて行った。

思惑通り転が現れた時里の部屋へ花菊が向かった。時里が隠そうとした文箱を奪い取り、文を握り締めるが転に捕まり、刺刀を突きつけられる。その時、彦弥が現れて転を蹴って吹き飛ばした。文で転を呼び出した後もずっと尾けており、屋根の上に身を隠していたらしい。
転と言い争いをしている所に駆け戻ってきた源吾が現れ、その隙をついて転は花菊から文を奪い取ると、窓から外へ飛び出した。彦弥はその後を追い、屋根の上を二人の纏師が跳んでは駆けていく。
転は江戸二丁目の火事場へと向かい、炎の中に文を投げ入れた。「勝ったぞ!」と確信した転だったが、彦弥は「時里がな!」と叫び、文を追って炎の中へ飛び込んでいった。文を掴んで半纏の中に隠し、炎の壁を突き抜ける。地面に落ちてなお滑っていく彦弥は、壁に当たってようやく止まった。
火事は無事鎮火し、彦弥やは転を時里の元へと連れて帰った。「どこかで幸せに暮らせ」と一方的に別れを告げる転に時里は憤慨した。恋を終わらせようとした時里だったが、転の顔を見て心が決まった。「勝手にまっています」と言い放ち、時里は恋にけじめを着けたのだった。
翌日の深夜、転を連れて大門を潜り、日本提を歩いていると日名塚要人が現れた。源吾はその事を予想しており、新之助を潜ませていた。予想通り日名塚要人は転を殺害しようとするが、新之助により防がれ、その場を去っていく。
今回の一連の騒動、転を唆したのは一橋の一味で、それを事前に掴んでいた田沼意次は日名塚要人を派遣。事件に絡んだ下手人を、日名塚要人に殺害させていた。そう結論づけた源吾達は、転も確実に狙われるだろうとわかっていたのだ。
後日田沼との話の場で、真相は予想通りだとわかったが、何故下手人を殺害する必要があったのかと問うた。田沼は政争で押されている為、一橋の手先を刈り取ることで、与するなら死を意味すると示したかったという。源吾はそのような事を続けるならば、これ以上手伝いは出来ないと言い放つ。田沼は酷く疲れ果てた顔で「次に生まれてくる時は、儂は火消になりたいのう」と呟いた。

日常が戻ってきた花菊の元に、突然彦弥が窓から現れた。驚く花菊に、彦弥は花菊との約束の一つである、小諸屋の蕎麦を差し出した。小諸屋は出前をしていないから、自らの手で持ってきたらしい。
残りの約束も必ず果たすと告げる彦弥。これから越後で花菊の父母を探しに行くと言って、彦弥は再び窓から出て行った。

7巻『狐花火』

詳細なあらすじ 弥生の末。鳶の大半は一年雇いの為、雇い主の判断や鳶側の都合により、鳶が辞めていく時期でもある。そして定員が割れた組は、新たな鳶を雇う為に鳶の争奪戦を開始する。今年からは鳶の雇い方が大きく変わり、幕府が介入することになった。これは各家・各組の火消の実力格差が出来ないよう、公正に雇えるように田沼が考えた案であった。 鳶市を間近に控えたある日、麹町で朱土竜による火事が起こる。日名塚要人率いる麹町定火消が中心となり、火事は無事鎮火する。後日火事の詳細を確認すると、被害にあったのは元火消で、花火の試し上げで事故を起こした人物だということがわかった。この事故で秀助は娘を亡くしており、秀助が明和の大火を引き起こすきっかけになったと言っても過言ではない。 今回の朱土竜は秀助の手法に酷似しており、誰もが簡単に真似出来るものではない。まさかとは思いつつも、偶然にしては出来過ぎている事象に、秀助が生きているかもしれないという疑念が湧いた。 芝の増上寺で鳶市が開催され、江戸中の主だった火消達が一同に会した。新庄藩は新たに3名の火消を獲得する。寺を後にしようと歩き出した時、源吾が太鼓の音を捕らえた。場所は番町で、すぐ東には御城がある。源吾は大騒動にならぬよう、勘九郎に「火消連合」で向かうことを提案。勘九郎は受け入れて的確に人選し、選抜された火消で番町へと向かった。 四か所で大きな炎が巻き起こるという大きな火事だったが、「火消連合」の活躍もあって火事は無事鎮火に至った。 今回も、以前秀助が用いた火付けによる火事だった。事件の関連性が強くなり、日名塚要人と共に調査することになった源吾たち。日名塚要人の調べにより、火事はどれも駿河台定火消を狙って起こっていることがわかった。 源吾と新之助、要人は、日本橋にある鍵屋へ向かった。以前秀助がいた花火屋で、秀助の技術を受け継いでいる者がいるかどうかを尋ねた。秀助の跡継ぎはおらず、花火の工程を全て記していた帳面があるが、それがどこにあるかはわからないという。帳面の存在を知っているのは主人を含めた3名と、半年だけ秀助に弟子入りしていた種三郎という男がいるという。種三郎は花火を勝手に売って破門されていた。 要人が種三郎の事を探ったが、今は姿を消していた。だが姿を消す少し前に大金が入るようなことを嘯いており、一橋の手の者になった可能性が非常に高い。一橋は帳面を手に入れておらず、秀助から帳面を受け継いだ後継者を動かそうとしている。だから秀助の真似をした火付けを行い、帳面を奪おうと考えているのかもしれない。 新米鳶の教練中に太鼓の音が鳴り響いた。教練を中止し、源吾と兵馬は火事場へと急行した。今回も秀助が用いてた瓦斯による火付けで、水で消化することは出来ない。消すには大量の砂が必要で、消火に苦戦を強いられていた。更にい組の火消が独断で消火をしようとするも、誤って瓦礫の下敷きになったという。 その時、火事場のすぐ近くから花火が上がった。秀助の後継者を呼び寄せようとしているに違いない。要人は源吾の制止を振り切って、火付けの下手人がいるだろう花火の元へと向かった。打ち上げ元には、行利の男と菅笠の男がいた。そして同じくここに駆け付けてきたらしい慶司の姿もあった。 慶司はい組の元頭金五郎の息子で、近頃「番付狩り」として騒がれていた。慶司はずっと父親である金五郎を憎んできたが、自分以外の火消に父親が馬鹿にされるのが耐えられず、火消がどの程度か見定める為に片っ端から喧嘩を吹っ掛けてきたという。また金五郎が殉職した火付けの下手人が火消で生きているかもしれないことを知り、下手人を見つけられるかもしれないという思惑もあった。 行利の男は種三郎で、もう一人は顔大きな火傷を負っていた。この男は相当な手練れで、しかも菅嵩の男は痛みを感じないのか、いくら殴っても効いている様子がない。腕に覚えがある慶司と要人は仕留める事が出来ず、男達は火薬玉を使って逃亡した。 一方源吾は、瓦礫の下に埋まった鳶――慎太郎を助け出そうとしていた。その間にも火事は勢いを増し、火を押しとどめることすら厳しい状況になっていた。 このままでは全滅すると判断した源吾は、全員下がるように指示をし、自分一人が残って慎太郎を閉じ込める梁に鳶口を穿つ。そこに突然、藍助が現れた。藍助は「鈴の火消」に伝えて欲しいと秀助から頼まれた言葉を、源吾に伝えた。源吾は秀助から贈られた鈴を、肌身離さず付けていた。藍助は両腕を失くした秀助を助け、代わりに赤い花火を作った人物であった。また秀助から火に関する様々な知識を教え込まれており、今取り巻いている火事を消す方法があると言う。 源吾はその提案を受け入れ、下がった仲間達を呼び戻して案を告げた。一見無謀に思える方法であったが、炎の周りで次々に爆発を起こし炎を飢えさせるやり方で、思惑通り見事に炎は姿を消した。慎太郎は無事に瓦礫の下から助け出された。 下手人は取り逃がしたが、藍助の話から、秀助の帳面は秀助自身の手で燃やされ、もうこの世には存在しないことがわかった。だが藍助の炎を見る目が優れていることと、豊富な火の知識を持っていることが知れたら、一橋が利用するかもしれない。源吾は藍助に、秀助の事は絶対に他言しないよう約束させた。 また火消界隈を賑わせた番付狩り事件は、に組の宗助が慶司を引き取ることで収束したのだった。

弥生の末。鳶の大半は一年雇いの為、雇い主の判断や鳶側の都合により、鳶が辞めていく時期でもある。そして定員が割れた組は、新たな鳶を雇う為に鳶の争奪戦を開始する。今年からは鳶の雇い方が大きく変わり、幕府が介入することになった。これは各家・各組の火消の実力格差が出来ないよう、公正に雇えるように田沼が考えた案であった。
鳶市を間近に控えたある日、麹町で朱土竜による火事が起こる。日名塚要人率いる麹町定火消が中心となり、火事は無事鎮火する。後日火事の詳細を確認すると、被害にあったのは元火消で、花火の試し上げで事故を起こした人物だということがわかった。この事故で秀助は娘を亡くしており、秀助が明和の大火を引き起こすきっかけになったと言っても過言ではない。
今回の朱土竜は秀助の手法に酷似しており、誰もが簡単に真似出来るものではない。まさかとは思いつつも、偶然にしては出来過ぎている事象に、秀助が生きているかもしれないという疑念が湧いた。

芝の増上寺で鳶市が開催され、江戸中の主だった火消達が一同に会した。新庄藩は新たに3名の火消を獲得する。寺を後にしようと歩き出した時、源吾が太鼓の音を捕らえた。場所は番町で、すぐ東には御城がある。源吾は大騒動にならぬよう、勘九郎に「火消連合」で向かうことを提案。勘九郎は受け入れて的確に人選し、選抜された火消で番町へと向かった。
四か所で大きな炎が巻き起こるという大きな火事だったが、「火消連合」の活躍もあって火事は無事鎮火に至った。

今回も、以前秀助が用いた火付けによる火事だった。事件の関連性が強くなり、日名塚要人と共に調査することになった源吾たち。日名塚要人の調べにより、火事はどれも駿河台定火消を狙って起こっていることがわかった。
源吾と新之助、要人は、日本橋にある鍵屋へ向かった。以前秀助がいた花火屋で、秀助の技術を受け継いでいる者がいるかどうかを尋ねた。秀助の跡継ぎはおらず、花火の工程を全て記していた帳面があるが、それがどこにあるかはわからないという。帳面の存在を知っているのは主人を含めた3名と、半年だけ秀助に弟子入りしていた種三郎という男がいるという。種三郎は花火を勝手に売って破門されていた。
要人が種三郎の事を探ったが、今は姿を消していた。だが姿を消す少し前に大金が入るようなことを嘯いており、一橋の手の者になった可能性が非常に高い。一橋は帳面を手に入れておらず、秀助から帳面を受け継いだ後継者を動かそうとしている。だから秀助の真似をした火付けを行い、帳面を奪おうと考えているのかもしれない。

新米鳶の教練中に太鼓の音が鳴り響いた。教練を中止し、源吾と兵馬は火事場へと急行した。今回も秀助が用いてた瓦斯による火付けで、水で消化することは出来ない。消すには大量の砂が必要で、消火に苦戦を強いられていた。更にい組の火消が独断で消火をしようとするも、誤って瓦礫の下敷きになったという。
その時、火事場のすぐ近くから花火が上がった。秀助の後継者を呼び寄せようとしているに違いない。要人は源吾の制止を振り切って、火付けの下手人がいるだろう花火の元へと向かった。打ち上げ元には、行利の男と菅笠の男がいた。そして同じくここに駆け付けてきたらしい慶司の姿もあった。
慶司はい組の元頭金五郎の息子で、近頃「番付狩り」として騒がれていた。慶司はずっと父親である金五郎を憎んできたが、自分以外の火消に父親が馬鹿にされるのが耐えられず、火消がどの程度か見定める為に片っ端から喧嘩を吹っ掛けてきたという。また金五郎が殉職した火付けの下手人が火消で生きているかもしれないことを知り、下手人を見つけられるかもしれないという思惑もあった。
行利の男は種三郎で、もう一人は顔大きな火傷を負っていた。この男は相当な手練れで、しかも菅嵩の男は痛みを感じないのか、いくら殴っても効いている様子がない。腕に覚えがある慶司と要人は仕留める事が出来ず、男達は火薬玉を使って逃亡した。

