西巷説百物語
以下はWikipediaより引用
要約
『西巷説百物語』(にしのこうせつひゃくものがたり)は、角川書店から刊行されている京極夏彦の妖怪時代小説。「巷説百物語シリーズ」の第5作。妖怪マガジン『怪』にvol.0023からvol.0028まで連載された。第24回柴田錬三郎賞受賞作。
概要
前4作から趣を変え、又市の悪友・靄船の林蔵へ主役を交代し、作品の舞台も上方へと移る。人が生きて行くには痛みが伴う。人の数だけ痛みがあり、傷むところも傷み方もそれぞれちがう……大坂を舞台に、明確な悪意ではなくそれと知れず病んだ心が引き起こしてしまうが故に恐ろしい事件を描く。様々に生きづらさを背負う人間たちの業を、又市の悪友・林蔵があざやかな仕掛けで解き放つ。
場所を変えた上で、『邪魅の雫』の応用で、ターゲット視点、ミステリでいうなら被害者視点にスタイルを変更している。
あらすじ
大坂屈指の版元にして、実は上方の裏仕事の元締である一文字屋仁蔵の許には、数々の因縁話が持ち込まれる。いずれも一筋縄ではいかぬ彼らの業を、あざやかな仕掛けで解き放つのは、御行の又市の悪友、靄船の林蔵。亡者船さながらの舌先三寸の嘘船で、靄に紛れ霞に乗せて、気づかぬうちに彼らを彼岸へと連れて行く。「これで終いの金比羅さんや―」。
登場人物
主要登場人物は巷説百物語シリーズを参照。
林蔵(りんぞう)
柳次(りゅうじ)
桂男
大阪の杵乃字屋の一人娘に縁談話が舞い込む。尾張の城島屋からの縁談だったが、城島屋の手口で店を潰されるかもしれないと、大番頭が主人に進言するがーーー(『怪』vol.0023 掲載)
登場人物
杵乃字屋 剛右衛門(きのじや ごうえもん)
商売は繁盛していて金も立派な屋敷もあり、蔵は6つも建て、家族も縁者も達者で自分の身体も丈夫、真面目で己を慕う奉公人にも恵まれて満ち足りている。奥座敷に設えた物見の向月台から月を眺めるのを好む。
林蔵に商売指南役を頼み、倹約し出金を減らすことで実入りを2割増しにし、分配した余剰金の遣い方が荒く素行の悪い者26名を一斉に解雇して無駄を省いて働き易くしたことで、大繁盛の福の神だと強く信頼している。娘に突如舞い込んだ縁談について、尾張に用があった林蔵に様子見旁使いを頼む。
お峰(おみね)
儀助(ぎすけ)
籐右衛門(とうえもん)
里江(さとえ)
遺言幽霊 水乞幽霊
春。頭痛で目覚めた貫蔵は、自分が3ヶ月前に倒れたきりずっと寝たままだった事を知る。しかも記憶は1年前の春以降の事が思い出せないらしい。父である貫兵衛から勘当されたのは、昨日の事ではなかったのかーーー(『怪』vol.0024 掲載)
登場人物
小津屋 貫蔵(おづや かんぞう)
堂島の米会所の前の広小路で倒れ、運悪く後頭を大八の持ち手にぶつけて昏倒したところを林蔵に助けられた。3ヶ月後に目覚めたが、ここ1年の事が思い出せず、今まで商売を手伝っていたという林蔵、番頭の文作とお龍から話を聞く。
3千両に加え、貸付けの担保として大名家から預かっていた太閤に下賜されたという茶碗を盗まれ、大名家と大揉めして悪評が立って僅か1ヶ月で商売が駄目になり、50人いた奉公人は12人にまで減って、3ヶ月昏倒している間に文作以外の残りの奉公人も全員辞めてしまっていた。
文作(ぶんさく)
小津屋 貫兵衛(おづや かんべえ)
小津屋 貫助(おづや かんすけ)
我が儘を言わず駄々を捏ねることもない良い子だった。乱暴も働かず、悪戯もせず、修身修養も怠らず、手伝いも能くするので褒められることの方が多く、貰う小言は精々元気がない、覇気がない、温順し過ぎる、童のくせに奥床しい程度。だが、貫蔵に言わせれば、大人の顔色を窺い、場を読んで取り繕うのが上手な子供だったという。
喜助(きすけ)
六道斎(ろくどうさい)
鍛冶が嬶
土佐で刀鍛冶をしている助四郎は悩んでいた。何よりも大切な、親よりも国よりも大事に思っており、出来ることは何でもして望むものは何でも与えてきた女房が、何かと入れ替わったかのように笑わなくなってしまったのだ。御行の又市の紹介で大阪の一文字屋へ相談に行くがーーー(『怪』vol.0025 掲載)
