謀殺のチェス・ゲーム
以下はWikipediaより引用
要約
『謀殺のチェス・ゲーム』(ぼうさつのチェス・ゲーム)は、山田正紀による日本の小説。
この作品で描かれるのは、日本全土をゲームボードにしたチェス・ゲームである。自衛隊の最新鋭哨戒機をめぐり、2人の戦略専門家による知力を尽くした頭脳戦が展開され、一方でヤクザに追われる若い男女や自衛隊内部の敵対勢力の存在、天候などの不確定要素によって刻々と状況が変化していき、最終的には北海道から沖縄まで、日本を縦断する鬼ごっことなるのである。
作者の山田正紀が26歳の時に執筆したもので、当時はSF小説や作家に対して批評家のバッシングが集中していた時期だった。『謀殺のチェス・ゲーム』は、リアリティよりもスピード感や誇張されたキャラクターなどを描いた、それまで誰も書かなかったタイプの作品で、このようなものを世に出せば顰蹙を買うことは予想できたが、作者がまだ若かったこともあり、それでも構わないし何を言われても気にしないという心境だったという。
また、山田自身は、アメリカの作家リチャード・ユネキスのカーチェイス小説『追跡―チェイス』(映画「ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー」の原作)が、元になっているという。
作品背景
198×年、各国が核兵器を保有する冷戦時代、米・ソ・中3大国の対立により生じた緊張状態の中で、日本はこれまでになく重大な選択を迫られていた。アメリカのアジア撤退を受け、日米安保条約を維持するのか、条約を破棄して日ソ安保条約、または日中安保条約を締結するのか、その選択は日本の将来を左右するだけでなく、世界の均衡も大きく崩すことになる。
この極めて微妙な局面を乗り切るために生まれたのが新戦略専門家(ネオステラテジスト)であった。外交をも戦略の一種とみなすべきこの時期に、政治家でも軍人でもない、真に優れた数学者である新戦略専門家が必要とされたのだ。しかし、元来排他的な自衛隊という組織において、彼らの存在を疎ましいと思う者達もいた。自衛隊幹部達によって結成された愛桜会だ。軍事産業としての地位を独占する三星重工と利権によって密接に結びついた彼らは、新戦略専門家たちを蹴落とす機会を虎視眈々と狙っていた。新戦略専門家にとっても、軍事企業は全て同等の手駒であり、効率ではなく利権によって1つの企業を優遇するなどあってはならないことだった。よって、両者の対立は当然のことであり、その衝突は不可避であった…。
あらすじ
プロローグ
北海道で、広域暴力団菊地組の組長・菊地大三を狙って、1人の若者が銃の引き金を引いた。これが日本全土を巻き込む、第4次ヤクザ戦争の始まりとなった。菊地組に追われることになった若者・川原敬は、恋人の如月弓子の故郷である沖縄へと逃れることにした。
序盤戦
部下と共に戦略ゲームによる戦争模擬実験(ファイヤ・シミュレーション)のデータを集めていた新戦略専門家の宗像旦一佐に、緒方陸将補から北海道の千歳へ向かうよう、指令が下された。緒方と彼の属する愛桜会が動き出した。宗像は、愛桜会との“戦争”に備え、レインジャー部隊教官の立花泰を呼び寄せた。
同じころ、北海道の沖合いで、自衛隊の最新式対潜哨戒機PS-8が消息を絶った。テスト飛行をしていたPS-8が、突如レーダーから消失したのだ。しかし、PS-8が遭難したと見られる地点で爆発したのは1機のヘリコプターだった。その様子を奥尻島の神威山から双眼鏡を使って観察していた男がいた。その男・佐伯和也は一言だけ「作戦開始……」と呟いた。
PS-8が遭難したと見られる海上で発見されたのは、ヘリコプターの残骸だった。時を同じくして、PS-8のテストパイロットの声が録音されたテープが千歳基地に送りつけられた。その内容は、PS-8はハイジャックされ、犯人は10億円の大金を要求しているというものだった。しかし、宗像はこれが時間稼ぎであり、PS-8を奪った犯人は危険は大きくても勝率の高い手段を選んだのだと直感し、この事件の背後に自分と同じ新戦略専門家・藤野修一の存在を感じ取っていた。そんな折、愛桜会から宗像に差し向けられた刺客を立花が捕らえた。PS-8の盗難は愛桜会にとって非常に不都合な事態であり、新戦略専門家の介入を恐れて殺し屋に宗像を始末させようとした。そう考えた宗像は、この事件に全面的に介入することを決断する。