一方源吾は、瓦礫の下に埋まった鳶――慎太郎を助け出そうとしていた。その間にも火事は勢いを増し、火を押しとどめることすら厳しい状況になっていた。
このままでは全滅すると判断した源吾は、全員下がるように指示をし、自分一人が残って慎太郎を閉じ込める梁に鳶口を穿つ。そこに突然、藍助が現れた。藍助は「鈴の火消」に伝えて欲しいと秀助から頼まれた言葉を、源吾に伝えた。源吾は秀助から贈られた鈴を、肌身離さず付けていた。藍助は両腕を失くした秀助を助け、代わりに赤い花火を作った人物であった。また秀助から火に関する様々な知識を教え込まれており、今取り巻いている火事を消す方法があると言う。
源吾はその提案を受け入れ、下がった仲間達を呼び戻して案を告げた。一見無謀に思える方法であったが、炎の周りで次々に爆発を起こし炎を飢えさせるやり方で、思惑通り見事に炎は姿を消した。慎太郎は無事に瓦礫の下から助け出された。

下手人は取り逃がしたが、藍助の話から、秀助の帳面は秀助自身の手で燃やされ、もうこの世には存在しないことがわかった。だが藍助の炎を見る目が優れていることと、豊富な火の知識を持っていることが知れたら、一橋が利用するかもしれない。源吾は藍助に、秀助の事は絶対に他言しないよう約束させた。
また火消界隈を賑わせた番付狩り事件は、に組の宗助が慶司を引き取ることで収束したのだった。

8巻『玉麒麟』

詳細なあらすじ 近頃、新之助の元気がなかった。源吾が訓練で叱ることも多い為、火消としての未熟さで落ち込んでいるのかと思ったが、先日あったお見合いのことで悩んでいるらしい。相手はいい娘だったというが、新之助に一緒になる意思はなかった。妻子を残して死んだ者も沢山見聞きしており、妻を持つという決断に至れないのだろう。 先日はお見合いの最中に火事が起こり、新之助はその場から飛び出して来ていた。新之助はその詫びをする為に、橘屋へと向かった。 その夜、橘屋から火事が起こった。教練場に続々と集まる新庄藩火消組。だが何故か新之助だけが一向に姿を見せず、家にも昼間出て行ったきり帰って来ていないらしい。火事は無事鎮火したが、橘屋は押し込みに遭い15名が死亡していた。 新之助を探そうとするが、新庄藩は幕府から屋敷出入り禁止の命が出た。またそのあとすぐに、火付けの下手人は新庄藩の鳥越新之助であり人質を連れて逃げいる。下手人を追うよう、府下の全火消にお達しが出たという。 勘九郎は組頭を集めて評定を行った。義平が橘屋の火事場を調査した結果によると、火付けは三か所ほぼ同時に行われていた。遺体は15体で、娘二人が見つかっていない。下手人は複数である可能性が高く、新之助が犯人の可能性は限りなく低い。 出入が禁止されている源吾の元に現状を伝える為、加賀鳶は組頭総出で隊列を組んで新庄藩上屋敷へと向かった。火消道具は刀に等しいものと言い張って、取り違えた火消道具を取りに来たという体で、勘九郎は半ば強引に屋敷へ入っていった。そして源吾に知りうる情報を簡潔に語り、引き続き新之助を捜す旨を告げた。 田沼意次に命じられ、長谷川平蔵も事件解決に向けて調査を開始した。火消がよく集まる居酒屋『来生』では、父長谷川平蔵に世話になった者が多数おり、平蔵が新之助側の味方だとわかって話を聞くことが出来た。新之助を知る火消たちは新之助が犯人だとは信じておらず、幕府からのお達しを無視しているところもあるという。 い組の慎太郎が、火事が起きる直前まで新之助と頭の漣次が酒を酌み交わしていたと話し、平蔵は漣次の元を訪ねた。漣次は新之助の無実を訴えただけで、謹慎になっていた。 新之助は漣次と飲んで別れた後、橘屋の天水桶に水を入れる為に戻ったらしい。平蔵は手掛かりを探して、毎日夜回りをしているめ組の銀治へと会いに行くことにした。 平蔵がめ組の銀治に話を聞くと、火事があった日の夜更け、新之助の家の戸口に張り紙があったという。「玉返欲、他言無用。五日与。」とだけ書かれ、翌朝に紙は無くなっていた。また藍助が言うには、橘屋の火付けは悪臭がするより先に炎が目に入るはずで、異臭に気付いて急行したのはおかしいという。平蔵は話を聞いて、下手人は火付盗賊改方だと確信する。妹は火付盗賊改方が連れ去り、新之助の家にあった張り紙は、妹である玉枝を返して欲しければ他言無用。五日与えると伝える意図だったのだろう。 平蔵は現状を報告しようと田沼意次の元へ向かった。田沼が危惧していた通り、今回も裏には一橋がいる。橘屋を狙ったのは、田沼が懇意にしている大丸の有力な傘下だからであろう。火盗改を動かし新庄藩の出入りを禁じたのも、計略の内だったのだ。 その時、遠くで呼子の音が聞こえた。新之助が見つかったようだ。平蔵は喜八郎と共に、呼子の元へ駆けていったが一歩遅かった。新之助は内記の手により御門外へと逃れていた。 源吾は家族や戸沢家の事を思って鬱屈していたが、浪人になっても新之助を助けに行く覚悟を決めた。そこに左門と平蔵がやってきて、平蔵が調べた事件の真相を告げる。源吾は新之助なら半鐘を打って、必ず犯人を炙り出そうとするはずだと考え、これからの策を練った。 準備を済ませその時を待っていると、源吾の耳が太鼓の音を捉えた。呼応するように「十九番」と呼ばれる鐘を鳴らすよう指示する。意味は「自家炎上、至急応援を求む」。 間もなく銀治率いるめ組が駆け付け、源吾は焚火を火事に見立てて時を稼いで欲しいと頼む。突然の騒ぎに、屋敷を見張っていた火付盗賊改方が詮索しようと屋敷内に入ろうとするが、加賀鳶も駆け付けてそれを防ぐ。その隙に源吾達は、新調してもらう前に着ていた継ぎはぎだらけの襤褸着を羽織り、屋敷を抜け出した。 新之助は源吾が考えた通り、玉枝を連れ去った犯人を炙り出す為に首尾よく太鼓を打たせ、目星の家を見張っていた。すると役宅から駕籠を囲んだ集団が出てきて、新之助は駕籠目掛けて走り出す。気付いた数人と応戦しながら駕籠の簾に手を掛けると、中から剣が突き出して頬を掠めた。どうやら火事は囮だと見破られており、玉枝は土蔵に移されていた。 取り囲まれた新之助は、幼い頃に見た「転(まろばし)」という一瞬のうちに複数を打ち倒す奥義を思い出していた。新之助はその時の光景を思い起こしながら奥義を放つと、一瞬の内に8人が気を失った。真剣では肉を割き、骨に食い込むためにこれは出来ない。殺めぬことを心に決めた新之助だからこそ出来た技だった。 下手人である火付盗賊改方の猪山は最後まで足掻き、琴音を人質に取った。更に事前に指示していたらしく、玉枝が捕らわれている土蔵に火が付く。一人ではどうにもならず、いないとわかっていて御頭と叫ぶ新之助。するとその声に応えるように、新庄藩が姿を見せた。猪山が気を取られた隙に、新之助は目にも留まらぬ早業で琴音を救い出す。 玉枝も土蔵から無事に助け出し、火事も瞬く間に鎮火させると、新庄藩は休む間もなく上屋敷へと帰った。不思議に思う新之助だが、屋敷の光景を見てすぐに納得する。加賀鳶にめ組、い組など錚々たる面子の火消たちが、小さな焚火を囲って火を消す振りをしてくれていた。 琴音と玉枝は、田沼の国元である遠江で預かることになった。今回の事件では、橘屋の主人が書いた日記が狙われていた。だがその行方も理由も未だわかっておらず、また琴絵が狙われる可能性もある。しばらくは様子を見て、事が落ち着けば大丸は、琴音を立てて橘屋を再興するという。 新之助との縁談もこのまま破断かと思われたが、琴音は新之助に気持ちは変わっていないと告げ、遠江へ向かう船へと上がっっていった。

近頃、新之助の元気がなかった。源吾が訓練で叱ることも多い為、火消としての未熟さで落ち込んでいるのかと思ったが、先日あったお見合いのことで悩んでいるらしい。相手はいい娘だったというが、新之助に一緒になる意思はなかった。妻子を残して死んだ者も沢山見聞きしており、妻を持つという決断に至れないのだろう。
先日はお見合いの最中に火事が起こり、新之助はその場から飛び出して来ていた。新之助はその詫びをする為に、橘屋へと向かった。
その夜、橘屋から火事が起こった。教練場に続々と集まる新庄藩火消組。だが何故か新之助だけが一向に姿を見せず、家にも昼間出て行ったきり帰って来ていないらしい。火事は無事鎮火したが、橘屋は押し込みに遭い15名が死亡していた。
新之助を探そうとするが、新庄藩は幕府から屋敷出入り禁止の命が出た。またそのあとすぐに、火付けの下手人は新庄藩の鳥越新之助であり人質を連れて逃げいる。下手人を追うよう、府下の全火消にお達しが出たという。

勘九郎は組頭を集めて評定を行った。義平が橘屋の火事場を調査した結果によると、火付けは三か所ほぼ同時に行われていた。遺体は15体で、娘二人が見つかっていない。下手人は複数である可能性が高く、新之助が犯人の可能性は限りなく低い。
出入が禁止されている源吾の元に現状を伝える為、加賀鳶は組頭総出で隊列を組んで新庄藩上屋敷へと向かった。火消道具は刀に等しいものと言い張って、取り違えた火消道具を取りに来たという体で、勘九郎は半ば強引に屋敷へ入っていった。そして源吾に知りうる情報を簡潔に語り、引き続き新之助を捜す旨を告げた。

田沼意次に命じられ、長谷川平蔵も事件解決に向けて調査を開始した。火消がよく集まる居酒屋『来生』では、父長谷川平蔵に世話になった者が多数おり、平蔵が新之助側の味方だとわかって話を聞くことが出来た。新之助を知る火消たちは新之助が犯人だとは信じておらず、幕府からのお達しを無視しているところもあるという。
い組の慎太郎が、火事が起きる直前まで新之助と頭の漣次が酒を酌み交わしていたと話し、平蔵は漣次の元を訪ねた。漣次は新之助の無実を訴えただけで、謹慎になっていた。
新之助は漣次と飲んで別れた後、橘屋の天水桶に水を入れる為に戻ったらしい。平蔵は手掛かりを探して、毎日夜回りをしているめ組の銀治へと会いに行くことにした。

平蔵がめ組の銀治に話を聞くと、火事があった日の夜更け、新之助の家の戸口に張り紙があったという。「玉返欲、他言無用。五日与。」とだけ書かれ、翌朝に紙は無くなっていた。また藍助が言うには、橘屋の火付けは悪臭がするより先に炎が目に入るはずで、異臭に気付いて急行したのはおかしいという。平蔵は話を聞いて、下手人は火付盗賊改方だと確信する。妹は火付盗賊改方が連れ去り、新之助の家にあった張り紙は、妹である玉枝を返して欲しければ他言無用。五日与えると伝える意図だったのだろう。
平蔵は現状を報告しようと田沼意次の元へ向かった。田沼が危惧していた通り、今回も裏には一橋がいる。橘屋を狙ったのは、田沼が懇意にしている大丸の有力な傘下だからであろう。火盗改を動かし新庄藩の出入りを禁じたのも、計略の内だったのだ。
その時、遠くで呼子の音が聞こえた。新之助が見つかったようだ。平蔵は喜八郎と共に、呼子の元へ駆けていったが一歩遅かった。新之助は内記の手により御門外へと逃れていた。

源吾は家族や戸沢家の事を思って鬱屈していたが、浪人になっても新之助を助けに行く覚悟を決めた。そこに左門と平蔵がやってきて、平蔵が調べた事件の真相を告げる。源吾は新之助なら半鐘を打って、必ず犯人を炙り出そうとするはずだと考え、これからの策を練った。
準備を済ませその時を待っていると、源吾の耳が太鼓の音を捉えた。呼応するように「十九番」と呼ばれる鐘を鳴らすよう指示する。意味は「自家炎上、至急応援を求む」。
間もなく銀治率いるめ組が駆け付け、源吾は焚火を火事に見立てて時を稼いで欲しいと頼む。突然の騒ぎに、屋敷を見張っていた火付盗賊改方が詮索しようと屋敷内に入ろうとするが、加賀鳶も駆け付けてそれを防ぐ。その隙に源吾達は、新調してもらう前に着ていた継ぎはぎだらけの襤褸着を羽織り、屋敷を抜け出した。

