遠巷説百物語
舞台:岩手県,
以下はWikipediaより引用
要約
『遠巷説百物語』(とおくのこうせつひゃくものがたり)は、角川書店から刊行されている京極夏彦の妖怪時代小説集。「巷説百物語シリーズ」の第6作目。2018年より角川書店が発行する妖怪マガジン『怪と幽』vol.001より作品の連載が開始され、2020年のvol.006まで連載されたものを収録している。『虚実妖怪百物語』の連載を挟んで『西巷説百物語』から11年ぶりに刊行された。第56回吉川英治文学賞受賞作。
概要
舞台を江戸末期の遠野へと移し、盛岡藩筆頭家老の密命で巷に流れる噂話を調べる宇夫方祥五郎を主人公に物語が展開する。各話とも4章構成で、世間話の骨子が磨かれて語り物の昔話が完成するという通常の流れとは逆に、「昔話を元の世間話に戻す」という仕組みが根底にあり、「譚」=昔話、「咄」=巷の噂、「噺」=事件の当事者の話、「話」=最後にそれを解体する仕掛けという構成になっている。
『遠野物語』『遠野物語拾遺』を再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』を書いた時点では本作の着想はなかったが、本作の発想の源流の一つになっている。
主な登場人物
主要登場人物は巷説百物語シリーズを参照。
宇夫方 祥五郎(うぶかた しょうごろう)
本作の主人公である27歳の若侍。滅んだ阿曾沼氏の家臣の傍系、元禄の頃に『遠野古事記』『阿曾沼興廢記』を書き記した宇夫方平大夫広隆の傍流。
遠野義晋の近習として10年間仕え、義晋が筆頭家老になった際に城勤めを辞して事実上は無役の浪士であるが、御譚調掛(おんはなし しらべがかり)として遠野保の巷に流れるハナシを逐一聞き付け、真偽を見届け見定め、悉く報せるよう命じられており、非公式な義晋直属の密偵という立場にある。無役無給ながら暮らしに窮している様子もないことから、一部では家臣の働き振りを検分し鑑査していると噂されるが、義晋と通じていることは大久保と是川しか知らず、家中の者にも内密にされている。1年ばかり江戸で暮らしたことがある。
誠実で人柄は良く、乙蔵のような鼻抓み者にも対等に接し、曲がった世の中に沿うように己を曲げ、そうでない者にも目を向けた上で、出来るなら曲がった世の中を真っ直ぐにしようと踏ん張っている。腕っ節は弱いが、目端が利き智慧も回る。市の渾然一体とした臭気が嫌いで人混みが苦手。ただ、僻所を好む訳でもない。天涯孤独かつ、晩稲で色恋沙汰には縁がない。
仲蔵との出会いをきっかけに彼らの悪いことではない裏稼業を知り、正しさというものに悩むこととなる。身分は浪士だが鍋倉城主の紐付きという武士でも町人でもない半端な立場で、百姓や山の者とさえ対等に接するので、仲蔵には悪いとは言わないが危なっかしいと思われており、何処かで線引きしないと退っ引きならないことになると忠告されている。
『お耳役秘帳』の檜十三郎がモチーフの一つだが、自分で悪人を斬ってしまう十三郎とは対象的に腕っ節を弱く設定されている。
乙蔵(おとぞう)
祥五郎の幼馴染みで情報提供者。元を辿れば新田家の血筋だという土淵村の豪農の倅。歳は22、3だが、老け顔で10は老けて見える。既婚で子持ち。事に通じ、民譚から社寺の縁起、咒や謂い伝えまで何でも知っていて、武家の秘め事商家の醜聞、近隣近在の噂話から役に立たぬ些事まで耳に入れている。
人と同じことをするのが嫌いな臍曲がりだが、破落戸と言うには腕っ節は弱く度胸もない。あまり風呂に入らないので異臭がする。極め付けの自堕落だが、何故か女色と博打には食指を動かさない。
実入りを掠め盗る侍を嫌い、一切武士に阿ることをしないのが、商売に失敗する原因にもなっている。例外がただ一人の友の祥五郎で、憎まれ口を叩き忠告を無視はしても、その人柄を信頼している。
