高い城の男
以下はWikipediaより引用
要約
『高い城の男』(たかいしろのおとこ、原題:The Man in the High Castle)は、アメリカのSF作家フィリップ・K・ディックの歴史改変SF小説。第二次世界大戦で枢軸国が勝利し、アメリカが東西に分断されている世界を舞台としている。1962年に発表され、1963年のヒューゴー賞 長編小説部門を受賞した。
日本では1965年に川口正吉によって翻訳され、ハヤカワ・SF・シリーズ(早川書房)から刊行された。1984年から新たに浅倉久志による新訳版がハヤカワ文庫から出版された。
2015年、ドラマ化が発表され、同年11月からAmazonビデオにおいてドラマ『高い城の男』の配信が開始された。
概要
第二次世界大戦が枢軸国の勝利に終わり、大日本帝国とナチス・ドイツによって分割占領されている旧アメリカ合衆国領を舞台にした人間群像劇。
歴史改変SFでは珍しくない設定だが、作品内世界で「もしも連合国が枢軸国に勝利していたら」という歴史改変小説が流行しているという点と、東洋の占術(易経)が同じく流行していて、複数の人物が易経を指針として行動するという部分が独創的である。ディック自身も、本作のプロットを作る際に易経を利用している。後半になるにつれてディック特有の形而上学・哲学的な思索やメタフィクションが展開される一方、ディック作品にありがちなプロットの破綻が生じていない。そうした点からアメリカやイギリスなど英語圏ではディック作品の代表作として挙げられることも多い。
作中の枢軸国の描写に関してはそれぞれに違いがある。日本人は勝者として傲慢な部分もあるものの、人種政策でドイツと対立するなどある程度は話が通じる人間的な集団として描かれている。逆にドイツ人は反ナチ派が軒並み粛清されており、ナチズムの狂気に満ちた集団として描かれている。イタリア人は表面的には日独と並んで戦勝国として扱われているが実態としてはドイツの衛星国であり、その劣等感からアメリカ人に同情する描写が描かれている。また作品中に登場する歴史改変小説は、現実の第二次世界大戦とも異なった形で連合国が勝利する内容になっている。
ストーリー
1947年、第二次世界大戦は枢軸国の勝利に終わり、アメリカ合衆国は戦勝国であるドイツと日本によって三つの国に分断され、両国の分割統治下に置かれていた。それから15年後の1962年、アメリカ人の間では謎の人物「高い城の男」によって執筆された『イナゴ身重く横たわる』 という、「連合国が第二次世界大戦に勝利していたら」という仮想小説が流行していた。『イナゴ身重く横たわる』はドイツが支配するアメリカ合衆国およびヨーロッパでは発禁本に指定され、「高い城の男」は保安警察に命を狙われていた。
日本が支配するアメリカ太平洋岸連邦のサンフランシスコにあるアメリカ美術工芸品商会を経営する美術商ロバート・チルダンは、上得意先である田上信輔に、頼まれていた品物の手配が遅れていることを叱責され、代わりの品物を届けるために田上がいる通商代表部に向かう。一方、勤め先の工場をクビになったフランク・フリンクは、これからの指針を求めて易経に勤しんでいた。田上もまた、「取引相手である実業家バイネスの正体を探れ」という日本政府からの指令に悩み易経を頼みとしていた。
日本の影響下にあるロッキー山脈連邦のキャノン・シティに暮らすジュリアナ・フリンクは、合衆国から仕事でやって来たイタリア移民のジョー・チナデーラと出会い、成り行きで一夜を共にする。ジュリアナは、ジョーが持っていた『イナゴ身重く横たわる』に興味を持ち、「高い城の男」が住むシャイアンに共に行くことになる。その頃チルダンは、日本海軍の春沢提督の使者と名乗る男から「あなたが扱っている美術品は模造品だ」と告げられ面目を失い、取引相手であるキャルヴィンを問い詰める。一方で地元の新聞社に問い合わせた結果、提督の乗艦であると聞かされていた航空母艦翔鶴は戦時中にアメリカ軍の潜水艦によって沈められており、春沢提督なる人物も存在しないことが判明する。春沢提督の使者を騙る者の正体はフランクであり、友人のマッカーシーと組み、元上司で模造品の元締めのウインダム=マトスンから退職金を巻き上げる。
同じ頃、ドイツでは最高指導者のボルマン首相が死去したことでナチ党内部の権力闘争が激化し、アメリカにも影響が及び始める。一方、フランクとマッカーシーは、ウインダム=マトスンから巻き上げた退職金でエドフランク宝飾工房を起業し、自身の腕を活かした装身具を作り、その装身具をチルダンに売り付けようとするが、チルダンに言い包められ委託取引にされてしまう。装身具を手にしたチルダンは、それまで扱ってきた過去の遺物である骨董品とは違うアメリカの「未来」の姿を感じ、アメリカ人としての自信を取り戻す。
その頃、日本軍の手崎将軍から連絡を受けた田上は、バイネスをオフィスに呼び三者会談を行う。会談の中で、バイネスは自分がドイツ国防軍情報部のヴェゲナー大尉であることを明かし、ボルマン政権と、その後を継いだゲッベルス政権が対日核攻撃作戦「タンポポ(レーヴェンツァーン)作戦」を計画していることを語り、計画を阻止するため作戦反対派のハイドリヒに助力して欲しいと告げる。その時、バイネスの正体を掴んだ保安警察のメーレ将軍が送り込んだ工作員が現れ銃撃戦となるが、田上が工作員を射殺し事態を収束させる。手崎将軍は対応を協議するため日本に帰国し、任務を果たしたヴェゲナー大尉もドイツに帰国する。
「高い城の男」に会うための旅を続けていたジュリアナとジョーはデンヴァーに到着する。しかし、そこでジュリアナは、ジョーの正体が「高い城の男」暗殺のため派遣されたナチスの工作員だと気付き、ジョーを殺害しホテルを後にする。途方に暮れたジュリアナは易経を行い、その啓示に従い、「高い城の男」に命が狙われていることを知らせるためにシャイアンに向かう。
翌日、「高い城の男」ことホーソーン・アベンゼンの邸宅に到着したジュリアナは、ナチスの工作員が迫っていることを告げると同時に、何故『イナゴ身重く横たわる』を執筆したのかを尋ねる。ジュリアナの問いに対し、アベンゼンは「易経との契約に基づき書いた」と告白する。ジュリアナは、何故易経が『イナゴ身重く横たわる』を書かせたのかを知るため易経を行い、「真理」の答えを得る。ジュリアナは、『イナゴ身重く横たわる』の世界こそが真実の世界であると知り、アベンゼンに礼を言い邸宅を後にした。
登場人物
                                ロバート・チルダン
 