新之助は源吾が考えた通り、玉枝を連れ去った犯人を炙り出す為に首尾よく太鼓を打たせ、目星の家を見張っていた。すると役宅から駕籠を囲んだ集団が出てきて、新之助は駕籠目掛けて走り出す。気付いた数人と応戦しながら駕籠の簾に手を掛けると、中から剣が突き出して頬を掠めた。どうやら火事は囮だと見破られており、玉枝は土蔵に移されていた。
取り囲まれた新之助は、幼い頃に見た「転(まろばし)」という一瞬のうちに複数を打ち倒す奥義を思い出していた。新之助はその時の光景を思い起こしながら奥義を放つと、一瞬の内に8人が気を失った。真剣では肉を割き、骨に食い込むためにこれは出来ない。殺めぬことを心に決めた新之助だからこそ出来た技だった。
下手人である火付盗賊改方の猪山は最後まで足掻き、琴音を人質に取った。更に事前に指示していたらしく、玉枝が捕らわれている土蔵に火が付く。一人ではどうにもならず、いないとわかっていて御頭と叫ぶ新之助。するとその声に応えるように、新庄藩が姿を見せた。猪山が気を取られた隙に、新之助は目にも留まらぬ早業で琴音を救い出す。
玉枝も土蔵から無事に助け出し、火事も瞬く間に鎮火させると、新庄藩は休む間もなく上屋敷へと帰った。不思議に思う新之助だが、屋敷の光景を見てすぐに納得する。加賀鳶にめ組、い組など錚々たる面子の火消たちが、小さな焚火を囲って火を消す振りをしてくれていた。

琴音と玉枝は、田沼の国元である遠江で預かることになった。今回の事件では、橘屋の主人が書いた日記が狙われていた。だがその行方も理由も未だわかっておらず、また琴絵が狙われる可能性もある。しばらくは様子を見て、事が落ち着けば大丸は、琴音を立てて橘屋を再興するという。
新之助との縁談もこのまま破断かと思われたが、琴音は新之助に気持ちは変わっていないと告げ、遠江へ向かう船へと上がっっていった。

9巻『双風神』

詳細なあらすじ 昔から因縁がある土御門家が、改元の権をも奪還しようとしている。それを防いで暦編纂を奪い返す為、星十郎に力を借りたいと声が掛かった。星十郎の父である加持孫一は、幕府と朝廷が暦を巡る争いの中で非業の死を遂げた。星十郎はその無念を晴らしたいと、昔から強い思いを持っていた。 時を同じくして、京都定火消の野条弾馬から文が届き、星十郎の力を借りたいという申し出があった。滅多に発生することがない緋鼬が、大阪で度々発生するという異常な事態が起こっているという。京に凄腕の火消がいると聞きつけた大丸の彦右衛門が手を回し、弾馬は大阪へと赴いていた。そこで緋鼬に遭遇するが、その狂暴な威力は消火出来るような代物ではない。緋鼬が発生する前に手を打つ為、優秀な風読みの力を欲して弾馬は手紙を書いたのだった。 弾馬の依頼を受けて、源吾と武蔵、星十郎が大阪に着くと、その日に早速火事が発生した。火事場で弾馬と合流し、複数発生している火事のどこか一か所でも火を消すと緋鼬が発生すると聞く。緋鼬が発生しないようにするには、一斉に火事を消し止めるしか方法はないらしい。星十郎に意見を聞く源吾だが、星十郎は望みはまるでないかのように他の方法はないと断言する。源吾達は消火に当たっていた大阪火消に頼み込み、同時に消火するよるよう尽力した。だが場所も離れている火事を同時に消すことは至難の業で、一か所を鎮火したと思ったのも束の間、予測通り緋鼬が発生した。 源吾たちは緋鼬を止める為、大阪火消の組頭たちへ協力して欲しいと説得に回るが、いずれも断られてしまう。星十郎は己の中の「火消」の割合が大きくなっていることを感じていたが、土御門家との戦いは宿願であった。髪を引かれながらも当初の予定通り京へと向かい、山路連貝軒と合流する。山路は星十郎の心の迷いをすぐに見抜いて話を聞くと、土御門家との相論は星十郎に任せて自分が大阪へ向かうと言った。丁度その時、江戸から相論よりも大阪を優先せよという指示が届く。一橋からの指示だというが、その真意はわからない。 星十郎は緋鼬を止める策を求めて、六角獄舎にいる惟兼の元を尋ねた。「緋鼬の止め方」か「土御門が大阪を狙っている訳」のどちらか一方だけを教えると言われ、星十郎は因縁がある土御門ではなく、町に住む人々の明日を守る為に緋鼬の止め方を選んだ。 源吾と弾馬が今後の相談をしていると山路が現れた。しかも戻ることはないと思っていた星十郎までもが姿を見せる。その顔には、ここのところ浮かんでいた翳はない。 星十郎は惟兼から聞いた緋鼬を止める方策を話した。それを実現する為には嘉兵衛が作った炎を吐き出す火消道具――魃(ひでりがみ)が役立つと武蔵が提案し、武蔵はすぐに魃を手に入れる為京都へ向かった。 翌日に大阪火消を集める準備をしていると、行方不明になっていた火消頭の一人、朱江が大怪我を負って見つかった。火付があった場所全てに現れては何やら調べていたので、下手人との疑いも向けられていた。朱江は今回の火付け犯を偶然知った為、現場を回って探そうとしていたらしい。その犯人とは、元千羽一家の万吉。千羽一家に入る前は、鰄党の八番組で朱江の配下だった。朱江は己に懐いていた万吉を説得しようと試みたが、仲間と思われる浪人が現れて朱江を殺すように万吉に迫った。万吉は恩人である朱江を助ける為に殺す振りをし、朱江はその場を脱することが出来た。その浪人は檜谷京史郎。源吾たちが六角獄舎の時に遭遇した凶悪な人斬りだった。 大阪火消を全員集める為、源吾は鉄牛を使って火事を装った。思惑通り集まってきた大阪火消たちは、火事ではないとわかり激怒する。源吾は更に火消達を煽るように、大阪火消は情けない、町が滅茶苦茶にされて悔しくないのかと叫ぶ。最初は反発していた火消達も、源吾の言葉に声を失っていく。そして源吾が大阪火消の力見せてみろと吠えると、川組を筆頭に次々と火消たちは声を上げた。たった一人の「江戸者のせい」にして、初めて大阪火消五組の力が結集した。 翌日、京史郎と万吉は有明指示の元に仕込みを行った。有明と合流して成り行きを眺めていると、予定通りに炎が上がる。あとは緋鼬が発生するのを待つだけとなったが、予期せぬことが起こった。仕掛けた所以外からも煙が次々と上がると、煙が徐々に消えていく。緋鼬は発生せず、火元が次々と叩かれているのだ。対策を講じられたことがわかり、有明は京史郎に殺しの許可を出した。万吉も京史郎に脅されて付き従う。万吉は自分達が捨て石であることを悟った。 「緋鼬と逆流する風を生み出す」。その為に風読みが看破した場所で大きな焚火を起こし、決まった順番に完全に鎮火させていく。五組は見事な連携で行動し、次々と火元を叩いていった。いよいよ最後の一つとなり、全火消が結集して鎮火に当たる。全てが打ち合わせ通りに進んでいたその時、京史郎と万吉が漫然と走って来た。万吉は山路を捕まえ、斬る振りをして京史郎に斬りかかるが返り討ちに合ってしまう。星十郎を逃がそうとする山路だが、星十郎は自分が今回の策を考えた風読みだと名乗り出て、京史郎と立ち向かう。 星十郎は鉄牛の合図を送り、熱波が京史郎を襲った瞬間、山路を京史郎から助け出した。鳶達が各々の獲物で仕留めようとするが、京史郎はそれら全てを払って星十郎へと迫る。猛進がようやく止まったと思ったが、京史郎の躰を受け止めていたのは山路だった。京史郎は脱兎のごとく逃げ出した。 泣きじゃくる星十郎に、山路は「仇を討とうと思うな。自分のように私怨に囚われないと誓え」と告げ、星十郎は涙を拭って誓った。瞬きの無くなった瞼をそっと下ろすと、山路の躰を流丈に託して立ち上がる。いつも通りに風を告げ、いまだ残っている炎へと向かっていった。 後日、源吾たちは雨組を辞した。武蔵は新たな竜吐水を買い付ける為に京へと向かう。源吾と星十郎は、大丸の船で江戸へと帰ることになっている。 湊へ向かっている途中、星十郎は源吾へ告げた。「土御門から暦を取り返す。人々のために戦うのです」と。前を見据えた目は庵で腐っていた頃とは違う、澄んだ色をしていた。

昔から因縁がある土御門家が、改元の権をも奪還しようとしている。それを防いで暦編纂を奪い返す為、星十郎に力を借りたいと声が掛かった。星十郎の父である加持孫一は、幕府と朝廷が暦を巡る争いの中で非業の死を遂げた。星十郎はその無念を晴らしたいと、昔から強い思いを持っていた。
時を同じくして、京都定火消の野条弾馬から文が届き、星十郎の力を借りたいという申し出があった。滅多に発生することがない緋鼬が、大阪で度々発生するという異常な事態が起こっているという。京に凄腕の火消がいると聞きつけた大丸の彦右衛門が手を回し、弾馬は大阪へと赴いていた。そこで緋鼬に遭遇するが、その狂暴な威力は消火出来るような代物ではない。緋鼬が発生する前に手を打つ為、優秀な風読みの力を欲して弾馬は手紙を書いたのだった。

弾馬の依頼を受けて、源吾と武蔵、星十郎が大阪に着くと、その日に早速火事が発生した。火事場で弾馬と合流し、複数発生している火事のどこか一か所でも火を消すと緋鼬が発生すると聞く。緋鼬が発生しないようにするには、一斉に火事を消し止めるしか方法はないらしい。星十郎に意見を聞く源吾だが、星十郎は望みはまるでないかのように他の方法はないと断言する。源吾達は消火に当たっていた大阪火消に頼み込み、同時に消火するよるよう尽力した。だが場所も離れている火事を同時に消すことは至難の業で、一か所を鎮火したと思ったのも束の間、予測通り緋鼬が発生した。

源吾たちは緋鼬を止める為、大阪火消の組頭たちへ協力して欲しいと説得に回るが、いずれも断られてしまう。星十郎は己の中の「火消」の割合が大きくなっていることを感じていたが、土御門家との戦いは宿願であった。髪を引かれながらも当初の予定通り京へと向かい、山路連貝軒と合流する。山路は星十郎の心の迷いをすぐに見抜いて話を聞くと、土御門家との相論は星十郎に任せて自分が大阪へ向かうと言った。丁度その時、江戸から相論よりも大阪を優先せよという指示が届く。一橋からの指示だというが、その真意はわからない。
星十郎は緋鼬を止める策を求めて、六角獄舎にいる惟兼の元を尋ねた。「緋鼬の止め方」か「土御門が大阪を狙っている訳」のどちらか一方だけを教えると言われ、星十郎は因縁がある土御門ではなく、町に住む人々の明日を守る為に緋鼬の止め方を選んだ。

源吾と弾馬が今後の相談をしていると山路が現れた。しかも戻ることはないと思っていた星十郎までもが姿を見せる。その顔には、ここのところ浮かんでいた翳はない。
星十郎は惟兼から聞いた緋鼬を止める方策を話した。それを実現する為には嘉兵衛が作った炎を吐き出す火消道具――魃(ひでりがみ)が役立つと武蔵が提案し、武蔵はすぐに魃を手に入れる為京都へ向かった。
翌日に大阪火消を集める準備をしていると、行方不明になっていた火消頭の一人、朱江が大怪我を負って見つかった。火付があった場所全てに現れては何やら調べていたので、下手人との疑いも向けられていた。朱江は今回の火付け犯を偶然知った為、現場を回って探そうとしていたらしい。その犯人とは、元千羽一家の万吉。千羽一家に入る前は、鰄党の八番組で朱江の配下だった。朱江は己に懐いていた万吉を説得しようと試みたが、仲間と思われる浪人が現れて朱江を殺すように万吉に迫った。万吉は恩人である朱江を助ける為に殺す振りをし、朱江はその場を脱することが出来た。その浪人は檜谷京史郎。源吾たちが六角獄舎の時に遭遇した凶悪な人斬りだった。