百姓の野良仕事を嫌って町場で新しい渡世を始めては、その度に一月も保たずに失敗して飲んだくれて不貞腐れてばかりいて、祥五郎に毎月噂や巷説を売って糊口を凌いでいる。自業自得とはいえ一族郎党全員から小莫迦にされて悪く言われ、「鬼熊」から「恙虫」の間で遂に勘当され家から追い出されてしまう。以降は建物を得て地に足を付けたいと思い、何処かの峠で甘酒屋を開業するという夢を抱き、商売の元手にするために埋蔵金を探し始める。
小悪党の一味
仲蔵(なかぞう)
二つ名:長耳の仲蔵(ながみみ の なかぞう)
異様に耳朶の長い異相の大男。表向きは持ち前の器用さで絵師、仏師、木匠、修繕など様々な物を拵える仕事を請け負いつつ、金を貰ってご定法や義理人情で如何ともし難い厄難を消し不幸の帳尻を合わせる裏稼業をしている小悪党。
24、5年前まで又市らと組んで江戸で仕事をしていたが、「旧鼠」の一件で失敗って江戸に居られなくなってからは田舎を転々とし、飛騨、津軽を経て前年から山口村壇塙(だんのはな)の裏手にある迷家(実際はどこぞの長者が抜け荷に使っていた隠し屋敷)に間借りする。図体の割に肝が細く、人死にを極端に嫌った又市の影響で、自分の仕掛けの中では人が死なないよう十分に配慮している。
鉄奬女の事件を調査する中で迷家に辿り着いた祥五郎に裏稼業のことを明かし、以降の事件でも彼と関わりを持つ。半端な立場の祥五郎のことを危なっかしいと思っており、嫁を貰うよう勧める。
柳次(りゅうじ)
縫(ぬい)
二つ名:旗屋の縫(はたや の ぬい)
仲蔵の仲間の叉鬼。小柄だが引き締まった体付きの、40絡みの男。色は浅黒く眉も髭も濃い。里の者とは別の理で生きる山の者で、猟師と違って里には降りずに暮らしている。
日本一の鉄砲撃ちで、目も耳も鼻も信じられない程良く、1町先の豆粒でも撃ち飛ばすといい、月明かりさえ乏しい夜中に物陰に身を隠した人間と全く同時に銃声が聞こえるようにぴたりと合わせて鉄砲を撃ち、4丁の銃をほぼ同時に撃って命中させる。冬眠して穴に籠っている熊を2日で2頭見つけて獲ってくるなど、狩猟の腕も優れている。
「旗屋の縫」とは沢山の化け物を退治した大昔の猟師として民譚で語られる存在で、一番鉄砲の上手い叉鬼が代代名を継いでいる。世襲ではなく、当代の縫も自分が何代目かは知らない。阿曾沼氏に仕えて姓を賜り、後世に子孫を残して駒形神社に祀られる高橋縫之介もその一人。
遠野南部家
南部 弥六郎 義晋(なんぶ やろくろう よしひろ)
遠野南部家32世であり、盛岡藩筆頭家老、鍋倉館の城主。祥五郎の主君。27歳の才気溢れる威丈夫で、性格は豪放磊落。胸板は厚く貫禄は十分だが、上背はなく、身形を変え顔を隠せば大身であることは誤魔化し易い。20歳になっても酒を飲まなかったが、家老職に就いて以降に嗜み始め、今では鯨飲に近い。
天保9年に20歳の若さで家老職と鍋倉城主を継ぐ。盛岡藩の中にあって独自の裁量権を与えられた奥州一の交易の場である遠野を治める立場であるが、世襲で盛岡藩筆頭家老職に就いており、盛岡城常勤なので鍋倉城中には居ない。そこで、10の頃から側衆をしていた祥五郎に命じて城下の遠野保の噂話を調べさせて、民草の暮らしぶりを報らさせている。
義を重んじ仁を行う人物であり、領民の暮らしを案じ徳政を敷こうと考えている。領民にも大層出来た人物だと知られており、民草の信頼は厚い。ただし藩政にそれなりの影響力はあるが、若輩ゆえに決定権がある訳ではなく、藩主の無策悪手に頭を悩ませ胸を痛め、制度改革を進めて租税の徴収を増やしても贅沢放逸に金を使われるために財政難を解決できずにいる。
恙虫騒動に繋がる公金横領に関し、25年前より幕閣から総額10万両を借用したことを知り、12代利用公の内願に疑問を深める。
大久保 平十郎(おおくぼ へいじゅうろう)