登場人物
助四郎(すけしろう)
自分を変えてくれた女房のことは親や国より大事に思っていて、八重を喜ばせるためだけに努力も我慢も何でもして、嫌がること、悲しむこと、困ることは全て取り除いてきた。誠実な性格で、八重には一つも隠し事をしていないという。
腰が低く愛想も良かった父とは違って人付き合いが得手な方ではなく、白地に嫌われていた訳ではないが村人からは疎んじられ、付き合いは殆どなかったが、妻の勧めで金を気前よく使い行事にも参加するようにした所為か、今では立派な刀鍛冶として捉えられている
女房の八重が笑わなくなって困っていたところを、船幽霊騒動で動いていた又市より案内を受け、一文字屋に相談する。
一文字屋 仁蔵(いちもんじや にぞう)
佐助(さすけ)
八重(やえ)
10年前、父親が亡くなって独り身だった助四郎の許に通い、あれこれと面倒をみていた。そのおかげで助四郎はそれまで置き去りにしてきた人としての色色なことを学ぶ。だが助四郎も分からない何かの理由で、2年前から笑うことを止め口も利かなくなってしまう。
与吉(よきち)
染(そめ)
源吉(げんきち)
夜楽屋
人形浄瑠璃の楽屋で塩谷判官の首(かしら)が割れた。高師直との人形争いだと一同が騒ぐ。8年前にも同様の人形争いが起こり、人死にまで出たのだ。その真相はーーー(『怪』vol.0026 掲載)
登場人物
藤本 豊二郎(ふじもと とよじろう)
元の名は末吉(まつきち)といい摂津の貧農に生を受ける。6人兄姉の末で本来は間引かれる筈の子であったが、生命力が強く親が間引き損ねたため、家族全員から死んでくれれば良いと言われて育ち、凡そ人とは思えぬ暮らしの中で一人だけ生き残り8歳で家を出て2年間は乞食や盗みをして食い繋ぐ。10歳の頃に行き倒れたところを先代の藤本豊二郎に拾われ人形遣いの下働きとなる。12歳で初めて見た先代の舞台に感銘を受け、人形芝居から生きるということを学び、13歳で正式に弟子入りして藤本豊吉(ふじもと とよきち)と名を変え、17歳で黒衣の格好に、18歳で足遣いになり、20歳で一人遣いの人形を任される。28歳で左遣いに昇るがそこからが長く、首をなかなか持たせて貰えなかったという。
米倉 巳之吉(よねくら みのきち)
8年前まではぐうたらであまり芽が出ていなかったが、父である先代の死を契機に精進を重ね、たった1年で父親を凌ぐ名人に育ち、先代の自害から1年後に2代目を襲名する。
小右衛門(こえもん)
生き人形を拵える大層な名人で、10年前に江戸で打った無惨修羅場の生き人形「生地獄傀儡刃傷」の見事さにお上が怖れ、手鎖に掛かかっている。江戸を出て行方知らずとなっていたが、北林藩に隠遁ののち、思うところあって大阪に出て来て一文字屋の客人となっている。
豊二郎の使う塩谷半官の割れた首級を元に戻すと引き受ける。その際に巧みに修復されてはいるが、人形の右頬から一直線に小刀が掠めたような古傷があることを見抜く。
徳三(とくぞう)
勇之助(ゆうのすけ)
杉本 兼太夫(すぎもと かねたゆう)
初代 藤本 豊二郎
8年前の仮名手本忠臣蔵で塩谷判官を演じ、周囲を圧倒するような、迫真を超えた真そのものの芝居をした。だが、千秋楽の前夜、荒らされた楽屋の中で、師直の竹光の刀が勢い余って喉笛に突き刺さり、判官の下に倒れて死亡しているのが発見される。
初代 米倉 巳之吉
8年前の仮名手本忠臣蔵で高師直を演じ、憎げで威圧的な重々しい演技をした。しかし、先代豊二郎が殺された際に、遺恨ありと誰かに吹き込まれた奉行所により、他に下手人らしき者も居なかったこともあって捕らえられる。疑いは晴れず、かといって決め手もなく、詮議はいつまでも続き、豊吉が2代目豊二郎を襲名して半年後に自害する。
溝出
美曾我五箇村を疫鬼が襲う。領主により封鎖され孤立した5つの小さな村は、疫病で果てた骸の山と飢餓で動けなくなった村人がいる阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。そこに戻った寛三郎だけが鬼となって腐る死骸を集め、火にくべて燃やし尽くすが、10年後、死骸が燃やされた荼毘ケ原で幽霊が出る。なぜ幽霊が今になって出るのかーーー(『怪』vol.0027 掲載)