大阪火消を全員集める為、源吾は鉄牛を使って火事を装った。思惑通り集まってきた大阪火消たちは、火事ではないとわかり激怒する。源吾は更に火消達を煽るように、大阪火消は情けない、町が滅茶苦茶にされて悔しくないのかと叫ぶ。最初は反発していた火消達も、源吾の言葉に声を失っていく。そして源吾が大阪火消の力見せてみろと吠えると、川組を筆頭に次々と火消たちは声を上げた。たった一人の「江戸者のせい」にして、初めて大阪火消五組の力が結集した。
翌日、京史郎と万吉は有明指示の元に仕込みを行った。有明と合流して成り行きを眺めていると、予定通りに炎が上がる。あとは緋鼬が発生するのを待つだけとなったが、予期せぬことが起こった。仕掛けた所以外からも煙が次々と上がると、煙が徐々に消えていく。緋鼬は発生せず、火元が次々と叩かれているのだ。対策を講じられたことがわかり、有明は京史郎に殺しの許可を出した。万吉も京史郎に脅されて付き従う。万吉は自分達が捨て石であることを悟った。

「緋鼬と逆流する風を生み出す」。その為に風読みが看破した場所で大きな焚火を起こし、決まった順番に完全に鎮火させていく。五組は見事な連携で行動し、次々と火元を叩いていった。いよいよ最後の一つとなり、全火消が結集して鎮火に当たる。全てが打ち合わせ通りに進んでいたその時、京史郎と万吉が漫然と走って来た。万吉は山路を捕まえ、斬る振りをして京史郎に斬りかかるが返り討ちに合ってしまう。星十郎を逃がそうとする山路だが、星十郎は自分が今回の策を考えた風読みだと名乗り出て、京史郎と立ち向かう。
星十郎は鉄牛の合図を送り、熱波が京史郎を襲った瞬間、山路を京史郎から助け出した。鳶達が各々の獲物で仕留めようとするが、京史郎はそれら全てを払って星十郎へと迫る。猛進がようやく止まったと思ったが、京史郎の躰を受け止めていたのは山路だった。京史郎は脱兎のごとく逃げ出した。
泣きじゃくる星十郎に、山路は「仇を討とうと思うな。自分のように私怨に囚われないと誓え」と告げ、星十郎は涙を拭って誓った。瞬きの無くなった瞼をそっと下ろすと、山路の躰を流丈に託して立ち上がる。いつも通りに風を告げ、いまだ残っている炎へと向かっていった。
後日、源吾たちは雨組を辞した。武蔵は新たな竜吐水を買い付ける為に京へと向かう。源吾と星十郎は、大丸の船で江戸へと帰ることになっている。
湊へ向かっている途中、星十郎は源吾へ告げた。「土御門から暦を取り返す。人々のために戦うのです」と。前を見据えた目は庵で腐っていた頃とは違う、澄んだ色をしていた。

零巻『黄金雛』

詳細なあらすじ 八重洲河岸定火消の頭進藤内記は、若くしてその座を兄靱負から受け継いだ。靱負は文武両道に秀で、火消としても極めて優秀。大物喰いで名を上げた「炎聖」伊神甚兵衛と双璧と称されるほど、市井からも人気と信頼を勝ち得ていた。内記はそんな兄を尊敬しており、八重洲河岸定火消を兄の時代のように精強に、そして兄を超える火消になると決意していた。 ある日内記が火事に立ち向かっていると、予想以上の炎で劣勢を強いられていた。そこに新手が続々と駆け付けてくる。「稚蝗」秋仁が率いるよ組。い組「小天狗」連次がいるい組。に組から抜きん出ている「空龍」辰一。競うように走ってくるのは加賀鳶「黒烏」の大音勘九郎と、飯田町常火消「黄金雛」の松永源吾。皆同じ頃に火消となり、人気と実力共に若手の中では抜きんでいていた。市井の者たちは彼らを「黄金の世代」と呼んだ。 黄金の世代はそれぞれ火へ立ち向かっていく。内記は、ここにいる皆が生涯競う火消になるだろう予感がしていた。 黄金の世代登場の三年前。伊神甚兵衛は「炎聖」として市井や火消から尊敬と信頼を集めている一方で、家中からの目は冷ややかで、財政を圧迫する存在として煙たがられていた。火消を強化した藩主が失脚したが、火消は命に関わる役目の為に費えを削減しずらい為か、規模は落とされることなく存続した。幕閣からも、火事が頻発する火消で尾張藩の火消組が縮小することは防災に支障を来すので、維持するようにとお達しが出ていた。家中には火消組に対して年々不満を持つ者が増えており、火消組とそれ以外で派閥に別れていた。 ある火の深夜、甚兵衛の元に奉書が届く。幕府からの密命で、尾張藩に火事を消し止めて欲しいというものだった。すぐに現場へ駆け付けるが、火事は小規模で、奇妙なことに岩が無数に散乱している。岩を移動しなければ消火が出来ず、総出で岩を移動していると、突然背後で炎が立ち上がった。尾張藩を取り囲むように、焔の円が出来ていた。全員火の牢獄に閉じ込められ、水は一切無い。尾張藩火消組は祈るように火消達の助けを待つが、半鐘が鳴ることはなかった。 最後の望みをかけ、火消達は甚兵衛に愛馬の赤曜で炎を突破し、助けを呼んで来て欲しいと呼びかける。甚兵衛は火に全身が包まれながらも炎の壁を突破した。赤曜は息絶える寸前で、苦しまないようにと甚兵衛が自らの手で別れを告げた。 何もない野原を轟然と燃え上がる火焔。甚兵衛は大規模な罠を仕掛けられたのだと悟った。憤怒が脳天を突き抜け、甚兵衛は火焔を見つめながら復讐を誓った。 尾張藩火消組が壊滅してから三年後。湯島聖堂の近く、妻恋町で火事が起こった。先着は榊原家で、すぐあとに加賀鳶も駆け付ける。中に人が取り残されているらしく、榊原家の火消が数名突入したが、一向に戻ってくる様子がない。加賀鳶の頭大音謙八は、副頭である十時ら6人に突入を任せた。暫くして十時一人だけが、男を一人連れて戻ってきた。十時は男を託すと倒れ込み、激しくえずく。残ったものはもう助からないという言葉を聞き、謙八は覚悟を決めて屋敷を取り壊すよう命じた。 今回の火事が綿密な計画が練られた火付けで、今後も続く可能性があると予想し、謙八はすぐに火消会合を開いた。残った火消は助けることが出来ない。だが人がいれば助け出さなければならない。そこで二十歳以下の火消は、事件に決着が着くまで火事場に出さないよう提案した。今の江戸ではなく、十年後、二十年後の江戸を守る為に決めた事だった。 会合終了後、謙八は柊古仙、金五郎、卯之助、松永重内とその場に留まった。会合中、尾張藩火消頭の様子がおかしいことに気が付いていたのだ。尾張藩火消が全滅した事件と関わりがあるかもしれないと思い、5人は事件解決に向けた調査へと乗り出した。 火消会合の決定はすぐに全火消に伝えられたが、源吾は納得出来なかった。その気持ちは他の黄金世代も同じで、勘九郎は独自で事件を調べようとしていた。 源吾は勘九郎と共に内記の元を訪れ、会合の話を聞き出した。事件に当たる為、漣次と秋仁も仲間に引き込む。謙八達が尾張藩火消を見張っていることを知り、尾張藩火消が全滅した事件で、甚兵衛の愛馬が遠く離れた場所で発見されたことに思い至る。当時は「糸真屋」の手代が止めを刺したと伝えられていた。 源吾と勘九郎は「糸真屋」を訪ね、主人の久右衛門に話を聞いた。手代の話を淀みなく説明してくれたが、怪しさは拭えない。また久右衛門は火を放つと脅されているようで、源吾達は店火消として雇われることになった。 予告通りに屋敷から煙が上がったが、奉公人も誰も外に出てこない。源吾達は段取り通りに行動し、源吾と勘九郎は屋敷の中へと踏み込む。 炎の中見つけ出した久右衛門は酷く怯えていた。問われるままに尾張藩火消壊滅の件に関わっていたこと、他に尾張藩家老の中尾采女、林鳳谷が加担していたことを話した。 久右衛門を連れて屋敷を出ようとするが、久右衛門は炎への恐怖から言うことを聞かない。このままでは全滅すると悟り、源吾と勘九郎は待ってるようにと言い置いて、なんとか外への脱出を果たした。扉の外には謙八達火消が揃っていて強く叱咤され、二人は後を任せて下がるしかなかった。 再び謹慎となった源吾だが、林鳳谷を餌に今回の事件の下手人――伊神甚兵衛を取り押さえるという幕府の策を知り、何もせずにはいられなかった。生き残った甚兵衛は、尾張藩復讐の為に次々と火付けを行い、一族郎党を巻き添えにしていた。源吾は共に事件に当たっている5人に書状を送った。もう二度と火消に戻れないかもしれないし、命を落とす危険も高い。だが5人全員、監視の目を潜り抜けて集まった。そして次の火事に向けて段取りを決め、内記には一番の要となる、門を開ける役目を頼んだ。内記にしか出来ない役目。内記は渋々ながらも応じた。五人は固めの杯を交わし、酒を飲み干した。 源吾が火の見櫓から見張っていると、林大学近辺から煙が上がった。すぐに太鼓を鳴らすが、内記が太鼓を鳴らした様子がない。不審に思いながらも約束した一ツ橋御門に向かい、勘九郎達と合流する。だが、合図を打っても門は開かない。先日内記がとある人物から、門を開かないようにと脅されていたことは、当然誰も知る由もない。 源吾たちは急遽作戦を変え、謙八達火消が集まっている場所へ合流することに決めた。門の前で押し問答をしている火消と捕方を乗り越え、源吾達は門の向こう側へと飛び降りる。漣次、秋仁と合流した辰一に追手を任せ、源吾と勘九郎は林大学を目指した。 炎に浸食されていく屋敷へ飛び込み最奥へ進むと、数十人の老若男女と甚兵衛がいた。新手の火消達も駆け付け、奉公人達を助け出す。その時突如轟音が鳴り響き、天井が剥がれて降り注いだ。甚兵衛は鳳谷を身を挺して庇い、瓦礫に埋まった。 重内は源吾に、鳳谷を連れて逃げるよう告げた。自分は甚兵衛を救うと、鳶口をひたすら振るっている。甚兵衛が「悪人を命を懸けて守る必要など無い」と言っても、「火消はどんな命でも救うものです。それが悪人であろうとも。たとえ……己が死ぬことになろうとも」と告げ、手を緩めることはなかった。 源吾は嗚咽しながら父の姿を見ていた。自分は弱いという源吾に、重内は笑って源吾の肩をぽんと叩いた。「人の強さは、人の弱さを知ることだ。それを喰らって、人は強くなる」。源吾は火消羽織で鳳谷を包み自らの背に担いだ。「喰ってやれ」という父の言葉に源吾は力強く頷くと、焔が渦巻く廊下へと飛び出した。 屋敷から出てきた者は、源吾と鳳谷で最後となった。火事は強風に乗って延焼し、広範囲へ広がっていった。府下の全火消が出動して謙八が取りまとめ、数千からなる火消連合でこれを消し止めた。後にこの火事は「大学火事」と呼ばれ、江戸の民の胸に深く刻まれることになった。

八重洲河岸定火消の頭進藤内記は、若くしてその座を兄靱負から受け継いだ。靱負は文武両道に秀で、火消としても極めて優秀。大物喰いで名を上げた「炎聖」伊神甚兵衛と双璧と称されるほど、市井からも人気と信頼を勝ち得ていた。内記はそんな兄を尊敬しており、八重洲河岸定火消を兄の時代のように精強に、そして兄を超える火消になると決意していた。
ある日内記が火事に立ち向かっていると、予想以上の炎で劣勢を強いられていた。そこに新手が続々と駆け付けてくる。「稚蝗」秋仁が率いるよ組。い組「小天狗」連次がいるい組。に組から抜きん出ている「空龍」辰一。競うように走ってくるのは加賀鳶「黒烏」の大音勘九郎と、飯田町常火消「黄金雛」の松永源吾。皆同じ頃に火消となり、人気と実力共に若手の中では抜きんでいていた。市井の者たちは彼らを「黄金の世代」と呼んだ。
黄金の世代はそれぞれ火へ立ち向かっていく。内記は、ここにいる皆が生涯競う火消になるだろう予感がしていた。