鍋倉城の勘定吟味方改役。遠野南部家家老の分家筋で、用人として取り立てられ、3年余前から勘定方を勤める。遠野南部家中一の剣の達人であり、人情にも篤く、怪しい者を見過ごせない性質。どちらかと言うと算術は苦手。久兵衛は勘定方に推挙し役儀のいろはを教えてくれた恩人。
「歯黒べったり」で愛宕山で鉄奬女の化け物に出会し、何故か気が遠くなって倒れているうちに化け物が消えてしまい、逃げ帰った腰抜けと云う悪評を払拭するために退治に出向こうとする。
「恙虫」では疫病で家人に死者は出なかったが組屋敷ごと蟄居となり、外部から不法侵入した祥五郎と連絡を取りつつ恩人の娘である志津に気をかける。死人が出てからの異常な対応の速さに疑問を抱き、疫病ではない何かが起きていると考える。
是川 五郎左衛門(これかわ ごろうざえもん)
高柳 剣十郎(たかやなぎ けんじゅうろう)
遠野の町廻役同心。27歳。是川の部下で祥五郎の同い年の知人。生真面目で慎重だが、性根が臆病かつ考え過ぎのきらいがあり、融通が利かず腹芸も通じず、奇態な椿事を前にすると判断が出来なくなる。到って信心深い性質ではあるが、亡魂精怪に関しては極めて懐疑的で、児童を躾けるための威しか、理不尽な目に遭った時や臆病な者の言い訳でしかないと思っている。
喰うために猟をしていたので鉄砲の心得があり、能く鉄砲を担いで山に入っていた。前年9月に茨島で行われた盛岡藩大訓練に鉄砲隊として参加した際に江田重成の目に留まり、これを機に鉄砲の名人だという迷惑な看板がついてしまう。だが、他の同心よりは鉄砲に慣れているというだけで、そもそも鉄砲組ではなく、獲物もまるで獲れなかった訳ではないが大物を獲ったこともなく、鍛錬もしていないので山猟師より下手だと自覚しているため、尻の据わりが悪い思いをしていた。
「波山」では是川から娘焼き捨て殺しの下手人を上げろと命じられて鉄砲を渡され、力を貸すよう指示されてきた祥五郎と共に事件を追う。
傷んだ山鳥を食べて酷い食中りになったのを治療してもらったことから洪庵に縁があり、「鬼熊」では大熊の検分を依頼する。「恙虫」では洪庵の指示で虫退治に駆り出され、草木の煙で恙虫を燻すことになる。
遠野の住民
花(はな)
田荘 洪庵(たどころ こうあん)
歯黒べったり
弘化2年の晩春、祥五郎は乙蔵から餅屋の山田屋で座敷童衆を見た、愛宕山の裾野で花嫁御寮姿の鉄奬を付けた乱れ髪大面大口の眼鼻がない女が夜な夜な婦女子を脅かすという咄を聞く。そこで祥五郎は鉄奬女に出会したという大久保の元を訪れ、山田屋で起きた凶事との関連を語る。(『怪と幽』vol.001 掲載)
山田屋 弥右衛門(やまだや やえもん)
愛宕山の鉄奬女が妻の信だという由の書状をしたため、化け物退治をしようとする平十郎に手心を加えるよう求める。
信(のぶ)
弥右衛門に見初められ、彼の本気に絆されて結婚を承諾。3月ほど前の睦月の終わりに結婚したが、10日あまり前に真っ黒な歯だけで眼鼻がなくなり、困った夫に幽閉されたところ、愛宕山に鉄奬女が現れる前日に花嫁衣装を持って姿を消したという。
定(さだ)
山田屋 仁右衛門(やまだや にえもん)
先だって妻のお勝が亡くなって以来、店の経営が傾くのではないかと心配している。信の嫁入り以降病み付いており、一月前からは床に伏している。病で気が細くなり、家から座敷童衆が出て行ったという噂を聞いて不安感を強めている。
磯撫
弘化2年10月、山の者と接触するためにしばらく山に入っていた祥五郎は、乙蔵から4、5日前から遠野で半兵衛という米商人が米の取り扱いを一手に任されたために米の荷送りが止まり、魚の扱いも止まって豊作にもかかわらず浜は飢饉宛らの有様だと聞かされ、押し寄せが起こると不安を抱く。一計を案じた祥五郎は半兵衛と馬鹿げた施策を命じた児玉による大胆な不正だと考え是川と共に逃げる2人を追うが、釜石から橋野川を遡って山に向かったと噂されていた尾鰭に棘の生えた牛より大きな大魚が猿ヶ石川に現れて…(『怪と幽』vol.002 掲載)