一仕事終えて、薄野のバーで一休みしていた佐伯は、敬と弓子の行方を探すヤクザを叩きのめした。彼にとってはほんの気まぐれだったが、そのバーにいた中年男の存在だけが気にかかった。これが佐伯と立花、2人の戦士の邂逅だった。
宗像は、消えたPS-8の行方を探るため、北海道に召集した部下達と共にブレーンストーミングを開始する。しかし、実動要員と見られていた佐伯がいまだ札幌にいると知り、議論の前提を崩された新戦略専門家たちのブレーンストーミングは膠着状態に陥った。それを立花の何気ない一言が打ち破った。
「新幹線だ」
国鉄のストライキを利用し、新幹線の線路を使って北海道からPS-8を運び出す作戦だと気付く宗像。しかし、その時すでに、PS-8を積んだディーゼル機関車は札幌を出発していた…
中盤戦
PS-8を運搬するディーゼル機関車が本州に到達し、作戦は成功したはずだったが、藤野はどうしても勝利を確信することが出来ずにいた。そんな時にもたらされた、季節はずれの豪雪のニュース。完璧だったはずの藤野の作戦は瓦解した。吹雪で道路が封鎖されれば、PS-8の運搬経路は限定されてしまうのだ。新戦略専門家たちを撹乱するため、藤野はトレーラートラックを走らせ、彼らの目を引き付けるための囮になるよう、佐伯に命じた。
ヘリコプターに搭乗してディーゼル機関車を捜索していた立花に、雪道を驀進するトレーラーを発見し破壊する指令が下された。山中で繰り広げられた死闘の末、立花はヘリを撃墜されながらも、トレーラートラックの破壊に成功する。
そのころ、宗像は部下の大沢と共に、新幹線の線路を走っていた2台のディーゼル機関車のうちの1台を新潟駅で停止させ、その積荷がPS-8ではない事を確認した。PS-8は、東京に向かったもう1台のディーゼル機関車によって運ばれている。次の手を打とうとした宗像の前に、交信を傍受していた愛桜会の手の者が現れた。大沢を射殺し、宗像を拉致した彼らは、自白剤を打ち、PS-8の行方を宗像から聞き出そうとする。しかし、宗像は過酷な拷問に耐え抜いて反撃に出て、絶体絶命の窮地からの生還に成功した。
一方、緒方はディーゼル機関車を拿捕すべく、東京駅に部隊を配置していた。しかし、ディーゼルに無断で乗り込んでいた敬と弓子により機関車に乗り移った隊員は車外に落とされ、また宗像の策略によりディーゼルは東京駅に停まらず再度発進する。PS-8を積んだディーゼル機関車はさらに南下していった。
終盤戦
埴商事の取締役・茂森達之助は激しく焦燥していた。PS-8を手に入れ、三星重工に代わって埴商事を日本最大の軍事産業の位置に据える計画が頓挫したのだ。しかし、藤野はPS-8が外国に運び去られたという状況を設定すれば良いと提案する。最新鋭機の機密が流出したのならば、防衛庁は機種変更を余儀なくされる。その隙に乗じて埴商事が軍需産業に食い込めば良いのだ。藤野はその国を北朝鮮に設定し、ディーゼル機関車を少なくとも下関まで走らせることにした。そんな時、佐伯からトレーラートラックを破壊されたという連絡が入った。計画を修正した藤野は、佐伯に新大阪駅に赴くよう命じた。
新戦略専門家達は、クーデター鎮圧部隊を出動させた。新幹線の全ての駅に通じるトレーラートラック走行可能な道路を部隊が押え、さらに情報操作によりスト中の新幹線鉄路を利用した核装備反対のデモ行進が起きているという噂を流して進路を限定し、ディーゼル機関車を下関駅に追い詰める作戦だった。
新大阪駅に到着した佐伯は、藤野からの指示により、PS-8を運搬する車両にある仕掛けをしていた。しかし、そこで佐伯は車両に隠れていた敬と弓子を発見する。気まぐれを起こした佐伯は、2人を沖縄へ向かうための船に同乗させることにした。
PS-8奪還の失敗、部下に拉致させた緒方の生還、窮地に立たされた緒方は、宗像の妻・清美との情事に身を委ねていた。そこへ警務隊の人間が現れる。緒方は自分が罠に落ちたことを知った。宗像は緒方と清美の関係を知った上で、そのスキャンダルを最大に活かせる機会を待っていたのだ。数々の失態の上、部下の妻との不倫関係まで発覚した今、緒方は再起不能に陥ったのだ。