黄金の世代登場の三年前。伊神甚兵衛は「炎聖」として市井や火消から尊敬と信頼を集めている一方で、家中からの目は冷ややかで、財政を圧迫する存在として煙たがられていた。火消を強化した藩主が失脚したが、火消は命に関わる役目の為に費えを削減しずらい為か、規模は落とされることなく存続した。幕閣からも、火事が頻発する火消で尾張藩の火消組が縮小することは防災に支障を来すので、維持するようにとお達しが出ていた。家中には火消組に対して年々不満を持つ者が増えており、火消組とそれ以外で派閥に別れていた。
ある火の深夜、甚兵衛の元に奉書が届く。幕府からの密命で、尾張藩に火事を消し止めて欲しいというものだった。すぐに現場へ駆け付けるが、火事は小規模で、奇妙なことに岩が無数に散乱している。岩を移動しなければ消火が出来ず、総出で岩を移動していると、突然背後で炎が立ち上がった。尾張藩を取り囲むように、焔の円が出来ていた。全員火の牢獄に閉じ込められ、水は一切無い。尾張藩火消組は祈るように火消達の助けを待つが、半鐘が鳴ることはなかった。
最後の望みをかけ、火消達は甚兵衛に愛馬の赤曜で炎を突破し、助けを呼んで来て欲しいと呼びかける。甚兵衛は火に全身が包まれながらも炎の壁を突破した。赤曜は息絶える寸前で、苦しまないようにと甚兵衛が自らの手で別れを告げた。
何もない野原を轟然と燃え上がる火焔。甚兵衛は大規模な罠を仕掛けられたのだと悟った。憤怒が脳天を突き抜け、甚兵衛は火焔を見つめながら復讐を誓った。

尾張藩火消組が壊滅してから三年後。湯島聖堂の近く、妻恋町で火事が起こった。先着は榊原家で、すぐあとに加賀鳶も駆け付ける。中に人が取り残されているらしく、榊原家の火消が数名突入したが、一向に戻ってくる様子がない。加賀鳶の頭大音謙八は、副頭である十時ら6人に突入を任せた。暫くして十時一人だけが、男を一人連れて戻ってきた。十時は男を託すと倒れ込み、激しくえずく。残ったものはもう助からないという言葉を聞き、謙八は覚悟を決めて屋敷を取り壊すよう命じた。
今回の火事が綿密な計画が練られた火付けで、今後も続く可能性があると予想し、謙八はすぐに火消会合を開いた。残った火消は助けることが出来ない。だが人がいれば助け出さなければならない。そこで二十歳以下の火消は、事件に決着が着くまで火事場に出さないよう提案した。今の江戸ではなく、十年後、二十年後の江戸を守る為に決めた事だった。
会合終了後、謙八は柊古仙、金五郎、卯之助、松永重内とその場に留まった。会合中、尾張藩火消頭の様子がおかしいことに気が付いていたのだ。尾張藩火消が全滅した事件と関わりがあるかもしれないと思い、5人は事件解決に向けた調査へと乗り出した。

火消会合の決定はすぐに全火消に伝えられたが、源吾は納得出来なかった。その気持ちは他の黄金世代も同じで、勘九郎は独自で事件を調べようとしていた。
源吾は勘九郎と共に内記の元を訪れ、会合の話を聞き出した。事件に当たる為、漣次と秋仁も仲間に引き込む。謙八達が尾張藩火消を見張っていることを知り、尾張藩火消が全滅した事件で、甚兵衛の愛馬が遠く離れた場所で発見されたことに思い至る。当時は「糸真屋」の手代が止めを刺したと伝えられていた。

源吾と勘九郎は「糸真屋」を訪ね、主人の久右衛門に話を聞いた。手代の話を淀みなく説明してくれたが、怪しさは拭えない。また久右衛門は火を放つと脅されているようで、源吾達は店火消として雇われることになった。
予告通りに屋敷から煙が上がったが、奉公人も誰も外に出てこない。源吾達は段取り通りに行動し、源吾と勘九郎は屋敷の中へと踏み込む。
炎の中見つけ出した久右衛門は酷く怯えていた。問われるままに尾張藩火消壊滅の件に関わっていたこと、他に尾張藩家老の中尾采女、林鳳谷が加担していたことを話した。
久右衛門を連れて屋敷を出ようとするが、久右衛門は炎への恐怖から言うことを聞かない。このままでは全滅すると悟り、源吾と勘九郎は待ってるようにと言い置いて、なんとか外への脱出を果たした。扉の外には謙八達火消が揃っていて強く叱咤され、二人は後を任せて下がるしかなかった。

再び謹慎となった源吾だが、林鳳谷を餌に今回の事件の下手人――伊神甚兵衛を取り押さえるという幕府の策を知り、何もせずにはいられなかった。生き残った甚兵衛は、尾張藩復讐の為に次々と火付けを行い、一族郎党を巻き添えにしていた。源吾は共に事件に当たっている5人に書状を送った。もう二度と火消に戻れないかもしれないし、命を落とす危険も高い。だが5人全員、監視の目を潜り抜けて集まった。そして次の火事に向けて段取りを決め、内記には一番の要となる、門を開ける役目を頼んだ。内記にしか出来ない役目。内記は渋々ながらも応じた。五人は固めの杯を交わし、酒を飲み干した。
源吾が火の見櫓から見張っていると、林大学近辺から煙が上がった。すぐに太鼓を鳴らすが、内記が太鼓を鳴らした様子がない。不審に思いながらも約束した一ツ橋御門に向かい、勘九郎達と合流する。だが、合図を打っても門は開かない。先日内記がとある人物から、門を開かないようにと脅されていたことは、当然誰も知る由もない。
源吾たちは急遽作戦を変え、謙八達火消が集まっている場所へ合流することに決めた。門の前で押し問答をしている火消と捕方を乗り越え、源吾達は門の向こう側へと飛び降りる。漣次、秋仁と合流した辰一に追手を任せ、源吾と勘九郎は林大学を目指した。

炎に浸食されていく屋敷へ飛び込み最奥へ進むと、数十人の老若男女と甚兵衛がいた。新手の火消達も駆け付け、奉公人達を助け出す。その時突如轟音が鳴り響き、天井が剥がれて降り注いだ。甚兵衛は鳳谷を身を挺して庇い、瓦礫に埋まった。
重内は源吾に、鳳谷を連れて逃げるよう告げた。自分は甚兵衛を救うと、鳶口をひたすら振るっている。甚兵衛が「悪人を命を懸けて守る必要など無い」と言っても、「火消はどんな命でも救うものです。それが悪人であろうとも。たとえ……己が死ぬことになろうとも」と告げ、手を緩めることはなかった。
源吾は嗚咽しながら父の姿を見ていた。自分は弱いという源吾に、重内は笑って源吾の肩をぽんと叩いた。「人の強さは、人の弱さを知ることだ。それを喰らって、人は強くなる」。源吾は火消羽織で鳳谷を包み自らの背に担いだ。「喰ってやれ」という父の言葉に源吾は力強く頷くと、焔が渦巻く廊下へと飛び出した。
屋敷から出てきた者は、源吾と鳳谷で最後となった。火事は強風に乗って延焼し、広範囲へ広がっていった。府下の全火消が出動して謙八が取りまとめ、数千からなる火消連合でこれを消し止めた。後にこの火事は「大学火事」と呼ばれ、江戸の民の胸に深く刻まれることになった。

10巻『襲大鳳上』

詳細なあらすじ 慎太郎と藍助が町の見廻りをしていた時、市ヶ谷にて火事が起こった。二人は駆け付けるが、まだ他の火消は到着していない。屋敷に人が残されていると知り、慎太郎は止める藍助を振り切って中へ入ろうとした。そこに進藤内記が現れ、慎太郎を連れて炎に浸食された屋敷へと入っていく。奥の一室まで辿り着くが、屋根は崩落し、室内は業火に塗りつぶされていた。この中で耐えられる者はこの世に存在しないとわかり、内記と慎太郎は外へと出た。内記はこの火事を火付けだといい、二人にこの火付けには近づくなと忠告すると去っていった。 源吾宅に主だった頭たちが集まり、市ヶ谷の火事の報告を聞いた。慎太郎と藍助、そして内記が居合わせ、慎太郎と内記が火事場に踏み込んだことを知る。また藍助も内記も、炎の様子がおかしいと言っていたらしい。源吾は翌日二人の元を訪ねて詳細を聞き、火消を集めることを決めた。 今回の火事はどんな手法を使っているのか糸口さえも掴めない。だが火元にいた者はまず助からず、狙われたら救うことが出来ない。十八年前と同様、火元に近い者から救おうとする若い火消と、今回の事件は相性が悪すぎた。源吾はすぐに勘九郎に向けて、発起人になってくれるよう文を書いた。 十八年前と同じ仁正寺藩上屋敷で、火消会合が開かれた。市ヶ谷の火事は火付けで、今後も続く可能性があると告げる。そして前回同様、これからの江戸を守る為に、三年目までの火消は現場に出ないよう提案して受け入れられた。 だがかつて同じように、その決定に不服な若い鳶もいる。慎太郎と藍助は市ヶ谷の火事について聞く為に、八重洲河岸定火消の進藤内記を訪ねた。現場に出られないのに何故探っているのかと窘められたが、慎太郎は黙って指を咥えて引き下がるなんて出来ないと啖呵を切る。内記はその姿を誰かに重ね、慎太郎と藍助と共に自分も探ろうと告げた。 十八年前にあった尾張藩火消組の壊滅事件で、一人の遺体は見つかっていなかったと知り、源吾は当時現場を確認した卯之助に話を聞きに行く。その間辰一を引き付ける為、秋仁は辰一を挑発して、盛大な喧嘩が始まった。卯之助を大切にしている辰一は、余計な心配をさせないように余人が近づくことを許さない。卯之助と話すのを邪魔されない為に辰一の気を引く意図だったが、秋仁は辰一との喧嘩に決着をつけることで、”すてごろ”時代と決別したい思いもあったらしい。果たして、やはり遺体は松永重内一人しか見つからず、伊神甚兵衛のものはなかったことがわかった。 翌日、尾張藩中屋敷で火事が起こった。市ヶ谷と同じく屋敷が爆ぜ、炎がどこかおかしい。源吾は駆け付けて、先着していた麹町定火消、加賀鳶七番組と火事に当たる。だが鎮火する前に、またも別の場所で屋敷が爆ぜた。その後も立て続けに屋敷は爆ぜ、五か所で炎が上がった。源吾は駆け付けてくる火消を取り纏めて総指揮を執り、自らは新庄藩を引き連れて、新たな火元へと急行した。 慎太郎と藍助は続々と上がる火柱を見つけ、内記との約束通り一番新しい火事場へと向かう。そこには既に内記が到着していた。屋敷には女中が一人取り残されており、先ほど尾張藩火消が一人で救出に向かったという。内記と慎太郎は屋敷へと踏み込み、火元の部屋に辿り着くと、内記は床板を剥がすよう慎太郎に命じる。内記は女中を探しに奥へ向かい、一人で戻ってくると剥がした床の下を覗き込む。女中は尾張藩火消が既に助けた後だったらしい。 内記と慎太郎は外に脱すると、火消達が屋敷を取り囲んでいた。しかし目線は屋根の上、女を抱えている火消羽織を着た男に注がれていた。源吾もその一人で、男の姿を認めると震える声でその男――伊神甚兵衛の名を叫んだ。 甚兵衛は女を人質に囲みを解くよう要求し、源吾を残して全員がその場から離れた。源吾は伊神に降って欲しいと呼びかけるが、甚兵衛は心配するなと答えた。自分はもうすぐ死ぬが、その前にやるべきことがある。この火付けは俺が止める、と。甚兵衛は女を置いて、この場から立ち去っていく。 源吾は「お前たちは今の江戸を守れ」の言葉に動かされたように、目の前にある火事に相対した。結集した火消達総出で火に当たり、日付が変わった頃にようやく帰宅した。

慎太郎と藍助が町の見廻りをしていた時、市ヶ谷にて火事が起こった。二人は駆け付けるが、まだ他の火消は到着していない。屋敷に人が残されていると知り、慎太郎は止める藍助を振り切って中へ入ろうとした。そこに進藤内記が現れ、慎太郎を連れて炎に浸食された屋敷へと入っていく。奥の一室まで辿り着くが、屋根は崩落し、室内は業火に塗りつぶされていた。この中で耐えられる者はこの世に存在しないとわかり、内記と慎太郎は外へと出た。内記はこの火事を火付けだといい、二人にこの火付けには近づくなと忠告すると去っていった。

源吾宅に主だった頭たちが集まり、市ヶ谷の火事の報告を聞いた。慎太郎と藍助、そして内記が居合わせ、慎太郎と内記が火事場に踏み込んだことを知る。また藍助も内記も、炎の様子がおかしいと言っていたらしい。源吾は翌日二人の元を訪ねて詳細を聞き、火消を集めることを決めた。
今回の火事はどんな手法を使っているのか糸口さえも掴めない。だが火元にいた者はまず助からず、狙われたら救うことが出来ない。十八年前と同様、火元に近い者から救おうとする若い火消と、今回の事件は相性が悪すぎた。源吾はすぐに勘九郎に向けて、発起人になってくれるよう文を書いた。