登場人物
寛三郎(かんざぶろう)
若い時分に家を捨て、泉州の侠客・蓑借一家の子分となっていたが、10年前に跡目争いに負け、村へと逃げ帰る。だが村は疫病で封鎖されており、家の中も外もゴロゴロ屍が転がっている地獄と化した酷い有様を目の当たりにし、生き残りには川の水を煮立たせて飲ませ、山で喰えるものを僅かばかり調達し、100体を超える死骸を集め、大八で荼毘ヶ原へと運んでまとめて燃やし、死人から剥ぎ取った着物や品物、住まいを生き残りが生きるために使った。村は救われるが、その時の姿が鬼にも地獄の獄卒にも例えられ、今では村の庄屋以上に畏れ、顔役として敬われている。
作造(さくぞう)
又右衛門(またえもん)
又兵衛(またべえ)
伝兵衛(でんべえ)
和尚
10年前は又兵衛に頼まれて物資を運び病人の看病をしていたが、村境に関所ができてからは差し入れも許されず役人に追い返された。10年前の疫病で亡くなった村人の供養をする訳を、寛三郎に説く。
豆狸
酒屋の売り上げの勘定が少しずつ減っている事に気づく与兵衛。笠を被った5つか6つくらいの可愛い男の子が2月頃より毎日通いだしてからという。その子供とはいったい誰なのかーーー(『怪』vol.0028 掲載)
登場人物
与兵衛(よへえ)
美濃の親類を頼って10年働いた宿屋で出会った新竹の令嬢と結婚して子宝にも恵まれたが、事故で妻と兄夫婦、息子と甥を一度に失い、2人の子供を見殺しにした自責の念から2度首吊り自殺を図ったこともあった。売り上げの勘定が合わない件について碁敵の林蔵に相談する。
善吉(ぜんきち)
多左衛門(たざえもん)
新竹を襲った悲しい出来事ののち、見込んだ入り婿である与兵衛に酒蔵を譲り、間もなく死去した。
さだ
喜左衛門(きざえもん)
与吉(よきち)
徳松(とくまつ)
野狐
摂津で代官所が燃える大騒ぎの後。行者姿に姿が変わった又市に再開したお栄は、16年前に自分の妹を死なせた林蔵が再び大阪に戻り、一文字屋仁蔵の手下として動いていることに気づく。ここ最近の巷説に見え隠れする林蔵とは果たしてあの林蔵なのかーーー(書き下ろし)
登場人物
お栄(おえい)
船宿「き津袮」の雇われ女将。縁起物を売り歩く削掛屋だった頃の林蔵を知る。5つの時に父親を、10の時にに母親を亡くし、妹と二人で生きてきた。一代で財を成した堅気ではない大叔父から援助を受け、後ろ暗いところを隠し善人振ろうとしないところを見て育ったため、悪党のくせに善人を気取る溢れ者の小悪党の林蔵が妹と女夫になることに反対していた。
以前は小間物の行商をしていたが、妹が死んだ大坂を離れ生き抜くために様々なことに手を染めた挙句、歩き巫女にまで身を窶し、3年前に大叔父の目に留まり情けを掛けられてき津祢の女将になった。
林蔵の奸計に巻き込まれて殺された妙の復讐のため、下手人の辰造の殺害を一文字屋に依頼する。
お妙(おたえ)
辰造(たつぞう)
四天王寺界隈で香具師の元締めをしている。表向きは放生会で亀を逃す善人だが、金さえ出せば何でもする辰造一家の主という裏の顔を持ち、頑是ない子でも罪のない百姓でも商売敵でも口煩い女房でも金さえ出せば簡単に殺す。子分だけでも50人から居て、息の掛かった連中となると100や200を下らず、用心棒も幾人も雇っている。
又市(またいち)
山岡 百介(やまおか ももすけ)
用語
帳屋林蔵
美曾我郷(みそがごう)
10年前に疫鬼が襲い、併せて180数戸400人の村民のうち100名以上が命を落とし、領主も病気の拡大を恐れて村を閉鎖したことで支援を受けられなかった。だが、寛三郎の尽力で全滅は避けられ、200数十名は10年後も生き残っている。
荼毘ヶ原(だびがはら)
書誌情報
- 四六判:角川書店、2010年7月23日、ISBN 4-04-874054-7
- 新書判:中央公論新社〈C★NOVELS〉、2012年8月24日、ISBN 4-12-501213-X
- 文庫判:角川書店〈角川文庫〉、2013年3月23日、ISBN 4-04-100749-6