新戦略専門家達の元に、下関駅で停車させたディーゼルが積んでいたのはPS-8ではなかったという連絡が入った。宗像は、PS-8を途中の駅で下ろし、船に乗せて運搬したのだと気付いたが後の祭りだった。PS-8を見失った以上、ゲームの勝ちは望めない。しかし、負けを回避することはまだ可能だった。宗像は、最後の一手を打つことにした。
淀川を下り、大阪港に停泊していた貨物船にPS-8を積み替え、そのまま那覇港まで送り届けた佐伯は、敬と弓子が宮古島行きの飛行機に乗るのを見送った。戦いの日々が終わり、虚脱していた佐伯の前に薄野のバーで会った男が現れた。その男・立花が東北の山中で戦った男だと気付き、一触即発の空気が流れたその時、テレビのニュースが2人の耳に入った。遭難したPS-8が核武装をしており、機体が放射能汚染されている危険があるという内容だった。新戦略専門家が流した虚報だったが、その意図を察した佐伯は埴商事の沖縄支社のビルに飛び込み、貨物船の船員が放射能障害を恐れてPS-8を海に投棄したことを知る。宮古群島の近くに投棄されたというPS-8を引き上げるべく、船に乗る佐伯。しかし、その船には佐伯を尾行してきた立花が同乗していた。PS-8の件から手を引いた立花が佐伯と再会したのは偶然だったが、立花は佐伯と戦うことは運命的なものであると感じ、どこまでも佐伯を追跡することにしたのだ。
目的地である稲穂見島に到着した敬と弓子は、菊地大三の送り込んだヤクザ達に追われていた。しかし、追い詰められた2人の前に、PS-8をサルベージする拠点として稲穂見島を選んだ佐伯が現れた。ヤクザからの銃撃を受け、無意識に反撃を開始した佐伯。佐伯の後を追ってきた立花も援護射撃を行う。しかし、腕前に格段の差があるとはいえ、ヤクザの数が多すぎた。佐伯は被弾し、立花も一瞬の隙をつかれて背中を刺される。ヤクザが全滅した時、2人の戦士達もまた息を引き取ろうとしていた…。
エピローグ
PS-8を巡る事件を経て、PS-8を使用しての愛桜会の独断専行や、三星重工との金のやり取りが明らかとなった。愛桜会の幹部はことごとく左遷され、緒方もまた閑職に回されることになった。しかし、中央に復帰するための布石も既に打っていた緒方は、宗像への復讐を固く誓っていた。
藤野の住むアパートを宗像が訪れた。今回の事件を総括した後、宗像は藤野に新戦略専門家への復帰を促す。その時、藤野と宗像がいるアパートの外に1台の車が停まっていた。乗っているのは企業戦略家の水谷と愛桜会の人間だった。2人に恨みを抱く男達の凶悪な目がアパートに向けられていた…。
菊地大三は傘下の暴力団組長達により殺害された。追われる心配の無くなった敬と弓子には、稲穂見島での新しい生活が待っていた。
登場人物
新戦略専門家
大沢(おおさわ)
伊藤(いとう)
埴商事
藤野 修一(ふじの しゅういち)
佐伯 和也(さえき かずや)
愛桜会
その他
用語
新戦略専門家(ネオステラテジスト)
形式上は陸上自衛隊に属しているが、内実は防衛庁長官の直属機関員である。自衛隊内で独断で動かせる部隊は、直属の東京クーデター鎮圧部隊のみ。
愛桜会(あいおうかい)
PS-8(ピーエスエイト)
Eセミトレーラートラック
攻撃ヘリコプター
三星重工(みつぼしじゅうこう)
埴商事(はにしょうじ)
菊地組(きくちぐみ)
稲穂見島(いなほみじま)
単行本
- ノン・ノベル(新書) 1976年11月発売 ISBN 4-396-20052-8
- 角川文庫 1982年11月発売 ISBN 4-04-144610-4
- 徳間文庫 1991年6月発売 ISBN 4-19-579339-4
- ハルキ文庫 1999年5月発売 ISBN 4-89456-527-7
- ハルキ文庫(新装版) 2014年10月発売 ISBN 978-4-7584-3855-1
劇画版
田辺節雄作画による劇画。1977年から1978年にかけて『Apache』(講談社)に連載された。緒方や愛桜会は登場せず、宗像と藤野との対決を主軸に描かれている。他にも原作小説とは細部で異なっている箇所がある。
- 秋田漫画文庫
- アリババコミックス(コンビニコミック) 2005年8月19日発売 ISBN 4-418-05131-7