十八年前と同じ仁正寺藩上屋敷で、火消会合が開かれた。市ヶ谷の火事は火付けで、今後も続く可能性があると告げる。そして前回同様、これからの江戸を守る為に、三年目までの火消は現場に出ないよう提案して受け入れられた。
だがかつて同じように、その決定に不服な若い鳶もいる。慎太郎と藍助は市ヶ谷の火事について聞く為に、八重洲河岸定火消の進藤内記を訪ねた。現場に出られないのに何故探っているのかと窘められたが、慎太郎は黙って指を咥えて引き下がるなんて出来ないと啖呵を切る。内記はその姿を誰かに重ね、慎太郎と藍助と共に自分も探ろうと告げた。

十八年前にあった尾張藩火消組の壊滅事件で、一人の遺体は見つかっていなかったと知り、源吾は当時現場を確認した卯之助に話を聞きに行く。その間辰一を引き付ける為、秋仁は辰一を挑発して、盛大な喧嘩が始まった。卯之助を大切にしている辰一は、余計な心配をさせないように余人が近づくことを許さない。卯之助と話すのを邪魔されない為に辰一の気を引く意図だったが、秋仁は辰一との喧嘩に決着をつけることで、”すてごろ”時代と決別したい思いもあったらしい。果たして、やはり遺体は松永重内一人しか見つからず、伊神甚兵衛のものはなかったことがわかった。
翌日、尾張藩中屋敷で火事が起こった。市ヶ谷と同じく屋敷が爆ぜ、炎がどこかおかしい。源吾は駆け付けて、先着していた麹町定火消、加賀鳶七番組と火事に当たる。だが鎮火する前に、またも別の場所で屋敷が爆ぜた。その後も立て続けに屋敷は爆ぜ、五か所で炎が上がった。源吾は駆け付けてくる火消を取り纏めて総指揮を執り、自らは新庄藩を引き連れて、新たな火元へと急行した。

慎太郎と藍助は続々と上がる火柱を見つけ、内記との約束通り一番新しい火事場へと向かう。そこには既に内記が到着していた。屋敷には女中が一人取り残されており、先ほど尾張藩火消が一人で救出に向かったという。内記と慎太郎は屋敷へと踏み込み、火元の部屋に辿り着くと、内記は床板を剥がすよう慎太郎に命じる。内記は女中を探しに奥へ向かい、一人で戻ってくると剥がした床の下を覗き込む。女中は尾張藩火消が既に助けた後だったらしい。
内記と慎太郎は外に脱すると、火消達が屋敷を取り囲んでいた。しかし目線は屋根の上、女を抱えている火消羽織を着た男に注がれていた。源吾もその一人で、男の姿を認めると震える声でその男――伊神甚兵衛の名を叫んだ。
甚兵衛は女を人質に囲みを解くよう要求し、源吾を残して全員がその場から離れた。源吾は伊神に降って欲しいと呼びかけるが、甚兵衛は心配するなと答えた。自分はもうすぐ死ぬが、その前にやるべきことがある。この火付けは俺が止める、と。甚兵衛は女を置いて、この場から立ち去っていく。
源吾は「お前たちは今の江戸を守れ」の言葉に動かされたように、目の前にある火事に相対した。結集した火消達総出で火に当たり、日付が変わった頃にようやく帰宅した。

11巻『襲大鳳下』

詳細なあらすじ 仁正寺藩上屋敷で会合を開き、尾張藩の上、中、下の屋敷を中心に守りを固めることに決めた。新庄藩は伊神甚兵衛を探索する役割だ。甚兵衛が下手人なのかも、話をしないことには何もわからない為、甚兵衛を掴まえることは総意だった。 火付けの方法は、星十郎が大凡の予測を立てていた。部屋に瓦斯を充満させ、炙り出しの文を送るか、読んだ手紙を燃やさせるかの方法で、狙った人物に火を使わせて爆発を起こしたのではないかという。裏付けを取る為に平蔵に調査を頼んだところ、予測通り火事の前に文が届いていたらしい。また狙われた人物は、尾張藩の派閥に関わっているのではないかという。状況を整理すると、一橋家が尾張藩を乗っ取ろうと画策しており、甚兵衛に全ての罪を着せようとしていることが考えられた。 次の火付けへ備えて出来る準備を済ませながら、源吾はある決心をしていた。その決心は火消仲間にも伝え、配下にも全てを話した。そして神無月二十七日、尾張藩下屋敷から煙が上がった。すぐに現場へと駆け付け、参集した火消達と火事にあたる。 そこに伊神甚兵衛が現れた。前回同様、助け出したらしい女中を一人抱えている。源吾は甚兵衛に、一緒に逃げると告げて走り出した。自分の屋敷を燃やされて、激昂する小野坂とその門弟たちが襲い掛かってくるが、新之助や一花甚右衛門など、源吾と思いを同じくする火消たちが立ち塞がり、源吾と甚兵衛の逃亡を手助けする。二人は現場を抜け出し、御殿山にある寺へと向かった。そこは彦弥が幼い頃育ててもらった場所でもあり、辰一が毎月布施をしている寺である。十八年前には、ここで尾張藩火消段五郎の子段吉から、尾張藩火消組に一人生き残りがいると聞いた場所でもあった。 今はその段吉が寺を継いで、孤児を育てていた。源吾は甚兵衛から林大学火事の終焉から今まで何があったのか、ようやく話を聞くことが出来た。 やはり甚兵衛は下手人ではなく、人質を取られた為に一橋に手を貸していた。今はもう人質を全員解放出来た為、一橋を止める為に離反。甚兵衛はたった一人で、誰の力も借りずに命を救おうとしていた。 源吾と甚兵衛がいる寺に、見知らぬ男達がやってきて子どもを人質に取った。源吾が相対しようと思った時、日名塚要人が現れた。市ヶ谷の火事では田沼からの命を受け、下手人だと判断した甚兵衛を殺害しようとしていた。甚兵衛の下手人の疑いは晴れて、今は何の名も受けていないという。要人は瞬時に男達を打ち倒し、子どもたちを安全な場所へ避難させた。 それから要人は、伊神甚兵衛が火付けの予告をして大騒ぎになっていると話し、一枚の読売を取り出した。火付けの場所は一橋屋敷で、一室には甚兵衛が心休まるひと時を過ごした、桐生の者たちがいるらしい。予告した日時は本日の夕刻。今日名乗り出なければ、甚兵衛の名で焼き殺すという脅しであり、一橋が仕掛けた罠であることは明白だった。 火付けとなれば、必ず仲間たちもこの場へ駆け付けるはず。そう信じて、源吾と甚兵衛は予告された場所へと向かった。 源吾と甚兵衛が一橋家へ向け走っていると、読売を読んで伊神甚兵衛が下手人だと信じている者たちが次々に立ち塞がってきた。江戸中が敵だと言ってもいい状況。そこに卯之助らに頼まれたという辰一が現れた。最強の町火消を相手に手出し出来る者はおらず、三人は駆け抜けた。 一方加賀鳶は、読売を読んで真っ先に行動を起こした。一橋御門前に辿り着くが、門番が中には入れられないと立ち塞がる。他の火消組も続々と集まり、曲輪の中から一筋の煙が上がった。勘九郎は火消法度による大義名分を掲げ、強行突破を図る。すると十八年前と同様、梯子で塀を越えようとしている三人がいた。出奔していた慎太郎と藍助、そして二人に仲間として引き込まれた慶司だ。三人は塀を乗り越えて閂を外した。その後身を隠す段取りだった慎太郎だが、火事場に内記がいる姿を捉えており、すぐさま内記の許を目指した。 もし予告通り一橋家が火事になったら、八重洲河岸定火消が消火活動をするという触れ込みだったが真実は異なる。消火活動をする振りだけして火は消さないようにと、内記は一橋家の手の者から命じられていた。「城火消」の座を用意すると言われ、内記は従う姿を見せていたが、裏では御門を開けるよう配下に命じていた。 内記が現場に駆け付けると、一橋治済自らが出てきて出迎えた。そして今回の火事は夾竹桃が使われたから、桐生の民は救えないという。内記は御門が開き、火消達が駆け付けてくるのを待ったが、その目論見は看破されていた。御門を開けようとした配下達は、火付盗賊改方に捕縛されていた。 どういうことかと説明を求める一橋に、内記は火事を消さねばならぬと告げ、火消組に「火を滅せよ」と号令を掛けた。一斉に動き出す八重洲河岸定火消と、火を消させない為に捕縛しようとする火付盗賊改方。内記は首を踏みつけられ、助けに入ってきた慎太郎も取り押さえられた。その時、内記の目に砂塵を上げて向かって来る者たちの姿が映った。羽織半纏の色もばらばらの大量の火消。その先頭には、二人の鳳凰がいた。 源吾と甚兵衛が一橋屋敷の前に辿り着くと、八重洲河岸定火消がそこかしこで取り押さえられていた。掴まえているのは火付盗賊改方。そして、ずっと闘ってきた黒幕の一橋治済。 一橋は伊神甚兵衛を引き渡すように迫るが、勘九郎は火消法度を持ちだしてそれを拒んだ。更に八重洲河岸定火消は共謀した疑いがあると言い張る火付盗賊改方長官に対して、源吾はこの炎は内部の者にしか細工出来ないと告げ、共謀はあり得ないと言外に言い放った。 一橋は途端哀れっぽい顔になり、用人である吾妻が下手人だと言い出して、火付盗賊改方に押しやった。内記を使って証拠を隠滅するつもりが無理だと悟り、配下を切り捨てたのである。 一橋家の者たちは去り、火消達は屋敷の前に立った。桐生の者たちを救い出し、火元を叩くのだ。 内記はこの火事に夾竹桃が使われており、一方向戦術を使えば救い出せると告げる。だがそれをするには、土蔵に穴を空ける誰かが犠牲になる。源吾は「俺がやる」と告げるが、甚兵衛は既に蔵へと駆けていた。源吾は呼び止めるが、甚兵衛は尋常ではない速さで事を成していく。 桐生の民達は無事救い出すことが出来たが、甚兵衛は躰で板を押さえたまま事切れていた。その顔は穏やかに微笑んでいた。 源吾は甚兵衛を地面に寝かせて鳳凰の羽織を掛けると、まだ残る炎へと立ち向かっていった。 立ち向かうは同期であり、錚々たる顔ぶれの火消達。この一大事件を一目見ようと群がる野次馬の中に、読売書きの文五郎の姿もあった。文五郎の興奮は頂点を極め、筆を振り回しながら「黄金の世代だぁ!!」と叫んだ。野次馬たちから、割れんばかりの歓声が上がった。 文五郎が書いた読売は、過去一番の売れ行きだった。火事の後、伊神甚兵衛の事を聞き取りに来た文五郎に、源吾は「伊神様が救い出した」とだけ話した。文五郎も深く聞くことはせず、黄金の世代の活躍と、炎聖伊神甚兵衛が火消として、自らの命を懸けて人々を救って斃れたことが読売には書かれていた。

仁正寺藩上屋敷で会合を開き、尾張藩の上、中、下の屋敷を中心に守りを固めることに決めた。新庄藩は伊神甚兵衛を探索する役割だ。甚兵衛が下手人なのかも、話をしないことには何もわからない為、甚兵衛を掴まえることは総意だった。
火付けの方法は、星十郎が大凡の予測を立てていた。部屋に瓦斯を充満させ、炙り出しの文を送るか、読んだ手紙を燃やさせるかの方法で、狙った人物に火を使わせて爆発を起こしたのではないかという。裏付けを取る為に平蔵に調査を頼んだところ、予測通り火事の前に文が届いていたらしい。また狙われた人物は、尾張藩の派閥に関わっているのではないかという。状況を整理すると、一橋家が尾張藩を乗っ取ろうと画策しており、甚兵衛に全ての罪を着せようとしていることが考えられた。