                                
                                フランク・フリンク
 
                                
                                ジュリアナ・フリンク
 
                                
                                ジョー・チナデーラ
 
                                
                                田上信輔(たがみ のぶすけ)
 
                                
                                ポール・梶浦(ポール・かじうら)
 
                                
                                手崎(てざき)
 
                                
                                府馬五十雄(ふま いそお)
 
                                
                                アレックス・ロッツェ
 
                                
                                ホーソーン・アベンゼン
 
                                
                                
登場国家
旧枢軸国(戦勝国)
                                ナチス・ドイツ
                                
国内の反ナチ派や穏健派は殆どが粛清されてヒトラー時代以上に徹底した人種主義国家になっており、黄色人種(モンゴロイド)の日本とは政策面でも対立している。コーカソイド、特にその中でも北方人種的な人々を自国・他国を問わずに集めており、近年ではそうした純血種のみの文明を一から建設すべく火星移住計画など宇宙開発に執心している。
アドルフ・ヒトラーは老年性の麻痺で隠居しており、マルティン・ボルマンが首相になっている。作品中盤でボルマン死去に伴いヨーゼフ・ゲッベルスが後任の首相になったが、ラインハルト・ハイドリヒなど党長老らによる権力闘争が続いている。
『イナゴ身重く横たわる』の世界では連合国に敗れ、ヒトラーらナチス幹部はミュンヘンで裁判にかけられ処刑されている。
                                大日本帝国
                                
