虚無への供物
舞台:高度経済成長期の日本,東京,
以下はWikipediaより引用
要約
『虚無への供物』(きょむへのくもつ)は、日本の小説家・中井英夫の代表作とされる推理小説。1964年に単行本として刊行された。
小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、夢野久作『ドグラ・マグラ』とともに日本探偵小説史上の三大奇書と称される。推理小説でありながら推理小説であることを拒否する反推理小説(アンチ・ミステリー)の傑作としても知られる。
1997年にはテレビドラマ化された。
成立
1955年1月、全篇の構想が細部まで浮かぶ。会員制同人誌『アドニス』に碧川潭名義で4回連載する(21号 - 23号、26号)が未完に終わる。 その後、数年がかりで全体の半分まで書き上げ、「塔晶夫」の筆名で1962年の第8回江戸川乱歩賞に応募した。結果は、戸川昌子の『大いなる幻影』、佐賀潜の『華やかな死体』の二作が受賞作で、『虚無への供物』は次席にとどまった。審査員のひとり江戸川乱歩は、実在する小説などを参照し推理を繰り広げる事から本作を「冗談小説」と評した。その翌年に後半部まで書き上げ、1964年2月29日、塔晶夫名義で講談社から刊行した。その1年余り後に世を去る乱歩は既に体が弱っていたため、全編を読んでもらうことができなかったことを作者は後年に残念がっている。1969年に三一書房版『中井英夫作品集』に収録されて以後は、本名の中井英夫名義で刊行されている。
あらすじ
「近く氷沼家に死神がさまよいだす」――1954年の暮れ、氷沼家の遠縁で今はパリにいるフィアンセの牟礼田俊夫からこんな予言めいた手紙をうけとった探偵作家志望の奈々村久生は、これに興味をいだき、友人の光田亜利夫にたのんで、亜利夫のゲイバー友だちである浪人生氷沼藍司を紹介してもらう。氷沼家はつい最近も、若くして当主となった蒼司の両親と、藍司の両親がともに洞爺丸沈没事故で他界したばかりだったが、もとより変死者が多い。来るべき『氷沼家殺人事件』に久生は夢中となり、亜利夫を情報収集役として氷沼家に出入りさせる。
そんなある夜、風呂場で蒼司の弟紅司が死んでいるところを発見される。現場は密室で、持病による突然死と判定されたものの、探偵趣味のある氷沼家の後見人藤木田老人は、殺人と断定。考えを同じくする久生と、さらに亜利夫と藍司も加えて4者4様、喧々諤々の推理を披露しあう。
続いて関係者一堂による徹夜麻雀の朝、途中で抜けて就寝した橙二郎(蒼司の叔父)がガス中毒により死んでいるのが発見される。さらに橙二郎の長男緑司も死産したことが判明し、蒼司たちの大叔母の綾女も老人ホームの火事で焼死する。帰朝した牟礼田は、これだけ意味のない死ばかりが連続すると、意図の存在する殺人のほうがまだましだと考えてしまうのも無理はないといいつつ、紅司、橙二郎も単に病死、事故死だったのではないかと久生、亜利夫、藍司たちを諭す。(※ここまでが江戸川乱歩賞に応募された)
しかし、牟礼田が架空の人物と考えていた紅司の同性の愛人鴻巣玄次なる男が、本名は別ながら下町に実在していて、その男は、氷沼家と親しい家屋ブローカーの八田の義弟であり、しかもその男が両親殺しで自殺するという事件がおこり、青年たちの推理もいよいよ衒学の迷宮にはいりこむ。
牟礼田は、ゲイバーの踊り子おキミちゃんこと広島で被爆して死んだと思われた黄司、それとその実父である八田が犯人であるという小説『凶鳥の死』を披露し、その突拍子のなさのために久生たちに呆れられるが、実はこの小説こそ真犯人をせめてもの友情と同情のため明言しないながら、それを暗示したものなのであった。久生もそれに気づき、藍司が犯行のたびに口ずさんでいたシャンソンの歌詞から、藍司が犯人であると指摘する。しかし『凶鳥の死』などから真犯人を見抜いていたのは藍司と亜利夫のほうであった。
真犯人は蒼司であり、共犯者としておキミちゃんが手なずけられていたのであった。ただし意図的に殺したのは橙二郎だけであり、紅司はやはり突然死で、ただそれを密室の現場に置いたのは蒼司であった。蒼司は、愛する父の無残、無意味な事故死を、意味あるものに変えなければ耐えられなかったゆえの計画だったと告白するが、それからは他の別の事件もすべて自分が犯人であるかのように思えた。ならば、殺人事件を期待していた久生や亜利夫だけでなく、人の不幸を高見している現代日本人もまた犯人であったのではないかと告発する。
登場人物
氷沼家
氷沼 蒼司(ひぬま そうじ)
氷沼 紅司(ひぬま こうじ)
氷沼 藍司(ひぬま あいじ)
探偵役
奈々村 久生(ななむら ひさお)
牟礼田 俊夫(むれた としお)
その他
作中で触れられているシャンソン