次の火付けへ備えて出来る準備を済ませながら、源吾はある決心をしていた。その決心は火消仲間にも伝え、配下にも全てを話した。そして神無月二十七日、尾張藩下屋敷から煙が上がった。すぐに現場へと駆け付け、参集した火消達と火事にあたる。
そこに伊神甚兵衛が現れた。前回同様、助け出したらしい女中を一人抱えている。源吾は甚兵衛に、一緒に逃げると告げて走り出した。自分の屋敷を燃やされて、激昂する小野坂とその門弟たちが襲い掛かってくるが、新之助や一花甚右衛門など、源吾と思いを同じくする火消たちが立ち塞がり、源吾と甚兵衛の逃亡を手助けする。二人は現場を抜け出し、御殿山にある寺へと向かった。そこは彦弥が幼い頃育ててもらった場所でもあり、辰一が毎月布施をしている寺である。十八年前には、ここで尾張藩火消段五郎の子段吉から、尾張藩火消組に一人生き残りがいると聞いた場所でもあった。
今はその段吉が寺を継いで、孤児を育てていた。源吾は甚兵衛から林大学火事の終焉から今まで何があったのか、ようやく話を聞くことが出来た。
やはり甚兵衛は下手人ではなく、人質を取られた為に一橋に手を貸していた。今はもう人質を全員解放出来た為、一橋を止める為に離反。甚兵衛はたった一人で、誰の力も借りずに命を救おうとしていた。

源吾と甚兵衛がいる寺に、見知らぬ男達がやってきて子どもを人質に取った。源吾が相対しようと思った時、日名塚要人が現れた。市ヶ谷の火事では田沼からの命を受け、下手人だと判断した甚兵衛を殺害しようとしていた。甚兵衛の下手人の疑いは晴れて、今は何の名も受けていないという。要人は瞬時に男達を打ち倒し、子どもたちを安全な場所へ避難させた。
それから要人は、伊神甚兵衛が火付けの予告をして大騒ぎになっていると話し、一枚の読売を取り出した。火付けの場所は一橋屋敷で、一室には甚兵衛が心休まるひと時を過ごした、桐生の者たちがいるらしい。予告した日時は本日の夕刻。今日名乗り出なければ、甚兵衛の名で焼き殺すという脅しであり、一橋が仕掛けた罠であることは明白だった。
火付けとなれば、必ず仲間たちもこの場へ駆け付けるはず。そう信じて、源吾と甚兵衛は予告された場所へと向かった。

源吾と甚兵衛が一橋家へ向け走っていると、読売を読んで伊神甚兵衛が下手人だと信じている者たちが次々に立ち塞がってきた。江戸中が敵だと言ってもいい状況。そこに卯之助らに頼まれたという辰一が現れた。最強の町火消を相手に手出し出来る者はおらず、三人は駆け抜けた。
一方加賀鳶は、読売を読んで真っ先に行動を起こした。一橋御門前に辿り着くが、門番が中には入れられないと立ち塞がる。他の火消組も続々と集まり、曲輪の中から一筋の煙が上がった。勘九郎は火消法度による大義名分を掲げ、強行突破を図る。すると十八年前と同様、梯子で塀を越えようとしている三人がいた。出奔していた慎太郎と藍助、そして二人に仲間として引き込まれた慶司だ。三人は塀を乗り越えて閂を外した。その後身を隠す段取りだった慎太郎だが、火事場に内記がいる姿を捉えており、すぐさま内記の許を目指した。
もし予告通り一橋家が火事になったら、八重洲河岸定火消が消火活動をするという触れ込みだったが真実は異なる。消火活動をする振りだけして火は消さないようにと、内記は一橋家の手の者から命じられていた。「城火消」の座を用意すると言われ、内記は従う姿を見せていたが、裏では御門を開けるよう配下に命じていた。
内記が現場に駆け付けると、一橋治済自らが出てきて出迎えた。そして今回の火事は夾竹桃が使われたから、桐生の民は救えないという。内記は御門が開き、火消達が駆け付けてくるのを待ったが、その目論見は看破されていた。御門を開けようとした配下達は、火付盗賊改方に捕縛されていた。
どういうことかと説明を求める一橋に、内記は火事を消さねばならぬと告げ、火消組に「火を滅せよ」と号令を掛けた。一斉に動き出す八重洲河岸定火消と、火を消させない為に捕縛しようとする火付盗賊改方。内記は首を踏みつけられ、助けに入ってきた慎太郎も取り押さえられた。その時、内記の目に砂塵を上げて向かって来る者たちの姿が映った。羽織半纏の色もばらばらの大量の火消。その先頭には、二人の鳳凰がいた。

源吾と甚兵衛が一橋屋敷の前に辿り着くと、八重洲河岸定火消がそこかしこで取り押さえられていた。掴まえているのは火付盗賊改方。そして、ずっと闘ってきた黒幕の一橋治済。
一橋は伊神甚兵衛を引き渡すように迫るが、勘九郎は火消法度を持ちだしてそれを拒んだ。更に八重洲河岸定火消は共謀した疑いがあると言い張る火付盗賊改方長官に対して、源吾はこの炎は内部の者にしか細工出来ないと告げ、共謀はあり得ないと言外に言い放った。
一橋は途端哀れっぽい顔になり、用人である吾妻が下手人だと言い出して、火付盗賊改方に押しやった。内記を使って証拠を隠滅するつもりが無理だと悟り、配下を切り捨てたのである。
一橋家の者たちは去り、火消達は屋敷の前に立った。桐生の者たちを救い出し、火元を叩くのだ。
内記はこの火事に夾竹桃が使われており、一方向戦術を使えば救い出せると告げる。だがそれをするには、土蔵に穴を空ける誰かが犠牲になる。源吾は「俺がやる」と告げるが、甚兵衛は既に蔵へと駆けていた。源吾は呼び止めるが、甚兵衛は尋常ではない速さで事を成していく。
桐生の民達は無事救い出すことが出来たが、甚兵衛は躰で板を押さえたまま事切れていた。その顔は穏やかに微笑んでいた。
源吾は甚兵衛を地面に寝かせて鳳凰の羽織を掛けると、まだ残る炎へと立ち向かっていった。
立ち向かうは同期であり、錚々たる顔ぶれの火消達。この一大事件を一目見ようと群がる野次馬の中に、読売書きの文五郎の姿もあった。文五郎の興奮は頂点を極め、筆を振り回しながら「黄金の世代だぁ!!」と叫んだ。野次馬たちから、割れんばかりの歓声が上がった。

文五郎が書いた読売は、過去一番の売れ行きだった。火事の後、伊神甚兵衛の事を聞き取りに来た文五郎に、源吾は「伊神様が救い出した」とだけ話した。文五郎も深く聞くことはせず、黄金の世代の活躍と、炎聖伊神甚兵衛が火消として、自らの命を懸けて人々を救って斃れたことが読売には書かれていた。

幕間『恋大蛇』

第一話「流転蜂」詳細なあらすじ 八丈島への島流しに処された「留吉」は、5つある村の中で、中ノ郷村へと割り当てられた。村名主は与兵衛といい温厚な人物で、留吉の人柄をみて非常に好意的に接してくれた。 留吉は日々の糧として漁を始めるが、道具も何もないため、素手で捕まえようと苦心していた。そしてようやく二十日目にして、初めて魚を捕らえた。喜ぶ留吉に、角五郎が話しかけた。角五郎は留吉の近くに住んでいる漁師だが、人と関わるのは苦手なのかこれまで挨拶しても会釈しか返ってこなかった。留吉の奮闘ぶりを見ていたらしく、角五郎は留吉に漁の方法を教えると言った。 それから留吉は、角五郎の船に共に乗って漁へ出るようになった。角五郎の知り合いならばと、村での信用度も上がり、島での暮らしは落ち着きを見せた。与兵衛の娘である理緒と、息子の平太とも、平太が木の上に引っ掛けた竹とんぼを救ったことをきっかけに仲良くなった。 ある日村で火事が起こった事をきっかけに、火消組を作る話が持ちあがった。流人の元火消が発案したらしく、火事を恐れている村々にとって願ってもない話だった。留吉は火消組への参加を断ったが、平太に誘われて火消組の訓練を観に行く。元火消は番付に載る程の火消だったというが、名前は聞いたことがない。訓練を見ても、実際に火事があったら太刀打ち出来るのか心配になる程度だった。 いつものように留吉と角五郎が漁に出ていると、山から火が上がっているのが見えた。海から戻って村へ駆け付けると、ちょうど火消組が駆け込んできた所だった。元火消が指揮を執るが、初動も遅ければ指示も的確ではない。このままでは延焼すると危うんだ留吉は、与兵衛に頼んで、預けていた物を持ってきてもらった。それは一枚の羽織で、六郷亀甲の家紋がある。留吉の本名は鮎川転。番付火消であり、江戸三大纏師の一人と言われる程の実力者だった。転はすぐさま指揮を執り、自らも躍動した。村の延焼を防ぎ、森で行方知らずだった平太も助け出した。転は、火消を止められなかった。 江戸には、待っている人がいた。心変わりしていても構わない。「待っていてくれ」とも言えない。でもきっと、今日も待ってくれている。 転は同じ夕陽を眺めているような気がして、そっと微笑んだ。

八丈島への島流しに処された「留吉」は、5つある村の中で、中ノ郷村へと割り当てられた。村名主は与兵衛といい温厚な人物で、留吉の人柄をみて非常に好意的に接してくれた。
留吉は日々の糧として漁を始めるが、道具も何もないため、素手で捕まえようと苦心していた。そしてようやく二十日目にして、初めて魚を捕らえた。喜ぶ留吉に、角五郎が話しかけた。角五郎は留吉の近くに住んでいる漁師だが、人と関わるのは苦手なのかこれまで挨拶しても会釈しか返ってこなかった。留吉の奮闘ぶりを見ていたらしく、角五郎は留吉に漁の方法を教えると言った。
それから留吉は、角五郎の船に共に乗って漁へ出るようになった。角五郎の知り合いならばと、村での信用度も上がり、島での暮らしは落ち着きを見せた。与兵衛の娘である理緒と、息子の平太とも、平太が木の上に引っ掛けた竹とんぼを救ったことをきっかけに仲良くなった。
ある日村で火事が起こった事をきっかけに、火消組を作る話が持ちあがった。流人の元火消が発案したらしく、火事を恐れている村々にとって願ってもない話だった。留吉は火消組への参加を断ったが、平太に誘われて火消組の訓練を観に行く。元火消は番付に載る程の火消だったというが、名前は聞いたことがない。訓練を見ても、実際に火事があったら太刀打ち出来るのか心配になる程度だった。
いつものように留吉と角五郎が漁に出ていると、山から火が上がっているのが見えた。海から戻って村へ駆け付けると、ちょうど火消組が駆け込んできた所だった。元火消が指揮を執るが、初動も遅ければ指示も的確ではない。このままでは延焼すると危うんだ留吉は、与兵衛に頼んで、預けていた物を持ってきてもらった。それは一枚の羽織で、六郷亀甲の家紋がある。留吉の本名は鮎川転。番付火消であり、江戸三大纏師の一人と言われる程の実力者だった。転はすぐさま指揮を執り、自らも躍動した。村の延焼を防ぎ、森で行方知らずだった平太も助け出した。転は、火消を止められなかった。
江戸には、待っている人がいた。心変わりしていても構わない。「待っていてくれ」とも言えない。でもきっと、今日も待ってくれている。
転は同じ夕陽を眺めているような気がして、そっと微笑んだ。

第二話「恋大蛇」詳細なあらすじ 大阪で起こった「緋鼬」の事件から約2か月。弾馬の元に江戸から文が届いた。送り先は大阪で合力した江戸の火消松永源吾、その奥方からである。奥方は料理が美味いと聞き、料理を学びたいという紗代の為に、料理の作り方を教えて欲しいと頼んでいた。紗代は旅籠「緒方屋」の娘で24歳になるが、まだ縁付いていない。弾馬を慕っており、過去にあった縁談も断っていたのだ。 弾馬は届いた文を持って緒方屋を訪ねると、紗代は喜んで迎えてくれた。だが、弾馬の心はもう決まっていた。大阪であれほど炎に追い詰められたのは初めてで、一歩間違えば死んでいた。火事は泰平における唯一の戦であり、火消である自分はどんな時でもその戦に臨まねばならない。紗代に、生きて戻れるかわからないで待つ苦悩を与えたくない。平穏な日々を過ごして欲しいと思っていた。 火事が落ち着いたある日、弾馬は緒方屋を訪ね、紗代に「一緒になれへん」と告げる。紗代を大切に想っているからこそ、離れる道を選んだ。 弾馬は一方的に話して店を出ると、空を照らす炎を見つけた。苦々しく思いながらも火事場へ向かうと、一人建物の中に取り残されていた。弾馬は火への恐怖からお酒を呑まないと炎に立ち向かえなかったが、その肝心のお酒を緒方屋に忘れていた。身体は震えて息が上手く出来ない。このままでは確実に死ぬ。だが、行かねばならない。 建物へ踏み込もうとした時、紗代が弾馬の酒が入った瓢箪を持って駆け寄ってきた。弾馬が一方的に告げて帰ったことに憤り、「勝手に私の幸せを決めんとって」と言い切る紗代。不思議なことに身体の震えは止まっていた。弾馬は酒を飲むことなく、家屋に突入して男を助け出した。戻るべき場所があるからか、いつになく力が湧いて出ていた。 それ以降も弾馬は酒は止めていないが、呑まずとも火を恐れることはなくなった。紗代とは、年が明けた如月に祝言を挙げることになっている。