半兵衛(はんべえ)
嘉兵衛(かへえ)
児玉 毅十郎(こだま きじゅうろう)
波山
弘化2年の11月。遠野ではここ一月ばかり、行方知れずとなった娘が焼け爛れた無残な死骸で戻されるという凄惨な事件が続いていた。巷では事件を起こしたのが山男の仕業だと噂されているが、乙蔵は伊予の深山に棲む波山という火を吹く化鳥が起こしていると考えていると主張し、祥五郎は全員が鳳凰屋の近辺で攫われていることに気づいて剣十郎と共に事件を調べ直す。(『怪と幽』vol.003 掲載)
みね
さん
佐兵衛の娘
後藤 志乃(ごとう しの)
鳳凰屋 仁平(おおとりや にへい)
志乃が拐かされた際に剣十郎に撃ち殺された大鶏が、息子の仁輔に化けて娘を焼き殺していたのだと主張する。
鳳凰屋 仁輔(おおとりや じんすけ)
鬼熊
弘化3年の小正月、年末から村村を回っていた祥五郎は、津志田の茶屋町を除いて古来盛岡藩で開業を禁じているはずの隠し女郎屋が遠野にあるという咄と、冬籠りから起きた普通の2倍も3倍もある大きさの熊が里に現れたという咄を乙蔵から聞く。翌日、土淵で巨大な熊の死骸が発見され、押し潰された屋敷から3人の遺骸が発見される。(『怪と幽』vol.004 掲載)
与吉(よきち)
さと
犬八(いぬはち)
小正月の深夜、隠し女郎屋に行こうとして貞任山の麓で雪女らしき20人ほどの女達に往き遭い、怯えて震えているのを洪庵に保護される。
権蔵(ごんぞう)
正月16日の朝、大熊に屋敷を潰されて死亡しているのが発見される。
寛次(かんじ)
権蔵の屋敷で一緒に死んでいるのが見つかる。
吉次郎(きちじろう)
恙虫
弘化3年の春、遠野が祭で盛り上がる中、祥五郎は乙蔵から、豊年祈願の祭の諒解は取れたのに町役人に沙汰が降っていないこと、勘定方の組屋敷が戸締めになっていることから、疫病が発生したのではないかという咄を聞く。祥五郎は閉門された組屋敷に忍び込み、大久保や志津との会話で疫病ではなく謀殺ではないかと疑いを持つ。(『怪と幽』vol.005)
佐田 久兵衛(さた きゅうべえ)
矢田 清次郎(やだ せいじろう)
須山 平右衛門(すやま へいえもん)
倉持 勘解由(くらもち かげゆ)
赤澤 大膳(あかさわ たいぜん)
黒井 宗矩(くろい むねのり)
出世螺
弘化3年の遠野では何処かの山で宝螺が抜けて昇天し龍となるという噂が囁かれていた。遠野義晋は恙虫騒動で発覚した公金横領の総額が10万両もの巨額であったことを不審に思い、先の老中首座水野越前守に半金が渡っているという書付を手に入れたことで、残る半金の5万両が未だ領内に隠されていると考え、それを見つけて獅子身中の虫を炙り出そうと計画する。一方、3箇月もの間、各地で発掘を続けていた乙蔵は大麻座(たいまぐら)で遂に金塊を発見するが、八咫の鴉を名乗る男から出羽から怪しい侍が遠野に入っていると警告される。(『怪と幽』vol.006 掲載)
南部 利済(なんぶ としただ)
石原 汀(いしはら みぎわ)
田鎖 高行(たくさり たかゆき)
横澤 兵庫(よこざわ ひょうご)
後藤 運平(ごとう うんぺい)
娘の志乃は波山騒動の4人目の犠牲者になりかけたが、間一髪で救助が間に合った。以来祥五郎のことを一人娘の命の恩人の一人と思い込み、彼が鍋倉館に入り込む際に便宜を図る。
又市(またいち)
八十州を流れ歩く渡り巫覡を自称する黒づくめの男。出羽から遠野へ入り、金塊を発掘した乙蔵に山形から入ってきた面妖な侍に注意するよう助言する。
書誌情報
- 四六判:角川書店、2021年7月2日、ISBN 978-4-04-110995-3
- 新書判:中央公論新社〈C★NOVELS〉、2022年8月22日、ISBN 978-412-501457-9
- 文庫判:角川書店〈角川文庫〉、2023年2月24日、ISBN 978-4-04-113109-1