- 「恐い病気よりまし(Ça vaut mieux que d'attraper la scarlatine)」 - シュザンヌ・デーリー(Suzanne Dehelly)
- 「アルフォンソ(Alfonso)」 - リーヌ・クレヴェール(Lyne Clevers)
- 「タ・マ・ラ・ブム・ディ・エ(Ta ma ra boum di hé)」- ジェルメエヌ・モンテロ(Germaine Montero)
- 「小さなひなげしのように(Comme un p'tit coquelicot)」- ムルージ(Marcel André Mouloudji)
- 「ラ・ダダダ(LA DA DA DA)」- リーヌ・クレヴェール(Lyne Clevers)
- 「アリババ(Ali-Baba)」- リーヌ・クレヴェール(Lyne Clevers)
- 「コンガ・ブリコティ(La Conga Blicoti)」- ジョセフィン・ベーカー(Josephine Baker)
- 「紅いさくらんぼと白い林檎の木(Cerisier rose et pommier blanc)」- アンドレ・クラヴォー(André Claveau)
- 「セレソ・ローサ(Cerezo rosa)」- ペレス・プラード楽団(Pérez Prado & His Orchestra)
- 「ガレリアン(Le Galérien)」- イヴ・モンタン(Yves Montand)
- 「ルナ・ロッサ(Luna rossa)」- ティノ・ロッシ(Tino Rossi)
- 「小さなひなげしのように(Comme un p'tit coquelicot)」- シャンソンの仲間(Les Companons de la chanson)
- 「ムッシュウ・ルノオブル(Monsieur Lenoble)」- エディット・ピアフ(Édith Piaf)
- 「紅いさくらんぼと白い林檎の木(Cerisier rose et pommier blanc)」- ティノ・ロッシ(Tino Rossi)
(登場順)
書誌
- 塔晶夫『虚無への供物』講談社、1964年2月29日。
- 中井英夫 著、齋藤愼爾 編『中井英夫作品集』三一書房、1969年10月31日。
- 中井英夫 著、松本清張; 中島河太郎; 佐野洋 編『現代推理小説大系 別巻1 中井英夫』講談社、1973年9月18日。
- 中井英夫『虚無への供物』講談社〈講談社文庫〉、1974年3月15日。 - ここまでは再刊ごとに加筆修正が行われている。
- 中井英夫『中井英夫作品集 第X巻 死』三一書房、1987年6月30日。
- 中井英夫『中井英夫全集 1 虚無への供物』東京創元社〈創元ライブラリ〉、1996年12月10日。ISBN 4-488-07011-6。
- 塔晶夫『虚無への供物』東京創元社、2000年2月。ISBN 4-488-02362-2。
- 中井英夫『新装版 虚無への供物 上』講談社〈講談社文庫〉、2004年4月。ISBN 4-06-273995-X。
- 中井英夫『新装版 虚無への供物 下』講談社〈講談社文庫〉、2004年4月。ISBN 4-06-273996-8。
テレビドラマ
『薔薇の殺意〜虚無への供物』(ばらのさつい きょむへのくもつ)のタイトルで1997年1月26日から3月2日まで、NHK-BS2日曜ドラマ枠でテレビドラマ化された。全6話。2012年現在、DVD化などはされていないが、CS放送などで再放送されることがある。
キャスト
- 深津絵里 - 奈々村久生
- 仲村トオル - 氷沼蒼司(氷沼家長男)
- 遠藤雅 - 氷沼藍司
- 川本淳一 - 氷沼紅司
- 佐々木すみ江 - 川西かつ江(氷沼家の女中)
- 北村和夫 - 藤木田誠
- 吹越満 - 牟礼田俊夫(久生の婚約者)
- 小嶺麗奈
- 國村隼 - 八田皓吉
- 片桐千里 - 緑司の実母
- 塩見三省 - 氷沼橙二郎(蒼司の叔父)
- 村松克己 - 氷沼紫司郎(蒼司の父)
- 余貴美子 - 氷沼朱美(蒼司の叔母)
スタッフ
- 演出 - 平山秀幸
- 脚本 - 奥寺佐渡子
- オープニングソング - シャルル・トレネ「ラ・メール」
- 製作会社 - NHK(共同制作・ケイファクトリー、NHKエンタープライズ21)
放送日程
各話 | 放送日 | サブタイトル |
---|---|---|
第1話 | 1月26日 | 紅い月 |
第2話 | 2月 | 2日橙の誕生 |
第3話 | 2月 | 9日蒼い蕾 |
第4話 | 2月16日 | 黄の部屋 |
第5話 | 2月23日 | 藍の行方 |
最終話 | 3月 | 2日白い旅路 |
参考文献
- 本多正一「解題」『中井英夫全集 1 虚無への供物』東京創元社〈創元ライブラリ〉、1996年12月10日、720-759頁。ISBN 4-488-07011-6。