大阪で起こった「緋鼬」の事件から約2か月。弾馬の元に江戸から文が届いた。送り先は大阪で合力した江戸の火消松永源吾、その奥方からである。奥方は料理が美味いと聞き、料理を学びたいという紗代の為に、料理の作り方を教えて欲しいと頼んでいた。紗代は旅籠「緒方屋」の娘で24歳になるが、まだ縁付いていない。弾馬を慕っており、過去にあった縁談も断っていたのだ。
弾馬は届いた文を持って緒方屋を訪ねると、紗代は喜んで迎えてくれた。だが、弾馬の心はもう決まっていた。大阪であれほど炎に追い詰められたのは初めてで、一歩間違えば死んでいた。火事は泰平における唯一の戦であり、火消である自分はどんな時でもその戦に臨まねばならない。紗代に、生きて戻れるかわからないで待つ苦悩を与えたくない。平穏な日々を過ごして欲しいと思っていた。
火事が落ち着いたある日、弾馬は緒方屋を訪ね、紗代に「一緒になれへん」と告げる。紗代を大切に想っているからこそ、離れる道を選んだ。
弾馬は一方的に話して店を出ると、空を照らす炎を見つけた。苦々しく思いながらも火事場へ向かうと、一人建物の中に取り残されていた。弾馬は火への恐怖からお酒を呑まないと炎に立ち向かえなかったが、その肝心のお酒を緒方屋に忘れていた。身体は震えて息が上手く出来ない。このままでは確実に死ぬ。だが、行かねばならない。
建物へ踏み込もうとした時、紗代が弾馬の酒が入った瓢箪を持って駆け寄ってきた。弾馬が一方的に告げて帰ったことに憤り、「勝手に私の幸せを決めんとって」と言い切る紗代。不思議なことに身体の震えは止まっていた。弾馬は酒を飲むことなく、家屋に突入して男を助け出した。戻るべき場所があるからか、いつになく力が湧いて出ていた。
それ以降も弾馬は酒は止めていないが、呑まずとも火を恐れることはなくなった。紗代とは、年が明けた如月に祝言を挙げることになっている。

第三話「三羽鳶」詳細なあらすじ め組の銀治は、消し止めた火事の検分をしていた。消火の最中からも予感はしていたが、焼け跡には五人の遺体があった。肩を寄せ合うように並んでおり、争った形跡などはなく心中の可能性が高い。だが銀治は何かがおかしいと経験が告げていた。医者でもあるけ組の憐丞に頼んで、遺体を確認してもらう。憐丞は同心が驚く程、遺体から推察した年齢や身体の特徴などを次々と語っていく。そして最もおかしな点として、五人の内一人は、火事の前に既に死んでいたと考えられることを告げた。 今後も続く可能性があるとみて、銀治と憐丞はこの事件を追うことに決めた。また二人は同世代で荒事が最も得意な、柊与一にも協力を求めた。 その後三人は、遺体の身元などを各自で調査した。既に亡くなっていたと思われる人物は武士で、家中では跡継ぎ争いの真っ最中。更に亡くなった武士と同じ派閥にいる者が、現在行方不明だという。そして四人は心中だと思われるが、江戸では自死の手助けをする「商い」の狸屋が一時期流行っていた。江戸の風紀を乱すとして捕らえられたが、主人は既に逃げた後だったという。行方不明者が既に亡き者にされ、その躯を隠そうとするならば、また自死の中に混ぜようとするに違いない。 証拠を隠滅されぬよう、その現場をどの火消組よりも先に押さえる為、三組とも全ての火事場へ出る事を決めた。以前与一が行った、大物喰いである。 大物喰いを始めて5日目、三組は空き家での火事に駆け付けた。事件に関りがあると直感して動くと、予想通り屋根裏からは遺体が見つかり、野次馬の中からは下手人を見つけて捕らえた。調べにより、心中しようとした者たちの背後にはやはり「狸屋」が関わっていた。 火事は類焼したが、三組の奮戦もあって被害は少なく済んだと言えた。最悪の場合は江戸中に広がる大火となっていた可能性が高い。 読売でもこの火事は大きく取り上げられ、三組の頭の名は紙面を賑わせた。そして黄金の世代よりも少し若き者として、それぞれ頭の二つ名から連想してこう呼ばれた。まさしく「銀波の世代」といえり。

め組の銀治は、消し止めた火事の検分をしていた。消火の最中からも予感はしていたが、焼け跡には五人の遺体があった。肩を寄せ合うように並んでおり、争った形跡などはなく心中の可能性が高い。だが銀治は何かがおかしいと経験が告げていた。医者でもあるけ組の憐丞に頼んで、遺体を確認してもらう。憐丞は同心が驚く程、遺体から推察した年齢や身体の特徴などを次々と語っていく。そして最もおかしな点として、五人の内一人は、火事の前に既に死んでいたと考えられることを告げた。
今後も続く可能性があるとみて、銀治と憐丞はこの事件を追うことに決めた。また二人は同世代で荒事が最も得意な、柊与一にも協力を求めた。
その後三人は、遺体の身元などを各自で調査した。既に亡くなっていたと思われる人物は武士で、家中では跡継ぎ争いの真っ最中。更に亡くなった武士と同じ派閥にいる者が、現在行方不明だという。そして四人は心中だと思われるが、江戸では自死の手助けをする「商い」の狸屋が一時期流行っていた。江戸の風紀を乱すとして捕らえられたが、主人は既に逃げた後だったという。行方不明者が既に亡き者にされ、その躯を隠そうとするならば、また自死の中に混ぜようとするに違いない。
証拠を隠滅されぬよう、その現場をどの火消組よりも先に押さえる為、三組とも全ての火事場へ出る事を決めた。以前与一が行った、大物喰いである。
大物喰いを始めて5日目、三組は空き家での火事に駆け付けた。事件に関りがあると直感して動くと、予想通り屋根裏からは遺体が見つかり、野次馬の中からは下手人を見つけて捕らえた。調べにより、心中しようとした者たちの背後にはやはり「狸屋」が関わっていた。
火事は類焼したが、三組の奮戦もあって被害は少なく済んだと言えた。最悪の場合は江戸中に広がる大火となっていた可能性が高い。
読売でもこの火事は大きく取り上げられ、三組の頭の名は紙面を賑わせた。そして黄金の世代よりも少し若き者として、それぞれ頭の二つ名から連想してこう呼ばれた。まさしく「銀波の世代」といえり。

登場人物

ここでは主要人物のみを紹介する。

松永 源吾(まつなが げんご)

新庄藩火消頭。特異な聴力と抜群の統率力でぼろ鳶組を牽引する。
深雪(みゆき)

源吾の妻。算勘に優れた倹約家で料理上手。
鳥越 新之助(とりごえ しんのすけ)

新庄藩火消頭取並。府下十指に入る剣の腕前で、一度見たものは忘れない記憶力を持つ。
加持 星十郎(かじ せいじゅうろう)

新庄藩火消の風読み。優れた天文の知識を有する。
寅次郎(とらじろう)

新庄藩火消の壊し手。『荒神山寅次郎』という名で活躍していた力士。
彦弥(ひこや)

新庄藩火消の纏師。抜群の身体能力を持つ現役軽業師。
折下 左門(おりした さもん)

出羽新庄藩の御城使。壊滅した藩の火消組織を再建する為に、新庄藩の火消頭取として登用する。
田沼 意次(たぬま おきつぐ)

足軽から老中まで登り詰めた。幕政に大きな影響力を持っている。
長谷川 平蔵

火付け盗賊改方長官。市井にも通じている慧眼の持ち主。

書誌情報
小説

巻数 タイトル 目次 解説者 初版発行日 ISBN 備考
第一幕
1 火喰鳥 細谷正充 2017年3月15日 ISBN 978-4-39-634298-2
第一章 土俵際の力士
第二章 天翔ける色男
第三章 穴籠りの神算家
第四章 花咲く空の下で
第五章 雛鳥の暁
第六章 火喰鳥
2 夜哭烏 序章 大矢博子 2017年7月1日 ISBN 978-4-39-634337-8
第一章 鳴らずの鐘
第二章 魁の火消
第三章 加賀の牙
第四章 二翼標的
第五章 烏と鳳
3 九紋龍 序章 池上冬樹 2017年11月1日 ISBN 978-4-39-634375-0
第一章 鵺の住む町
第二章 龍出る
第三章 競り火消
第四章 余所者
第五章 江戸の華
第六章 勘定小町参る
4 鬼煙管 序章 北上次郎 2018年2月1日 ISBN 978-4-39-634397-2
第一章 火車
第二章 本所の銕
第三章 湧く焔
第四章 宵山
第五章 あの日の竜吐水
第六章 京都怪炎
第七章 隠れ鬼
終章
5 菩薩花 序章 末國善己 2018年5月1日 ISBN 978-4-39-634423-8 付録:安永二年版火消番付
第一章 番付火消
第二章 ころころ餅
第三章 菩薩二人
第四章 鬼は内
第五章 悪役推参
第六章 嗤いを凪ぐ者
第七章 父へ翅く
終章
6 夢胡蝶 序章 縄田一男 2018年8月1日 ISBN 978-4-39-634448-1
第一章 花の牢獄
第二章 不夜城
第三章 吉原火消
第四章 遊里の闇
第五章 転
第六章 女の夢
第七章 谺 彦弥
終章
7 狐花火 序章 東えりか 2018年11月1日 ISBN 978-4-39-634475-7 付録:目黒行人坂大火出火之次第
第一章 蠢く
第二章 多士済々
第三章 番付狩り
第四章 要人
第五章 狐を継ぐ者
第六章 青き狼
第七章 焔の火消
終章
8 玉麒麟 序章 菊池仁 2019年3月1日 ISBN 978-4-39-634504-4 付録:火消七つ道具図繪
第一章 消えた頭取並
第二章 加賀の評定
第三章 もう一人の銀煙管
第四章 真の下手人
第五章 関脇ふたり
第六章 出奔覚悟
第七章 転
終章
9 双風神 序章 吉田伸子 2019年7月1日 ISBN 978-4-39-634546-4
第一章 緋鼬
第二章 水の都
第三章 天理人欲
第四章 秘策
第五章 大阪讃歌
第六章 赤舵 星十郎
終章
黄金雛 序章 中本哲也 2019年11月1日 ISBN 978-4-39-634580-8 付録:「羽州ぼろ鳶組」登場人物之年表
第一章 炎聖
第二章 死の煙
第三章 ならず者たちの詩
第四章 親子鳶
第五章 火消の乱
第六章 鉄鯢と呼ばれた男
終章
11 襲大鳳(上) 序章 - 2020年8月1日 ISBN 978-4-39-634594-5
第一章 青銀杏
第二章 黒鳳の羽音
第三章 連合の系譜
第四章 蝗と龍
第五章 尾張炎上
12 襲大鳳(下) 第六章 鉄の意志 - 2020年8月1日 ISBN 978-4-39-634623-2
第七章 信
第八章 若き銀杏よ
第九章 大音の男
第十章 その名、伊神甚兵衛
終章
あとがき
幕間 恋大蛇 第一話 流転蜂 - 2022年3月1日 ISBN 978-4-39-634337-8
第二話 恋大蛇
第三話 三羽鳶

ラジオドラマ

2018年に、シリーズ一作目となる『火喰鳥』がラジオドラマ化され、NHK青春アドベンチャーにて放送された。好評を博し、その後も不定期に後続作品も順次青春アドベンチャーにて放送されている。

放送
  • 2018年7月23日 - 8月3日 火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 全10回
  • 2019年9月16日 - 9月27日 夜哭烏 羽州ぼろ鳶組 全10回
  • 2020年10月19日 - 10月30日 鬼煙管 羽州ぼろ鳶組 全10回
  • 2021年11月15日 - 11月26日 菩薩花 羽州ぼろ鳶組 全10回
  • 2022年10月17日 - 10月28日 夢胡蝶~羽州ぼろ鳶組 全10回
  • 2023年6月5日 - 6月16日 玉麒麟 羽州ぼろ鳶組 全10回
  • 2024年3月25日 - 4月12日 襲大鳳 羽州ぼろ鳶組 全15回
スタッフ
  • 原作 - 今村翔吾『羽州ぼろ鳶組』
  • 脚色 - 丸尾聡