アメリカ西海岸では占領者の片方として憎まれる一方、ナチスに比べて人種や民族には寛容で、ナチスが根絶を目指すユダヤ人にも同情的である。
『イナゴ身重く横たわる』の世界では真珠湾攻撃に失敗し、ドイツの援軍も得られず敗北しアメリカの属国になっている。
                                イタリア王国
                                
地中海埋立事業によってバルカン半島南部・北アフリカと陸地で結ばれた大陸国家となり、ヨーロッパ地図は大きく塗り替えられた。名目上は三大戦勝国の一つで戦前のスローガン通り「新ローマ帝国」を自称しているが、実態はドイツの衛星国にすぎず日独には大きく差を付けられている。ベニート・ムッソリーニが健在かは不明だが、娘婿のガレアッツォ・チャーノが東西陣営の仲介役として行動している。
『イナゴ身重く横たわる』の世界では、連合国に寝返り枢軸国の敗北を決定的にするが、戦後はイギリスに併合される。
                                
旧連合国(敗戦国)
                                アメリカ合衆国
                                
ナチス・ドイツの傀儡国家として旧領の内、東海岸のみを支配下に置き、アメリカ・ナチ党が政府を構成している。敗戦直後は軍政司令官のエルヴィン・ロンメルが統治を担当するが、ドイツ本国の人種政策普及に消極的だったため1949年に解任され、後任の軍政司令官となったハンス・ランメルスにより人種法が制定され、ユダヤ人迫害が本格化する。また、ロンメルと共に解任されたフリッツ・トートに代わりアルベルト・シュペーアが復興を担当し、経済復興を成し遂げる。
『イナゴ身重く横たわる』の世界では、暗殺を免れたローズヴェルトが1940年まで大統領を務め、後任のレックスフォード・タグウェル(英語版)がニューディール政策を引き継ぎ経済復興と再軍備を整え第二次世界大戦に勝利し、イギリスと世界を二分する。
                                アメリカ太平洋岸連邦
                                
                                ロッキー山脈連邦
                                
                                ソビエト連邦
                                
『イナゴ身重く横たわる』の世界では、エル・アラメインの戦いに勝利したイギリス軍と合流しスターリングラード攻防戦の勝利を経て戦勝国の一員となるが、戦後に政治的・経済的失策を重ね崩壊し、イギリスとアメリカに分割統治されている。
                                イギリス
                                
『イナゴ身重く横たわる』の世界ではドイツを降伏させヨーロッパ全土を併合し、アメリカと世界を二分する超大国となる。戦後に起こる英米対立にも勝利し、最終的に世界の覇権を握る。また、その間一貫してチャーチルが首相を務めている。
                                
評価
出版された当時は冷戦中であり、米国内で波紋を広げた他、当の枢軸国であった日本とドイツでも少なくない波紋を広げた。
日本では国内作家による架空戦記・仮想歴史作品程著名ではないものの、作中で日本人が好意的に描かれていることから概ね好感を持って受け入れられ、新装版が発売されるほどとなっている。ただしアメリカ人視点におけるステレオタイプ的な日本人の描写については、批判的な声もある。
日本語訳
- 『高い城の男』 川口正吉訳、早川書房〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉、1965年2月
 - 『高い城の男』 浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF、1984年7月、のち新版、ISBN 978-4150105686
 
テレビドラマ
Amazonビデオにおいて、TVドラマシリーズ『高い城の男』が2015年11月から配信され、2019年には最終シーズン4が世界同時配信された。
リドリー・スコットが製作総指揮をつとめ、キャラクターや世界観の設定は原作を踏襲しているが、例えば禁書である『イナゴ身重く横たわる』が書籍ではなく映画フィルムとなっているなど、オリジナルの脚色がなされ連続ドラマとして展開している。
備考
類似した作品に、ランドルフ・ロバン(Randolph Roban)の『さかさまの世界―もしドイツが勝っていたら』(Wenn deutschland gesiegt hatte..., 全国書誌番号:53002016)が存在する。
また、2016年にはピーター・トライアス(英語版)が本作のオマージュである『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』をリリースしている。
